表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Die off  作者: 千三屋きつね
第四章「魔女の森 -ウィッチ・フォレスト-」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/22

第二節


枯れ枝と緑の葉から出て来たのは、人形の顔のような物だった。とは言え、三mほどの高さにあり、そこから想起される背丈に見合った大きさの顔である。決して、ただの人形であるはずが無い。

過日、ダイナスの地下で見た大地将軍アレクセイ・クロドコレクターの最高傑作――巨大騎士の背丈をも超える大きさだ。これが人形では無く生物であったなら、巨人(ジャイアント)と言えただろう。

だが、そのアレクの人形とは明らかに違うところがあった。面具を降ろした兜に似たデザインでは無く、眼鼻を単純化したような凹凸のみの相貌。質感も違う。土では無く石に見える。大別するならば自立行動する人形と言う意味でアレクの土人形を連想させたが、アレクが作った人形とは別物だ。

「でも……(なん)か違う?」

「あぁ、分類上はあいつの土人形もこいつも同じゴーレムって事になるが、あっちはクレイ・ゴーレム……クロド・ゴーレムか。で、こっちはストーン・ゴーレムだ。」

「……えっと……ゴーレムって言うのが、魔法で動く人形の事だっけ?……で、あっちとこっちと、何か違うの?」

「あぁ~と、そりゃあお前ぇ……。詳しい事は後でデュースに聞け!とにかく、土より石の方が強ぇってこった。つまり、こっちのがヤベぇ。」

ゴーレム。それは、人を象った物体に魔法で疑似生命を与えた物の総称である。とは言え、その種類は数多く、形も素材も多岐に亘る。一般的には、それがゴーレムと判りやすいように、明らかに人形と判別出来るような造形が多い。頭、体、手足があるものの、顔は眼鼻口と思しき凹凸がある程度。体も、肉体を再現するほど精緻では無く、塊同士をくっ付けたような簡単な作りだ。アレクセイ・クロドコレクターの人形のように、パッと見人間に見えるようにする方が稀である。

大きさも、人並みである事の方が少ない。糸繰り人形(マリオネット)に疑似生命を与えてもゴーレムであるし、力仕事をさせるなら人より大きい方が都合が良い。用途に合わせて大きさも変わるから、人型であっても人間大とは限らない。

そして、その素材によって強さも変わる。それは、強度に由来する。魔法によって与えられるとは言え、生命は生命。体が壊れてしまえば、その生命は失われる。故に、頑丈なほどゴーレムとして長生き出来、有能であるとなる。

一番判りやすく一般的なのが、土、木、石で出来たゴーレムだ。土は他と比べて強度で劣るが、加工がしやすい。人に似せるなり何某かギミックを仕込むなら、土が一番扱いやすいだろう。それ故に、アレクはクロドコレクターであったのだろう。

木も加工がしやすく、しかし土よりは硬い。マリオネットの類いは、木製である事が多い。木の種類によっては、岩石にも負けない強度を誇りもする。ただ、火には弱くなる。あまり戦闘用途には適さない。

一般的な素材の中で、一番戦闘向きなのが石である。何よりも硬く、木のように燃えはしない。ただし、一番重くなる。どうしても動きは緩慢になり、その最たる用途は防御用となるだろう。それでも、その重さを伴った剛腕の一撃は、巨人のそれに相当する。一流の戦士であれば軽く躱せもするが、未熟な者が躱し切れるとは限らない。喰らってしまえば、人を一撃で屠る事も可能である。

さらに強度の高い素材で作られたゴーレムもあるが、石で出来たゴーレム――ストーン・ゴーレムでも充分過ぎる脅威なのである。魔法も使えぬ相手に対してなら、ストーン・ゴーレム一体で分隊、いや百人隊規模の戦力と言えるだろう。

「とにかく、お前は少し下がってろ。どうやらこいつ、やる気みてぇだ。」

ずずん、と一層重い地響きを立てて全身を現したストーン・ゴーレムは、明らかにダイ・オフへと向かって歩を進めていた。長身のダイ・オフの倍以上の背丈を持ち、丸太のように太い手足はダイ・オフの胴回りの三~四倍はあろうか。頭身が低めな為、多少ずんぐりとして見える。

