第六節
主が倒れた事で一面の蔓蔦は枯れ果て、まるで真冬のような光景となったミンドラ邸の前庭において、遠い子孫であるミランダは師の遺したメッセージにようやく気が付いた。
「ふたつだけだと気付かなかったけど、ほら、このペンダント・トップ。それとそれは、くっ付きそうじゃない?」
ラヴェンナが今手にしているみっつのペンダントの装飾は、それ自体何なのか良く判らない形をしていたが、どうやら新たに手に入れたふたつは、元々ラヴェンナが持っていたペンダント・トップと端同士がくっ付く形をしているようだった。
「なるほど、割符ね。四つをくっ付ければ、元の形になる訳ね。」
割符と言うのは、あるひとつの物品をふたつに割ってそれぞれを別々の者が持ち、後でその断面を合わせて互いを確認し合う、一種の証明書である。古くは木札をふたつに割り、割った本人以外が商品の受け渡し、金銭の受け渡しを行う際の身分証明として活用された。
断面の合致のみならず、複数の断片に割って文字や図形をばらばらにし、後に全てを合わせて復元するパズルのようにも使われた。こうして用途が広がると、商人だけが割符を扱うに止まらず、魔法分野や盗賊たちの闇の活動などにも使われるようになった。
故に、盗賊であるエンジエルも知っていたし、魔女の形見として使われても不思議では無かった。
「こことぉ……ここね。そしてぇ、こことここがくっ付く――と。」
ラヴェンナがペンダントを持ったまま、エンジエルはペンダント・トップ・パズルを組み立てて行く。
「あ!これって……ねぇ、ミランダのも持って来て。」
言われて駆け寄り、ミランダの持つ最後のピースが嵌まる。
「うん。やっぱり、猫だ。」
みっつが組み合わさった時点で、すでにその正体は知れた。最後に猫の尻尾が合わさって、ペンダント・トップは本来の姿を取り戻した。
「……猫ね。でも、魔力も纏っていないただのレリーフ――なのよね。あの魔女、そんな事言ってたもの。魔導器の類いじゃ無いって事よね。じゃあこれ、どうすれば良いのかしら。」
「……私、まだ魔力なんて集中もせずに感知なんて出来無いけど、その必要も無いわ。」
エンジエルの手から猫のレリーフを受け取り、ミランダはひと呼吸置いて、
「多分これ、何かの鍵よ。ううん、どこのかは判る。おば――お師匠様の離れの庵。猫の庵のどこかで使うんだわ。」
「猫の庵?」
「えぇ、おばあ――ちゃんの使い魔、猫だったの。今はもういないけど、猫たちの為に住処を用意してたの。私も何度か行った事あるけど、私あんまり猫得意じゃ無くて。だから本当は、家で一緒に暮らしたかったんだと思うけど、私の為に離れに隔離してたんだと思う。」
エンジエルは、口にこそ出さなかったが、猫が苦手な人なんているんだ、と不思議に思った。しかしそれは、不思議な事でも何でも無い。可愛くない――と言う事では無く、体質的な問題として、猫の傍に寄れない者もいるのだ。
シェードはそれが、免疫の過剰反応である事を知っている。ただこの世界では、一般的な概念では無い。そもそも、免疫と言う概念も無い。ただ何と無く、猫を始めとした特定の動物に近付くと、体調を崩す体質がある事だけ知られている。知られているとは言っても、当事者で無ければ知る機会も少ない。一般人が誰しも常識として弁えられるほど、情報伝達の意味で世界は狭く無かった。
「それじゃあ、部屋の片付けは後回しにして、その庵とやらに行こうや。もう一度迷惑な客が来る前に――な。」
「?……え、えぇ、そうですね。先に、お婆ちゃんが何をしたかったのか、確かめましょう。」
今のダイ・オフの言葉の真意に気付いたのはエンジエルだけで、ミランダは気付かなかった。
それ以外の者は気付かなかったのでは無く、同じ事を考えていた。アルメドラは、まだ死んではいない。正確には、多分死んではいないだろう。
斬ったダイ・オフも、決して手応えがおかしかった――などと感じはしなかった。本来であらば、あれで生きている生命体などいまい。
しかし、カサンドラの例もある。無論、カサンドラとて生きている道理は無い。それでも生きている――と言う確信はあった。アルメドラに対しても、同種の確信を抱いていた――と言う事であった。
「それではご案内します。こちらです。」
ミランダは、館の裏手へと歩を進める。後を付いて行けば、すぐにも奥に小道が続いている事が判った。
そうして一行は、館から少し離れた庵を目指して移動を開始した。五体ほどいたはずの園芸用ゴーレムが四体しかいなかったが、蔓蔦の海に飲まれ庭の光景が様変わりしていて、その事には誰ひとり気付かぬままに。
奥の細道は、以前整備されてから歩く者も無く、少し雑草が生え獣道のようになっていた。ミランダはともかく、ミンドラは猫の庵へと赴く理由があっただろうが、つまりは使い魔が絶えてからそれなりの時間が経過していたと言う事か。
それでも、凄腕盗賊たるエンジエルは、ここ最近何者かが歩いた痕跡を見出していた。やはり、ミンドラは最期を迎えるその前に、久しぶりに猫の庵を訪ねていたのだろう。であれば確かに、そこに何かがあるのだろう。
