盗賊の過去と手料理
エミリー救出事件から一週間。魔法料理研究グループの結成で、パーティーの食事はさらに美味しくなっていた。
しかし、一つだけ問題があった。
「今朝の朝食当番は誰?」
アリスが宿泊部屋で尋ねる。
「私は魔法料理の研究が...」
ルナが本を読みながら答える。
「私は戦闘訓練が...」
マーシャが剣を磨いている。
「料理できませんし...」
レイカがのんきに答える。
全員の視線がジャックに向かった。
「...俺も忙しい」
ジャックが素っ気なく答える。
「でも、誰かが作らないと」
アリスが困惑する。
「外で食べればいいだろ」
「でも、お金がもったいないじゃないですか」
レイカが現実的な指摘をする。
「...」
ジャックが黙り込む。
「ジャック、料理が嫌いなんですか?」
レイカが首をかしげる。
「別に嫌いじゃない」
「でも、いつも料理の話になると暗くなりません?」
レイカの鋭い指摘に、ジャックの表情が曇る。
「...気のせいだ」
「今日は外で食べましょう」
アリスが提案する。
「いつもの食堂『石亭』に行きましょう」
「...分かった」
ジャックが重い口調で答える。
「でも、ジャックの手料理も食べてみたいなあ」
レイカが天然に呟く。
「!」
ジャックが明らかに動揺する。
石亭への移動中、パーティーメンバーはジャックを気にかけていた。
「ジャック、本当に料理はしないんですか?」
ルナが疑問に思う。
「必要ない」
「男が料理できて損はないぞ」
マーシャが率直に言う。
「...うるさい」
ジャックが苛立ったように答える。
石亭での朝食中、ジャックの様子はさらに暗くなった。
「おはようございます」
グスタフが明るく挨拶する。
「レイカさん、例の魔法料理研究グループはどうですか?」
「みんなで頑張ってます」
レイカが嬉しそうに答える。
しかし、ジャックは料理を見つめているだけで、ほとんど手をつけていない。
「ジャック、どうしたんですか?」
レイカが心配そうに聞く。
「...何でもない」
「でも、料理を見る目が悲しそう」
レイカの指摘に、ジャックがはっとする。
食事の後、ジャックが突然立ち上がった。
「...少し用事がある」
「どこに?」
アリスが心配そうに聞く。
「昔住んでた場所だ」
「付いて行ってもいいですか?」
レイカが手を上げる。
「...勝手にしろ」
ジャックが諦めたように答える。
ジャックが向かったのは、王都の外れにある古い建物だった。看板には「聖マリア孤児院」と書かれているが、今は廃墟になっている。
「ここが...俺の育った孤児院だ」
ジャックが重い口調で説明する。
「もうやってないんですか?」
レイカが首をかしげる。
「10年前に閉鎖された」
廃墟となった建物の中を歩きながら、ジャックが過去を語り始めた。
「俺は5歳の時からここにいた」
「小さい頃は?」
ルナが興味深そうに聞く。
「覚えてない。気がついたら孤児院にいた」
ジャックの声が少し寂しげになる。
「食事は...質素だった」
「どんな?」
レイカが興味を示す。
「薄いスープと硬いパン」
ジャックが振り返る。
「でも、たまに院長先生が特別な料理を作ってくれた」
「特別な料理?」
「ああ。野菜たっぷりのシチューとか、手作りのパンとか」
ジャックの表情が少し和らぐ。
「俺は...その手伝いをするのが好きだった」
「料理の手伝い?」
レイカが驚く。
「ああ。野菜を切ったり、火の番をしたり」
「楽しかったんですね」
アリスが微笑む。
「でも...ある日」
ジャックの表情が再び暗くなる。
「俺が火の番をしてる時に、鍋をひっくり返した」
一同が息を呑む。
「みんなの夕食が台無しになった」
「それで?」
マーシャが聞く。
「その日、小さい子たちが泣いてた」
ジャックが苦しそうに続ける。
「『お腹空いた』って」
「俺のせいで...みんなが空腹のまま寝ることになった」
「...」
レイカが黙って聞いている。
「院長先生は怒らなかった」
「でも言ったんだ。『料理は責任を伴う』って」
「『一つの失敗で、たくさんの人を悲しませることもある』って」
ジャックの声が震える。
「それがトラウマに...」
ルナが同情的に呟く。
「それから料理には一切触らなくなった」
「盗賊になったのも...」
「一人でやる仕事だと思ったから」
「仲間がいても、失敗するのは自分だけ」
「誰かの食事を台無しにすることもない」
「でも、今は仲間がいるじゃないですか」
レイカが優しく言う。
「ジャック...」
「同情は要らない」
ジャックが拒絶する。
「同情じゃないです」
レイカが首を振る。
「前世で料理教室のアシスタントでバイトしてた時、先生が言ってたんです」
「...は?」
