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13. 鉄面の裏側、あるいは滲み出た恋心

皆様、こんにちは。


『トイレットペーパーの芯』です。 第13話をお届けします!今回は激闘の後の、少し心温まる(?)聖域の日常回です。


「死神」としての顔と、中身の「高校生」としての顔……そのギャップに悶えるハルトをぜひお楽しみください!


ベルベットの紫霧が晴れた「聖域」の朝は、奇跡のように静穏だった。


昨日の激戦が嘘のように、浄化された井戸端からは、早朝から水汲みに来た領民たちの活気ある声が聞こえてくる。


俺は執筆室の窓枠に寄りかかり、その風景を見下ろしていた。


手にはノアが徹夜でまとめた被害復旧の現状が記された手帳がある。


「伯爵様、入ってもよろしいでしょうか?」


控えめなノアの声と共に扉が開いた。


だが、いつもとは違い、ノアの後ろには村の村長と数人の住民たちが、もじもじしながら付いてきていた。


彼らの手には、古びた籠や土のついた酒瓶が握られている。


「……何だ? 報告の内容がまだ残っているのか?」

俺はあえて冷たく、突き放すような声で問うた。


「死神伯爵」としての威厳を保ってこそ、彼らが俺を畏怖し、秩序を守ると信じていたからだ。


だが、村長は震える手で酒瓶を差し出し、口を開いた。


「伯爵様、これは……私たちがこの地の秘法で仕込んだ葡萄酒です。昨日、あの恐ろしい魔女から私たちを救ってくださった……些細なものですが、感謝の気持ちをお伝えしたくて参りました」


俺は酒瓶を見下ろした。洗練されたラベルもない、無骨な瓶だ。


「……そんなものは必要ない。お前たちで分けて飲め」


冷徹な拒絶に、住民たちの肩が目に見えて縮こまった。


その時、後ろで見ていたアーシャがずかずかと近づき、俺の肩に腕を回した。


「おいおい、兄さん! せっかくの好意なんだ、受け取ってやりなよ。それにこの酒、香りがタダ事じゃないぜ?」


アーシャは俺の返事も待たずに、栓をポンと抜いた。


その瞬間、執筆室の中に瑞々しい葡萄の香りと、芳醇なアルコールの香りが立ち込めた。


聖域の荒れ果てた地で育った葡萄とは信じがたいほどの香りだった。


「……」


拒絶するタイミングを逃した。


俺が香りを嗅いだまま黙っていると、住民たちは勇気を得たのか、籠に入ったパンや果物を机に並べ始めた。


「伯爵様、実はうちの子供たちが、これをどうしても渡してほしいと……」


村長が差し出したのは、不格好に削られた小さな木彫りの人形だった。


鎌を持った死神のようでもあり、ただの大きな棒のようでもある、拙い出来栄えだ。


(……俺を模して作ったのか?)


恐ろしいと泣き出すと思っていたのに、子供たちの目に映る俺はこんな姿だったのかと思うと、妙な気分になった。


俺は人形を凝視しながら、思わず呟いた。


「……出来損ないだな」


だが、俺の手はすでにその木の人形を、大切にコートのポケットへと仕舞い込んでいた。


その光景を見ていたルナが、口元に怪しげな笑みを浮かべて茶々を入れる。


「あらあら伯爵様。嫌だと言いながらポケットに入れるなんて。解剖用のサンプルにでもなさるのかしら?」


「うるさい。捨てるのが面倒なだけだ」


俺は慌てて話題を逸らすため、窓の外を指差した。


「バルガス、遊び場はどうなった?」


「はっ! 主殿! 盾固定の魔法で滑り台の支柱を立てました。砲弾が直撃してもびくともしませんぞ!」


遠くでバルガスが巨大な盾を地面に突き立て、親指を立てて見せた。


子供たちが彼の周りで「盾のおじちゃん!」と縋り付いて遊んでいる。


その平和な光景を見ていると, 胸の奥がむず痒くなるような感覚を覚えた。


常に「死」の傍にあり、勇者と呼ばれた俺にとって、この生命力に満ちた温もりは、見慣れないが嫌いではなかった。


俺は住民たちが置いていった杯に、アーシャが注いだ酒を一飲みした。甘酸っぱく、ほろ苦い味が舌先に広がった。


(……エリシアにも飲ませてやりたいな)

