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Die off  作者: 千三屋きつね
第四章「魔女の森 -ウィッチ・フォレスト-」

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第四節


ふたりの魔女(ウィッチ)が相争った場所から、漆黒の魔女は北へ、緑の魔女は南へと、一時標的から距離を取った。それぞれ己の力に自負はあれど、多勢に無勢――と言うのは言い訳である。ふたりの力は、幾人を一遍に相手取ろうと、不覚を取るものでは無い。問題は質だ。近付いて来る者の片割れからは、底知れぬ魔力が感じられたのだ。

だが、本当に脅威と感じたのはそれでは無かった。無。気配はふたつ(・・・・・・)。しかし、近付いて来て気付く。もうひとりいる(・・・・・・・)――と。

盗賊(シーフ)の類いがする、潜伏(ステルス)などでは無い。所詮、魔力を持たぬ身。魔法の力を使った生命感知までは欺けぬ。

では、あんまりに微弱故見逃したのか。否。どんなにひ弱な存在であろうとも、ある程度の生命力は感じ取れるものだ。そのいないはずの存在(・・・・・・・・)の肩に止まった生命体は、感知出来ているのだから。

自分たちの常識から外れた存在が気に掛かった。負けるとは思わないまでも、念には念を。だから――

「順番を変える事にしたわ、ディラ。」

何事がぶつぶつ呟きながら当て所無く彷徨っていた漆黒の魔女――ディランドラの前に、いきなり緑の魔女――アルメドラが姿を現したのである。

「……森……忌々しい能力ね、それ。」

アルメドラは、ディランドラの目の前に地中からいきなり現れた。一切気配を感じさせる事無く、突然に。

「そうでも無いわよ。緑の無い場所なんていくらでもあるわ。むしろ、貴女の方が厄介な能力じゃない。まあ、千年も経って随分痛んでるみたいだけどねぇ。」

その言葉に、ディランドラの体から髪の毛の束が立ち上がる。

「お~、怖。貴女、そうやってすぐ本性現すわね。もう人型を保つのも難しいくらい、人じゃ無くなっちゃったのかしら。」

「五月蠅いっ!」

ディランドラの感情が昂ると共に、髪の毛がばらけて体が崩れて行く。そうして、狂女の顔から生えた十数本の髪の毛の束が触手のようにうねる、漆黒の怪物が姿を現した。

挑発してみたものの、本当にこの()はもう、人間としての精神が崩壊し掛かっているみたいね。やはり、人が人でいる為には、人の形が必要なんだわ。自らはぎりぎりのところで人の形を棄てなかったアルメドラは、心の中で妹を憐れんだ。

「ぐるぅおわぁっ!」

ディランドラが人の言葉と思えぬ奇声を上げると、眼前に業火が出現しアルメドラへと飛翔した。魔法語の詠唱も無しに、通常の火球(ファイアー・ボール)を超える業火の魔法を発動するなど、すでに人の業では無い。今のディランドラの姿は、完全なる魔法生物――モンスターであった。

その怪物の一撃をまともに受け、燃え尽きるアルメドラ――と見えたが、灰と化した外側が剥がれ落ちると、その中から一糸纏わぬ美しい裸体が姿を現す。

「もう、服が台無しじゃない。……確かに、植物にとって火は脅威だけどね。灰土の中から新芽が芽吹く。自然は火なんかに負けないのよ。」

そして今度は、アルメドラの方が無言のままに魔法を発動した。詠唱など、魔法を苦手とする人間族が、それでも何とか魔法を極めんとし編み出した児戯に過ぎない。魔法種族であれば――魔法生物であれば、詠唱など必要としないのだった。

アルメドラの目の前に現れた業火の珠も、ディランドラのそれに引けを取らないものだった。しかしその業火は、ディランドラの顔面を捉える前に髪の壁に遮られた。髪の先が僅かに焦げたものの、その髪の壁が解け顔を出したディランドラは、きしゃー、と奇声を上げ何事も無かったかのように次の攻撃へと移ろうとする。

だが、アルメドラの攻撃はまだ終わっていなかった。

「髪の毛も、そう簡単に燃え尽きたりしないわよねぇ。」

ひた、っと何かがディランドラの頬に張り付いた。意識が混濁し始めていたディランドラだが、まだ微かに自我は残っている。その何かによって少し意識がはっきりして、それが何か気が付いた。