ジャックが困惑する。
「『失敗は料理の一部』って」
「またバイトの話か」
ジャックが苦笑いを浮かべる。
「『失敗しない料理人はいない。大切なのは次にどうするか』って」
レイカが真剣に続ける。
「ジャック、一緒に料理してみませんか?」
レイカが突然提案する。
「俺は料理しないって言っただろ」
「でも、一人じゃ何もできません」
「それは知ってる」
ジャックが苦笑いを浮かべる。
「味見します。ジャックが手を動かしてください」
「なんで俺が...」
「だって、ジャックが一番器用そうなんです」
レイカが天然に言う。
「...」
ジャックが言葉を失う。
「ジャック、やってみたら?」
アリスが優しく促す。
「私も魔法料理で協力します」
ルナが同調する。
「うまい飯が食えるなら賛成だ」
マーシャが豪快に笑う。
「...お前ら」
ジャックが困惑する。
「...一回だけだ」
ジャックがついに折れる。
「やった!」
レイカが嬉しそうに跳び上がる。
「でも、失敗しても知らないからな」
「大丈夫、味見でフォローします」
一行はギルドの共同キッチンに向かった。
「じゃあ、簡単なスープから」
レイカが提案する。
「...材料は?」
ジャックが実務的に聞く。
「野菜とお肉と...」
「適当すぎるだろ」
ジャックがため息をつく。
「じゃあ、ジャックが決めてください」
「...分かった」
ジャックが野菜を選び始める。その手つきは意外にも慣れていた。
野菜を切り始めると、ジャックの包丁さばきに一同が驚く。
「...うまい」
マーシャが感心する。
「すごい!上手じゃないですか」
レイカが興奮している。
「...昔のことを思い出した」
ジャックが呟く。
火加減も絶妙で、調味料の使い方も上手だ。
「この匂い...完璧です」
レイカが感激している。
しかし、調理が進むにつれて、ジャックの手が震え始めた。
「でも...失敗したら」
「大丈夫、味見してます」
「もし不味かったら...」
ジャックが不安そうに呟く。
「その時は一緒に改善しましょう」
レイカが優しく言う。
ついにスープが完成した。
「...できた」
ジャックが緊張した面持ちで鍋を見つめる。
美味しそうなスープが湯気を立てている。
「いただきます」
レイカが一口飲む。
「うまーーーい!」
レイカの目が輝く。
「このスープ、愛情たっぷりです」
「愛情?」
ジャックが困惑する。
「仲間を想う気持ちが込められてます」
レイカが確信を持って言う。
他のメンバーも次々と味見する。
「本当に美味しい!」
アリスが感動している。
「私の魔法料理より美味しいかも」
ルナも同感する。
「ジャック、あなた料理の才能あるぞ」
マーシャが豪快に笑う。
「...」
ジャックが言葉を失う。
「みんな...喜んでくれてる」
「もちろんです。こんなに美味しいんですから」
レイカが当然のように答える。
「俺の料理で...」
「みんなを幸せにしてます」
レイカが断言する。
「...そうか」
ジャックの目に涙が浮かぶ。
「料理は...人を幸せにするものなんだな」
「前世で結婚式場のサービスでバイトしてた時、料理長が言ってました」
レイカがまた前世知識を披露する。
「『料理は愛』って」
「レイカ」
ジャックがレイカを見つめる。
「はい?」
「俺が...パーティーの料理担当やる」
一同が驚く。
「!」
「本当に?」
アリスが確認する。
「ああ。でもレイカの味見は必須だ」
「もちろんです!」
レイカが嬉しそうに答える。
「これで毎日うまい飯が食えるな」
マーシャが満足そうに頷く。
「レイカ...ありがとう」
ジャックが深々と頭を下げる。
「何がですか?」
レイカが首をかしげる。
「俺に料理の楽しさを思い出させてくれた」
「何もしてませんよ」
「明日から毎日、美味しい料理を作る」
ジャックが宣言する。
「楽しみです」
レイカが目を輝かせる。
「お前の『うまーーーい!』を聞くために」
「任せてください」
レイカが胸を張る。
「良いチームになってきたわね」
アリスが微笑む。
「みんなで協力すれば何でもできますね」
ルナが理論的に分析する。
「うまい飯と仲間、最高だ」
マーシャが豪快に笑う。
「...私も、そう思う」
ジャックが初めて見せる心からの笑顔だった。
「前世でイベント企画会社でバイトしてた時、先輩が言ってました。『仲間っていいな』って」
レイカがまた前世知識を披露する。
「どんだけバイトしてたのよ!」
一同が突っ込む。
こうして、ジャックは料理への恐怖を克服し、パーティーの専属料理人となった。
過去のトラウマは、仲間たちの温かさと、レイカの純粋な優しさによって癒された。
料理を通じた心の絆は、ますます深まっていく。