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婚前交渉バトル、開幕! 〜結婚まで待てない令嬢 vs 待ちたい王子〜  作者: 胃袋まんげつ


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16/19

Round.16「天然騎士と、冷静薬師の祝福」

恋の戦いがひと息ついたら、次に訪れるのは——穏やかな祝福の時間。

花咲く庭園に集うのは、王子と令嬢、そしてちょっと個性の強い幼馴染たち。


天然な騎士に、冷静な薬師。

二人の祝福は、どうにも静かに済まないようで……?

 恋には、幸せな時期がある。全てが輝いて見える、甘い時間。二人だけの世界に浸ると、他のものが霞んで見える——そんな、眩しいほどの幸福。

 でも、それを見せつけられる側は、たまったものじゃない。  


 プロポーズから三日が過ぎた。

 春の陽射しが、王宮の庭園を優しく照らしている。冬の名残はもうどこにもなく、薔薇が咲き誇り、蝶が優雅に舞っていた。新緑の香りが風に乗って、どこまでも広がっている。

 庭園のベンチに、二人の姿があった。

 アシュランとカミラ。

 プラチナブロンドと赤い髪が、陽光に輝いている。


「見て、アシュラン様。この薔薇、とても綺麗ですわ」

 カミラが嬉しそうに指を差す。グリーンアイが、花と同じくらい輝いていた。

「ああ、でも——」

 アシュランが微笑んだ。サファイアブルーの瞳が、優しくカミラを見つめる。

「君の方が、ずっと綺麗だよ」

 カミラの頬が、薔薇と同じ色に染まる。

「もう……」

「本当のことだ」

 アシュランがカミラの手を取る。


 左手の薬指で、サファイアが朝日に青く光っていた。まるで、二人の愛を祝福するように。


「この指輪、本当に素敵……」

 カミラが指輪を愛しげに見つめる。

「何度見ても、飽きませんわ」

「気に入ってくれて、嬉しい」

 アシュランがカミラの手にキスをした。柔らかく、優しく。その仕草が、まるで宝物に触れるように丁寧だった。

「ずっと、君のそばにいるよ」


 二人は見つめ合う。

 春の風が吹いて、花びらが舞った。ピンク色の花びらが、二人を祝福するようにくるくると回る。

 二人を祝福するように。幸せの象徴のように。 


「ねえ、アシュラン様」

「何?」

「幸せ、ですわ」

 カミラが微笑む。その笑顔が、太陽よりも眩しい。

「こんなに幸せで、良いのでしょうか」

「当然だよ」  


 アシュランがカミラの頬に手を添える。その指先が、愛おしそうに肌を撫でた。

「君は、僕の全てなんだから」

 その言葉に、カミラの胸が熱くなる。鼓動が速くなって、頬がさらに赤く染まる。

 アシュランが顔を近づけてくる。

 カミラは目を閉じる——。

 唇が触れ合う、その寸前。


「失礼します」

 突然、冷静な声が響いた。

 まるで冷水を浴びせられたように、二人の甘い空気が一瞬で凍りついた。


 二人がハッとして顔を離す。

 振り返ると——そこに、黒髪の青年が立っていた。

 ルシアン。王宮付きの薬師。 


 グレーの瞳が、二人を冷ややかに見つめている。その視線には、感情というものがほとんど見えない。まるで、科学実験の被験者でも観察しているかのように、淡々としていた。


「やあ、ルシアン」

 特に何も気にしていないとばかりの爽やかな笑顔で、アシュランは挨拶をする。

「どうしたんだ?」

「薬の納品です」

 ルシアンが淡々と答える。小さな革袋を手に持っていた。

「アシュラン様に、お渡しする薬がありまして」

「ああ、そうだったね」


 アシュランが立ち上がる。白いシャツの裾を整えながら。

「ありがとう。執務室に置いておいてくれるかな」