「……葉っぱ?……」

紅い葉では無い、青い葉が頬に触れていた。だからどうと言う事は無い。故に、ディランドラは呆けてしまう。ぴ、っと今度は額が切れた。浅い傷だ。大した痛みも無い。しかし、その切り傷を作ったものが何かに気付き、さらに意識が覚醒する。

不味(まず)――」

ずば、っと頬がざっくり切り裂かれ、顔を覆い隠そうと収束した髪の束さえ、ざくざくと切り裂かれ始めた。今やディランドラの周囲は、数百、数千の葉吹雪に巻かれ、切り飛ばされた髪も混じった竜巻地獄と化していた。

「ふふ、植物の葉って、意外と鋭いものなのよ。剣や斧のようには行かないけれど、剃刀のように鋭利な刃にはなるのよ。」

「があぁぁぁぁっ!」

髪を切り裂き防御を擦り抜けて、本体である顔まで切り刻まれ悶えるディランドラ。しかし、深くとも出血の見られぬその傷口は直に塞がり、致命傷とはなっていない。切り裂かれた髪も、すぐに伸びてうねくっている。

この攻撃でディランドラは倒せない。アルメドラは、そんな事は承知していて、これは眼くらましに過ぎなかった。本命は今、悶えるディランドラのその頭上に。

「ごあっ!?」

頭上の物体が作る影に覆われ、ディランドラもそれに気が付いた。ゴーレム――蔓蔦に絡め捕られた一体のゴーレムが、ディランドラの頭上に吊り上げられていた。次の瞬間、そのゴーレムを支える力が消え去り、全高四mほどもある石塊が落下を始める。

それがもたらす結果は致命傷足り得ると知るディランドラは、慌てて全ての髪の束を上空へと集中し、質量と言う凶器から身を守らんとした。

「そうよねぇ。いくら人間止めたとは言え、生き物だもの。無敵なんてあり得ないわ。不死身なんてあり得ないわ。私もそうだし、カサンドラだって……」

「ぐわがあぁっ!」

アルメドラの蔓蔦では持ち上げられた石塊だが、ディランドラの髪束では充分に支え切れなかった。植物は地に根を張り、髪の根は頭だ。土台の違いは、発揮し得る力の差として現れた。

「ディラ……貴女の場合、どうしたってそこ(・・)が弱点になるわよね。顔ごと潰されたら堪らない。……でもね、」

その瞬間、先端が鋭利な木の枝、乃至根のような天然の槍が数本ディランドラの顔面を貫通、ぱきん、と何かが割れるような音がした。

そして、力無く萎れた髪束の支えを失い、ゴーレムだった石塊は漆黒の怪物を圧し潰した。いや、圧し潰す直前に、間に蔓蔦の敷物が割って入った。

「危ない、危ない。危うくペンダントまで潰すところだったわ。」

姉妹の情から、顔が潰れぬよう守った訳では無かった。アルメドラの目的は、やはりペンダントであったのだ。

「ま、これが何なのか、良く判らないけどねぇ。」

その声はアルメドラの声であったが、アルメドラから発せられたものでは無かった。木陰から現れた別の人影――いや、こちらもアルメドラであった。濃緑色の長衣(ローブ)を身に纏い樫の杖(オーク・スタッフ)を手にした、緑掛かった黒髪の美女。左手には、掲げ持ったペンダント。そのペンダント・トップは、ラヴェンナのペンダントとは違う形をしていた。

そのアルメドラが石塊へと近付く内に、先程までそこにいた全裸のアルメドラはばらばらに解け、蔓蔦の塊となって地面へと吸い込まれた。

「駄目よぉ~、ディラ。そんな簡単に本体を晒しちゃあ。私たちは不格好な転生しか出来無かったから、核なんて弱点が残っちゃったんですもの。まぁ、人間のままでいたら、核以外にもたくさん急所があるけどねぇ。」

核――この場合の核とは、魔法生命体の生命の根源である。もちろん、疑似生命体であるゴーレムの核ほど単純な物ではあるまい。しかし、魔法によって生命が維持される魔法生物にとっては、核こそが急所であり本体であるとも言える。何しろ、人間としてのアルメドラを司る全てが、この核の中に籠められているのだから。