疑似生命を与えられているので、ゴーレムは一応魔法生物となる。とは言え、あくまで疑似的な生命に過ぎず、自我と言うものがあるのか無いのか。少なくとも、感情は持ち合わせていないだろう。だからこそ、まるで無表情のままその剛腕をいきなり振るって来た。

ごぎぃん、っと低音の金属音が鳴り響く。ダイ・オフが、ストーン・ゴーレムの一撃をデッド・エンドで受けたのだ。

「ちょっとぉ!?何で……」

距離を取りながら、思わず疑問を口にしたエンジエル。それはそうだろう。今のストーン・ゴーレムの一撃は、エンジエルにさえまるで止まって見えた。それくらい、緩慢な一撃である。やはりこの個体も、石で出来ているだけあって、かなり鈍重だ。デュースほどでは無いにせよ、ダイ・オフも相当の使い手である。わざわざ受ける必要などありはしない。

ごぎぃん、がぎぃん……緩いテンポで何合も打ち合う、ゴーレムの腕とデッド・エンド。なるほど、とエンジエルも理解した。量っているのだ。相手の力量――ゴーレムの攻撃の威力を。

さらに十合ほど打ち合ってから、距離を取ったダイ・オフ。じ、っとゴーレムを見やって、

「……攻撃の方はどうにでもなるが、随分硬ぇな。最強の魔剣様でもあの程度か。」

それを聞いてエンジエルも観察してみれば、あれだけ打ち合ったゴーレムの腕には、細かい傷が付いているものの――それだけである。エンジエルは知っている。過去何度もダイ・オフの戦いを見て来て理解した。ダイ・オフは相手の剣を受けながら、と同時に相手の剣を攻撃しているのだ。

元より、得物は魔法剣だった。一般的な剣よりも強度は高い。何より、ダイ・オフの膂力は人並み外れている。ただ受けて終わらず相手の剣を弾き返せば、相手のバランスを崩す事にもなるし、上手く行けば相手の牙を折る事も叶う。

デュースほど技倆に秀でていない以上、全てを躱す、いなす事など出来はしない。何合かは受けねばならぬ。であらば、全力で受けるのがダイ・オフの流儀。攻撃的なダイ・オフの性分に合った、ダイ・オフらしい戦い方だ。

そんな受けながら攻撃するダイ・オフに何合も打ち込みながら、その腕には小さな傷しか付かなかったのだ。それほど、このゴーレムは硬いと言う事であった。

「あ、ねぇ、さっきの、え~とぉ……そう、瞬間剛力!あれでずば、っと行けないの?」

「……出来無ぇこたぁ無ぇが……」

「無ぇが?」

「言ったろ。連続使用厳禁。仮に腕一本斬り飛ばしたとして、それでこいつが倒れるとは思えねぇな。」

どずん、どずん、と鈍重にダイ・オフとの距離を詰めて来るゴーレムだが、その攻撃がダイ・オフを倒す事はあり得ぬだろう。しかし、今のままではダイ・オフも、ゴーレムを倒し切る事が出来そうも無い。やれやれ、と間合いを詰めようとするダイ・オフの口が、別の声音を発した。

「方法ならあるぞ。」

「え!?もしかして、倒し方知ってるの?デュース。」

「本で読んだ知識だ。実際に役立つかどうかは試してみない事には判らないが、ただ闇雲に斬り掛かるよりも良いだろう。」

「ありがてぇ。んで、どうすりゃ良いんだ?」

「……実は、さっきから探しているんだが、まだ見付からない。もしかしたら、どこかに隠されているのやも知れんな。」

「どう言う事だ?」

紅い瞳と碧い瞳が、交互に言葉を紡ぐ。普段、心の中でも会話出来るふたりだが、今はエンジエルやデッド・エンドにも聞かせる意味で、口に出して話していた。

「古来、ゴーレム創造の魔法には決まりがある。命を吹き込む素体のどこかに、魔法文字を刻むんだ。言語は古代言語だそうだが、文字自体は現在の文字でも良いそうだ。あくまで、刻んだ文字に魔力を込めるのが魔法文字と言う事だからな。」