「承知しました」

 ルシアンが一礼する。

 だが、その視線が——カミラの左手の指輪に、一瞬止まった。


 サファイアが青く光っている。その輝きを、グレーの瞳が捉える。

「……正式にご婚約、されたのですね」

 ルシアンの声が、静かに響いた。

「ああ」

 アシュランが誇らしげに微笑む。まるで、世界で一番の宝物を手に入れたかのように。

「三日前にね」

「おめでとうございます」

 ルシアンが言う。

 だが、その声に感情はない。まるで天気予報を読み上げるように、機械的だった。


「ルシアン、もう少し嬉しそうに言ってくれてもいいんじゃないか?」

 アシュランが苦笑する。

「君は僕の幼馴染だろう」

「私は感情を表に出すのが苦手なもので」

 ルシアンが肩をすくめた。その仕草すら、どこか冷静で計算されているように見える。

「でも、心からお祝い申し上げます」

 そう言って、また一礼した。その動作が、教科書通りに完璧だった。


 その時——。

「アシュラーン! カミラー!」

 明るい声が響いた。

 まるで春の嵐のような、元気な声が庭園に響き渡る。


 三人が振り返ると、オレンジがかった赤茶色の髪の青年が走ってきた。

 王宮騎士のライネルだ。

 琥珀色の瞳が、無邪気に輝いている。その表情には、曇りというものが一切ない。まるで子犬のように——純粋で、真っ直ぐだった。

「元気にしてるか!」

 ライネルが手を振りながら近づいてくる。鎧を脱いでシャツ姿。汗が額に光っていた。

「訓練、終わったぞ!」

「お疲れ様、ライネル」

 カミラが微笑む。

「ん? 何だ、ルシアンもいるのか」

 ライネルがルシアンを見た。

「珍しいな。普段は部屋に籠もってるのに」

「薬の納品です」

 ルシアンが淡々と答える。

「そっか! じゃあ、みんな揃ったな!」

 ライネルがニカッと笑った。白い歯が陽光に輝く。

「久しぶりに四人で——」

 そこで、ライネルの視線がカミラの左手に止まった。琥珀色の瞳が、見開かれる。


「ん? その指輪……」

「ああ」

 アシュランが嬉しそうに言った。胸を張って、誇らしげに。

「婚約指輪だ」

 ライネルの目が、さらに見開かれた。まるで信じられないものを見たかのように。

「え!? 本当か!?」

「本当だ」

 アシュランが笑う。

「うおおおお!」

 ライネルが叫んだ。その声が庭園中に響き渡る。鳥が驚いて飛び立つほどの大声だった。


「アシュラン! カミラ! 婚約したのか!?」

「三日前にね」

 カミラが嬉しそうに微笑む。

「すごいな!! やったな!!」

 ライネルがカミラの手を取って、指輪を見た。まるで珍しい宝石でも見つけたかのように、目を輝かせている。

「うわ、何て綺麗な指輪なんだ! サファイアだ! しかもかなり大きいな!」

「ありがとう、ライネル」

 カミラが笑う。

「おめでとう! 本当におめでとう!」

 ライネルがアシュランの肩を叩いた。バンバンと、遠慮のない力で。


「ついに、か!」

「ああ」

 アシュランが微笑む。

「ついに、だ」

「いやぁ、良かったな!」

 ライネルが満面の笑みで言った。その笑顔が、本当に嬉しそうで——まるで自分のことのように喜んでいた。


「で、いつ結婚式なんだ?」

「三週間後だ」

 アシュランが答える。

「え!? 早っ!」

 ライネルが驚いた。

「準備が整い次第、すぐにでも」

 アシュランがカミラを見た。その瞳が、深い愛情に満ちている。

「君を、一日も早く——僕のものにしたいから」

 その言葉に、カミラの頬が真っ赤になる。まるで薔薇よりも赤く。

「アシュラン様……」


 ルシアンが小さくため息をついた。

「……やれやれ」

 その声が、呆れているように聞こえた。