「……貴女には無理ね、ディラ。その自慢の――すっかり痛んじゃったけど、その自慢だった黒髪だけは、棄てられなかったんだものね。」

先程の分身体とは違い、今のアルメドラの瞳には憐れみが感じられた。

「でも私は違う。形は棄てなかったけれど、人間は棄てた。私は森。さすがにこれほど広い森全域を支配するのは無理だけれど、この一画だけなら私の体内も同じ。いくらでも核を隠して行動出来る。これが私の結論。これが私の不死。でも――」

今度の瞳の色は、他者で無く自らを憐れむ色を湛えている。

「あのカサンドラですら、不完全な不死しか得られなかった。ミンドラ。貴女は人間である事をすら棄てなかったわね。結局、千年で寿命が尽きたのだから、貴女も不死は得られなかった訳よね。」

石塊の下から蔓蔦が這い出し、ディランドラの遺体から彼女のペンダントを運んで来る。こちらのペンダント・トップも、全く違う形をしていた。

「……はずれ。このふたつはくっ付かないわね。……ミンドラ。さて、貴女は何を研究して何を遺したのかしら。ふふ、私はすでに反魂の転生術は持ってる。もし貴女の研究が有意義なものなら、私が有効利用してあげるわ。……未練ね。まさか、千年もしたら人間に戻りたくなるなんて……」

ふたつのペンダントを懐に仕舞い込むと、アルメドラはディランドラに一瞥をくれて――蔓蔦を消した。千年を生き永らえた髪の毛の魔女は、こうして石の墓標の下で永遠の眠りに就いたのだった。


「どちら様ですかぁ?!」

眼鏡、お下げ、そばかすの魔女は、気の抜けた調子で来訪者を出迎えた。非道く緊張しているが、あまりに隙だらけである。短杖(ワンド)を突き出している以上、一応警戒しているようだが、とても戦えるとは思えない。

「えぇ~と……あたしたちは……あ、ラヴェンナ。お婆ちゃんの知り合いって……」

「……確か、ミンドラ――さん。」

「そのミンドラさんを訪ねて来ましたぁ。ご在宅ですかぁ?」

相手の調子に釣られたものか、エンジエルの言葉も間延びしている。

「あ、おばあ――お師匠様のお客様?……なぁんだ、泥棒じゃあ無いのね。」

そう言って警戒を解くそばかすの魔女。うんまぁ、あたしは盗賊であって泥棒じゃ無いけど、随分簡単に信じたわね。他人事であるが、思わず相手の事が心配になるエンジエルである。

「えぇ、もちろん泥棒じゃ無いわよ。それで。お婆様はいらっしゃるの?」

「おば――お師匠様はぁ……ごめんなさい。先日亡くなったところで……」

しゅんとするそばかすの魔女。しかし、どうやらラヴェンナの――ラヴェンナの祖母の考えは正しかったようだ。

「あれ?……でも、貴女たちどうやってここまで?外のゴーレムたちは?」

「外の?外のゴーレムなら大人しかったけど。」

「あぁいえ、あの子たちじゃあ無くて、ウチの周りにたくさんいたでしょお?怖いのが。」

「あぁ、守護者(ガーディアン)ね。全部倒して来たわよ。……もちろん、あたしが――じゃ無いけど。」

「……嘘ぉ?!だって、だって……だってストーン・ゴーレムよぉ。おば――お師匠様自慢の、鉄壁のゴーレムぅ。あの子たちの所為で、私森から出られないのよぉ。」

「……失礼。貴女、お弟子さんですよね。引き継がなかったんですか?ゴーレムたちの支配権。」

「……え?」

傀儡師たるシェードの問い掛けに、そばかすの魔女は首を傾げた。

「……ゴーレムに限らず、疑似生命を与えられた魔法生命体は、通常創造者に支配権が生じます。しかしこの支配権、絶対的なものでも永続的なものでもありません。何しろ、長命種でも無い限り、下手をすれば創造物より早く寿命が尽きますからね。支配権は魔法的な処置で移譲する事が可能で――まぁやり方によっては奪う事も出来る訳ですが……創造者の意思で移し替える事も出来ます。」

「へぇ~、そうなんですねぇ。」

素直にシェードの講義を受けるそばかすの魔女。

「……えぇと、とは言え、創造物が一体、二体ならともかく、この森のように何十体といる場合、全てのゴーレムに儀式を行うのは面倒ですよね。そこで、支配の権能を与えます。一番典型的なのが、支配の御守り(アミュレット)。魔法の首飾りなどに権能を付与し、それを所持する者に創造者と同等の支配権を与えます。」

