12. 悪夢の人形師と死神の舞
こんにちは、作者です! 聖역の井戸を浄化し、一息つく間もなく強敵が襲来します。 魔王軍の幹部「ベルベット」の登場、そしてハルトの新たな力「死神の舞」!
強気なハルトですが、実は内心では「やったぜ!」と喜んでいるギャップにもご注目ください(笑)。
それでは、第12話をお楽しみください!
領地の空気は重かった。
浄化された井戸水は清らかに湧き上がっていたが、大地の至る所に刻まれた魔気の痕跡は、今なお夜霧に乗って陰湿な気配を放っている。
俺は執務室の古びた椅子に座り、ノアが持ってきた村の補修名簿に目を通していた。
「伯爵様、あの……今日は本当にありがとうございました。井戸を浄化してくださったおかげで、村の人たちの目に希望が戻りました」
ノアはモノクルをいじりながら、照れくさそうに笑った。
俺は視線を書類に固定したまま、無愛想に答える。
「喉が渇いて喘ぐ部下が、まともに仕事などできるはずがない。ただの合理的な判断だ」
俺のそっけない返事にも、ノアはもう慣れっこだというように頷いた。
だが、平穏は長くは続かなかった。
魔力探知に凄まじいオーラと殺気が引っかかった。
突如として室内の温度が急激に下がり、窓の外から奇怪な騒音が聞こえてくる。
――ギギギギギッ。
黒板を爪で引っ掻くような鋭い摩擦音。
俺は反射的に剣の柄を握り、窓際へと歩み寄った。
「ノア、俺の背後にいろ」
窓の外は、すでに紫色の霧で満たされていた。
城壁を守っていたガリオンとバルガスの狼狽した声が風に乗って聞こえてくる。
村の広場の中央、巨大な宙浮くハサミの上に足を組んで座る女がいた。
黒いゴスロリ風のドレスを纏い、片目に眼帯をしたまま妖艶に微笑む女。
全大陸に賞金が懸けられた人類の裏切り者であり、魔王軍の高位幹部――『悪夢の人形師』ベルベットだった。
「アハハ! この腐りゆく地にこんな生気があふれるなんて。誰かが丹精込めてドールハウスに仕立て直したのかしら?」
彼女が指を鳴らすと、見えない糸が閃いた。俺は窓を蹴って広場へと飛び降りる。
「おいおい、兄ちゃん! あの女、普通じゃないぜ。糸の一本一本に魔力が凝縮されてやがる」
「伯爵様、お気をつけください。筋肉の統制権でも奪われようものなら、私の臨床実験体にされるかもしれませんから」
アシャとルナが武器を握り締め、警戒を強める。 「あいつの気配、どこかで見覚えがある。まさか……!」
ベルベットは眼帯越しに俺をじっと見つめ、首を傾げた。
「察しがいいわね、伯爵様? 正解よ。あなたたちが馬車に揺られてくる時から、ずっと見ていたもの。馬車の中でワチャワチャしていた姿から、あなたが無表情に窓の外を眺めていたその顔まで……」
彼女の言葉に、俺は脳内で素早くパズルを組み立てた。
『聖域の結界をこれほど正確に突いてきたのは偶然じゃない。馬車の周囲を徘徊していた魔物をアンテナ代わりに、一週間ずっと俺たちの動線を座標化していたのか』
推理が終わると同時に、凄まじい羞恥心が波のように押し寄せてきた。
(待て、じゃあ馬車の中でアシャとルナの勢いに押されてドギマギしていた情けない姿も全部見られたってことか?)
面目が丸潰れになった事実に、俺はさらに険しい表情を作った。
「他人のプライバシーを覗き見るとは、悪趣味だな。死にたいのか?」
「あら、怒った顔も素敵ね。でも、その程度じゃ足りないわ!」
ベルベットの指先が狂ったように動き出した。数万本の紫色の糸が広場を埋め尽くす。
彼女が魔力を過剰に放出したせいで、顔を覆っていた眼帯が激しく震え、糸の圧力に耐えきれず一部が引き裂かれた。
裂けた眼帯の隙間から露わになった瞳は、赤い狂気を孕んでいた。
「さあ、見せて! あなたのその自慢の力を!」
剣で防いだところで、糸の強度が強すぎて剣が折れるのは目に見えていた。
俺は数日前、貴族たちを圧倒したエリシアのオーラを思い浮かべた。
「アシャ、ガリオン、周辺住民の避難を! バルガスは攻撃を阻止し、被害を最小限に抑えろ!」
俺の命令が飛ぶと同時に、二人は素早く住民を連れて俺の周囲から離れた。
彼女の黄金のオーラをイメージしながら、俺は俺だけの『死神バージョン』のオーラを展開した。
――シュゥゥゥゥゥッ!
体から噴き出した黒赤色の波動が嵐のように回転し、四方へと広がっていく。
その気配が触れる場所から、ベルベットの魔力の糸は燃えるのではなく、存在そのものが消し去られるようにサラサラと溶け落ちていった。
ベルベットは目を見開いた。
「えっ……? 私の糸を、気合だけで消し飛ばしたの?」
周囲は静寂に包まれた。
アシャは目を輝かせて俺の覇気を見つめ、ガリオンは顎が外れそうなほど口を開けていた。
表向きは死神の微笑を維持していたが、内心は興奮でいっぱいだった。
(うわ、マジか。これ本当にできるんだな……!)
