勇者パーティーの食事係になりました
森で二晩を過ごしたレイカは、朝から街を目指して歩き続けていた。
野イチゴや木の実だけの食事も悪くないけれど、やはり料理というものを食べてみたい。この世界の人たちは、どんな味付けをするんだろう。どんな調理法があるんだろう。
考えているだけでお腹が鳴る。
「うー、お腹空いた...」
そんな時、前方に大きな街が見えてきた。
「うわあ...大きな街だなあ」
高い城壁に囲まれた街は、前世で見たどの都市よりも壮大だった。城門の前では、商人や旅人が列を作っている。みんな荷物を持って、何やら手続きをしているようだ。
レイカも列に並んでみる。前の人たちを見ていると、何か紙のようなものを門番に見せている。
自分の番になった。
「おい、お嬢ちゃん、身分証明書は?」
屈強な門番が威圧的に声をかけてくる。
「身分証明書?」
「初めて来たのか?」
「はい...僕、どうすればいいですか?」
門番は眉をひそめた。
「『私』だろ?ここは王国だぞ。礼儀作法法も知らんのか?」
門番が呆れたように言う。
「一人称を間違えると、本人も同行者もみんなデコピンのお仕置きだ」
「でも僕、一人なんですけど...」
「そうか。なら今は大丈夫だが、パーティーを組んだら気をつけろ」
門番が忠告する。
「まずは冒険者ギルドに行け」
「冒険者ギルド?」
「あそこに『銀の盾』って看板が見えるだろ?」
レイカが指差された方向を見ると、確かに剣と盾のマークが描かれた大きな看板が見える。
「はい!」
「そこで冒険者登録すれば、とりあえず身分証明になる」
「冒険者...」
レイカは不安になった。冒険者って、戦う人たちでしょう?僕は戦えないのに...
でも、とりあえず街に入らないことには始まらない。
「ありがとうございます」
街に入ると、レイカの超味覚が様々な匂いを捉えた。
「すごい...いろんな匂いがする」
パンを焼く香ばしい香り。スープのほのかな出汁の匂い。肉を焼く食欲をそそる匂い。どれもこれも美味しそうで、レイカは思わずよだれが出そうになる。
「あ、あれはパンの香り!」
「こっちは...スープ?」
前世では、こんなに食べ物の匂いを意識したことなんてなかった。いつもコンビニ弁当やカップラーメンばかりで、「料理の匂い」なんて縁がなかった。
でも今は違う。街を歩いているだけで、まるで食べ物の博物館にいるみたい。
「でも、お金ないし...」
そうだった。この世界のお金なんて持っていない。とりあえず冒険者ギルドに行って、何とかしなければ。
『銀の盾』の看板を頼りに歩いていくと、大きな建物が見えてきた。中からは賑やかな声が聞こえる。
「ここかな...」
恐る恐る扉を開けて中に入ると、屈強な男性たちが酒を飲みながら談笑している。みんな剣や斧を持っていて、いかにも「冒険者」という感じだ。
「うわあ...みんな強そう」
そんなレイカを見つけて、受付の美人女性が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ!冒険者登録ですか?」
「はい...でも僕、戦えないんです」
受付の女性—名札を見ると「ローズ」と書いてある—の表情が一瞬ひきつった。
「あの...もしかして女性の方ですか?」
「はい」
「でしたら『私』を使っていただかないと...」
ローズが困ったような表情を見せる。
「礼儀作法法で、一人称を間違えるとお仕置きがあるんです」
「デコピンくらいですよね?平気ですよ」
レイカがのんきに答えると、ローズが慌てる。
「いえいえ!もしパーティーを組まれた時に一人称を間違えると、パーティーメンバー全員がデコピンされるんです!」
「え?」
「だから今のうちに直しておいた方が...」
ローズが心配そうに言う。
「大丈夫、みんな強そうだからデコピンくらい平気でしょう」
レイカが天然に答えると、ローズが頭を抱えた。
「そういう問題じゃないんです...」
「お名前は?」
「サクラバ・レイカです」
「綺麗な名前ね。特技は?」
レイカは少し考えた。特技...料理はできない。戦闘もできない。魔法も使えない。
「食べることです」
ローズが困惑した表情を見せた。
「...は?」
「あの、味見とか、食材の良し悪しを見分けるとか...」
「えーっと...それって冒険に関係あるのかしら?」
「多分ないです」
ローズは苦笑いを浮かべた。