「なるほど、なるほど。」

「……これならば、一々創造物全ての支配権を書き換えずとも、創造物を引き継がせる事が出来ます。例えば、それを形見として弟子に相続させれば、創造物を廃棄せず後世に遺す事も出来ますからね。」

「そうなんですねぇ。勉強になります。」

そう言って、そばかすの魔女は懐から紙の束を取り出し、何事かを走り書きし始めた。

「……それで、貴女はそう言った類いの魔導器を、お婆様から受け取っていないんですか?」

「え?……え~~~?!お婆ぁちゃぁ~ん、私そんなの知らないよぉ。そんなのがあったら、私こんなに困らなかったのにぃ。」

「……まぁ、アミュレットが無ければ無いで、貴女が改めてゴーレムの支配権を上書きしても構わないんですが……無理そうですね。」

「無理無理、無理ですぅ~。私まだ修行中の身でぇ、あんなに強いゴーレム、どうにもなりませんよぉ。」

泣きべそを掻く、そばかすの魔女。どうやら、師匠が死んだ事で、ゴーレムに命令を下せる主人がいなくなってしまい、彼女も困っていたようだ。今の遣り取りで、彼女に相応の実力が伴っていない事も知れた。

「え~と、それで……貴女がこの森の魔女――ミンドラさん?のお弟子さんと言う事で良いのよね。」

「え?……あぁ、これは失礼しました。えぇ、そうです。私はミランダ。森の魔女(フォレスト・ウィッチ)ミンドラの弟子です。いらっしゃいませ。」

そうして、深々と頭を下げた。

「……私はラヴェンナ。お婆ちゃんの代わりに、ミンドラさんのお弔いに来ました。」

「え、ラヴェンナさん?……あぁ、ラヴェンナさん。覚えています。私がペンダントをお送りした、おば――お師匠様のお知り合いのお孫さん。」

「え?貴女がペンダントを送ったの?どうやって?」

「え、え~とぉ……」

「あ、ごめんなさい。あたしはエンジエル。一緒にいるのは偶然だけど、ラヴェンナの友達(・・)よ。」

その言葉に、エンジエルの方を見やって眼をぱちくりさせるラヴェンナだったが、すぐに視線を逸らして少し俯いた。微かに緩んだ口元を、きゅっと窄めてはにかんでいるようだ。

「それでこっちが……ダイ・オフよ。それからシェード――とウーミン。」

エンジエルは、敢えてデュースとデッド・エンドには触れなかった。どうやらミランダは、もうひとり(・・・・・)の存在や知性ある剣インテリジェンス・ソードの存在を、一瞥して看破出来るほどの魔女では無さそうだったから。下手に話しても、話が進まなくなる。

「あ、これはご丁寧にどうも。え~とぉ、ダイ・オフさんにシェードさん。それから、ウー……みん?」

ミランダは、単眼の虹色鳥と言う珍しい生き物に困惑した。これでは話が進まない。

「あぁ、気にしないで。害は無いから。」

ぎげぎゃあ!と言う抗議の声に、びく、っとするミランダ。その様子に首をくるくる回して視線を向けるウーミンに、再び固まるミランダ。

「あぁもう、観察なら後からいくらでも出来るでしょ。それよりペンダントよ。どうやって送ったの?会った事は無いのよね。」

「えぇ、初対面。」

ミランダは、恐る恐るウーミンから視線を外し、

「わ、私も会った事はありませんよぉ。ペンダントは、使い魔(ファミリア)に運ばせました。わ、私のは、普通の梟です。」

「ほぉ、使い魔ねぇ。何だ、お前ぇ、思ったよりちゃんとした魔女なんだな。」

ダイ・オフは、そう感嘆の声を上げた。

使い魔とは、魔法使い(マジック・キャスター)が使役する召使いのようなもので、主に探索や情報収集における魔法使いの手、眼の延長となる。鼠や猫と言った小動物、烏や梟などの鳥類を魔法儀式により服従させる事が多い。主従関係となるが、絶対的な支配下に置く訳では無く、庇護下に置く代わりに使いや探索と言った小さい仕事をこなさせるだけだ。その際、一時的に感覚を共有する事で、使い魔と同じものを視たり、聞いたり、時として声を届ける伝達装置としたり、物を拾わせたり出来る。

