料理勝負で情報収集
アルブレヒト男爵邸での毒見事件から一週間。レイカの評判はギルド内で急速に広まっていた。
「あの子が毒見の天才らしいぞ」
「一口で毒を見抜いたって」
「しかも料理の味まで改善してくれるんだと」
朝のギルドでは、そんな噂話があちこちで聞こえてくる。
「あの、謙遜しようとすると、
「謙遜すんなよ!君のおかげで男爵様が救われたんだから」
冒険者Aが感心したように言った。
「そうそう、毒見の才能は本物だ」
冒険者Bも同調する。
そんな中、受付のローズが手を振って呼んでいる。
「レイカちゃん、指名依頼よ」
「指名?」
アリスが驚く。
「商人のボルドーさんから」
「どんな内容ですか?」
ルナが興味深そうに聞く。
「娘さんが行方不明になって...」
ローズが依頼書を読み上げる。
「3日前から16歳の娘エミリーちゃんが帰ってこない」
「手がかりは?」
ジャックが実務的な質問をする。
「最後に目撃されたのは市場の食堂」
「それが全然...」
マーシャが首をかしげる。
「食堂?」
レイカの耳がぴくりと動いた。
「なんで食いつくんだ」
マーシャが呆れる。
「いえ、その...料理に手がかりがあるかもと思って」
「料理に?」
アリスが首をかしげる。
「神様が言ってました。料理を作った人の心境も味から分かるって」
レイカが自信を持って答える。
「また神様の話?」
アリスがため息をつく。
「分かりました。お受けします」
「ありがとう。ボルドーさんは『食堂の石亭』で待ってるわ」
「石亭...どんな料理を出すお店なんでしょう」
レイカが期待に目を輝かせる。
「また食い物の話か」
ジャックが苦笑いを浮かべた。
市場の一角にある食堂「石亭」は、庶民的で親しみやすい雰囲気の店だった。
「いい匂いがしますね」
レイカが感激している。
「でも...何か重苦しい雰囲気も」
超味覚が捉えるのは、料理の香りだけではなかった。店内に漂う微妙な緊張感、不安の匂い。
「よく来てくれた。商人のボルドーだ」
出迎えたのは、50代の恰幅の良い男性。商人らしく上質な服を着ているが、表情には深い心配が刻まれている。
「娘さんのことを詳しく聞かせてください」
アリスが丁寧に尋ねる。
「エミリーは料理が好きでな...」
ボルドーの声には愛情が込められている。
「よくここに食べに来ていた」
「料理の勉強がしたいと言っていて」
「将来は料理人になりたいと」
「それで食堂に?」
ルナが確認する。
「ここの料理長に教えを請いたいと」
「料理長さんを紹介していただけますか?」
アリスが頼む。
「料理長のグスタフさんを紹介しよう」
ボルドーに呼ばれて現れたのは、40代の痩せた男性だった。しかし、その表情は妙に暗い。
「...はい」
グスタフが重い口調で挨拶する。
「あの、こんにちは」
レイカが明るく声をかける。
「...どうも」
グスタフの反応は素っ気なかった。
「(小声で)なんか、すごく暗い人ですね」
レイカがアリスに耳打ちする。
「(小声で)心配してるのよ」
アリスが答える。
「うーん...でも違う気が」
「違う?」
ジャックが小声で聞く。
レイカには確証はないが、グスタフの様子に違和感を感じていた。表情が暗すぎる。普通の心配とは違う、何かを隠しているような...
