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Die off  作者: 千三屋きつね
第四章「魔女の森 -ウィッチ・フォレスト-」

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第一節


もう少し南へ下れば、未だ木々が赤や黄に色付き穏やかな季節を彩っているものの、北方に位置する寒村カリムソン周辺には落葉樹すら育たず、一年中寂しい光景が広がっていた。

又候散歩と称して村を出ていたオリバーだったが、此度は比較的早く帰村した。何をしに何処へ出向いているのか。一切語らぬオリバーであるが、今回は早々に目的を達成出来たからだ。

結果的に、この地を離れられぬ理由を確認出来てしまった事になる。オリバーは陰鬱な気持ちで村へと戻る事となった。

定宿一階の酒場へ入ると、そこにはタルカスがいた。普段、食事を摂っているとタルカスの方がやって来る事が多いだけに、珍しい光景と言えた。

「……お、お早いお帰りだな。首尾はどうだった。」

オリバーが何をしに何処へ出掛けるのか知りもしないが、タルカスはそう聞いた。挨拶代わりみたいなものだ。

「……珍しいな。」

「あん?何がだ?」

タルカスが不思議そうに聞き返す。が、すぐに思い至った。

「おう、これか。吸ぅぅ……ぱぁぁぁぁ。確かに、田舎の貧乏人が嗜むようなもんじゃ無ぇもんな。」

思い切り吸い、そして吐く。タルカスは紫煙を(くゆ)らせながらそう答えた。タルカス以外にも数人、思い思いにテーブルに着き、同じように煙草を()んでいた。

「そうだな。一般的には、貴族の高級嗜好品――のはずだな。」

オリバーはタルカスの対面に座ると、左手を上げて酒場の親父に“いつもの”を頼んだ。

「まぁな。あぁ、言っとくが、盗品なんかじゃ無ぇぞ。実はな、量は多くねぇが、栽培してんだよ。」

「……意外だな。」

「あぁ~……まぁな。普通なら、煙草やってりゃこんなに寂れちゃいねぇわな。」

煙草は元々、一部の魔法使い(マジック・キャスター)が儀式に用いていた魔法薬の一種であった。神降ろしと呼ばれる儀式――術者の体に神を下ろす、と言うものだが、まさか本当の神など降ろせる訳も無く、幽霊や精霊――そして悪魔を降ろす儀式である。それでも、魔法を知らない者からすれば、本当に神が降臨したと思えぬでも無い。

煙草には集中力を増す効能があり、生来魔法を苦手とする人間族は、魔法行使の一助として煙草を使用する事があった。だが、煙草には別の効能もある。実はこの神降ろし、あくまで儀式であって魔法とは呼べない――ものも含まれる。神が降りた体で人心を惑わす、詐欺師のような連中も存在した。香のように焚き、儀式の参加者の判断力を奪ってしまうのだ。

そもそも魔法薬の一種として高価な上に、諸問題から禁制品の扱いを受ける事もあって、市井に出回るような物では無いのだが、この幻覚作用を好む者もいる。比較的心身への悪影響が少ない事から、心身を著しく蝕む麻薬の代わりに嗜好する者がいる。当然、そんな高価な物を市井の者が買える訳も無く、結果的に貴族の嗜好品となっていた。

「煙草にゃ中毒性があるからな。上手く捌けりゃ、貴族様が継続的にお買い上げ下さる訳なんだが……」

「売れなかったのか?」

「うむ。結局この村は、辺鄙過ぎんだよ。こんなとこまで仕入れに来る商人が見付からなくてな。販路が築けなかったと言う訳だ。」

「ふむ。……それで、お前達が吸っていると言う事は……」

「はは、まぁな。そこまでどっぷり――と言うほど量は採れねぇが、売れねぇから栽培を止めちまう――なんて、もう無理な話さ。有志が共同で畑の一部を管理して、こうしてたまに嗜む程度作り続けてるって訳だ。」

そうして深く吸い込み、ぷはぁと吐く。煙草の煙が、オリバーの顔まで届く。

「あ、悪ぃ。もしかして、嫌いだったか?」

喫煙者には甘露な味わいの煙も、吸わぬ者にとってはただの臭い煙だ。そんな煙を浴びせられれば、気分を害す人間もいる。タルカスも、わざとオリバーに煙を吹き掛けた訳では無い。吸って吐く。その一連の動作は、本人の意思を離れ無意識に繰り返される。目の前に注がれた酒があれば、盃を空けるのが当然なのと同じ事だった。

