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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

舞姫のポストリュード

舞姫のポストリュード episode 0

作者: 氷桜 零

すべての始まりであり、終わりでもある。



ーーー新創世記751年


遠くにいくつもの破壊音と、煙が立ち込めているのがわかる。

本当は外に出て状況を確認したいことろが、危険とのことで、外に出してもらえない。

そんなに過保護にならなくても大丈夫なのだが、どうやら夫である辺境伯からの命令らしい。誰も取り合ってくれない。

夫は、騎士は、兵士は、どうなったのだろうか。早く知らせが来ることを願いつつ、その時を今か今かと、落ち着きなく待つ。


隣国のハイゼン帝国との本格的な戦が始まったのは、雪解けが始まってすぐのことだった。


ハイゼン帝国と我がローヴィス王国は、もう随分と昔から緊張状態が続いているが、本格的にぶつかり始めたのは、数年前にハイゼン帝国の皇帝が変わってからだ。

それ以降、小規模な小競り合いは頻繁に起こっていた。

ハイゼン帝国はもともと好戦的な民族だ。北には深淵の森があるため手出しができず、ハイゼン帝国が領土を広げるには、必ず我が王国が邪魔になる。

また、我が国は、異人や精霊と言った幻想種との距離が他国より近い。そのため、軍事力はもちろん、土地が豊かで恵まれている。

そんな地理的背景と土地的背景から、ハイゼン帝国に狙われているのだ。


本格的に取りに来たのか、今回の戦は動員された人数が多く、また、長期化していた。


ハイゼン帝国の方が総人口が多いため、長引けばそれだけ我が国が不利になる。

早く決着がつくことを、皆が望んでいる。


「ーーー伝令!!」


騎士が2名、馬で駆けながら叫ぶ声が微かに聞こえる。


「奥様ー!?」


私は急いで部屋の扉を開け放ち、ドレスを捲し上げながら、臨時作戦本部である大会議室に走った。

大会議室には、辺境伯家の主要人物たちが揃っているはず。ならば、先ほど戻った伝令係は大会議室へ直行するだろう。


私の後ろを、侍女や護衛騎士が追いかける。


(((いや、いつもながら奥様はどうしてこんなにも足が速いのか…騎士でも追いつけないのだが??)))