より上級の魔法使いともなれば、強力な使い魔を使役する事もある。狼や熊と言った猛獣であったり、ゴブリンやコボルドと言ったモンスター。使い魔が強くなれば、知能が上がれば、多種多様な命令を遂行させられるようになる。

低級の悪魔(デーモン)すら使役可能で、ただの魔法使いでは無く上位の魔法種族であれば――人間すら使役する事があると言う。

とは言え、絶対的な支配関係では無い為、使い魔の能力を超えた無茶な命令には必ずしも従わず、死地へ送り出すような真似は出来無い。もちろん、圧倒的な魔力を誇る者が弱き存在を強制的に使い魔とするなら、その限りでは無い……

「い、いえ、そんな事はありません。……本当に、そんな事は無いんです。私はまだまだお婆ちゃんに教わる事が一杯あって、自分ひとりじゃ何も出来無くて……。ペンダントも、教わったラヴェンナさんの家まで使い魔を飛ばすのがやっとで、空いていた窓に投げ入れるのが精一杯でした。」

「……そうね。確かに、知らない内にペンダントが床に転がってた。お婆ちゃんが気付かなかったら、私がここまで来る事は無かったでしょうね。」

「ふ~ん。ま、そうか。婆ぁのゴーレムひとつ御せねぇで、家に閉じ籠ってたんだもんな。ちゃんとした魔女じゃ無ぇか。」

「ちょっと、ダイ・オフ!そんな言い方無いんじゃない?」

「……いえ、本当の事ですから……」

俯いて、すっかり小さくなるミランダ。

「そんで。このペンダントは、一体何なんだよ。何か、特別なもんなんだろ?」

「え?えぇ、このペンダントは――あれ?この……ペンダント……」

懐や袖の中を、ごそごそするミランダ。

「え~とぉ……う~んとぉ……あれ?どこかに置いちゃったのかしら。」

そして踵を返し、元来た方へと歩き出す。

「ちょっと、どこ行くの?」

「あ、いえそのぅ、多分研究室のどこかに置いて来ちゃったから、取って来ます。」

「え、研究室?それって、ミランダの研究室?」

「え、えぇ、そうですけどぉ……」

「それってつまり、魔法使いの研究室って事よね。」

「……えぇ、そうです――けどぉ……」

「行きましょ、行きましょ。あたし、魔法使いの研究室なんて見た事無いわ。何か面白そう。」

「え?……えぇ~?!いえ、でもぉ……散らかってますからぁ……」

「そいつぁ良い。俺様も魔法使いなんざ実際遭ったのは、つい最近の話だからな。話に聞くだけで、見た事ぁ無ぇもんな。」

話に聞いていたのはデュースで、又聞きしたのがダイ・オフだ。だが、エンジエルの配慮でデュースとデッド・エンドの存在を伏せた事くらいはダイ・オフにも判るので、自分の事のように話す。

そうして、そのままミランダを置いて、さっさと廊下を先へと歩き出す。

「ちょっ、ちょっと待って!ほんとに……本当に散らかってるからぁ。」

慌てて後を追うミランダと、その後に付いて行くエンジエル、ラヴェンナ、シェード。

その後を追うように、すっかり存在を忘れ去られたミランダの小型ゴーレムが、こつこつこつ、と木靴のような足音を響かせ続くのだった。


廊下の先には左右に部屋があり、しかしダイ・オフは眼もくれず、真っ直ぐ奥の扉へと歩を進めた。この館全体、様々な魔力が点在しているが、特に奥側に多く感じられた。それはつまり、魔導器の類いがたくさん置いてあると言う事だろう。そう当たりを付けたダイ・オフは、奥の部屋が研究室と踏んだ。

「ほ、本当に、駄目ですってば。」

追い縋るミランダを無視して、ついに行き当たったその扉を押し開ける。建物全体少し背が高い仕様な為、その扉も少し大きめであり、開け放つと後続の面々にも室内の様子が窺えた。