「せっかくだから食事を」
ボルドーが提案する。
「何にしますか?」
グスタフが尋ねる。
「おすすめは何ですか?」
レイカが期待を込めて聞く。
「...肉じゃがです」
グスタフが答える。
しばらくして、肉じゃがが運ばれてきた。見た目は普通の家庭料理。でも、レイカが一口食べた瞬間、表情が変わった。
「この肉じゃが...」
「どうしたの?」
アリスが心配そうに見つめる。
「作った人が、すごく心配してる味がします」
「心配?」
ボルドーが身を乗り出す。
「でも、普通の心配じゃない」
レイカがさらに分析を続ける。
「罪悪感...混じってます」
「罪悪感?」
ルナが驚く。
「何か後悔してる...隠し事がある味」
「料理でそんなことが分かるのか?」
マーシャが信じられないといった表情を見せる。
「神様がそう言ってました」
レイカが当然のように答える。
グスタフの顔が青ざめる。
「...何を言ってるんだ」
「グスタフさん、エミリーちゃんのこと、何か知ってませんか?」
レイカが直球で聞く。
「!...知らない」
グスタフが慌てて否定する。
「でも、この料理の味...」
レイカが首をかしげる。
「塩加減が微妙におかしいんです」
「料理人としての技術は完璧なのに」
「心が乱れてる時の味です」
グスタフが汗をかき始める。
「...」
「グスタフさん」
レイカが優しく呼びかける。
「この味...『知ってるけど言えない』味です」
グスタフの手が震えた。
「でも、『本当は助けたい』という気持ちも感じます」
レイカの言葉に、グスタフの目に涙が浮かんだ。
「...実は」
「何か知ってるのか?」
ボルドーが詰め寄る。
「エミリーちゃんは...3日前にここに来ました」
一同が息を呑む。
「!」
「料理を教えてほしいと言われて」
「それで?」
アリスが促す。
「でも、私は断ったんです」
「なぜ?」
ボルドーが驚く。
「忙しいからと...冷たく当たってしまった」
グスタフが後悔の表情を見せる。
「この味...後悔の味ですね」
レイカが優しく言う。
「...はい」
グスタフが頷く。
「でも、他にも何か...」
レイカがさらに分析を続ける。
「心配だけじゃない...知ってることがある味」
グスタフが観念したような表情を見せる。
「グスタフさん、エミリーちゃんがどこに行ったか、心当たりありませんか?」
「...」
「この料理の味、『知ってるけど言えない』味です」
レイカの鋭い指摘に、グスタフがついに口を開いた。
「...エミリーちゃんは」
全員が固唾を呑んで見守る。
「『街の向こうの料理人に教わる』と言ってました」
「街の向こう?」
ボルドーが身を乗り出す。
「でも、そこは...」
グスタフが言いよどむ。
「街の向こうの料理人...フランツという男です」
「そいつが怪しいのか?」
ジャックが鋭く聞く。
「評判が...よくなくて」
「どんな?」
アリスが詳しく聞く。
「料理の腕は確かですが...」
「弟子に厳しすぎるという話が」
「厳しいって?」
ルナが心配そうに聞く。
「中には逃げ出した弟子もいると」
グスタフが重い口調で説明する。
「グスタフさんは、それを知ってたから心配だったんですね」
レイカが洞察する。
「...はい」
「でも、なぜ最初に言わなかったんですか?」
「証拠もないし...」
グスタフが困った表情を見せる。
「この肉じゃが、もう一度味わってみます」
レイカが再度一口食べる。
「やっぱり...『言いたいけど言えない』味です」
「『でも本当は助けたい』という気持ちも」
グスタフの目に再び涙が浮かぶ。
「ありがとう、グスタフさん」
ボルドーがグスタフの手を握る。
「正直に話してくれて」
「すみませんでした」
グスタフが深々と頭を下げる。
「いえ、心配してくれていたのですから」
ボルドーが優しく言う。
「フランツのところに行きましょう」
アリスが立ち上がる。
「場所は分かるか?」
ジャックが確認する。
「街の東端です。『銀の匙』という店を」
「よし、行くぞ」
マーシャが拳を握る。
「グスタフさんの肉じゃが、本当は愛情たっぷりですね」
レイカが感想を述べる。
「え?」
グスタフが驚く。
「心配してる味も、愛情の一つです」
「...ありがとう」
グスタフが初めて笑顔を見せた。
「必ずエミリーを連れて帰ってくれ」
ボルドーが頼み込む。
「お任せください」
アリスが力強く答える。
「フランツさんの料理も味見してみたいです」
レイカが期待に目を輝かせる。
「今はそれどころじゃない」
アリスが呆れる。
店を出る時、グスタフが声をかけてきた。
「レイカさん」
「はい?」
「あなたの舌は...不思議な力がありますね」
「神様がくれた能力なので」
レイカが当然のように答える。
「...神様?」
グスタフが困惑した表情を見せた。
街の東端へ向かう道中、パーティーのメンバーはレイカを見る目が変わっていた。
「また料理で事件を解決しそうね」
アリスが感心して言う。
「レイカの味覚分析、本当にすごいな」
ジャックも認める。
「今度は『人間嘘発見器』って呼ばれるかもしれないぞ」
マーシャが冗談めかして言う。
「そんな大袈裟な...」
レイカが謙遜する。
「でも本当に料理から心境が分かるのって、不思議よね」
ルナが理論的に考えている。
「神様が言ってました。『人の本当の気持ちは料理に表れる』って」
レイカがまた神様の話を持ち出す。
「神様の知識、豊富すぎない?」
アリスがため息をつく。
「優秀な神様なんですよ」
レイカが嬉しそうに答える。
やがて、街の東端に「銀の匙」の看板が見えてきた。
「あそこですね」
「今度は何が起こるかな」
ジャックが身構える。
「とりあえず、レイカの味見で情報収集だな」
マーシャが笑う。
「僕はただ美味しいものが食べたいだけなんですけど...」
「私よ!それがすごいのよ」
アリスが言いながらも、微笑んでいる。
エミリー救出作戦は、まだ始まったばかりだった。でも、レイカの「人間嘘発見器」としての能力は、すでに十分すぎるほど証明されている。
今度はどんな料理が、どんな真実を教えてくれるのだろうか。