「まあ、とりあえず実技テストをしてみましょうか」
ローズは木でできた練習用の剣を持ってきた。
「では、簡単な実技テストを」
剣を受け取った瞬間、レイカは驚いた。
「重い...」
こんな重いものを振り回すなんて、前世の運動不足の体では考えられなかった。今は18歳の体になったとはいえ、筋力はそれほど変わらない。
「あの的を叩いてみて」
ローズが指差した先には、藁でできた人型の的がある。距離にして3メートルほど。
「え〜、面倒くさい...」
「頑張って」
レイカは剣を振り上げた。しかし、バランスを崩してよろめく。
「あ、あれ?」
二回目。今度は剣を振り下ろしたが、的には当たらず地面を叩いた。
「うーん...」
三回目でようやく的の端っこに当たった。
「やった!」
レイカは嬉しそうに声を上げたが、ローズの表情は微妙だった。
「...レベル1ね」
「レベル1って?」
「初心者中の初心者よ」
次は魔法適性のテスト。
「魔法はどう?」
「できません」
「試してみて」
レイカは手を前に伸ばして、なんとなく魔法っぽいポーズを取った。
「火よ、出ろ〜」
何も起こらない。
「水よ、出ろ〜」
やはり何も起こらない。
「...魔法適性なし」
ローズは頭を抱えた。
「うーん...どうしましょう」
「やっぱり無理でしょうか」
「いえ、冒険者にも色んな役割が...」
レイカは思い出したように言った。
「料理はできませんが、味見は得意です」
「味見?」
「はい。どんな調味料が使われているかとか、食材の新鮮さとか、そういうのが分かります」
ローズは首をかしげた。それが冒険にどう役立つのか、全く想像がつかない。
その時、疲れ切った4人組がギルドに入ってきた。
先頭を歩く金髪の女性は、凛とした雰囲気を持っている。その後ろに、本を抱えた魔法使い風の少女、黒いフードを被った男性、そして大きな斧を担いだ女戦士。
「今日の依頼、きつかったわね...」
金髪の女性が疲れた声で言う。
「魔法の消耗が激しくて...」
魔法使い風の少女も疲労の色を隠せない。
「腹減った...」
黒いフードの男性が呟く。
「飯飯飯!」
女戦士が元気よく叫んだ。
4人はギルド内の食堂へ向かった。レイカも、なんとなく後を追う。
食堂では、レイカは一人でスープを注文していた。お金がないので、ローズに前借りしてもらったのだ。
「いただきます」
一口飲んだ瞬間、レイカの顔がぱあっと明るくなった。
「うまーーーい!このスープ、野菜の甘みが絶妙に効いてる!」
「玉ねぎとニンジンとジャガイモの調和が素晴らしい!」
レイカの大きな声に、食堂にいた全員が振り返った。
そんな中、さっきの4人組も疲れた様子でスープを飲んでいる。
「うーん...いつもの味ね」
金髪の女性が微妙な表情を見せる。
「栄養はあるんでしょうけど...」
魔法使いの少女も同様だ。
「味がない...」
フードの男性がぼそっと呟く。
「まずくはないが、美味くもない」
女戦士が率直な感想を述べる。
レイカは思わず声をかけた。
「あの、そのスープ...」
4人が振り返る。
「玉ねぎがもう少し炒めてあれば甘みが増すと思います」
「何ですって?」
魔法使いの少女が驚いた声を上げる。
「あと、塩を少し足せば味が引き締まります」
「コショウも粗挽きの方が香りが立ちます」
黒いフードの男性が興味深そうに言った。
「...詳しいな」
「味見してみませんか?」
女戦士が首をかしげる。
「味見?」
「料理人さんに言って、少し調味料を足してもらえば...」
レイカの提案で、料理人が調味料を追加してくれた。4人が改めてスープを飲み直す。
「あ...美味しい」
金髪の女性の目が驚きで見開かれる。
「全然違います!」
魔法使いの少女が感動の声を上げる。
「同じ材料なのに...」
フードの男性も感心している。
「うまい!」
女戦士が満足そうに頷く。
4人はレイカのテーブルにやってきた。
「すみません、お話を聞かせてもらえませんか?」
金髪の女性が丁寧に頭を下げる。
「僕なんかで良ければ」
金髪の女性の表情が一瞬ひきつく。
「あの...もしかして女性の方ですか?」
「はい」
「でしたら『私』って言っていただかないと...」
金髪の女性が困ったような表情を見せる。
「礼儀作法法で、一人称を間違えると...」
「私たち全員がデコピンのお仕置きを受けるんです」