「あ、そうそう。そう言えば、どうして戦斧止めちゃったの?」
エンジエルはミランダの後を追いながら、ふと思い立ってラヴェンナに質問をした。確かに手斧の妙技も見事なものだが、この体で巨斧を振り回す勇姿にも感動を覚えていた。素直に格好良いと思っていたから、少し残念な思いもあった。
「……大きな斧は目立つから。遠出には向かないって、お婆ちゃんが。」
「け、今更かよ。」
そのダイ・オフの言葉は無視して、
「その所為で、会う人会う人、私を避けていたみたい。元々あんまり人と接しない方だから、そう言うの良く判らなくて。」
「……そ、そうなんだ。でも……」
エンジエルは言葉を呑み込んだ。確かにそれもあるけど、もうひとつの違和感も大きかったと思う。その巨斧を持っていたのが、何故かメイドさん。好奇の眼を引くには充分よね。
だが今は、メイド服を着ていない。弔問故か、気付いて着るのを止めたのか。エンジエルは、敢えて今聞く必要は無いと思った。
「あんなにたくさんの斧をばんばん投げて、信じられないくらいお強かったですけどぉ、何か特別な修行をなさったんですかぁ?」
会話の流れに乗るように、ミランダもラヴェンナに対し興味を覚え質問してみた。魔女の修業前は、特に何もしていなかったただの街娘であるミランダは、一般的な戦闘についての知識すら持ち合わせていない。であっても、先のラヴェンナは特別に見えた。あんな戦い方、話にも聞いた事が無い。
「……いいえ、何も。あれは……普段からやっているだけ。自然に覚えたの。……ただ、」
「……ただ?」
「……お婆ちゃんの為に方々に出掛けるようになって、戦う機会もあって。それで少しは強くなったかも。」
確かに、修行だけで無く実戦を経験する事は大切である。ラヴェンナの場合、基礎の部分が常人離れしてはいるが、それでも実戦を経た事に意味はあったのだろう。
「それに、出掛けた先でエンジエルさんや――ダイ・オフさんにも逢えました。」
「け。」
「?」
エンジエルさんや、の後の間は、ミランダにまだデュースたちを紹介していないが故の間だ。未だラヴェンナは、ダイ・オフに気を許してはいない。それが判るからこその、け。である。
「……そろそろのようですね。」
まだ偵察に出た切りのウーミンは戻っていないが、何かを感じ取ったものか、シェードがそう断じた。
「え?えぇ、そうですね。もうすぐ見えて来ると思います。」
緑の葉が作る天然のアーチを抜けると、少し開けた場所にそれはあった。本館とは違い、堅牢な作りの建物では無く、どこかの村の外れにちょこっと建っているような、こじんまりとした一軒家。蔓蔦が壁を覆っている事も無く、森の魔女の住まい然とした佇まいを感じさせない。白壁は多少くすんでおり、屋根は暗赤色。そこにウーミンは止まっており、首をくるくる回しながら周囲を警戒しているようだった。
「ここが猫の庵です。もう、猫はいませんけど。」
そうしてミランダは庵へと近付いて行き、はたと足を止めた。何やらぱたぱたと体を叩き、ゆっくり後ろを振り返る。
「……そう言えば、鍵、持って来ていませんでした。」
申し訳無さそうに項垂れるミランダだったが、それを見たエンジエルはダイ・オフを振り返り、
「……どう?庵の扉、魔法掛かってる?」
「……いんや。ここいら一帯、まるで魔力なんて感じねぇぜ。」
森の魔女が使い魔の為に建てた庵から魔力を感じないなどむしろ不自然なのだが、ともかく扉は魔法で封じられてはいないようだった。
「だったら任せて。鍵開けは得意なのよ。」
返事も待たず、素早く腰のポーチから道具を取り出して、エンジエルはさっさと鍵開けに入る。遺跡の扉と言う訳では無い。かちゃかちゃと数秒弄った程度で、かちゃり、と軽快な音を立て錠が外れた。
「か……簡単に開きましたね。」
「これでもプロよ。……最近、誰かが開けた痕跡もあるわ。やっぱりお師匠さん、ここに来たみたいね。」
「そんな事も判るんですか。おば――あちゃん……。それじゃあ、中に入りましょう。このレリーフを使う場所なら、多分判ります。」
ミランダが手を伸ばし、ドアノブに触れようとしたその時、
「危ねぇ、下がれ!」
と、ダイ・オフは叫ぶと共に、ミランダの体を後ろへ引いた。エンジエルは自ら咄嗟に飛び退いている。
その数瞬後、庵の壁を突き破るように、例の蔓蔦の大蛇がぬたうちながら数十条飛び出して来た。その大蛇たちは暴れ回り、ちっぽけな庵はあっさり崩れて瓦礫と化して行く。
「ぎげぎゃあ!」
その時、上空からウーミンの声がした。そう言えば、ウーミンは屋根に止まって周囲を警戒していた。この崩壊に巻き込まれず、何とか飛び立っていたのだろう。
「あっ!」
そうして見上げた事で、それに気付く。今まさに崩れんとする庵の上には、蔓蔦の塊が巨大な鞠となって揺らいでいた。いや、ただの鞠では無い。何かを呑み込んでいる。
「皆逃げろ!ゴーレムだ!」
いち早く事態に気付いたデュースが声を上げたが、数tもの石塊がこの高さから落下すれば、直撃を避けたとて無事には済むまい。
不味い。
