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ユリアナ様の侍女が療養しているのは城の敷地内に建てられている病棟だ。
空気が良いユリアナ様の別宅から出てユーリ王子と病棟へと向かう。
「素敵な方だったわ、ユリアナ様。儚い美人って感じで」
清々しい空気から城の敷地内に入ると途端にずっしりとした重苦しい空気が体にまとわりついてくる。
明るく言う私にユーリ王子は頷いた。
「そうだな。すごく優しい方で兄上ととてもお似合いなんだ」
「そうなのね。ユリアナ様の周りも呪物があるって感じもしなかったわ」
「それは良かった。体調を崩したからもしやと思ったんだが……」
ユーリ王子は少し残念そうだ。
呪物であったのならユリアナ様の体調不良の原因がわかって安心してできたのだろう。
ユリアナ様が調子が悪いのはイグナート様の夫婦間の問題かもしれない。
「侍女の方は最近までお元気だったのかしら」
「そのように聞いている。結婚を1ヶ月後に控えているそうだ」
ユーリ王子と話しながら裏庭を歩いていく。
城の裏に建っている石造りの円形の建物の横の小道に差し掛かった。
蔦が絡まって不気味な様子だが、私の目には黒い霧がかかっているように見える。
石造りの建物に近づくと重い空気感に体が思うように動かなくなった。
まとわりつく重い空気が私の呼吸も奪ってくるようで一歩を踏み出すのもやっとだ。
歩調が遅くなった私をユーリ王子が振り返った。
「どうしたんだ?」
「この建物すごい悪い気を発しているわ。重苦しい空気で動けないの……」
小さな声で言うと、ユーリ王子は石造りの建物を見上げた。
「俺には何も感じないが、何かあるかもしれないな」
「えっ?」
ユーリ王子が珍しく同調してくれたので私は目を見開く。
「この塔で血濡れの王と呼ばれたラヌシスが最後を迎えたらしい」
「あー、なるほど。その時の怒りの念がまだあるのね。今は無理だけれど、そのうちここも封印した方がいいわね」
空気が重く息切れしている私にユーリ王子が手を差し伸べてくる。
「歩くのが辛そうだ。俺につかまって歩いていけばいいよ」
当たり前のように手を差し出すユーリ王子。
恥ずかしいがこのままでは病棟まで行くのに時間がかかってしまう。
私はそっとユーリ王子の手を掴んだ。
ぎゅっと握られてユーリ王子の腕に掴まされる。
「この方がいいだろう。体重を預けてもらって構わないから」
「……ありがとう」
爽やかに言うユーリ王子に私は顔が赤くなるのを抑えながらお礼を言った。
半ばユーリ王子に引っ張られるようにたどり着いた病棟は綺麗な建物だった。
木造の建物は3階建てでかなり大きい。
「男女別れているが、騎士や侍女が療養している」
「ありがとう、もう大丈夫よ」
円形の石造りの建物から離れたおかげか身動きが少しは取れるようになっていた。
ユーリ王子にお礼をいって腕から手を離した。
「もう大丈夫なのか。辛くなったらいつでも頼ってくれ。何もできないが運んだり盾になるぐらいはできるから」
「ありがとう。頼りにするわ」
眩しい程の無垢な笑顔に私の心が癒される。
病棟の入り口に入ると受付にいた女性が慌てて出てきた。
「これは、ユーリ王子どうされましたか」
「突然申し訳ない。ユリアナ様の侍女に面会をしたいのだが」
「少しお待ちください」
女性は慌てて確認をしにいくとすぐに戻ってきた。
「大丈夫です。どうぞ」
受付の人に促されて私たちは室内へと通される。
さすが王子、どこでもすぐに通してくれる。
私は室内を見回しながら異変がないか確認をする。
「どうだ、何か感じるか?」
「別に何もおかしいところはないわ。城の敷地内と同じような重苦しい空気感はあるけれどね」
ユーリ王子と共に侍女が療養している病室へと向かった。
案内された病室はベッドが2つ並んで置いてありカーテンで仕切られていた。
片方のベッドは空いており、窓側の部屋の奥で横になっていた女性が私とユーリ王子の姿を見て慌てて起き上がる。
「ゆ、ユーリ王子。どうされましたか」
立ちあがろうとする女性をユーリ王子はそのままで良いと指示をする。
「突然すまない。ユリアナ様を見舞ったのだが話の中で貴方のことが出たので気になって来てしまった」
「はぁ」
不思議そうに頷く女性に私は心の中で頷いた。
突然ユーリ王子がやってくるのもおかしな話だ、理解できなくても仕方ないだろう。
「城の中でおかしな現象が続いているだろう?騎士団では剣に襲われたとか、幽霊をみたとか、廊下では女性の鳴き声が聞こえるなど……。だから呪物鑑定士に見てもらっているんだ」
「はぁ」
不思議そうに頷きながらも女性はユーリ王子の横に立っている私を見つめた。
「ロゼッタと申します。他国で呪物鑑定士と言う資格を正規でとった伯爵令嬢です、怪しいものではありません」
怪しい目で見られて私は聞かれてもいないのに余計な自己紹介を始めてしまった。
ユリアナ様の侍女を務めていると言うことは上流貴族だ。
ただの呪物鑑定がやって来たと言っても怪しまれるだけだ。
私も一応貴族だと言うことを言うと女性の目が少しが和らいだ。
呪物鑑定士と名乗る女性が突然来ても心を開いてくれるはずもない。
ユーリ王子がいるから大丈夫だと思うが念のためだ。
「ロゼッタ、何か見えるか?」
当たり前のようにユーリ王子に聞かれる。
病室に異変は感じない。
ゆっくりと目を凝らして注意深く探っていくと、枕元の棚から黒いモヤがうっすらと見えた。
「あの棚の中に何かありそうだわ」
「入っているのはお化粧道具ぐらいですが」
そう言って、自ら棚を開けて中を見せてくれる。
私も近づいて中を覗き込んだ。
「失礼します」
侍女が言っていた通り、洗面用具とお化粧道具しか置いていない。
木製の櫛に黒い霧が渦巻いているのが見えて私は手に取った。
背筋がゾクゾクとして呪物特有の嫌な感じがする。
「これは……?」
「櫛ですけれど」
「ずっと昔から持っているんですか?」
私が聞くと侍女の女性は首を振る。
「結婚が決まった時に親友が贈ってくれました」
「そうなんですね」
手に収まるほどの木彫りの櫛からは明らかに呪物の気を発している。
微量だが明らかに悪意を感じ頭痛がしてくる。
「これを預かっても良いですか?」
私が聞くと侍女は眉を顰めた。
「まさか、それが呪物だと言うんですか?」
「その可能性が高いです。きっとご友人も知らないで買ったのでしょう。もし他にも売られていたら大変ですし、少し調査をさせていただきたいのですが」
私が言うと女性は少し考えて頷いてくれた。
「そうですか。返してくれるなら……」
「封じてからお返しします。それにもしかしたら体調不良の原因はこの櫛もしれませんし……」
「えっ?」
驚く侍女に私は安心するように微笑んだ。
「いえ、呪物って色々あるんです。売られていた場所が悪かったり、あとは誰かがこれが欲しいと思っていたとかそういう悪い念と自分の念が合うと体調を崩すこともあるんですよ」
私が説明をすると侍女は安心したように頷く。
「体調が良くなるならその櫛をお預けします。私、来月結婚するです、それなのに立っているのも辛くて……このままだと結婚もできないかもしれないわ」
今にも泣き出しそうな侍女に私とユーリ王子は顔を見合わせた。