「好きも嫌いも無いさ。貴族でも無ければ、縁が無い代物だ。……いや、貴族以外にも嗜む連中はいるか。」

「うん?どう言う事だ?」

「魔法使いさ。元々、彼らが使う魔法薬だったんだからな。」

「そう言や、そうか。」

「ただ、私の知り合いには、煙草を常用するような魔法使いはいなかったな。煙草に頼る魔法使いは二流以下。そう言われているからな。」

そもそも、魔法を苦手とする人間族だけが煙草に頼る。エルフやドワーフと言った魔法種族は煙草の助けなど必要無いし、一流の魔法使いともなれば煙草になど頼る必要も無い。最低限の魔力で魔法を行使出来る聖堂騎士も、煙草の助力を必要としない。中途半端な実力のまま煙草に頼り続けるような者は、結果的に中毒者ともなって煙草が手放せなくなる。自分の研究に必要な器具、素材などに掛ける費用より、煙草の購入費用が嵩むような魔法使いは、決して一流になどなれずに終わるのだ。

「だが、そう言えば煙草を愛飲している魔女がいたな。天使たちが旅の途中で訪れた森に住む、まだ未熟な魔女が。」

「お。今日はその魔女の話か?待ってろ。今、皆を集めて来る。」

吸い掛けの煙草をひとつ深く吸い、吸い殻だらけの灰皿で揉み消して、タルカスは急いで席を立った。そこへ入れ替わるように酒場の親父がやって来て、“いつもの”よりも貴重な、例の秘蔵の酒をオリバーの目の前に置いた。

「こいつは話の報酬だと思ってくれ。お前さんには、いつも世話になるな。」

「何、私も好きで話しているんだ。だが、こいつは謹んでお受けしよう。」

金に困っている訳では無いが、オリバーは普段質素な食事を好んだ。それでも、こうしてたまに振る舞われる特別な逸品は、やはり嬉しいものだった。

タルカスが村人を集め終わる前に、その逸品はすっかり胃の腑に流し込み、酔うでも無いが少し気分が良くなったオリバーは、集まった面々にいつもより饒舌に話し始めた。

「今日は魔女の話だが、その前に少し、天使の兄についても話そうか。」


薄闇の中、またひとり、私の前に愚か者が歩み出る。ふむ。こいつは、少し違うか。判で押したように、聖印を象った揃いの制服を着ている教団の連中とは違うようだ。

確かに私たち吸血鬼(ヴァンパイア)は、人間族の血を吸う。血を吸って殺したり、眷属として仲間に加える――者もいる。だが、それが全てでは無い。

少なくとも私は、相応しくない者の血など御免蒙るし、死ぬほど吸血する事も無い。甘露の提供者を死なせてどうする。

そして、人間族など所詮食料だ。どんな美味を与えてくれようと、食料を友とする者はおるまい。私は食料を眷属にした事など無い。眷属なれば、狼どもや蝙蝠で事足りる。

私たちとて、神々がお創りになられた創造物だ。少なくとも神祖と真祖は、な。神々の名を以て吸血鬼を狩るなどと、何とも不遜な連中よ。

だがこいつは、今目の前にいるこの男は、教団の連中とは違う。どうやら教団のハンターでは無く、個人で活動する吸血鬼ハンターなのだろう。その意気や良し。果たして、実力のほどは如何。折角興が乗ったのだ。私を退屈させてくれるなよ。

その光景は、驚嘆の一語に尽きた。多分、現実の光景では無いから、その一挙手一投足まで把握出来たが、きっと現実に目の当たりにしたなら、どのような攻防が繰り広げられたか、理解出来無かった事だろう。

それくらい、件の吸血鬼ハンターの攻撃は苛烈を極め、しかも正確無比であった――が、その悉くを、ただ一歩も退く事無く受け躱し、怯む事無い虹彩異色の吸血鬼は、さらに脅威の存在であった。その相貌には、笑みさえ浮かんでいた。

その態度に怒りを露わ、吸血鬼ハンターは捨て身で最後の攻撃を試みる。それは功を奏し、余裕の笑みを浮かべたままO・D・I(オッド・アイ)はその胸に一本の白木の杭を打ち込まれた――笑みは消えぬままで。

「良くやった。褒めて遣わす。」

相手に侮辱的な称賛を与えると、笑顔のままその白木の杭を引き抜く。瞬きの間に、その胸の傷は消えて無くなり、仕立ての良いスーツには血の染みすら残っていなかった。

……これが本物の吸血鬼――これこそが真のO・D・Iの力。

O・D・Iは吸血鬼ハンターの体を放り投げ、ヴァルハロスの眼前に迫って紅蒼に瞳を輝かせる。

「早く私を解放しろ。それが出来ねば――」

は、っと目を覚ますヴァルハロス。

「ヴァルフっ!……あ、ヴァルハロス――様……」

横たわるヴァルハロスの体に取り縋っていた黄橡(きつるばみ)色の髪をした美女は、愛しい主人が意識を取り戻した事に安堵し、溢れそうになっていたものを隠すように少し顔を背けた。