「……これはさすがに不味いですね。」
小さく独り言ちたシェードは、その場から上空へと飛び上がった。ゴーレム鞠まで七~八mはあろうか。しかし、シェードはひと飛びで鞠まで到達し、その手を伸ばしてゴーレムに触れた。
その瞬間、大きな魔力の奔流を、アルメドラ含め魔力を感知出来る者は感じ取った。未熟なミランダでさえも。
「ごおあぁぁぁぁぁ!」
蔓蔦に縛られていたゴーレムが声を上げ、両腕を広げて蔓蔦の戒めを引き千切る。自由を取り戻したゴーレムは、蔓蔦をしっかり掴んで落下せぬよう体を支えた。
その間に、デュースの声に行動を起こしていた面々はゴーレムの周囲から離れ、足も体も動かなかったミランダは、降り立ったシェードが脇に抱えてその場から退避した。
皆の安全が確保出来た事を確認し、シェードはゴーレムに命じ、ゴーレムは蔓蔦を再度引き千切って地上へと降り立った。どずぅん、と言う地響きと共に、庵のあった場所が少し陥没し、瓦礫が吹き飛ばされる。
瓦礫が吹き飛ばされた事で、その場に姿を現したものがあった。まるで傷付かずに残った建物の一部――不思議な事に、ひと部屋だけ無傷であった。
「……何とも煩わしいわねぇ。ま、そりゃそうか。封印くらい施すわよねぇ。」
どこからか、アルメドラの声がした。なるほど、どうやら残った一角には、特別な封印が施されていたのだろう。魔力を感じなかったのは、魔力をも封じる特性を持った封印であったから。魔力が漏れ出たのでは、そこに封印があると示しているようなものだ。封印自体を感知させない封印の方が、封印として正しかろう。
「しかし……この手も隠し玉だし、上手く気付かれずにゴーレム持ち出せたのに、随分あっさり乗り切られちゃったわねぇ。」
声は、瓦礫の向こうから聞こえて来た。
「本当、一体何者なのよ、貴方。」
それは、シェードに向けられた言葉であろう。他の者も皆、同じ思いではあった。
「まぁ良いわ。それより、そこにある、って訳よね。後はその鍵を頂けば良いだけ。もう一度言うわよ。そのレリーフを渡しなさい。そうすれば見逃してあげるわ。」
今度の声は背後から。否。横手からも、正面からも。四方八方から声が聞こえる。そして、濃緑色の長衣を身に纏った妖艶な魔女が、ひとりふたり――三人四人と周りを取り囲むように姿を現した。
「……手応えはあったが、まぁ、生きてるとは思ってたぜ。んだがぁ、何なんだお前ぇ。無事って事ぁ先のは本体じゃ無かったって事だろうが、一体何人いんだよ。」
ははははは、ほほほほほと、何人ものアルメドラの嘲笑が周囲から響き渡り、それは数人では済まず、十人は超えていそうだった。
「シェード!ミランダは頼んだぞ。エンジエル!ラヴェンナ!抜かるなよ!」
言って、ダイ・オフはデッド・エンドを構える前に、腰の物をエンジエルへと投げ渡した。相手は魔女だ。魔法障壁に普通の得物は通らない。
腰の物は、デュースの義父の形見であり、デッド・エンドに遠く及ばぬまでも魔法剣である。魔法と戦うに際し、最低限必要となる武装と言えた。
故に、エンジエルも旅の空、短剣だけで無く両手剣も扱えるよう、デュースに稽古を付けて貰っている。
一流の盗賊であっても戦士では無い為、いきなり相応の使い手へと成長を遂げるものでは無いが、土台がしっかりしている分、すでに一般的な戦士の伎倆は超えている。
片やラヴェンナ。その伎倆は超人的であったが、やはり手斧は魔力を持たぬ普通の武器だ。その威力を以てすれば互角以上に渡り合えるだろうが、有効打は難しい。
それでもラヴェンナ、臆する事無く一番近い位置にいたアルメドラ目掛け再び手斧を投げ放つと、両手にも手斧を構えて突進した。
それに対するアルメドラ、するすると身長が伸びて行き――否。背が伸びたのでは無い。足が伸びたのだ。再び否。ただ足が伸びたのでは無い。ローブの裾からは、人間の足の代わりに蔓蔦の大蛇がぬたうち、まるで十二本の足を持つ怪物として描かれた、伝承にあるスキュラのようである。
ただの蔓蔦の鞭であれば、ラヴェンナの投げ手斧が切り裂く事は先刻証明された。それ故か、今ぬたうつ蔓蔦は螺旋状に絡み合って、より強固なものとなっている。スキュラの足で何とか弾き返し、さらに胴体が高みにあり直接斬り掛かるのも難しそうだ。
このスキュラもまた、アルメドラの奥の手のひとつである。蔓蔦の強度を上げたのはラヴェンナとの戦いを経たからだが、このスキュラ状のアルメドラの戦力は、単体で魔導師を帯同させている百人隊をすら壊滅させ得る強さを持っていた。魔女は本来肉体的な戦闘力を持たぬ為、それを補う戦闘形態と言えた。
こうなっては、ラヴェンナの攻撃も効果は薄い。やはり、魔法を帯びぬただの手斧であっては、魔女と戦うには些か心許無い。
それでもラヴェンナ、顔色ひとつ変えずに続けて手斧を投げ放つと、今度はスキュラの足が燃えるように切断され、そのままスキャラアルメドラの額をもかち割った。
「?!」
驚いたのは、アルメドラだけでは無い。当のラヴェンナも怪訝な顔をする。
「どう言う事?」「どう言う事?」
