毒見で大活躍?
勇者パーティーの一員となって一週間。レイカはすっかりギルドでの生活に馴染んでいた。
朝起きて、ジャックの作る朝食を味見して、「もう少し塩を」とか「火加減をもう少し弱く」とかアドバイスして、美味しい朝食を食べる。昼間は簡単な依頼をこなして、夜は仲間たちと食事を囲む。
戦闘?そんなものは他の4人に任せておけばいい。レイカの仕事は「美味しく食べること」だけ。
「これって、最高の人生じゃないですか」
そんなレイカの平和な日常に、変化が訪れたのは転生から一週間後の朝だった。
「新しい依頼が入りました」
受付のローズが、いつもより改まった表情で告知板の前に立っている。冒険者たちがざわめく中、アリスたちも集まってきた。
「どんな内容ですか?」
「アルブレヒト男爵邸での警護任務です」
「警護?」
ルナが首をかしげる。
「最近、毒殺未遂事件が続いていて...」
ローズの説明に、レイカの耳がぴくりと動いた。毒殺。つまり、毒入りの料理ということ?
「男爵は商人ギルドとの契約を控えていて、反対派からの妨害工作が疑われています」
「毒殺か...厄介だな」
ジャックが眉をひそめる。
「でも報酬は良いみたいだ」
マーシャが依頼書を覗き込む。
「毒...?」
レイカが呟くと、アリスが振り返る。
「大丈夫よ、私たちがいるから」
「でも毒って、どうやって見つけるんですか?」
レイカが首をかしげる。
「え?」
ルナが驚いた顔をする。
「味でわかるものなんでしょうか?苦いとか、変な味とか...」
レイカは純粋に疑問に思った。神様が言っていた「毒物の検知も可能」というのは、具体的にどんな感じなんだろう。自分の能力で本当に毒がわかるのかな?
アリスたちはレイカの質問には答えず、依頼の内容について話し合っている。
「受けましょう」
アリスが決断する。
「私たちなら大丈夫だろう」
「おう!」
ジャックとマーシャも同意する。
「僕も頑張ります」
「私って言いなさい!」
アリスの注意が即座に飛んでくる。
「私たち全員がデコピンされるのよ!」
「装備は大丈夫?」
「毒見用のスプーンでも買うか?」
ジャックが冗談めかして言う。
「スプーン?」
「冗談だよ」
マーシャが笑う。
しかし、レイカは真剣に考えていた。毒見用のスプーン...確かに必要かもしれない。
貴族街にあるアルブレヒト男爵の屋敷は、レイカが今まで見たどの建物よりも豪華だった。
「すごい...こんな大きな家があるんだ」
高い塀に囲まれた敷地、美しく手入れされた庭園、そして威厳ある石造りの屋敷。まさに貴族の館といった趣だ。
でも、レイカの関心は別のところにあった。
「いい匂いがする...厨房から料理の香りが」
超味覚が捉えるのは、厨房から漂ってくる様々な料理の匂い。上質なハーブ、新鮮な野菜、丁寧に調理された肉の香り。
「あ、でも何か違和感が...」
その中に、わずかに混じる異質な匂い。苦いような、薬草のような...
「よく来てくれた。アルブレヒトだ」
出迎えた男爵は、50代ほどの威厳ある男性だった。立派な髭を蓄え、上質な服を身に着けている。
「勇者のアリスです。こちらが私たちのパーティーです」
アリスが丁寧に挨拶する。
「噂の勇者パーティーか」
男爵がレイカたちを見回す。
「あの、お料理美味しそうですね」
レイカが思わず口にすると、男爵が困惑した表情を見せた。
「?」
「いえ、厨房からとても良い香りが...」
「ああ、そうか」
男爵は苦笑いを浮かべた。
「3日前から毒入りの料理が出されるようになった」
男爵の表情が急に暗くなる。
「幸い、使用人が味見で気づいて事なきを得たが...」
「どんな毒が?」
ルナが専門的な質問をする。
「分からん。苦いと言っていたが」
レイカの眉がぴくりと動いた。苦い毒...