金髪の女性が真剣な表情で説明する。
「デコピンくらい平気ですよ」
レイカがのんきに答えると、4人全員が慌てる。
「平気じゃダメなんです!」
「私たちも巻き添えなんですよ!」
魔法使いの少女が必死に訴える。
「えー、でも僕って可愛い響きじゃないですか?」
レイカが天然に言うと、4人が頭を抱える。
「可愛いとか関係ないんです!」
フードの男性が苦笑いを浮かべる。
「...面倒くさい法律だな」
「まあ、とりあえず自己紹介しましょう」
金髪の女性が気を取り直す。
「私、勇者のアリス・ブライトソードです」
「魔法使いのルナ・スターダストです」
「盗賊のジャック・シャドウだ」
「私は戦士のマーシャ・アイアンハートだ」
「サクラバ・レイカです。よろしくお願いします」
アリスが尋ねる。
「戦闘はどのくらい?」
「できません」
「魔法は?」
ルナが興味深そうに見つめる。
「できません」
「じゃあ何ができるんだ?」
ジャックが現実的な質問をする。
「食べることです」
4人は顔を見合わせた。
「食べること...?」
アリスが困惑している。
「はい。料理の味見とか、食材の良し悪しとか...」
「それって戦闘に関係あるか?」
マーシャが率直に聞く。
「ないです」
「...」
沈黙が流れる。
しかし、ジャックが口を開いた。
「私たち、いつも適当な食事してるからな」
「確かに...栄養バランスとか考えてない」
アリスも同意する。
「研究で忙しくて、食事は二の次でした」
ルナも頷く。
「うまいもん食えるなら大歓迎だ」
マーシャが豪快に笑う。
「でも僕、料理できませんよ」
レイカが不安そうに言う。
アリスの表情がピクリと動く。
「『私』って言いなさい!」
アリスが反射的に注意する。
「私たち全員がデコピンされちゃうでしょ!」
「あ、すみません...でも料理できないんです」
「味見だけでいいんだよ」
ジャックが優しく言う。
「それなら...」
アリスが改まって提案した。
「私たちのパーティーに参加しませんか?」
「え?」
「食事係として」
ルナが補足する。
「料理の味見と食材選びをお願いします」
「僕で良いんですか?」
アリスの血管がピクピクと浮き出る。
「『私』よ!『私』!!」
「私たち全員がお仕置きされるって何度言えば...」
アリスが頭を抱える。
「うまい飯が食えるなら大歓迎だ」
マーシャが力強く言う。
「報酬は均等割りで」
アリスがきちんと条件を示す。
「ありがとうございます!」
レイカは嬉しそうに頭を下げた。
「よろしくな」
ジャックが握手を求める。
「これで美味しい食事が...」
ルナが期待に目を輝かせる。
「乾杯だ!」
マーシャがジョッキを高く掲げる。
「頑張ります!」
レイカも嬉しそうに応える。
「でも絶対に『私』って言うのよ?」
アリスが念押しする。
「私たち全員の運命がかかってるんだから」
「はい...でも『僕』の方が言いやすくて」
レイカが正直に答えると、アリスが再び頭を抱える。
「これは長い戦いになりそうね...」
ルナが苦笑いを浮かべる。
「でも面白そうなメンバーが加わったな」
ジャックが興味深そうに言う。
「うまい飯のためなら我慢する」
マーシャが豪快に笑った。
心の中で、レイカは安堵していた。
(やっと美味しいものが食べられる...)
(この世界の料理、全部味わってみたい)
(でも料理できないから、誰か作ってくれるかな...)
戦闘とか面倒くさいことはしたくないけれど、これなら大丈夫そうだ。美味しいものが食べられて、お金ももらえる。
「僕にぴったりな仕事じゃないですか」
レイカは満足そうに呟いた。
「『私』よ!」
アリスの注意がまた飛んでくる。
「もう慣れた方がいいかもね...」
ルナが諦めたような表情を見せる。
そんなレイカの天然さに、4人はもう慣れ始めていた。
こうして、レイカは勇者パーティーの一員となった。戦えない、魔法も使えない、料理もできない。でも「食べること」だけは誰にも負けない、変わった新メンバーとして。
そして何より、パーティー全員を巻き添えにする「一人称問題」を抱えた、ちょっと危険な新メンバーとして。
この後、レイカの「超味覚」が思わぬ活躍をすることになるとは、この時は誰も想像していなかった。
食事を通じて人々を幸せにする冒険が、今始まろうとしている。
ただし、アリスの胃痛の種も一緒に。