どこか離れた場所にいるアルメドラ本人とラヴェンナの言葉が重なった。
「私ですよ、私。援護します。今、ラヴェンナさんに炎属性を付与しました。」
ミランダの傍から、そうシェードが声を上げた。
「武器にでは無く、貴女自身に付与魔法を掛けました。しばらくの内は、貴女の攻撃全てが炎属性になります。手斧乱舞には丁度良いでしょう?」
そうにこやかに説明するシェードの発言に、今度は魔法分野の者たちが驚駭させられる。
「馬鹿なっ?!此奴、先程ゴーレムを奪ったではないか!錬金術師の類いでは無いのか!?」
アルメドラは、特に驚きを隠せない。ダイ・オフもデッド・エンドも決して魔法使いでは無いし、デュースも本の知識しか持たぬ故知悉しているとは言い難い。ミランダは未熟だ。
魔法は――特に人間族にとっては、とても難解で奥が深い。幅も広く、魔法とひと口に言っても多くの種類が存在する。古代語魔法、精霊魔法、神聖魔法と言う区分けは大きな分類に過ぎず、特に古代語魔法は人間族が魔法を扱う技術を古代に体系付けた事に由来するだけで、精霊魔法や神聖魔法よりも広義な言葉だ。言ってしまえば、精霊魔法にも神聖魔法にも属さぬ魔法は、全て古代語魔法と言っても過言では無いのだ。
その古代語魔法の内、比較的明確な分類が魔法効果の系統であり、魔法実験により様々な魔法素材を生み出したり、疑似生命を生み出したり、ゴーレムを作成、使役するのが錬金術師である。実験を通して様々な物に魔力を付与する事もあるから、付与魔法にも精通しているとは言えるだろう。
しかし、付与魔法を専門に扱う付与魔術師とは違い、あくまで一般に知られる通常の付与魔法を扱えるに過ぎない。
では、今シェードが使った、器物では無く人体に属性付与する付与魔法はどうか。多分、本職の付与魔術師をして奇蹟と言わしめる事だろう。
考えてもみよ。己の体の中に炎が宿ったならば、その熱さに人は耐えられようか。無論、敵を襲うほどの熱気では無い。器物にしても、あまりにも高温では耐えられまい。
あくまで攻撃が発動するまでは種火だが、それでも体に宿しては熱くて堪らない。冷気であれば、体の芯から凍えてしまうだろう。外から魔力を付与するなど、通常であれば器物だから耐えるも堪えぬも無いが、人には害となり得るのだ。
それを可能とするならば、それは付与魔術師の秘奥と言うものだ。錬金術師が兼ね備えて良い業では無い。
驚駭し、しばし呆然のアルメドラは――つまりは、十体を超えるスキュラたちは、はた、と気付けば数体が打ち倒されていた。
此度、スキュラとは同期していない。スキュラは奥の手のひとつであるが、少なくともあの魔法剣士には簡単に倒されるだろう。その時、シンクロしていたのでは、余計な精神ダメージを負ってしまう。
故に、この襲撃においては、シンクロする分身体は姿を隠し、司令塔としてそこから蔓蔦を通じスキュラを操っていた。シンクロ体よりも精度は落ちるも、これならば精神までは斬られない。わざわざスキュラにしたのも、怪物じみていれば操り人形としての不自然さが多少は紛れると言う狙いもあった。
だからこそ、何体か斬られても精神ダメージは受けず、我に返るのが遅れた。
問題は、斬ったのがあの魔法剣士だけでは無いと言う事だ。常軌を逸した錬金術師の付与を得て、炎の手斧などと言う致命打を喰らう破目となり、ラヴェンナにも次から次へと倒されて行く。
あまつさえ、ただの――で無かったが、盗賊風情にさえ一体倒されていた。どうやら、その手にしている両手剣は、魔法剣であるらしい。蔓蔦の鞭を掻い潜り太刀を浴びせるのだ。腕も確かだ。
「えぇいっ!ゴーレムにしろスキュラにしろ、結局はあの男の介入の所為ではないか。忌々しい!」
事実、シェードの助力が無ければ、果たしてエンジエルたちは無事で済んだであろうか。伝説の魔女の森のカサンドラ、その姉妹であるアルメドラは、間違い無くこの世界屈指の魔法使いであろう。その目論見が悉く外れるなど、この千年起こり得なかった痛恨事である。
しかし、その痛恨事を起こした当人は、
「いやぁ、先のゴーレム支配権奪取と炎属性付与で、また魔力が空っぽになっちゃいました。皆さん、後はよろしくお願いしますね。」
ミランダの横で、挙げた手をふりふり、もう降参とジェスチャーをするシェード。実に胡散臭いと、男三人は横目で見やる。
「今度は不干渉を気取るのか。本当に何なのだ、あの男は!」
上手く隠しているが、魔力が切れたなどと戯言だ。むしろ、完全に魔力を隠蔽しているからこそ、不自然極まる。そう憤りはするが、これ以上邪魔をしないと言うなら是非も無し。改めて、残りの敵に集中すれば良い。しかし――
スキュラと化しては見た目を気にする必要も無く、端から外皮は硬く変化しており、螺旋の鞭の攻撃力と樹皮の防御力で、スキュラアルメドラの戦闘力は上位のモンスターに引けを取らぬだろう。ダイ・オフの炎と相性は悪いが、森の延焼を考慮してか、派手に炎を撒き散らす事も無い。にも拘らず、蔓蔦に一刀、胴体に一刀、たったふた振りでスキュラが一体屠られるのだ。