大会議室の両開きの扉は全開になっており、中のざわめきが外に漏れ出ている。


私は走った勢いのまま、悪い知らせでないことを願いつつ、室内に駆け込んだ。


「伝令の内容は!?」


短距離のため、特に息は乱さず、誰ともなく尋ねた。

駆け込んだ私を見て、一瞬、室内が静まり返った。


何故だか、嫌な予感が過ぎる。


「…良い知らせと、悪い知らせが…」


「夫人、心して聞いてほしい。戦は我が国の勝利だ。…が、」




我らが辺境伯様が、戦死した…と。




その時、私の世界が、ひび割れて崩れていく音がした。目の前が真っ暗になり、全てご現実と剥離した。


嘘…嘘…

そんな筈はない。

あの人は、この国一番の騎士で、辺境伯で…

だって、帰ってくると、約束したのに。

時間がかかるけど、終わらせて帰るって、そう言ってたのに。

それまで、城を守って欲しいって。

私は、約束を守って、だから、この城に留まって…


「…ま!…さま!…奥様!!!」


耳元で、専属侍女のカルネアの声が聞こえる。

声を認識すると、視界に悲痛な顔をした辺境伯家の側近たちが映る。

皆一様に、歯を食いしばり、拳に力を入れているのがわかった。


あぁ、そうだ。

しっかりしないと。

あの人に任された、私の仕事だから。

辺境伯夫人として、私がやらなくては。

この城を、守らなくては。

それが、あの人のーーーー


「失礼しました。まずは伝令、ご苦労様でした。あなたたちは、少し休みなさい。城に詰めている者を代わりに、伝令として送ります。」


やるべき事は、たくさんある。

安全地帯への撤退、死傷者の確認・治療、炊き出し、停戦の話し合い、王都への報告…


「さあ、戦が終わっても…いえ、私たちの仕事はここからです。すぐに動くように!」


「「「「はい!」」」」


私の号令により、再び城内は騒々しく動き出した。




新創世記750年、花の月から始まった2カ国の戦は、約1年後の新創世記751年、光の月に終結することとなった。


ローヴィス王国は辛くも勝利を収めたが、王国一の騎士である辺境伯という大きな柱を失う代償を支払ったのだった。

辺境伯の死は、ローヴィス王国の上層部に影を落とした。


そして、ハイゼン帝国とローヴィス王国の間に停戦協定が結ばれ、戦の傷を抱えながらも平和を噛み締め、穏やかな日常がようやく訪れた。










ーーーーーーはず、だった。






ーーー新創世記758年


あの戦から約7年。


私は子どもたちが成人し、辺境伯家を受け継ぐまでの間、中継ぎの辺境伯として立つことになった。

幸いなことに、私には魔術と武力の才能があったため、特に大きな反対もなく意見が通った。


私の指示の元、戦後の処理は滞りなく済んだ。

それは良かったのだが、この7年は何かと事件が重なっていた。

魔物の氾濫、誘拐事件、第二王子の婚約者騒動、流行病…

色々な騒動や事件があったものの、やっと落ち着きを取り戻し、比較的穏やかな日常を過ごしていた。

それなのに…


昨年の末、穏健派であったハイゼン帝国の皇太子が、何者かに暗殺されたとの一報が入った。次の皇太子が誰になるかわからないが、嫌な予感が過ぎった。


そして案の定、過激派の代表である第三皇子が、新たな皇太子に立った。


帝国の方針が変わったのか、それとも…


私は、新たな皇太子就任の一報が届いてから、すぐに辺境伯家の首脳陣を召集した。


「新たな皇太子は過激派とのこと。何かしらの行動は起こすのでは?」


「しかし、停戦協定がある以上、ことを起こすのは慎重になるでしょう。」


「それはどうだろうか?停戦協定は穏健派が中心となって進められたもの。過激派は納得していなかっただろう。その結果が、先の皇太子暗殺ではないか?」


会議の時間は半日を過ぎても、話し合いはまとまらなかった。

誰もが不穏な空気を感じつつ、しかし結論は出ないまま、時間ばかりが過ぎていくため、首脳陣の意見を受けつつ、私は口を開いた。


「皆が心配している通り、私も戦が再び始まる事を懸念している。あの戦で、私たちは大切な者を失った。多くの犠牲も払った。まだ10年も経っておらず、皆の傷も癒えていない。戦にならない事が一番いい。だが、初動の遅れが大きな損失を生むのもまた事実。他領や帝国側には知られないよう情報統制をしつつ、何があってもいいように軍備を整える。警戒を第三級に引き上げて、行動するように。」


「「「「はっ!!」」」」


1日にも及んだ会議は、夜の帷と不穏な空気と共に解散となった。


私は、あの日と同じ場所で、かつての戦場、そしてこれから戦場になるかもしれない場所を見つめた。


今でも鮮明に覚えている。

あの日のことも、それ以前の、穏やかな日常を。

そしてまた、あそこでは、たくさんの血が流れるだろう。

けれど私は、哀愁と共に、確かに喜びも感じていた。

思わず溢れた笑みを、侍女や護衛騎士に見られないように、少し俯いて手で隠した。


あぁ、やっと…





ーーーーやっと、殺せる。





それが嬉しくてたまらない。


7年前の戦の戦犯は処刑されたようだが、尻尾を切ったに過ぎない。

あれからずっと、密かに戦の原因と元凶を探っていた。

けれど元凶は処刑を免れ、のうのうと権力を維持したまま生きている。

それを知った時、すぐにでも殺しに行こうかと思ったが、新たな火種になることを懸念して、今まで手を出せなかった。

だが、戦が始まれば、大義名分を得られる。


いけないとわかっていても、望んでいた。

あの人は望まないと知りながら。

これは私のけじめ。

かつて『狂乱の舞姫』と呼ばれた私の、ポストリュード。

華麗に魅せて、舞ってみましょう。

彼らの終焉のために。


あぁ、本当にーーーーー



「…楽しみだわ。」




花の月→4月 光の月→2月


ここまで読んで頂きありがとうございました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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