20 怪しい女
「怖かったわね」
客間には私とユーリ王子のみ。
お互いテーブルを挟んで向かい合って座ってお茶を飲んでいる。
ユリアナ様は黒いモヤが口に入った後一言も発することなく目の焦点もあっていなかった。
自ら動く意思すらなく、かろうじて椅子に座っている状態だった。
私が何かいうまでもなく、イグナート様は呪物を使った結果だろうと一言っただけだった。
侍女と騎士の手によって別室に連れていかれるユリアナ様の姿を私は一生忘れることはないだろう。
「あの指輪が呪物だとして、どうして勝手に呪物返しにあったのかな?」
いつもと変わりなく明るくいうユーリ王子に私はため息をつく。
「ユーリ王子はショックじゃないの?」
「驚いたけれど、兄上の足が治ってよかった方が勝るかな。母上が守ってくれたのも嬉しかった」
「なるほど、私が死んでもユーリ王子は気にしなさそうね」
何気なく言った私の言葉になぜかユーリ王子は驚いた顔をする。
「ロゼッタの身に何か起こったら心配するよ」
「イグナート様の次にでしょ」
私がいうとユーリ王子は少し考えて爽やかに笑う。
「どうだろう、同じぐらい大切だよ」
「はっ?」
イグナート様と同じと言われて私の思考が追いつかない。
「兄上とロゼッタは同じぐらい大切な人だよ」
「それはすごい褒め言葉ね。ありがとう嬉しいわ」
素直にいう私にユーリ王子は頷いた。
「ユリアナ様は、もう元に戻らないのかな」
ユーリ王子はお菓子をつまみながら言う。
「その可能性が高いわ。人を呪うということはその分失うこともあるのよ。ユリアナ様はどうしてあの結婚指輪をしていたのかしら。いつから呪いをかけていたのかしら」
ユーリ王子は腕を組んで真剣な顔をして天井を見つめる。
「そうだな。結婚当初は普通だった。ユリアナ様も兄上も、元から仲のいい夫婦って感じではないけれど普通だったよ」
「おまじないって言い方をしているのも引っかかるわよね」
「骨董屋で売っていた呪物と同じってことか」
ユーリ王子は呟いて軽く目を閉じている。
「骨董屋にアクセサリーを卸していたのは綺麗な女性なのよね。接点なんてあるかしら、骨董屋で結婚指輪を買ったとも思えないし。ユリアナ様が呪物に詳しいとも思えないし」
私が言うとユーリ王子はパッと目を開いた。
「アクセサリーを作った人物がユリアナ様の結婚指輪におまじないをかけたとしたら?」
「どういうこと?」
「つまり、同じ人物でそれは綺麗な女性だってことだよ。思い浮かばない?」
ニヤッと笑うユーリ王子に私は人差し指を立てる。
「綺麗な女性でユリアナ様の周りにいた人はカウンセラーの人ね」
「一番怪しいな。2人きりで話すことも多かったし、その間に結婚指輪におまじないをかけることもできるだろう」
「でも、そんなことあのカウンセラーの人ができるかしら」
「ロゼッタのように修行をした人ならできるんじゃないか」
ユーリ王子の言葉で私は考える。
私以外に呪物鑑定の修行をした人はこの国に居ないはずだ。
「この国の出身でなければあるかもしれないわ。カウンセラーの人は生まれはどちらなのかしら」
私が聞くとユーリ王子は肩をすくめる。
「そんなことはいくらでも誤魔化せるよ。ユリアナ様のケアをするんだから身元は調べているはずだけれど、巧妙に誤魔化したのかもしれないね」
「なるほど、一度話を聞いてみるのもいいかもしれないわね」
私の言葉に頷くとユーリ王子は立ち上がった。
「早速調べてみよう。もしかしたら今日来ているかもよ」
「そんな都合がいいことある?」
呆れている私にユーリ王子は手を差し伸べる。
首を傾げている私にユーリ王子は当たり前のように私の手を取って立ち上がらせてくれた。
「ロゼッタは、俺とくっつていると重苦しい空気が和らぐんでしょ?なら遠慮なくくっついていなよ」
「そうね、ありがとう」
気恥ずかしいがユーリ王子と接触していると体が楽になるのは真実だ。
遠慮なくユーリ王子の手を握って歩き出した。
部屋を出て、廊下を歩く。
ユーリ王子と当たり前のように手を繋いで歩いているのが嬉しい。
「ユリアナ様が療養していたお屋敷に行ってみよう。何かわかるかもしれない」
手を繋いだまま庭を歩く。
雲ひとつない青空を見上げてため息をついた。
「長い1日ね。あんな事があったのにまだ昼過ぎよ」
「確かに」
うんざりしている私にユーリ王子も同意してしてくれる。
二人出歩いていると前からロベール騎士団長が歩いてくるのが見えた。
私たちを見つけると片手をあげる。
「お疲れ様。またイチャイチャして散歩か?」
「違います。ユリアナ様の指輪がなぜ呪物になったのかユーリ王子と話していたの。ユリアナ様のカウンセラーが怪しんじゃないかって思ったのよ」
私が言うとロベール騎士団長は顎に手を置いて考えている。
「言われりゃ、辻褄が合うな。弱っているユリアナ様に漬け込んでおまじないをしてやったってことか」
「おまじないなんて優しい言い方をしているけれど、呪いよ。ただ、呪い返しをしていないのにどうして勝手にユリアナ様に呪いが返ったのかしら」
黒い霧が本人に吸い込まれているのは呪物返しの現象と似ている。
納得がいかない私に騎士団長は鼻で笑う。
「案外、すげー呪物師なのかもしれないな」
「私の師匠イシベル様よりすごいってことかしら」
あの師匠より能力が上の人がいるのだろうか。
美しいカウンセラーを思い出して顔を顰めた。
そんな人がなぜカウンセリングなんてしているんだろうか。
全ての不満が詰まった顔をしていたのだろうユーリ王子が私の腕を引っ張る。
「今はカウンセラーを探すのが先だ」
「そうね」
騎士団長は通りかかった騎士を捕まえる。
「ユリアナ様のカウンセラーは今どこにいるかわかるか?」
「先ほど来られましたが、ユリアナ様にお会いできないと言ったら帰られました」
「急げば掴まれられるかも」
私とユーリ王子は頷いて走り始めた。
「円形の塔の方に歩いて行かれましたよ」
「あの塔、城の敷地内の中で一番嫌な感じがするところよ」
ユーリ王子は頷きながら私の手を引っ張っていく。
後ろから騎士団長もついてきた。
「やばいな、あの塔に呪いの剣を保管している」
「どうして、血濡れのラヌシス王の呪いがもしまだあったら危ないわよ」
「あそこしか保管する場所がなかったんだ」
私と騎士団長の言い合いを聞いてユーリ王子はますます走る速度が速くなる。
「急ごう、何か嫌な予感がする」