デッド・エンドと言う魔法剣に加えてその膂力。螺旋の鞭も硬樹皮も、純粋に力で斬り捨てられてしまう。剛剣と呼ぶに相応しい戦いぶりは、ダイ・オフの得意とするところであった。
そしてラヴェンナ。ただの手斧であっても、その乱舞を御し切れなかった。唯一の救いが、魔法を帯びぬただの物理攻撃であった事。そこへ炎属性が乗っかったのだ。ラヴェンナが直接斬り込む必要すら無かった。投げれば投げるだけ、スキュラに手斧が喰い込み、寸断され、灰と化して行く。
唯一、互角の戦いを演じるのがエンジエル。……互角――そう、百人隊すら凌駕するモンスター相手に、エンジエルは互角に戦いのけていた。もちろん、デュースの義父の剣が魔法剣である事は大きい。しかし、技倆はまた別の話である。
しっかり両手で剣を扱う術を体得し、それまでの盗賊としての技倆、軽業も駆使し、上手くスキュラの足の乱舞を躱し、時に胴体へと肉薄し、しかし決定打を与えられずにいた。
それでも、スキュラは所詮操り人形。他の超人との戦いに気も削がれ、ダイ・オフ、ラヴェンナが四~五体倒す内に一体止めを刺すに至った。
当初周囲を取り囲んだ分身体は十数体であったが、余りに早く打ち倒されて行く為、アルメドラは次から次へと分身体を量産する事となる。いつ果てるとも知れぬ戦い――普通の人間であるエンジエル辺りが先に疲弊するかと思いきや、最初に根を上げたのは――アルメドラである。余りにも、余りにも次々スキュラが倒されて行くが故に、ただでさえ魔力消費の激しい分身体創造、スキュラ化を繰り返したが為に、ついには千古の魔女をして魔力が枯渇したのであった。否。魔法生命体であるアルメドラにとって、魔力は生命に等しい。その生命最期の一滴まで注ぐ事は出来ぬ。枯渇とまでは行かないまでも、スキュラたちを維持出来ぬ程には疲弊した。
終にスキュラが絶えた。そして――
「あ!まだ来ます。そこ!」
ミランダが叫ぶ。一同を取り囲むように襲い来たスキュラに対していたエンジエルたちは外側を注視していたが、それはそんな一同の中心から立ち上がった。スキュラでは無く、濃緑色のローブを身に纏った妖艶な……いや、非道く顔色の悪い魔女だった。
睥睨するダイ・オフに、無反応なラヴェンナ。エンジエルだけが身構えると、立ち上がったばかりのアルメドラはそのまま倒れ伏してしまった。
「え!?……あのぅ、大丈夫ですか?」
心配そうに歩み寄るミランダに、これまた反応を示したのはエンジエルのみ。
「ちょ、ちょっと!近付いちゃ危ないわよ。」
そのエンジエルに、眼で合図を送るシェード。どうやら、もう戦いは終わったようだ。
恐る恐る近付いたミランダの後に続き、シェードも、そしてダイ・オフ、ラヴェンナ、エンジエルも、その場へと集合して来た。
「然しもの森の魔女とは言え、魔力が底無しって事ぁ無かったようだな。」
浅い息で喘いでいたアルメドラであったが、
「はっ……はっ……は……あ、あんたらが……お、おかしいのよ。」
精根尽き果てた様子だが、話す事は出来るようだ。それもそのはず。実際に手傷は負っていないのだ。何十体と倒されたスキュラは全て、あくまで分身体である。……この司令塔も分身体であるが、アルメドラ本人も今はこの司令塔と然程変わり無い状態だった。疲弊したのは、アルメドラ自身であるから。
「……で、どうするの?」
「……どうする、って、どう言う事です?」
エンジエルの言葉に、疑問を投げ掛けるミランダ。ミランダだけが、他の人間と思考が違う。
「……止め、刺す?」
「えぇ~~~、だって、もう倒れちゃってるじゃないですかぁ。かわいそうですよぉ。」
言うと思った。心の中で、エンジエルはそう呟いた。とは言え、止めを刺すのはどうでも良かった。確かに気息奄々、放っておいても害は無い――と言う事もあるが、目の前のこのアルメドラが本体かどうかも疑わしい。止めを刺す事に意味があると思えなかった。
「はっ……はは、あはは……やっぱり、面白い娘ね、貴女。ふぅ、ふぅ、ふぅ……良かったら、最期のお願い、聞いて貰えるかしら。」
「は、はいっ!もちろん。」
「……ふぅ、負けたんだから、もうお宝は要らないわ。でもね、あの女が何を遺したかは知りたいわ。冥界への土産に、一緒に確認させて貰えないかしら。」
「ちょ、ちょっと、あんた――」
「はい、もちろん!」
「っ……」
エンジエルは呆れもしたが、ミランダはこう言う人なのだろう事はもう判った。それに、もしアルメドラが何かを企んだとしても、問題は無いだろう。デュースが――ダイ・オフもデッド・エンドも、そしてシェードも眼を光らせている。すでに詰んでいるのだ(※)。
「ふぅ、しょうがないわねぇ。ミランダがそう言うんだから、確認くらいさせてあげるわ。」
「あぁ、構わねぇだろ。さっさと開けちまおうぜ。あの滑稽な封印の間を。」
滑稽な封印の間。瓦礫の中にひと部屋だけ残ったそれは、確かに滑稽だった。一同はこの後、ようやくこの騒動自体が滑稽であったと、知る事になるのだった。
シェードが支配した園芸用ゴーレムがアルメドラを抱き抱え、一同は封印の間の前へと移動した。魔力をも封印しているので、至って普通の部屋に見えるのだが、そんな至って普通の部屋が瓦礫の中で無傷でいるのが不自然極まりない。