「なるほど。つまり、こいつの体のどこかにも、その魔法文字が刻まれてるはず、ってこったな。」

「……こいつのデザイン、体の方は鎧のように見える。もしかしたら……」

言って、するりとゴーレムの懐に入り込み、その胸部にデッド・エンドの切っ先を滑り込ませる。その滑らかな動きを見ると、どうやら今踏み込んだのはデュースのようだった。

その剣身が美しい曲線を描いて振り抜かれると、ゴーレムが気付いて反撃を試みるより早く、デュースは素早く間合いを取った。

ずずん、と何かが落ちた音がする。見れば、ゴーレムの胸板が少し薄くなっていた。胸部装甲のようなものが、地面に落ちていた。

「ベンズ・ヒット!どうやら、文字を隠す為に後から胸甲を足したみてぇだな。」

デュースが暴き、ダイ・オフが確認したゴーレムの胸部には、“fatima”と認識出来る文字らしきものが刻まれていた。

「あ~~~……ファティマ――か?意味は判らねぇが……で。こいつをどうすりゃ良いんだ?」

「頭と尻の文字を削ってくれ。」

「削る?文字を消しゃ良いのか?」

「頭と尻のふた文字だ。多分、他の文字まで削ってしまうと、この方法では倒せなくなる。」

「ふ~ん……ま、良く判らねぇが、やってみっか。」

そう言って駆け出したのは、今度はダイ・オフである。先とは違い、今必要とされるものを持ち合わせているのが、デュースでは無くダイ・オフであったから。

ダイ・オフの技倆であっても、このゴーレムくらい鈍重であれば攻撃を躱すなど容易。今度は受けるで無く、その石腕を掻い潜ったダイ・オフは、瞬間意識を集中する。

「何度も使えねぇからな。」

目標を見定めると、眼にも止まらぬ高速のひと振りで、山なりに剣筋を描いた。瞬間剛力によって瞬速の剛剣と化した魔法の刃が、頭の“f”と尻の“a”を抉り消す。

自らの仕事を終えたダイ・オフは、すぐさまその場を退避。次の展開を予見した故である。

「ごっ……ごぁああああぁぁぁぁぁ……」

開く事叶わぬ石の口唇から苦鳴を漏らし、石の巨人はその場に両膝を突き、腕で体を支えるようにして四つん這いとなった。完全に崩れてしまわなかったのは、むしろ予想外であった。

そして石の巨人は、それ以上微動だにせず、永遠にその活動を停止した。

「……終わったの?」

恐る恐る、ダイ・オフの背後まで近付いたエンジエル。見た目にはもう動かぬように思えるが、魔力の類いを感知出来ぬ身とあっては、確信を持てなくて当然である。

「……ま、もう動かねぇだろ。」

「うむ。さっきまで感じた魔力が、綺麗さっぱり消えたぜ。もうこいつは、ただの石の塊だな。」

魔力を感知出来るふたりが意見を揃えた。ストーン・ゴーレムを倒した事に、間違い無かった。

「しかし、どう言うこった。この文字で動くってのは判るが、だったら文字全部削っても良いはずだろ。」

「確か、文字に意味があるんだよな。覚えてないが、そんな事を聞いた気がする。」

「あぁ、デッド・エンドの言う通り、文字に意味がある。」

「ファティマ――だっけ。どう言う意味?」

「“fatima”でファティマ。古代語で創造と言う意味だ。土塊や木片、石塊を基に生命を創造する。そんなところだろう。」

魔法によって疑似生命を与える術は色々あるが、この方法によって疑似生命を与えられた物をゴーレムと呼ぶ、と言い換えても良いだろう。故に、どんなゴーレムにもどこかに魔法文字が刻まれている。場合によっては、違う言語、違う文字である事もあるが。

「そして、頭と尻の文字を削れば“atim”、アティムとなる。無機物、無生物と言う意味らしい。つまり、元の物体に戻ると言う事だな。」

「なるほど。……でもさ、それなら別に、文字自体削っちゃっても……」

「だよなぁ。」

「……魔法と言う奴は複雑、と言う事だろう。俺はこう考えている。あくまで起動の時にファティマと刻むだけで、動いてしまえば文字は重要では無いのだろう。ただ文字を削っただけでは何も起こらないと書いてあったからな。」

「なるほどな。そこで、意味のある言葉に――アティムと言う文字に変える事で、再度ゴーレムに言い聞かせる訳だ。お前はただの物だ、と。」

「あぁ。俺の読んだ書物によれば、この方法以外でゴーレムを倒そうと思えば、体を完全に破壊するか……核を破壊しなければならないそうだ。核と言うのは、疑似的な魔法生命体となったゴーレムの心臓のような物だな。」