動揺を隠すため、俺はベルベットに向かってゆっくりと歩き出した。
一歩ごとに黒いオーラが大地を侵食していく。
ベルベットは裂けた眼帯を指先でなぞりながら、うっとりとした表情を浮かべた。
「ああ……素晴らしいわ。私の糸をこれほど台無しにするなんて。あなたのような強い存在を、簡単に人形で終わらせるなんて勿体ない。いっそ……あなたを私の『本物のペット』にしたくなっちゃったわ、伯爵様」
ベルベットの唇が細く弧を描いた。
彼女が指を軽く弾くと、見えない数千の魔力の糸が蜘蛛の巣のように虚空を走り、俺に向かって殺到した。 単なる攻撃ではない。
糸の一本一本が生き物のように、俺の関節や急所を執拗に狙ってくる。
俺は【死神の舞】の軌跡を描き、剣を振るった。
銀色の閃光が奔るたびに、鋭い摩擦音と共に糸が断ち切られていく。だがベルベットは怯むどころか、逆に俺の懐へと踏み込んできた。
「反応速度も、殺気も……本当に完璧ね」
吐息が届きそうなほどの至近距離。
ベルベットはまるで踊るように俺の斬撃を受け流し、糸の先端で俺の頬を掠めていった。
薄く鮮血が滲んだ瞬間、彼女はその血を指で拭い、恍惚とした表情で見せた。
敵の心臓を狙う致命的な戦闘であるにもかかわらず、その仕草には奇妙なほどの優雅さと余裕が漂っていた。
俺は彼女の喉元を狙い、再び剣を深く突き出したが、彼女の体はすでに糸を伝って虚空へと舞い上がっていた。 短くも強烈な攻防。
彼女は俺という存在を、心底楽しんでいるようだった。
彼女はわずかな隙を突いて、不意に後ろへと下がった。 そして長いドレスの裾をふわりと持ち上げると――。
「でも、今日はここまでにしておくわ」
彼女は艶やかな笑みを残し、霞のような煙の中へと消えていった。
引き裂かれた眼帯の隙間から見えた、あの冷徹で紅い瞳が虚空に残像として焼き付いていた。
「……行ったか」
剣を収めるが早いか、背後から切迫した足音が聞こえてきた。
「おい、兄ちゃん! 今の何だよ!? あの化け物じみた糸を叩き切っちまうなんて!」
アシャが目を輝かせて駆け寄ってきた。
普段は酒のことばかり考えている彼女も、今の攻防には心底震えたようだ。
「あたしも弓の腕には自信があるけど、あの魔女の糸は軌跡すら見えなかった。なのに兄ちゃんはそれを全部読み切ってた。やっぱりあたしは、最高の主君を引いたみたいだね!」
興奮気味に俺の強さを称えるアシャの横で、ガリオンは深い安堵の溜息をつき、胸をなでおろしていた。その顔はいまだに蒼白だ。
「……助かりました、主君。正直に申し上げれば、伯爵様がいらっしゃらなければ、我々は対応することすらできず、あの糸に細切れにされていたでしょう。敵のレベルがこれほどとは……」
ガリオンは深く頭を下げ、心からの感謝を伝えた。
その目には、守るべき主君に逆に守られてしまったという不甲斐なさと、それ以上の深い信頼が入り混じっていた。
「気にするな。皆、怪我はないか?」
淡々と答えたものの、ベルベットが消えた空から視線を外すことはできなかった。
指先に残る、冷ややかな魔気の感触。彼女が残した
『ペット』という奇怪な宣言と、あの瞳。 嫌な予感が脳裏をかすめた。
この出会いは始まりに過ぎない。
あの魔女とは近い将来、もっと残酷で危険な形で再会することになると直感した。
そして数日後の朝、エリシアからの手紙が届いた。
【手紙の内容】
『ハルトへ。“裏切り者ベルベット”が現れたという情報を聞いたわ。彼女は本当に質の悪い女よ。絶対に目を合わせちゃダメ!
(特に彼女があなたに妙な関心を見せたら、すぐに報告すること。私が直接乗り込むから!)
追伸:私のオーラを研究しているっていう噂を聞いたけれど……。私に会いたくて真似してるのかしら? 近いうちに会いに行くわね』
手紙を閉じた俺は、静かに呟いた。
「エリシア……技の名前は『死神の舞』に決めた。ダサいなんて言うなよ」
第12話をお読みいただき、ありがとうございます! ついに魔王軍の幹部が登場し、聖域に緊張が走りました。
ベルベットの変態(?)的な執着と、ハルトの圧倒的な「死神の舞」。 そして、相変わらず鋭い(?)エリシア様からの手紙……。ハルトの平穏な領地生活は、まだまだ遠そうですね。
ハルトが内心で「大成功!」とガッツポーズをしている姿を想像すると、少し可愛く見えませんか?(笑)
ハルトとベルベットの再会、そしてエリシアの訪問がどう描かれるのか、これからの展開もどうぞお楽しみに!
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