「アマンダ……俺は一体……」

夢から覚めたかの如く、ヴァルハロスはまだぼんやりとしていて、状況が良く理解出来無かった。横たわったまま、傍らのアマンダへと問い掛けた。

「え、えぇ……突然、お倒れになりました。O・D・Iを動かしながらご自分も動く為の、練習の最中(さなか)です。」

「……そう――だったな。確かにそうだった。」

状況を聞かされ、頭が少しはっきりして来た。先の戦いで、悔しいがあの男――ダイ・オフの言う通りだと得心していたヴァルハロスは、まず技倆を高めるより自由に動ける事を優先すべきと、改めて修業を始めたところだった。

しかしこれが、忌避していた通りの難物であった。今までは敢えて意識していなかったが、いざ自分も動こうとしてみても指先ひとつ動かせない。ともすれば、O・D・Iの方に意識の全てが向いていて、自らの存在すら認識出来ていないほどだった。どうにか無理矢理右腕を上げたつもりが、そのままばったり倒れてしまった――と言う事らしい。

意識さえ覚めれば、体に異常は見受けられず、しっかりと足を踏ん張って立ち上がる事が出来た。

「大丈夫……ですか?少し、お休みになられますか?」

心配そうなアマンダに厳しい顔を向け、

「良い。休んでなどいては、むしろ危険かも知れんからな。」

「え!?それはどう言う……」

この間も、無表情に主人(・・)を見下ろしていた、闇色の偉丈夫を睨み付けるヴァルハロス。

あれは、そう言う事だろう。いつまでも不甲斐無いままならば、どうなるか覚悟をしておけ。そう言いたかったのだろう。今はまだ、どちらかと言うならば、向こうの方が支配者なのだ。俺は試されて、生かされているに過ぎないのだ。

これから何度も昏倒するだろう。強くなるどころか、己の弱さを突き付けられるだろう。だが、それを乗り越えねば、あの男には勝てん。妹は守れん。何より――O・D・Iに取り殺され兼ねん。

決意新たに、再び自分の体を動かすと言う本来当たり前の事に挑み、珠のような汗を額に浮かべながら卒倒するヴァルハロス。

先は長い。未だ、先へ進む手掛かりひとつ掴めず、藻掻き苦しむヴァルハロスであった。


木枯らしが吹くにはまだ早いが、そろそろ落葉(らくよう)が森の姿を寂しく変え始めた頃、不埒者と紳士が同居する凄腕の傭兵と、その背丈ほどもある蛮刀に宿りし千古の勇者、そして可愛らしい外見に不釣り合いなほど服装だけは妖艶な女盗賊(シーフ)の四人――見た目ふたり連れは、大陸中央西部から少し南下した地を旅していた。

デュースの故国は、大陸北方、やや中央寄りに位置している。仮に直線距離を馬で昼夜走れば、今の場所からでも一週間で帰り着けてしまうだろう。しかし、馬は徹夜で走り続けられないし、世界には山河あり。それでも、本気で帰路へ就くならば、二、三ヶ月で帰国も叶ってしまう。

世界――彼らが暮らす大陸自体、そう広い訳では無い。一年もあれば縦断、横断出来てしまうだろう。もし世界を上から眺める者があれば、実に狭い世界と見えるだろう。しかし、そこに生きる者にとっては、広大な世界なのだ。モンスターが消えたとは言え、危険の無い旅とも言えぬ。どこの世界にも、他人から物を奪って暮らす悪辣の輩はいるものだから。

そして今デュースたちは、南へ進路を取った。デュースは逃亡者であったから。

真っ直ぐ南へ逃げ続けた訳では無い。時に潜伏し、腕を売って路銀を稼ぎ、数年を掛けて大陸中央部まで逃げて来た。その過程で名も売れ、結果的に天使に出逢ったのだ。

故国の状況は何も判っていない。殺意があった訳では無いが、村人と追手――義父(ちち)と仲間たちを斬って捨てたのは、間違い無く自分(・・)なのだ。どのように手配され、どのような追手が掛かっているか判らないが、決して戻れぬ故国である。