部屋――とは言ったが、そこに扉は無く、あるのは一枚のレリーフ画である。楽しそうに戯れる猫がたくさん彫られており、その中に一か所だけ、不自然に凹んだ場所があった。
「えっとぉ……ここ、ですよねぇ。」
誰に確認する訳でも無く、そう呟きながら四つのペンダント・トップを合わせたレリーフをその凹みに近付けて行き、ごくり、と一度唾を呑み込んでから、ミランダはそれを嵌め込んだ。
かちり、とも音はせず、ペンダント・トップは最初からそこにあったかのようにレリーフ画の一部として納まった。
すると、ふ、と何かが消えて、そこにいた全ての人間が何かの奔流が解き放たれるのを感じた。それほど、濃密な魔力が解放されたのである。
そして、魔力を感じる事が出来る者たちは、引き続き強大な魔力がそこから発せられている事も感知する。中に何かがある。
そう感じた刹那、部屋が崩れた。封印を失ったただの建物の残骸は、その形を維持出来無かったのだ。
しかし、その中にある何かが、巻き込まれて壊れてしまう事は無かった。崩れた後には瓦礫しか残らなかったが、相変わらずその瓦礫の中から強大な魔力は漏れ出ているのだ。
「ミランダ。瓦礫が邪魔だと思うが、お前が掘り出すと良い。」
「え、えぇ。……そ、そうね。そうするわ。」
粗野なはずのダイ・オフの優しい口調に戸惑ったミランダだったが、すぐに気を取り直し、瓦礫の中に足を踏み入れた。瓦礫と言っても、部屋ひとつ分の木材のみであったから、それはすぐに見付かった。
杖――自然のままの樹の枝を形そのままに加工した、不格好な一本の杖であった。
「……こ、これが……お婆ちゃんの遺した物?」
アルメドラには見覚えがあった。
「それ……まだ私たちが見習いだった頃、皆で一緒に作った最初の杖……」
「え!?本当に?……凄い、お婆ちゃん。そんな見習いの頃に、こんな凄い物作っちゃうなんて。」
その一見不格好で歪な杖は、未熟なミランダにも判るほど強い魔力を発していた。
「違う……そんなはず無い。こんなに強い魔力を秘めている訳無い。だってあの頃、それは本当にただの見習いの杖だったもの。」
「そうですねぇ。確かに、拵えはただの見習いの杖――にしか見えませんね。」
この状況を正確に推察し得るのは自分だけと知り、シェードは口を開いた。
「ですが、それは千年も昔の話。どうやら皆さん、まだ見習いでお気付きにならなかったようですね。」
「どう言う……意味?」
「どこから拾って来た樹をお使いになったのか判りませんが、どう作ったかでは無く、何で作ったかが問題です。」
「……森の母の資材庫から、勝手に持ち出した物だったと思うけど……」
「多分、手折られた事で当時すでに力を失っていたんでしょうね。お母様も、そう思って放置なさっていた。でもね、これ。この杖。いいえ、この枝。間違いありません。」
「何よ、シェード。勿体付けるわね。」
ちょっとイラッとするエンジエル。
「……世界樹……世界樹の枝……」
答えには、アルメドラが辿り着いた。
「はい、その通り。この杖は、世界樹の枝を使ったとても希少な杖ですね。多分、永く魔女の森に置かれていたから、濃密な魔素をたくさん吸い込んで、本来の力を取り戻したんじゃないでしょうか。今や、見習いの杖どころか、賢者の杖と呼んでも差し障り無いでしょうね。」
「……世界樹の枝?世界樹って……何?」
「……本で読んだ事がある。」
エンジエルの疑問には、博識なデュースが答えた。
「世界の何処かに生えていると云う、山よりも大きな樹だそうだ。それほど巨大な樹だ。何か特別な樹なんだろう。エルフの伝承か何かでは、世界そのものと繋がっている、云わば神の化身とされているとか。」
「ふ~ん……でもさぁ、そんなに大きな樹なら、枝ももっと大きいんじゃない?」
エンジエルの素直な感想に、思わずデュースは眼をぱちくりさせた。言われてみればそうだな。そんな発想、まるで無かった。
「はは、そうですねぇ。伝説の世界樹の枝ならば、確かにかなり大きいかも知れません。それとは別に、永い年月を生き、強い魔力を宿すに至った古木を、崇敬の意味も込めて世界樹と呼ぶ事もあるんです。これは、そう言った類いの世界樹の枝だと思います。本物であれば、多分もっと魔力も強いでしょう。」
「もっと強い――って、これ、この杖だって、相当な魔力を秘めてるじゃない。て言うか……」
賢者の杖と呼べるほどの魔導器を前にして、その存在に慄いているのは、ミランダとアルメドラふたりだけ。魔力を感じぬエンジエルはともかく、異質な存在であるシェードはともかく、このふたりいる魔法剣士も涼しい顔だ。
「……そう言えば、皆さん随分と落ち着いていますね。これだけ強い魔力ですから、エンジエルさんもラヴェンナさんも、何かしら感じるものがあると思うのですが。」
「ん?……まぁ、ねぇ、ラヴェンナ。」
「……そうですね、エンジエルさん。これなら、あの時の方がもっと。」
「あの時――ですか?」