「うげ……あの石の塊を動けなくなるまで壊すってのか?そりゃ猿並みの力をずっと発揮でもしなけりゃ、とても無理な話だわな。んで核か。全身から魔力を発してる奴の急所なんて、余程感知能力に長けてる奴じゃ無きゃ、見付からねぇだろ。」

「その上、もし見付けても急所が露出してる訳も無し。どの道、あの体を貫くような一撃が必要になる――か。今のダイ・オフ、今の俺様の力じゃ、ちょっと難しいな。」

ダイ・オフもデッド・エンドも、魔力を感じる事は出来る。だが、ふたりはどちらも、魔法使い(マジック・キャスター)だった訳では無い。ダイ・オフは古代魔族の遺産の魔力を得たばかり、デッド・エンドは魔剣に生まれ変わったばかり。まだ、魔力を大雑把に感じ取れるに過ぎないのだ。とても、魔法生命体の核を見抜く事など不可能である。

その上、あの石の硬度だ。仮に心臓に当たる部分に核があるとしても、体の内部まで斬り裂かねばならぬ。果たして、瞬間剛力の助けがあったとて、一撃で核を砕けるものかどうか。

「それじゃあ、デュースが倒し方知らなかったら、倒せなかったかも知れないわね。……あれ?そう言えば、このゴーレムって魔法生物?なのよね。」

「あん?まぁ、そう言う事になるか。」

「で、あんたもデッド・エンドも、魔力を感じるんでしょ。でもさ、このゴーレムがすぐ近くに来るまで、気付いてなかったわよね。あたしは、ほら、魔力なんて感じないんだから、気付かなくても仕方無い……けど……」

危険感知はデュース、ダイ・オフに劣る。魔力も感じる事が出来無い。仕方無いとは判っていても、やはり盗賊(シーフ)として少し情けなく思うエンジエルは、語尾が消え掛かった。

「あぁ、そいつは仕方無いのさ。ゴーレムには用途によっていくつか種類があるそうだ。こう言った守護者(ガーディアン)の類いは、普段じっとしていて動かない。その間は、本当にただの石像にしか見えない。ま、魔力感知に優れた優秀な魔法使いなら気付くのかも知れないが、俺たち吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターは、知識はあっても魔力など持たないからな。奴らの住処で何度か、いきなり石像が動き出して襲われたもんだ。」

「そうなんだ。……ってガーディアン?このゴーレムって、ガーディアンなの?」

「気配が急に現れたんだ。俺たちが近付いた事で、動き出したって事だろう。この森には、何かあるのかも知れないな――」

その時、ず、っっっどおぉぉぉん――と遠くで何かが爆発したような音が鳴り響いた。森道を外れた、さらに森の奥の方からだ。眼を見交わすまでも無く、ふたつの影は走り出していた。


黄色く染まった地面を踏み締め、道無き森奥へと駆け抜けた先には、驚くような光景が広がっていた。少し開けたその場所には、巨人がふたり倒れ伏していた――否。もちろん巨人では無く、それはストーン・ゴーレムである。

つい今し方、死神と異名を取る凄腕の傭兵が、一体倒すのに苦労したばかりの強敵だ。それが二体。完全に機能を停止しているのだ。そして――

「おやおや、こんなところで人に出会うとは思いませんでした。どうなさいました?」

そこには、それを成したであろう、ひとりの人間の姿があった。パッと見三十代と思しき男性で、闇色に光る長い黒髪の優男。閉じられたように細い眼は、どこか鋭さを感じさせた。異国の民族衣装だろうか。見慣れぬ服を着ていて、それは長い体をくねらせた竜のような生き物が刺繍された、煌びやかなものだ。暗めの紫が基調の生地に、その竜のような生き物が緑と金糸銀糸で縫い込まれており、物珍しいが神韻縹緲たる装いであった。

武器の類いは身に付けていないように見え、手荷物の類いも見当たらない。細身だが程良く締まったしなやかさを感じさせる体型に見え、とてもただの旅人とも思えず、と言って魔法使いにも見えない。一見して、どのような人物なのか測り兼ねた。