「ん? どうした、ルシアン?」

 ライネルが聞いた。

「いえ」

 ルシアンが首を振る。黒髪が、さらりと揺れた。

「何でもありません」

 だが、その表情は——少しだけ呆れているように見えた。





「そういえば」

 ライネルが思い出したように言った。

「二人はどうやって婚約まで行ったんだ?」

「え?」

 カミラが首を傾げる。赤い髪が、肩に流れた。

「だってさ、アシュランってずっと『決められた結婚式まで待つ』とか言ってただろ?」

 ライネルが不思議そうに言う。琥珀色の瞳が、純粋な疑問を映していた。

「それなのに、急に婚約って……何があったんだ?」

 カミラとアシュランが、顔を見合わせた。

 二人の間に、何か密やかな空気が流れる。

「それは……」

 カミラが言葉に詰まる。

「色々、ありまして……」

「色々?」

 ライネルが目を輝かせた。まるで、面白い話が聞けると確信したかのように。

「詳しく聞かせてくれよ!」

「ライネル、それは——」

 アシュランが止めようとしたが。

「実は」

 カミラが恥ずかしそうに言った。頬が、ほんのり染まっている。


「私、『恋愛指南書』を参考にしていたのです」

 一瞬、沈黙が落ちた。

 風が止まったかのように、庭園が静まり返る。

「恋愛指南書?」

「はい」

 カミラが頷く。その仕草が、どこか誇らしげだった。

「実はとても役に立ちまして——」


「待ってください」

 ルシアンが額を押さえた。その仕草が、珍しく感情的だった。

「あの本の最後の章は、確か……非常に大胆な内容だったはずですが」

「ええ!」

 カミラがニッコリ笑った。無邪気に、何の悪気もなく。


「第一の秘訣『夜這い』から始まって——」

「よ、夜這い!?」

 ライネルが顔を赤くして叫んだ。その声が、また庭園に響き渡る。

「カミラ嬢、まさか……夜這いを?」

「はい!」

 カミラが堂々と答える。まるで、当たり前のことのように。

「でも、失敗しました」


 ルシアンが、深くため息をついた。

 その息が、長く——まるで、全ての疲労を吐き出すかのように。

「……それで、アシュラン様は対応に苦労されたわけですか」

「まあ、ね」

 アシュランが苦笑した。

「最初は驚いたよ。本当に」

「他にも色々試しました!」

 カミラが楽しそうに話し始める。その表情が、まるで冒険談を語る子供のように輝いていた。


「媚薬作戦とか、料理作戦とか——」

「媚薬!?」

 ライネルの声が裏返った。琥珀色の瞳が、驚きに見開かれる。

「そ、そんなことまでしたのか!?」

「まさか、あの時の——」

 ルシアンがぼそりと呟く。

「ああ」

 アシュランが頷いた。

「君に作ってもらった媚薬だ」

 ルシアンが、カミラを見た。

 その視線が、少しだけ冷たい。まるで、氷のように。


「……私を巻き込まないでいただきたかったのですが」

「ごめんなさい」

 カミラが申し訳なさそうに笑った。でも、その笑顔はどこか悪びれていない。

「でも、とても効果的でしたわ」

「そうですか」

 ルシアンが淡々と答える。


 だが、その目が——「二度と巻き込むな」と、はっきりと語っていた。

「ははっ、面白いな!」

 ライネルが笑った。その笑い声が、明るく響く。


「カミラ嬢、やっぱりすごいな!」

「ありがとうございます」

 カミラが嬉しそうに微笑む。

「でも、その指南書ってどこで手に入れたんだ?」

 ライネルが首を傾げる。

「そんな本、俺は見たことないぞ」

「お祖母様からいただいたのです」


 カミラが答える。

「ルシアン、貴方も読んでみたらどうですか?」

「遠慮します」

 ルシアンが即答した。その速さが、どれだけ嫌がっているかを物語っていた。