「うん、そう。あたしたち、もっと強い魔導器見てるから。古代魔族の遺産って言ってね。とっても恐ろしい魔導器なの。ラヴェンナと出逢った旧ボードウィン男爵領では、壊れた遺産からもっと大きな魔力が漏れ出てたわね。魔力なんて感じないあたしたちが、それと肌で判るほど濃密な魔力。」
漏れ出た魔力の奔流が渦を巻き、それに晒されただけで咳き込むほど、周囲に影響を与えていた。確かに、あれと比べれば、賢者の杖から発せられている魔力などは、可愛いものかも知れなかった。
「……古代魔族の遺産?……古代魔族――ね。確かにそれが本当なら、相当な魔導器なんでしょうけど……。千年生きた私が言うのも何だけど、ちょっと世界広過ぎない?」
千古の魔女は、ダイナスの最強吸血鬼の事も知っていたし、古代魔族と言う存在も知ってはいた。だがどちらも、実際に遭遇した事は無い。滅多にお眼に掛かる事の無い超越した存在。そんなモノが魔導器を遺していたなど初耳であった。
「しかし……世界樹の枝を使った賢者の杖が、あの女の形見と言う訳?それを私たちに争奪させようなんて、存外意地が悪かったのね。」
「そ、そんな。おば――お師匠様はそんな人じゃ……」
「でも、千年前はこの杖、ただの見習いの杖だったんですよね。それを後生大事に取って置いたのは何故でしょう。当然、強力な杖だと知っていたからではありません。」
「……思い出の品だから――ね。」
シェードの言葉に、合いの手を入れるエンジエル。シェードは静かに頷いて、
「それを、貴女やディラさんとやらに、ペンダントを送って呼び寄せたんです。思い出を共有する姉妹たちを。」
「それじゃあ、ミンドラさんの目的って……」
「ラヴェンナさんのお婆様も、ミンドラさんのお知り合い。とても、相争わせようとしていたとは思えませんね。」
「……ふん、随分感傷的な事。……千年の時の中で、あの女だけが変わらなかった……そう言う事なのかもね。」
もしその気持ちを察し、欲望から姉妹と争うなど愚かな事をしなければ……。深く息を吐き、静かに眼を閉じるアルメドラ。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
ちら、とミランダを一瞥し、再び眼を閉じるアルメドラ。
「本当におかしな娘ね。……その杖。貴女に上げるから、大切になさい。それじゃあ、縁があったらまた会いましょう。」
ふ、と全身から力が抜けると共に、急速に萎れて襤褸襤褸体が崩れ、アルメドラは消えてしまった。
「あぁ?!アルメドラさん!アルメドラさん、死んじゃった……」
うん、まぁ、死んでないだろ。ミランダ以外の全員がそう思ったが、特に口に出す者もいなかった。
「まぁ、アルメドラの事は良いとして――」
「えぇ?!」
「その賢者の杖?ミランダの物って事で良いのよね。」
水を向けられたのはラヴェンナ。表情を変えずに、
「はい。私には必要ありませんし、元々お婆ちゃんの名代です。お婆ちゃんも、受け取るつもりは無いそうです。」
「そう。で、後はアルメドラとえ~と……ディラさん?そしてミランダがペンダント受け取ってるんだから、ミランダの物でオッケーね。」
「え……そのぅ……貴女方は……」
「あぁ、気にしないで。あたしたちは、偶然立ち寄っただけで関係者じゃ無いし。それに、こっちには魔法使いなんていない……シェード、あんたも要らないでしょ。」
話を振られたシェードは、にこにこ微笑みながら、
「えぇ、要りませんよ。私、魔法の発動体に杖使いませんし。」
そもそも、この男にそんな物が必要なのか。こう言っては何だが、充分価値の高いお宝であろう賢者の杖をして、この男の足元にも及ばぬ力しか秘めていないように思える。古代魔族の遺産やシェードの実力を垣間見たエンジエルには、賢者の杖すら大した魔導器に思えなくなっていた。エンジエルは知らない。出る所に出れば、この杖一本で国すら買えるほどの価値がある事など。
「と言う事で、アルメドラも言ってたけど、これは貴女が受け取って、ミランダ。お婆ちゃんの形見だしね。」
少し逡巡するミランダだったが、手にした杖を胸に抱いて、
「……はい、判りました。この杖は、私が大切にします。」
しばし眼を閉じたまま、慈しむように杖を掻き抱いていた。少しして眼を開けると、
「でも、しばらくは大切に保管しておきます。今の未熟な私には過ぎた物。ちゃんと扱える自信もありませんし。」
「そう……そうね。立派な杖だもの。それに相応しくなれるように、頑張らなくちゃだね。」
そのエンジエルの言葉に応えたミランダの笑顔は、本来の歳よりも若々しい晴れやかなものに見えた。
「……ただ。」
「ただ?ただ何?シェード。」
「いえね、ただその杖を使えば、多分簡単にゴーレムの支配権を委譲出来ると思いますよ。正統なミンドラさん――マスターの後継者と認められるでしょうから。」
「え?!……う、うん、そうする。そうするわ。大切に仕舞うのは、ゴーレム受け継いだ後ね。」
慌てるミランダに、思わず微笑む一同。これでこの森の騒動――魔女たちの狂騒は、全て丸く収まった。