「そ……それはこっちも同じよ。こんなところで、え~と……貴方みたいな人に会うなんて……あれ?」

話しながら、エンジエルはそれに気付いた。その男の肩に、何かが乗っているようだ。

「……あぁ、彼ですか。」

半身であった体をエンジエルたちの方へ向け、右肩に乗った()を紹介する。

「彼の名はウーミンです。私の旅の連れでして、ほら、ご挨拶なさい。」

「……、……、……」

「ふぅ、失礼。彼は無口なんですよ。」

「ウーミン?何か珍しい響きね。初めて聞く名前だわ。」

「そうでしょうねぇ。私が以前いた国の言葉で、名無しと言う意味です。名前は何が良いかと色々提案したんですが、全部気に入らなかったようで。仕方無いので名無しと呼んでいたのが、そのまま名前になりました。嫌がっていないので、彼は名無しと言う名前を気に入ったのかも知れません。」

「へ~、面白~い……じゃあ無くて!あ゙~~~、色々気になる事が多過ぎて、何から聞けば良いか判んな~い!」

そう言って、頭を抱えるエンジエル。この場には、不自然な、不思議な点が多々あった。あのストーン・ゴーレムが二体も倒れている事。物珍しい格好をした、そのゴーレムを倒したらしき人間。そして、その肩に乗った、ひとつ眼(・・・・)の鳥。

「あぁ、彼の事ですね。どうやら彼、虹色鳥と言う珍しい鳥の突然変異らしいですよ。」

「虹色鳥?」

「本で読んだ事がある。確か、羽の先の色が変わる珍しい鳥だ。挿絵は無かったから具体的な姿は判らないし、単眼だとは書いていなかった。」

その言葉に、ウーミンは首をくるくる回してデュースの方を見やった。

「わっ、何それ。どうなってるの?」

「梟と同じですよ。彼はひとつ眼なので視界が狭い。だから、梟みたいに首をくるくる回して周りを見るんです。これは、虹色鳥の特徴では無く、彼固有の特徴ですね。本来虹色鳥は、他の一般的な鳥と同じように、顔の左右にふたつの眼が付いていますよ。」

「なるほど、それで突然変異か。……そんで。その鳥の方は判ったけどよぉ、お前さんの方は何者(なにもん)なんだよ。」

碧い瞳から紅い瞳に変わりながら、ダイ・オフの方が疑問を口にした。

「あ!そ、そうよぉ。ついウーミンの方に眼が行っちゃったけど、そもそもあんた何者?」

その言葉に、首をくるくる回しながらウーミンが何かを呟いた。だが、その言葉は聞き慣れない言葉で、何と言ったのかは理解出来無かった。

「な、何言ってるか判んないけど……ウーミン喋れたのね。」

「えぇ、彼は賢い鳥なんです。え~と……それじゃあ、私の自己紹介を――」

「ぎげぎゃあ!」

「……はぁ、判りました。いえね、彼がちゃんと通訳しろと怒っていまして。良いですか?これはあくまで、彼、ウーミンの言葉ですからね。私に怒らないで下さいね。……では。人に名前を問うならまず自分から名乗れ、この薄ら銅銀(※)。」

「あぁん!?おいこら、喧嘩売ってんのか?!」

「で、ですから、私じゃ無いです。彼がそう言っているんです。」

「ぎげぎゃあ。」

今度のぎげぎゃあは、愉し気なぎげぎゃあであった。

「……そいつの言う事、尤もじゃ無いか。こちらから名乗るのが筋だろう。」

背中からそうデッド・エンドが声を上げた。その声に、ウーミンは首をくるくる回して不思議そうにしているが、男の方は特に反応を示さなかった。

「……ちっ、まぁ良い。俺様はダイ・オフ。今のは魔剣デッド・エンドだ。で、こっちの女が――」

「エンジエルよ。よろしくね、ウーミンとその飼い主さん。」

「ぎげぎゃあ!」

「あ、今のは通訳無しでも判るわ。こいつは飼い主なんかじゃ無ぇ。そうでしょ。」

「ふふ。えぇ、その通りですよ、エンジエルさん。」

「エンジエルで良いわよ。」

「あぁ、俺の事もダイ・オフで良い。デッド・エンドも呼び捨てで構わねぇ。……それから――」

紅い瞳が碧く澄んで、

「デュースだ。」

「なるほど。魔剣さん――デッド・エンドには気が付いていましたが、もうひとつの違和感はそう言う事でしたか。」

この男は、俺の存在に気付いてる。そう察したデッド・エンドは口を開き、デュースの事にも気付いているのだろうと、ダイ・オフはデュースの事も紹介した。この男には、何か特別なものを感じる。それは、長年の経験から来る勘働きも、魔力を感じる特殊な能力も持たない、エンジエルすらそうだった。