「……何これ……何かの実験?」

エンジエルには、その状態が瞬時に理解出来無かった。霧中。そう言って差し障りが無いほど、部屋の中は白い煙で(けぶ)っていた。

「あぁ、違います違います。い、今窓開けますね。」

慌てて部屋へと飛び込み、木戸を開け放って行くミランダ。ここは丁度館の右側最奥部となるようで、右手の壁と奥の壁にいくつかの窓が設えられていた。

ばんばんばん、と乱暴に木戸を押し開いて行くと、室内の霞は徐々に薄れていくようだった。

「……独特の臭いがしますね。やはり、何かの実験?」

どうやらラヴェンナにも、白霞の正体は判らないようだ。だが、男たちはすぐに理解していた。こうなっている理由も含めて。

「エンジエルも、覚えくらいあるんじゃねぇか?この臭い。まぁ、滅多に市井にゃ出回らねぇもんだが。」

くんくん、とその臭いを嗅いで、

「あ、煙草。これ煙草の臭いだわ。たまに親父……親父が吸ってた。」

エンジエルの義父クロイツは、自らディアマンテ姓を名乗る程度には、貴族趣味があった。裏からディアマンテの街を牛耳っていたとは言え、出自は卑しい出である。だからこそ、然程嗜好していなくとも、貴族の真似事として煙草も吸った。

「でも、どうして?この煙の量……。そのぅ……ごめんなさい。さすがに貴族には見えないもの。相当な経済力が無くちゃ、愛好家にはなれないわよね。」

「そうでもねぇさ。元々煙草ってのは、魔法使い用の魔法薬だったそうだぜ。」

「え、それ本当?」

「あぁ、本当さ。何でも、煙草を吸うと、集中力が増すんだそうだ。」

「ふ~ん……あ、でも、イリアスは吸ってなかったよね。」

「あ~と……ほぅ、なるほど。どうやら、聖堂騎士の場合、魔法使いは魔法使いでも、神様に力を借りるから普通の魔法使いとは違ぇんだとよ。……ふんふん。はは、そう言う事か。」

まるで誰かと会話しているかのようなダイ・オフの口振りに、首を捻りながら戻って来るミランダ。

「わざわざ煙草で集中力を補わねぇといけねぇのは、未熟な魔法使いだけなんだとさ。ほれ、俺たちが出遭った魔法使い共は、皆一流だったろ。だから誰も吸ってなかった訳だ。」

クロド・コレクターは、そもそもすでに人形を展開していたから、仮に吸っていても知りようが無い。カサンドラは伝説に残るような魔女だったし、ヴィンセントは魔法種族たるダークエルフであった。猿王の時の聖堂騎士とイリアスは、魔法の系統が違う故に事情も違う。

他に魔法使いと言えば……知り合ったばかりだが、シェードくらいのものだ。そのシェードも、多分実力はかなりのもの。とても未熟な魔法使い――などと言う事はあり得まい。

「俺たちが出会った、初めての普通の魔法使い。それがこいつって事だな。」

「えぇっとぉ……何だかすみません。私、まだまだ修行中の身で、詠唱に全然集中出来無くて……」

そして、近くのテーブルに置いてあった灰皿からシケモク(・・・・)を手に取り、無意識にそれを銜えて火を探す。どうやら、かなりの中毒者(ヘビィ・スモーカー)のようだった。

「……煙草ってのぁ、効能は確かだが中毒性がある。それで止められなくなって金を喰うから、いつしか貴族様御用達の高級嗜好品、って事になった訳だ。」

ミランダはランタンから火を取り、煙草を吸った。部屋にもホールや廊下にあったのと同じような魔法の明かりが灯っており、ランタンは必要無い。煙草用の火種――と言う事なのだろう。いつでもすぐ吸えるように。

「吸ぅぅ……ふぅ~~~……そうなんですよねぇ。そんなつもり無かったのに、いつの間にか手放せなくなって……」

「……あ、でもさでもさ。貴族様の高級品なんでしょ。良くこんなに煙るほど吸えるわね。もしかして、ミランダってお金持ち?それとも、魔法使いがお金持ちなのかな?」

そう言いながら、エンジエルは値踏みするように部屋の中を見回してみた。

部屋はかなり広く、いくつものテーブルが並んでいる。その上には、様々な器具が乱雑に置かれており、稼働中の物もたくさんあった。書物や巻物の類いは書き物机の上だけで無く床の上にまで散乱し、所々足の踏み場も無い有様だ。