道すがら、たまさか通り掛かったただの森道。エンジエルたちはその道を通り抜け、ようやく自分たちの旅路へと戻って行くのだった。
そうして全てが終わった頃、少し離れた森の中、樹に背中を預けるようにして座っているひとつの影があった。濃緑色のローブに身を包んだ魔女、アルメドラである。
ミランダたちの前で分身体が力尽き崩れ去ったが、それは本体の魔力が疲弊したが故だ。最後の方は、死力を尽くして分身を維持していた。そうでなくては、事の顛末を知り得なかったから。
だから今、ミンドラの真意らしきものも知って気も抜け、体力の限界を迎えていた。指先ひとつ動かすのも億劫だ。
そんな魔女の前に、ひとつの影が降り立った。その影に害意は無いようだが、もし今襲われていたなら、千古の魔女がもうひとり、この地で最期を迎えたかも知れなかった。
その影は、首をくるくる回すようにして、緑の魔女を観察している。ウーミンだ。
「……はぁ、もしかして、ご主人様に私の様子を見て来いって言われたのかしら。」
「ぎげぎゃあ!」
それが抗議の声だと、アルメドラにも判った。
「全く、貴方もあの男も、おかしな人ね。……あの杖は、私には必要無い物よ。期待していたような物じゃあ無かったわ。心配しなくても、もうあのお弟子ちゃんを襲ったりしないわよ。……今更思い出をありがたがるほど、センチメンタルでも無いしねぇ。」
その言葉を聞いてかどうか、ウーミンは首を回すのを止め、ぎげぎゃあとひと声鳴いて羽ばたいた。零れた虹色の羽根が光を反射し、一瞬その場を幻想世界へと変える。
その中を優雅に飛び去る虹色鳥の姿を眺めながら、アルメドラはひと言呟いて眠りに落ちた。
「……お腹空いた。」
つづく
※例の異世界感を出す為の言葉の置き換えを検討したのですが、チェスに相当するゲームは存在し、チェックメイト転じて詰むと言う表現は、この世界にもあるとしました。さすがに、何でもかんでも置き換えてしまうと、自分で把握し切れなくなりそうなので(^^;
あとがき
吸血鬼ハンターの新刊を読んで改めて思ったのですが、吸血鬼ハンターみたいな文章を標榜しながら執筆するも(ちなみに、新刊で初めて目にした言葉、神韻縹緲を今回早速使っています(^^;)、その違いは如何ともし難く。
根本的な文章力と経験による自信が備わっていない為、私は説明し過ぎてしまう。菊地秀行氏の文章は、読者の想像力や読解力に委ねて、しつこく描写し過ぎていない。だからこそ判りづらい面もあるとは思うけど、だからこそスタイリッシュで格好良い雰囲気を醸し出せてもいる。
だけど、私は読者の想像力や読解力に委ねられず、しつこく描写を重ねてしまう。多分判りやすいとは思うけれど、何とも野暮ったくて格好悪い。
それでも、拠って立つ根っ子が無いから、大胆にすっきり書くのは怖い。そこはやはり積み上げたものが必要な部分だと思うので、これからも腐らず継続し、今は内容で楽しんで頂けるよう努力するとして、いつか吸血鬼ハンターのようなスタイリッシュで格好良い文章が書けるようになりたいです。
さて、今回は古代魔族の遺産とは関係無く、事件に巻き込まれる形になりました。そうしょっちゅう出遭えるほどあり触れた物では無いと思って、古代魔族の遺産絡みでは無いエピソードは入れようと思っていたのもありますし、そこにもうひとりの道連れを登場させる件を合わせれば何とか形になりそうだと考えましたので。
シェードがもうひとりの道連れとして、この先一緒に旅する事になります。作中で詳細を書くつもりはありませんが、実はこのシェード。私の他の作品の登場人物をゲスト出演させた格好になります。外の世界から来た来訪者。
シェードはShadeと書き、アナグラムになっています。その作品は、設定しか存在しない、もう描く事の無い物語でもありますし、答えは秘したままと致しましょう。
ラヴェンナはお気に入りなので、どこかで再登場させられたらと思っていました。とは言え、あんまり移動してからでは、ラヴェンナの家から遠くなり過ぎて不自然です。
前章でアガペー王国に立ち寄ってから南下した今章であれば、位置的に遠くなり過ぎない。上手く物語に組み込めたので、再登場が叶って嬉しかったです。
それでも、ラヴェンナにはラヴェンナの目的もあるので、この先再び道が交わるかどうかは不透明。
プランとして、旅立ったイリアスとの再会時、そこにラヴェンナも合流する事を考えていますが、あくまでキャラたちの自然な行動が第一。その時点でその行動が不自然だと判断すれば、ラヴェンナとはこのまま再会を果たせない可能性も。
こればかりは、作者の勝手で物語を無理矢理動かしたくは無いので、どうなる事でしょう。
今のところ、この先の展開として思い付いているネタはふたつ。それぞればらばらに描くか、ふたつのネタを合わせて描くか、まだまだ思案が必要な段階です。
プロットが形になるまで時間が掛かるかも知れませんが、何とか頑張って執筆を続けたいと思うので、よろしかったらこれからもお付き合い下さいませ。
それではまた、再見。
2026年3月 千三屋きつね