「それでは、今度こそ私の番ですね。私はシェードと申します。見ての通り……と言っても、判りませんよね。ダイ・オフは有名な傭兵ですね。私も色々な噂を聞き及んでいます。そして立派な魔剣を背負っている。見た目からして屈強な傭兵だ。そしてエンジエル。貴女も判りやすいくらい盗賊ですね。ですが、私は見た目では何者なのか判りづらいでしょう。」

そう言って、ゆっくり体を一回転させた。やはり武器の類いも、そして手荷物さえ見当たらない。

「私はね、錬金術師(アルケミスト)です。」

「錬金術師?」

「はい。その中でも、傀儡師に当たります。」

「傀儡師……」

「えぇ。傀儡師と言うのは、傀儡、つまり人形を操る魔法使いの事です。こちらの言葉で言えば、人形遣い(ドール・マスター)ですかね。」

「人形遣い……あ、もしかして、アレクみたいな感じかしら。土人形を操ったりする。」

「……素材は土に限りませんが、まぁそうですね。特別な人形――ゴーレムを作って操る魔法ですよ。」

「なぁるほど。それでこのゴー――こちら(・・・)の言葉?」

エンジエルは、時間差でさっきの言葉が気になった。私が以前いた国の言葉――ウーミンの聞き慣れない言葉――そして、こちらの言葉。

「あんた――じゃ無かった。シェードって、どこの国の人なの?」

「……私は、外の世界から来た異邦人です。ずっと旅を続けていますし、どこの国の人でもありませんね。」

「外の世界?……え?!もしかして、海の向こうって事?!」

シェードの言う外の世界が海を渡った先かはともかく、エンジエルが驚くのも無理は無い。この世界の海には、モンスターが出る。海岸から見える範囲の近海であれば、然して脅威となる生物は存在しない。モンスターと呼べるような生物は見当たらない。しかし少し沖合へ出るだけで、海はその姿を一変させる。今でも海洋モンスターが棲息しているだけで無く、島ほど大きなモンスターすら数多存在しているのだ。武装した軍船であっても、そんな巨大な脅威には為す術も無い。

だからこそ、デッド・エンドの暮らした千年の昔から今に至るまで、この世界にはこの大陸しか存在しない。否。この大陸に住む者にとって、この大陸だけが世界の全てなのだった。故に、世界の外側と聞いたエンジエルは、海の向こう側を想起した。

「えぇ、まぁ……そんなところです。」

「嘘ぉ~。だって、海にはモンスターがいて渡れないんでしょ。海は人間族の領域外だって……」

「人間族の領域外……今では、そうなってるのか。千年前にはまだ、モンスターも魔族も危険な隣人だったからな。そう言う言い方はしなかったが――」

デッド・エンドが人間だった頃。それは、すぐ傍に吸血鬼が存在した世界。古代魔族が姿を消したのもその頃であるから、当時世界の支配者は決して人間では無かった。人間族の領域などと言う区分は、存在し得なかった。

「それでも、外洋は危険過ぎて、とても渡航など出来無かった。千年前、人間だけで無く魔族でさえも、海を渡るなど出来はしなかった。」

「……そうなんですね。さすがに、そこまで古い時代の事は判り兼ねますが、確かに海を渡るなど危険な行為ですね。ですが、一応あるんですよ。海を渡る方法ならね。」

本当(ほんと)?一体どうやって……」

「……それは秘密です。」

「あぁん?」

これには、イラッとしたダイ・オフが声を上げた。

「すみません。軽々しく人に教える訳にも行かないものでして。相応に特別な方法ですから、大勢が簡単に渡れるものでもありません。ですが、渡れると知れれば、我も我もと渡航希望者が殺到し兼ねません。」

「そうなのか?」

「あまり知られていないでしょうが、漂流するなどして意図せず海を渡って来る者はいるものです。多分こちら側にもいるでしょう。そう言った人たちが帰りたいと望んでも、そう簡単な話ではありません。ですが、方法はあるのだと知れば、やはりそれを望まずにはいられないもの。」