「その毒入り料理、まだありますか?」
「え?」
男爵が驚く。
「どんな味だったか気になって」
「レイカ、危険よ」
アリスが心配そうに言う。
「大丈夫です。毒見は得意ですから」
レイカは自信満々に答えた。神様がくれた能力なんだから、きっと大丈夫でしょう。
「では、厨房を案内しよう」
男爵に案内された厨房は、さすが貴族の館だけあって設備が充実していた。大きなかまど、ずらりと並んだ調理器具、豊富な食材。
「お疲れ様です、男爵様」
料理長と思われる恰幅の良い男性が挨拶する。
「こちらが我が家の料理長、ハンスだ」
「よろしくお願いします」
ハンスが丁寧に頭を下げる。
「すごい厨房ですね」
レイカが感心して見回していると、超味覚が様々な匂いを捉えた。
「この香辛料、とても良い香りです」
「ありがとうございます」
ハンスが嬉しそうに答える。
「でも...なんか変な匂いも混じってる」
レイカが眉をひそめる。
「え?」
ハンスの表情が変わった。
「苦い匂い...薬草みたいな」
香辛料の棚の方から、確かに異質な匂いがしている。
夕食の時間になった。
男爵邸の食堂は、長いテーブルに豪華なシャンデリアが照らす、まさに貴族の食堂といった雰囲気だった。
「今日の夕食も頼む」
男爵がハンスに言う。
「承知いたしました」
「私たちが毒見をします」
アリスが申し出る。
「僕にやらせてください」
「私って言いなさい!私たち全員のためよ!」
アリスがすかさず注意する。
最初に運ばれてきたのは、コンソメスープだった。見た目は普通の野菜スープ。でも、レイカが一口飲んだ瞬間、表情が変わった。
「うーん...この味は...」
「どうしたの?」
アリスが心配そうに見つめる。
「コンソメベースですね。鶏肉の出汁が効いてます」
男爵が頷く。
「そうだが...」
「でも、セロリの苦みが強すぎる」
「セロリ?」
ルナが首をかしげる。
「普通のセロリじゃない...薬草の苦みです」
レイカの表情が真剣になった。
「これ、毒じゃないですか?」
一同が息を呑んだ。
「!?」
「本当に?」
アリスが駆け寄る。
「大丈夫なの?毒を飲んだのよ?」
「あ、大丈夫です。一口だけなら」
レイカがけろっとしている。
「神様が言ってました。『毒物は微量なら体が無害化してくれる』って。でも味では完全に分かるんです」
「苦みが不自然です。料理の味を壊すレベルの苦さ」
レイカは確信を持って言った。
「やはり...」
男爵の顔が青ざめる。
次に運ばれてきたのは、ローズマリーで香り付けされた肉料理だった。こちらも見た目は美味しそうだが、レイカが一口食べると即座に反応した。
「だめです!これも毒が入ってます」
「!」
全員が驚く。
「ローズマリーの香りの中に、変な苦みが」
レイカは詳しく分析する。
「この苦み、トリカブトに似てる」
「トリカブト?!」
ルナが声を上げる。
「神様が言ってました。毒物も味で分かるって」
レイカは当然のように答えた。
「誰が毒を入れたの?」
アリスが男爵に詰め寄る。
「うーん...」
レイカは考え込んだ。
「さっきの厨房の匂い...」
「どうした?」
ジャックが尋ねる。
「香辛料の棚から薬草の匂いがしてました」
「内部の犯行か」
ジャックが呟く。
「でも、ハンスさんじゃないと思います」
レイカが首を振る。
「なぜ?」
男爵が驚く。
「料理への愛情が感じられる人でした」
「愛情?」
「愛情込めて作った料理に毒なんて入れません」
レイカは確信を持って言った。
「じゃあ誰が?」
マーシャが率直に聞く。
その夜、一行は厨房に潜入した。
深夜の厨房は静まり返っている。月明かりだけが、調理台を照らしていた。
「あ、誰か来ます」
レイカが耳をすませる。
足音が近づいてくる。影の人物が厨房に入ってきた。
「!」
その人物は、香辛料棚に向かうと、何かを取り出した。月明かりに照らされたそれは、明らかに毒草だった。
「毒草を取り出している...」
ジャックが小声で呟く。
人影は、翌日の料理の仕込みに毒草を混ぜようとしている。
「そこまでだ」
ジャックが飛び出した。
犯人の正体は、下働きのメイドだった。20代前半の痩せた女性で、手には確かに毒草が握られている。
「今夜で最後...」
メイドが呟く。
「なぜこんなことを?」
アリスが問い詰める。
「商人ギルドとの契約が成立したら...」
メイドの声が震えている。
「私の故郷の商人たちが廃業に追い込まれる」
「それで毒殺を?」
男爵が信じられないといった表情を見せる。
「殺すつもりはありませんでした...体調を崩させるだけで」
メイドが涙を流す。
「でも、今日の毒の量、かなり危険でしたよね」
レイカが冷静に指摘する。
「え?」
メイドが驚く。
「最初は『体調を崩させるだけ』って言ってましたけど、今日の濃度だと本当に危険でした」
「どうして分かるの?」
ルナが聞く。
「味で分かります。これ以上濃くしてたら、本当に命に関わってたと思います」
「メイドさん、男爵様と話し合いましょう」
アリスが優しく提案する。
「契約の条件を見直そう」
男爵も理解を示す。
「故郷の商人たちにも配慮する」
「本当ですか?」
メイドの目に希望の光が戻る。
事件は平和的に解決した。
「ありがとう、特にレイカ嬢」
男爵がレイカに深々と頭を下げる。
「毒の味が分かっただけです」
「それが素晴らしいのよ」
アリスが微笑む。
「その通りだ」
男爵が同意する。
「でも、毒が入ってない料理の方が美味しいですよね」
レイカが天然に呟く。
「当然だ」
男爵が苦笑いを浮かべる。
「今度、普通の料理を食べてみたいです」
「ぜひ、お作りします」
ハンスが嬉しそうに答える。
「約束の報酬だ」
男爵が金貨の入った袋を渡す。
「ありがとうございます」
アリスが受け取る。
「レイカ嬢には特別ボーナスを」
「え?」
レイカが驚く。
「毒見の才能は貴重だ」
男爵が感心して言った。
帰り道、アリスたちはレイカを見る目が変わっていた。
「レイカの毒見の才能は素晴らしい」
男爵の言葉が頭に残っている。
「でも本人が一番のんきなのよね」
アリスがため息をつく。
「毒より料理の心配してたもんな」
ジャックが笑う。
「それがレイカらしいけど」
ルナが微笑む。
「毒見で世界救っちゃうかもな」
マーシャが豪快に笑った。
当のレイカは、といえば...
「今度は毒が入ってない美味しい料理が食べたいですね!あ、でもハンスさんの本当の料理の腕前も気になります」
相変わらず食べ物のことしか考えていない。
でも、その天然さこそが、レイカの最大の武器なのかもしれない。
こうして、レイカは「天才探偵」としての第一歩を踏み出した。本人にその自覚はまったくないけれど。
食事を通じて人々を救う冒険は、まだ始まったばかりだった。