王城で冷徹な政治に耐えている彼女を思い出す。


少しの間、彼女のための時間を作るため、個人執務室に移動し、ペンを執って便箋に最初の一文を綴った。


普段の報告形式ではない。


『エリシア、この地の領民が醸した酒は、王宮のそれよりもずっと甘い。君が来たら、ぜひ一緒に飲みたいものだ』


最後の一文を書き終えようとしたペン先が、ピクリと震えた。


(……あ、)


頭の中でエリシアの笑顔を思い浮かべ、無意識に本音が漏れてしまった。


普段なら絶対に口にしない、あまりにもキザすぎる台詞。


俺は狼狽し、急いで指で文字を擦り消そうとした。


だが、すでに紙の上にはインクが深く滲んでしまっていた。


「……どうかしてる、俺」


一瞬、冷静さを保っていた理性が悲鳴を上げた。


外見は大陸を震撼させる死神伯爵だが、中身はまだ日本の平凡な高校生レベルのままだ。


(うわ、今の台詞何!? 三流ロマンス小説の主人公かよ! 「一緒に飲みたいものだ」って! 後で絶対悶絶するやつだろこれ!)


脳内でその台詞が自動再生され、鳥肌が立った。


顔が火が出るほど熱くなり、机に突っ伏して頭を掻きむしった。


「うわあああ、消せ! 消してくれ! 書き直すか? いや、インクが滲みすぎだ! ああああ!」


一人で机をバンバンと叩きながら怪声を上げていた、まさにその瞬間だった。


「……あの、ハルト様? どこかお加減でも悪いのですか?」


ギィ、と扉の隙間から、ノアが目を丸くして俺を見つめていた。


彼はどうやらかなり前から立っていたらしく、俺が顔を赤くして机を叩いていた醜態を、最初から最後まで見ていたような表情だった。


「……!」


俺はスプリングのように飛び起き、ペンを握り直した。


そして、世界で一番冷徹な無表情を装いながら、咳払いをした。


「……ノア。いつからそこにいた? ノックもなしに無礼だぞ」


「あ、今さっき……いえ、本当はハルト様が『うわああ』って仰った時からですが。もしや虫でも出ましたか? それとも戦術的な悩みでも……?」


ノアの純粋な瞳が突き刺さる。俺は手紙を慌てて背後に隠しながら答えた。


「……領地の防衛結界における効率的な破壊メカニズムを、身をもってシミュレーションしていただけだ。身体を使って苦悩するのは、死神の基本だからな」


「ああ! 流石はハルト様! そんな深いお考えが……。でも、ハルト様、耳が真っ赤ですよ。もしかして熱があるのでは……?」


「うるさい! 日差しが強いだけだ!」


俺はわざと煩わしそうな表情を作り、手紙を封筒に押し込んだ。


だが、ポケットの中にある子供たちからもらった木彫り人形の硬い感触と、ノアの晴れやかな笑顔が重なると、赤らんだ顔はなかなか引かなかった。


「それより報告だ。何事だ?」


ノアはそこで思い出したように、算盤を軽快に弾きながら書類を差し出した。


「見てください! 聖域で醸されたお酒に、王国の商団から連絡が殺到しています! 『死神が浄化した地で生まれた奇跡』という触れ込みが、見事に当たりました。この収益なら、来月には農機具も新調できます。すべてハルト様のおかげです!」


ノアのはしゃぎっぷりに、俺は顔を背けて窓の外を見た。


先程の羞恥心は消えなかったが、俺を「ハルト様」と呼んで喜ぶこの忠実な少年と、領民たちの期待を裏切るわけにはいかない。


俺は滲んだインクがついた指をそっと隠しながら思った。


(……まあいい。エリシアもこの知らせを聞けば、きっと喜ぶはずだ。恥ずかしさは一瞬だが、実績は永遠だからな)


俺は再び、死神の仮面を被り直した。だが、口元にごく微かに浮かんだ笑みまでは、ノアから隠しきれなかった。


いかがでしたでしょうか? エリシアへの手紙で、つい本音が漏れてしまったハルト。


あの「イタい」台詞の代償は大きかったようですね(笑)。


一方、王都のエリシアもハルトに会うために動き出しました。


二人の再会が待ち遠しいです! 面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや☆☆☆☆☆での評価をお願いします!


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『死んだ恋人と瓜二つの王女を、今度こそ逃がさない』
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