「私にそういう本は必要ありません」

「そうですか?」

 カミラが首を傾げる。

「とても参考になりますわよ」

「俺は読みたい!」

 ライネルが手を挙げた。まるで、授業で発言する生徒のように。

「後で貸してくれないか?」


「ライネル」

 アシュランが笑った。

「君には必要ないだろう」

「なんでだよ」

 ライネルが不満そうに言う。

「俺だって、いつか結婚するかもしれないだろ?」

「君の場合、指南書なんか読んでも——」

 アシュランが言いかけて、止めた。

「……いや、何でもない」

「なんだよ、言ってくれよ」

 ライネルが食い下がる。琥珀色の瞳が、不満そうに光った。


「ライネルは」

 ルシアンが淡々と言った。

「天然すぎて、指南書通りに行動できないと思われます」

「なっ……天然って何だよ!」

 ライネルが抗議する。

「俺、ちゃんとできるぞ!」

「では、試しに」

 ルシアンが言った。グレーの瞳が、わずかに興味を帯びる。


「第一印象で相手の心を掴む方法を、述べてみてください」

「えーと……」

 ライネルが考え込む。額に手を当てて、真剣な顔。

「笑顔で話しかける?」

「それは基本中の基本です」

 ルシアンがため息をつく。

「指南書には、もっと具体的な——」

「分かった!」

 ライネルが閃いたように言った。琥珀色の瞳が輝く。

「相手の武器を褒める!」


 沈黙。でも、その静寂は——重かった。

「……ライネル」

 ルシアンが静かに言った。その声が、珍しく呆れを含んでいた。

「それは、騎士同士の交流法です」

「え、違うのか?」

 ライネルがキョトンとしている。その表情が、あまりに無邪気で——。


 カミラとアシュランが、吹き出した。

「ライネル、やっぱり君には必要ないな」

 アシュランが笑いながら言う。

「なんでだよー!」

 ライネルが不満そうに頬を膨らませた。

 その姿が、また可笑しくて——三人は笑った。

 春の庭園に、笑い声が響く。幸せな、温かい笑い声。




 笑い声が落ち着いた頃。

 ルシアンが、真面目な顔になった。グレーの瞳が、冷たく光る。

「アシュラン様」

「何だい、ルシアン」

「一つ、お聞きしてもよろしいですか」


 その声に、何か重いものを感じて——アシュランの表情も、少し引き締まった。サファイアブルーの瞳が、真剣な色を帯びる。

「ああ」

「カミラ様を……」

 ルシアンが、まっすぐアシュランを見た。その視線が、鋭い。まるで、心の奥まで見透かすかのように。

「幸せにできますか」

 庭園に、静寂が落ちた。

 風が止まり、鳥のさえずりも遠くなる。

 風が吹いて、花びらが舞った。でも、その美しさすら——今は、重苦しく感じられた。


「もちろんだ」

 アシュランが答えた。その声が、力強い。迷いがない。

「僕は、カミラを——誰よりも愛している」


「では」

 ルシアンが続ける。その声が、さらに冷たくなる。

「もし、カミラ様を泣かせるようなことがあれば——」

 その瞳が、冷たく光った。まるで、氷の刃のように。

「私は、許しませんよ」

 アシュランの表情が、一瞬——凍りついた。

 サファイアブルーの瞳が、わずかに揺れる。

 でも、すぐに微笑む。いつもの、穏やかな笑顔。


「分かってる」

「俺も!」

 ライネルが立ち上がった。琥珀色の瞳が、真剣な光を帯びている。

「カミラを泣かせたら、俺が殴る!」

「ライネル……」

 カミラが驚いて、ライネルを見た。

「俺たちは幼馴染だからな」

 ライネルが真面目な顔で言った。その表情が、いつもの明るさを失っている。

「カミラのこと、昔から知ってる」

「だから——」

 ライネルがアシュランを見た。

「カミラを泣かせたら、許さない」

 