大釜で何かをぐつぐつ煮込んでいたりはしないから、お伽話(フェアリー・テイル)における魔女のイメージとは言えないまでも、伝え聞く魔法使い、研究者の汚い部屋と言うイメージには合致している。少なくとも、貴族の嗜みを賄えるような、金目の物は見当たらなかった。

「あぁ、いえ、これは違います。元々そのまま使う以外にも用途はあって、魔法薬の一種として栽培しているんですよ。まぁ、確かに魔法にはお金が掛かりますから、一部は費用の足しに捌いたりしますけど、どこかで買って来る訳じゃ無いから、全然お金持ちじゃあありませんよ。」

「……それで、見付かったの?ペンダント。」

「あ、ごめんなさい。今探します。」

ラヴェンナの指摘に、慌てて家探しを始めたミランダ。部屋の有様から見て、すぐには見付からないかも知れない。そう判断して、各々勝手に部屋を物色し始める。

「それで、何だってそのペンダントを送り付けたんだ?」

「え?あぁ、そこ弄らないで!……えぇっとぉ……ごめんなさい。正直、良く判らないの。」

「良く判らない?だって、貴女が送ったんでしょ。」

「えぇ、送ったのは私。だけど、おば――お師匠様に頼まれただけだから。古い知り合いに、このペンダントを送ってくれって。その時は、まさか形見分けのつもりだったなんて、思いもしなかった……」

「そうなんだ……。それじゃあ、このペンダントが何なのか、貴女も知らないのね。何か謂れとか無いの?」

ミランダは手を止め、何かを思い起こすように天井を見上げ、

「……判らないわ。特に、謂れのある物じゃ無いはずよ。だって、少し前におば――お師匠様が用意してた物だもの。確か……同じようなペンダントを四つ……」

「四つ?」

「……お婆ちゃん、ミランダさん。そして、私を襲って来たふたりの魔女。」

「あぁ、なるほど。それで四つになるわね。」

「あったよ。」

部屋の奥を調べていたシェードが、ペンダントを片手に皆の元へと戻って来た。

「これも、良く判らない形をしているね。魔力も感じないし、魔導器では無いただのペンダントだ。」

戻って来たシェードは、そのペンダントをミランダへと手渡した。

「これを、どうすれば良いんだろうね。」

手渡されたペンダントをしげしげと眺めるミランダだったが、

「……さぁ、どうすれば良いんでしょう?」

「う~ん、これは困りましたね。」

そう言いながら、シェードは部屋の左手側の壁を見やった。それに釣られてそちら側に目を向けたミランダは、は、っと何かに気が付いた。

「そうか。おば――お師匠様の部屋なら……」

「え、何?何か思い付いた?」

「えぇ、あ、いや、何か思い付いた訳じゃあありませんけど、もしかしたらおば――お師匠様の研究室になら、何か手掛かりがあるかもって。」

「お師匠様の研究室?」

「えぇ、丁度家の反対側が、お師匠様の研究室なんです。ただ……私じゃ制御出来無いような物で溢れてるんじゃないかと思って、おば――お婆ちゃんが亡くなってから、一度も行ってないんです。」

「なるほど。それは、何かあるかも知れませんね。」

にこやかに応じるシェードを、男三人は冷ややかに見詰めた。ダイ・オフとデッド・エンドが感じるように、シェードも魔力を感じる事が出来るだろう。当然、館の奥側――この部屋だけで無く反対側にも、多くの魔力が集中していると気付いている。ここがミランダの研究室なら、もうひとつは師の研究室だと想像出来る。

そうと判っていて、敢えてシェードは視線でミランダを誘導した。それ自体は問題無い。ただやはり、胡散臭かった。

「それじゃあ、おば――お師匠様の部屋に案内しま――」

そう言いながら部屋を出ようと移動を開始したその時、どがしゃん、と何かが大きな音を立てて窓から飛び込んで来た。

「っ……な、何?!」

振り返ったミランダの眼に飛び込んで来たのは、大蛇のようにぬたうつ蔓蔦であった。その太さは人間の胴ほどもあり、それが何条も窓から這い伸びて来て、そこいら中を破壊し始めている。

「これ……(さっき)の魔女の!?」

ディランドラとアルメドラの戦いを目の当たりにしていたラヴェンナが察した通り、アルメドラの攻撃が始まったのである。

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