ここのところ、ダイ・オフが聞く“声”の導きに従う事で、南では無く西へと進んでいた。そして今、まだ“声”は聞こえていない。故に南へ。

「ここら辺の木は、すっかり葉が落ちちゃってるわね。」

後ろ頭に手を組み、何の気無しに周囲を見渡しながら歩くエンジエル。無警戒に見えて、そこは盗賊、危険感知に抜かりは無い。特にこれと言った脅威も感じず、呑気な感想を漏らした。

「さすがに、ここいら辺りじゃまだ雪は降らねぇが、そろそろ秋も終わりだからな。本格的に寒くなる前に、もう少し南へ行きてぇもんだ。」

「あら、意外。もしかして、寒いの苦手なの?」

「は、俺様は火だぜ。別に冬の寒さなんざへっちゃらだが、あんまり雪にゃ良い思い出も無ぇからよ。南が良んだよ、南が。」

こうして、エンジエルの軽口に当たり前に合わせられるダイ・オフを、デュースはいつも羨ましく思う。……雪――あの日(・・・)あの時(・・・)も、雪は降っていなかった。だが、故国の思い出の多くは、雪と共にある。ダイ・オフの言葉は、デュースを慮ったものだろう。デュースの思い出はダイ・オフの思い出でもある。辛い思い出は、ダイ・オフにとっても辛いはずなのに。

「そう言えば、また魔力が増したよな。猿王を吸収して、何か変わったのか?」

背に負うた魔剣が、相棒へと疑問を投げ掛けた。ダイ・オフは、古代魔族の遺産を求めて旅をしている。何故なら、古代魔族の遺産が持つ膨大な魔力をその身に取り込む為に。そして、古代魔族の遺産の魔力を吸収する事で、ダイ・オフ自身の魔力が増大する。

と言っても、その表現には少し語弊がある。魔力とは、世界の何処にも存在する魔力の源、魔素(マナ)を取り込んで変換された魔法発動の動力である。これは、人間族に限らず、魔法種族であっても魔導器であっても原理は同じ。つまり、魔力そのものはマナを取り込んで自らの体内で生み出すものだ。

では、古代魔族の遺産の魔力を吸収しても、意味は無いのか。否。そもそも、人には――魔法種族や魔導器にも、体内に留めておける魔力に限界がある。もちろん、人間族よりも魔法種族の方が容量が大きく、多くを留めておけるからこそ、強力な魔法も自在に操れる。

ダイ・オフは、本来の限界を超えて魔力を吸収する事で、その限界を――器を広げているのだ。否。それも少し違う。デッド・エンドの見立てでは、本来ダイ・オフの器は果てしなく大きい。それは、ダイ・オフ自身器の大きさを感じてもいる。しかし、実際に扱える魔力の大きさは、その器に対してあまりにも小さい。

きっと、こう言う事なのだ。ダイ・オフの器は遥かに大きいが、魔力の扱い方を知らぬが故に、その器を満たす技倆を持たぬ。強制的に古代魔族の遺産の魔力が注がれる事で、相応の器が目覚めるのだ。そこだけ扱い方を知るのだ。結果、ダイ・オフが扱える領域が広がる。

そんな事は、ダイ・オフにしか出来ぬ芸当だ。無理矢理巨大な魔力を取り込もうとしても、普通は取り込めないか、体の方が耐え切れないだろう。ダイ・オフには、自身が扱えぬだけで、端から大きな器が宿っている。だからこそ、魔力の容量が増えるなどと言う、普通ではあり得ぬ成長を遂げるのだろう。

「あぁ、そうだな。まだまだ魔力は足りねぇが、また(なん)か覚えたぜ。今回のは、それこそあの猿みてぇに、力が強くなる魔法だな。」

「力が?まぁ、確かに、あの猿王の攻撃力は、人間のそれを遥かに超えてたからなぁ。」

猿王の爪撃をその身に受けたのは、他ならぬデッド・エンドである。きっと、最高峰の魔剣であるデッド・エンドで無ければ、その剣身ごと叩き折られて、ダイ・オフもひと溜まりも無かったろう。

「それじゃあ、今のダイ・オフって、(すっご)い力持ちなの?」

「あ~~~、いや、そうじゃ無ぇ。まぁ、順を追って話すとだなぁ、元々あの猿は、身体強化を目的とした全身鎧型の魔導器だったらしい。」

「全身鎧型の――魔導器?」

「あぁ。着た奴の身体能力を飛躍的に強化する、ってぇ目的は、充分達成してた――が。」

「が?」

「見ての通り――あ~、見た通りさ。猿の中の奴、どうなったか見たろ。」

「あ?!……う、うん。いくら強くなれても、あれじゃあ……」

猿王は、その身に取り憑いた猿型の悪魔アドルドムファスの体形に引っ張られて、装着者がかなり猿に近い姿勢を取る。この時点ではまだ、然程の負担は掛からない。しかし、さらなる力を得ようと猿王の能力を引き出すと、猿王は装着者を無視して本来の体形で動き回ってしまう。結果、人間の骨格では曲がらぬ場所で関節が曲がり、装着者を壊してしまう不完全な代物だった。