「まぁ確かに、そうかも知れないけど。」

「私はこれでも、結構有能な傀儡師なんですよ。」

「ぎげぎゃあ!」

「……別にそこまで否定しなくても……あ~、とにかく、私は特別海を渡る事を許された身。つまり、外の世界から来た異邦人な訳です。」

デュースとデッド・エンドは、シェードの胡散臭さに気付いていた。どうも彼の口振りは、嘘は吐いていないが肝心な事は話していない。そんな印象を受けるのだ。事実、シェードは嘘を吐いていなかったし、多くの事を敢えて話さぬように振る舞ってもいた。

「あ、それはそうと――」

自分で聞いておいて、エンジエルはいきなり話題を変えた。気になる事は多いのだ。

「このゴーレム、シェードが倒したんでしょ。どうやったの?」

倒れた二体のゴーレムそれぞれには、胸部では無く肩と腿に“atim”と刻印されていた。倒し方は、先のデュースの助言によるものと一緒ではあったが、少し様子が違う。頭の“f”と尻の“a”を削った跡が無く、ただ“atim”とだけ刻印されている。いや、掘り込まれた文字では無く、表面に書いた文字のようでもあった。

「はい、私が倒しました。魔法文字の上書きですよ。破壊しても良かったんですが、どこかの誰かが一所懸命創ったゴーレムを、簡単に壊してしまうのも忍びないでしょう?だから、刻まれた文字を読み解き、改めて停止の命令(コマンド)を上書きしました。最初は“meth”と刻んでも効果が無かったから、少し手間取ったんですけどね。私がいた世界とは、作成法は似ていても細部が違うようでして。コマンドが違う単語(キーワード)だったようです。」

「それって……結構凄い事なんじゃない?」

エンジエルは素直に感嘆したが、他の三人は言葉も無かった。結構凄いどころでは無い。いくら緩慢な動きとは言え、隠された刻印を暴きもせずキーワードを調べて、どうやってかそれを上書きした。この男は、これと言った武装もしていない完全な無手でそれをやってのけた。

そもそも、普通はそんな方法でゴーレムは止まらない。白紙の状態で、ふたつの命令を同時に与えたなら、より強い命令が優先される事になるだろう。少しでも相手を上回っていれば、それでせめぎ合いには勝てる。

だが、通常先攻より後攻の方が不利である。それは、多くの事象に当て嵌まる。例えば、潜伏した相手を見付ける為に、隠密と捜索のスキルでせめぎ合うとしても、そこは先に潜伏した者の方が有利。捜索には、マイナス補正が掛かるものだ。

そして、すでにゴーレムは起動済みだったのだ。言ってみれば、与えられた疑似生命を奪う事になる為、大きなマイナス補正が掛かってしまう。最初にコマンドを刻んだ術者より、どれほど強ければそんな芸当が可能なものか。

表面的には笑っているその細い眼差しは、ただ胡散臭いだけで無く、底知れぬ恐怖をも湛えているようだった。

「それでシェードは、何だってこんなところに?あ、あたしたちは、ただの通りすがりよ。」

「私ですか?そうですね、私も通りすがりですね。当て所無い旅の途中、結界の痕跡が残るこの森の傍を通り掛かり、少し気になったものですから――」

その時、ず、っっっどおぉぉぉん――と再び遠くで大きな音が鳴り響いた。しかし、今度の音響はこの場のものと違い、小さな喧噪が立て続けに耳に届いた。

「これって……」

「誰かが戦ってるみてぇだな。」

「……どうやら、ゴーレムではありませんね。三人で戦っているみたいです。」

エンジエルは眼をぱちくりさせて、

「そんな事まで判るの!?」

言われて、一瞬しまったと言う顔をするシェード。そうだった。この世界の住人(・・・・・・・)には、()を探るなどと言う力は与えられていない。感知能力だけでは、そこまで詳細に状況を認識する事は出来無いのだった。

「と、とにかく、行ってみましょう。もし野盗の類いに誰かが襲われているなら、助けてあげなくては。」

慌てて駆け出したシェードに釈然としないものを感じもしたが、ふたつの影も瞬時に疾駆へと移った。確かに、事は急を要するかも知れないのだ。


※例の、この世界独自の言葉に変換して異世界感を出そう、の一環。ど三一のような意味で、薄ら銅銀。どんなに働いても給金が銅貨、銀貨止まり→身分が低いと言う侮辱言葉。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