「そして、カミラ様。あなたもアシュラン様を幸せにできますか?」

 ルシアンの声が静かに響く。

 ライネルが、カミラを見た。

「私も——」

 カミラが、ライネルとルシアンを見つめた。グリーンアイが、真剣な光を帯びている。

「アシュラン様を、幸せにするわ。悲しみの涙を流させないと誓うわ。」

 その言葉に、三人が——沈黙した。


「私、気づいたのです」

 カミラが続ける。

「アシュラン様は、ずっと——私のことを想って、我慢してくださっていたこと」

「幼い頃から、ずっと」

 カミラの声が、震える。

「だから、今度は私が——」

 カミラがアシュランを見た。

「アシュラン様を、守りたいのです」

 アシュランの瞳が、揺れた。

 サファイアブルーの瞳に、何か熱いものが滲む。


「だから、ライネル、ルシアン」

 カミラが二人を見た。

「もし私が——」

「アシュラン様を泣かせるようなことがあったら」

 その声が、真剣だった。

「私も、許さないで」

 ライネルが、目を見開いた。

「カミラ……」

 ルシアンも、わずかに驚いたような表情を見せた。

 グレーの瞳が、揺れている。

 そして——。


「……分かった」

 ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。

「カミラ様も、アシュラン様も」

「お二人とも、泣かせたら——」

「私は、許しません」

「俺もだ!」

 ライネルが力強く頷いた。


「二人とも、大切な幼馴染だからな」

「どっちも、泣かせたら許さない!」

 その言葉に、アシュランは——少しだけ、表情を緩めた。

 サファイアブルーの瞳に、温かい光が宿る。

「ありがとう、二人とも」

 アシュランが言った。

 そして、カミラの手を取る。その手が、温かい。

「僕は——」

 カミラを見つめる。

「二度と、カミラを泣かせない」

 その瞳に、強い決意がある。

「私も」

 カミラが微笑んだ。

「アシュラン様を、泣かせませんわ」

 二人は見つめ合う。

 その瞳に、深い愛情が宿っていた。

 ルシアンは、静かに——その二人を見つめていた。

 グレーの瞳が、何かを見抜くように。

 でも——。

 その奥に、わずかに暗いものが宿っているのを——。

 ルシアンだけは、気づいていた。

 アシュランの瞳の奥に。

 独占欲。

 執着。

 そして——。

 恐怖。

 でも、今は——何も言わなかった。

 ただ、静かに見守る。




「さて」

 ルシアンが立ち上がった。黒いローブが、風に揺れる。

「そろそろ失礼します」

「薬を、執務室に置いておきますね」

「ああ、頼む」

 アシュランが頷く。

「では」

 ルシアンが一礼して、去ろうとした時——。

「あ、ルシアン!」

 カミラが呼び止めた。

「はい?」

「結婚式、来てくださいね」

 カミラが微笑む。その笑顔が、太陽のように明るい。

「幼馴染として」

 ルシアンは、一瞬——驚いたような表情を見せた。

 グレーの瞳が、わずかに揺れる。

 でも、すぐに元の無表情に戻る。


「……光栄です」

 ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。

「必ず、参ります」

 そう言って、ルシアンは去っていった。

 黒い影が、陽光の中に消えていく。まるで、夜の闇が朝に溶けるように。

「俺も行くぞ!」

 ライネルが言った。

「結婚式、楽しみだな!」

「ああ」

 アシュランが微笑む。

「楽しみにしていてくれ」

「じゃあな!」

 ライネルが手を振って、走って行った。

 オレンジがかった髪が、風に揺れる。その姿が、まるで春の風のように——明るく、軽やかだった。




 二人きりになった。

 庭園に、静寂が戻る。

 鳥のさえずりが、遠くから聞こえてくる。風が吹いて、花びらが舞った。


「良い友達ですわね」

 カミラが微笑んだ。

「ルシアンも、ライネルも」

「ああ」

 アシュランが頷く。

「幼い頃から、ずっと一緒だった」

「羨ましいですわ」

 カミラが言う。

「私には、あまり友達がいなくて……」

「これからは、僕がいるよ」

 アシュランがカミラの手を取った。その手が、温かい。

「ずっと、そばにいる」


 その言葉に、カミラの胸が熱くなる。

「ありがとう、アシュラン様」

 アシュランが、カミラを抱き寄せた。

 そっと、優しく——けれど、その腕は少しだけ強かった。


「君を、離さない」

 低く囁かれる声が、耳元をくすぐる。

「誰にも、渡したくない」


 その響きに、胸の奥がざわめいた。

 優しいのに、どこか熱を帯びたその言葉が——心の奥まで沁みていく。

 けれど、カミラは気づかない。

 その愛が、どれほど強く、どれほど危ういものなのかを。


 ただ、幸せに微笑み、アシュランの胸に顔を埋めた。

 陽光が二人を包む。

 絵画のように美しい、幸福のひととき。


 だが、その光の中で。

 アシュランの瞳の奥に、ほんの小さな影が揺れた。


 ——それは、愛が形を変える予兆。

 次に訪れるのは、理性の境界を越えた夜。

 婚前交渉バトル、再び。


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