「だからな、猿の魔力から得た魔法は身体強化なんだが、そのまんま使えば俺様も体が耐えられねぇ、って訳だ。魔法なんて言っても、こいつぁあくまで、無理矢理力を引き出す、引き上げる魔法だ。ベースは俺様の体。人間にゃ出せねぇような力を無理矢理引き出せば、筋肉ずたぼろだ。」

魔法そのものが強い力となる――神聖魔法の(フォース)のような魔法なら、人間の限界を超えた力も発現出来る。だが、今回の魔法は身体強化。力自体は、ダイ・オフが出す事になる。だからこそ、その力の反動も、ダイ・オフが引き受けねばならない。

(なぁん)だ、それじゃあ使えないじゃない。」

「ふ、確かにそのまんまじゃな。が。」

「が?」

「そこは良いとこ取りよ。身体強化はする。壊れるほどの負荷は掛けねぇ。」

「……出来るの?そんな都合の良い事。」

目を細めて、訝しむエンジエル。

「おうともよ。名付けて、瞬間剛力。」

「瞬間剛力?」

「ほう、なるほどな。」

「今ので判るの?デッド・エンド。」

「あぁ、そのまんまだと思うぞ。人間本来の限界を無理矢理超えさせる事が、体に負担を強いる訳だ。だからその負担を、極限まで減らすのさ。力を引き出す時間を一瞬に限定する事でな。」

「その通り。本の一瞬だけ、あの猿並みの力を発揮する。本の一瞬だから、俺様たちくらい頑健なら、ほぼ負担無しで済む、って寸法だ。」

「……本当に上手く行くの?」

「あぁ、問題無ぇ。もう試した。ちょっとした岩くらいなら持ち上げられるし、数mほどならあの猿みてぇに飛び上がれる。」

瞬間剛力。ただ一瞬だけなら、大型の猿に匹敵する力を発揮出来る。ただ一瞬のみなので、岩を持ち上げてもすぐ落とすし、飛び上がっても本当の猿のように木の上を飛んで渡れる訳では無い。

だが考えてみて欲しい。殴る瞬間、蹴る瞬間――斬る瞬間、人間を超越した膂力を乗せたならば、その威力は如何ばかりか。

「ま、負担を考慮して、連続使用は厳禁だがな。本当だったらどんなに鍛えても人間にゃ出来無ぇ事を、無理矢理させるんだからよ。」

制限を掛け制約して、ようやく実用に耐える能力。それほど大型の猿の身体能力とは、人間を遥かに超えた尋常ならざる力なのだった。

それを無理矢理とは言え装着者に発揮させる猿王はやはり特級の魔導器であったし、その猿王が真価を発揮した状態を物ともしなかったデュースの技倆もまた、普通の人間のそれを遥かに超越していると言えるだろう。この瞬間剛力を以てさえ、今尚ダイ・オフの強さはデュースに及ばない。

「そっか。それでも、また少し強くなった訳ね。それこそ、今のダイ・オフだったら――」

ずしん――と、少し地面を振動が伝って来た。

「ん?……」

エンジエルは周囲に意識を向けてみるも、危険感知に引っ掛かるものは無い。ずしん――と、また振動が。今度はさっきよりも、少し近くから響いて来た気がする。

「ね、ねぇ……何か……」

がさがさ――と茂みが擦れるような音が――少し高い位置から聞こえて来た。そちらを見やれば、落葉樹の間にまばらに生えた常緑樹の枝葉が、揺れ動いているように見える。

そして、ずしん――がさがさがさ……

「何か……来てない?……」

「……あぁ、こいつぁ、あれ(・・)だな。何でこんなところに居やがるかは知らねぇが……」

「あれ?あれって……」

がさがさがさ――ふたりの会話を遮るように、ひと際大きな音を立て枝葉が揺れた。ずしん――と、さらに近く地響きがして、そいつは姿を現した。木々の枝葉を割ったのは何かの頭部であり、それはいつか見たあれ(・・)に良く似ていた。

「……これって……もしかしてあれ(・・)?」

エンジエルは、自分の背丈の倍以上の高みから見下ろすそれ(・・)に見覚えがあった。否。正確には、そのデザインも質感も全く違うものなのだが、大別すれば同じ物――と理解出来た。

「アレクの土人形!?」

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