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Die off  作者: 千三屋きつね
第三章「アガペー王国」

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第二節


陽の光を反射して、煌びやかに輝く精緻な装飾、彫刻が神々しさをも醸し出す大聖堂。ここは象徴であり、内外に権威を示す儀式、集会などが執り行われたり、大司教や司祭たちが賓客を持て成す為に待機する場だ。その裏手に、別途実務を執り行う小さな聖堂が建っており、修道士、修道女たちはこちらに詰めて仕事をこなしている。その隣に司祭寮があり、一般教徒用の宿泊所もあった。

こう言った構造はどの宗派でも大差無く、デュースは知識として知っていたので、初めて王都メラルティシアに補給で訪れた際、大聖堂は通り過ぎこちらの聖堂へと足を運んだ。

イリアスが聖堂騎士見習いとして修練しているのは、間借りした闘技場であったからすぐには逢えなかったが、司祭寮の前で待つ事にして、無事再会。互いの近況を話すと、宿泊所をぜひ利用して欲しいとの申し出を受け、それに甘えた。

もう一度声が聞こえて来るまでの仮宿である為、ただ待つだけの間宿代を払い続けるのは勿体無い。特に金銭に困っている訳でも無いが、懐に余裕がある事と節約する事とは話が別だ。

ちなみに、聖堂騎士用の施設は特に無い。大聖堂の中に、待機所があるだけだ。何故ならば、魔法使い(マジック・キャスター)である聖堂騎士の数が、圧倒的に少ない為だ。現在メラルティシアに常駐する聖堂騎士は、イリアスの指導騎士を合わせても三人だけ。それでも、王都故に多い方である。普段の聖堂騎士の仕事も、薬師では手に負えない重症者に対し、神の奇蹟で治療を施す事であり、教会の盾である騎士と言っても、滅多に戦闘に駆り出される事は無い。

当初、寄進の詭弁である徴税の為の王国制ではあったが、国は国。アガペー王国にも軍隊がある。信仰に支えられた兵士たちは士気も高く、国力の問題から軍備や兵力が高いとは言えないが、一兵卒の戦闘力で言えば、精兵揃いと言えるだろう。宗教国家を敵に回す周辺国も無い為、王国軍の手に余り聖堂騎士が出陣する事態など、興国当時はともかく、現在に至ってはほぼあり得ぬ事態と言えた。

「それにしても、本当(ほんと)に誰も泊まりに来ねぇんだな。」

「え?えぇ……アガペー教ですからね。無償の宿泊所など、利用する必要が無いんですよ。」

イリアスがデュースたちに宿泊所の利用を勧めたのには、単に宿の手配と言う以外にも理由があった。そもそも、利用者がいないのだ。一般教徒用に、寝泊まりする場所が無い者の為に開放されているが、アガペー王国は助け合いの国である。貧富の差が無いとは言わないが、仮に生活に困ってもアガペー教が無償で助けてくれる。住む家を失う者などほぼいない。それなりの規模を誇る王都だけに、貧民街(スラム)も無い訳では無いが、犯罪に手を染めねば生きて行けないほど困窮してはいない。

アガペー教区も国内にほぼ止まり、総本山とは言えわざわざ巡礼に訪れる者も少なく、宿泊所に巡礼者が逗留する機会もほとんど無い。

「それじゃあ、どうして宿泊所なんてあるの?」

「そうですね。慣習――ですかね。その昔には、必要とされていた時期もあったそうです。それに、食堂部分は司祭寮と共同ですし、宿泊所の建物だけ取り壊すとなると、むしろ大変なんじゃないですかね。」

「そっか。そう言えば、泊まれるだけじゃ無くて、ご飯まで出してくれるのよね。本当(ほんと)、不思議な国よね、アガペー王国って。」

不思議――確かにそうだ。アガペー教に仕え長くなるから普段意識する事は無いが、こんな国他には存在しない。たった一週間の道のりだったが、旧男爵領への旅程で、以前の生活同様の世界を嫌と言うほど見せ付けられた。

チャカとペテサ。旧男爵領までの護衛を頼んだ傭兵たちである。あそこまで粗野で無礼な人間は多く無いとして、それでも荒事を生業とする者には良くいるタイプだ。さすがに、あのような者たちにはアガペー王国では出会わない。しかし、外の世界で彼らはそこまで珍しい人間では無かった。程度の差こそあれ、彼らは普通の人たちだった。改めて、ふたりの冥福を祈らずにはいられないイリアスであった。

「そう言えば、イリアスは今も司祭寮に住んでるのよね。聖堂騎士になったら、住むとこ変わるの?」

「え?いえ、私はここに残ります。独り身である事は変わりませんし、聖堂騎士用の寮はありませんからね。それに……」

「それは良かった。あんたまで出て行ったら、寂しくなるからねぇ。」

話しながら丁度司祭寮の前までやって来たところで、そう話に割り込んで来た人物がいた。

「あぁ、これはミスティリア夫人。只今帰りました。」

「もう、およしよ。おばちゃんで良いって、いつも言ってるだろ。」

ミスティリア夫人と呼ばれた女性は、イリアスの半分の背丈――腰の辺りに顔が来るほど小さく、だがイリアスの倍の幅を持つがっしりとした女性だった。自らおばちゃんと名乗るだけあって歳も倍ほどに見え、太めに結った二本のお下げ髪は歳相応とは思えぬが、そのにこやかな表情と合わせて可愛らしく見えた。

「おばちゃん、ただいま~。今日の夕飯は(なぁに)?」

「あら、エンジエルちゃん、お帰りなさいな。デュースさんも。これは今日の夕飯、豪勢にしなくちゃねぇ。」

いそいそと取って返し、司祭寮へと消えるミスティリア夫人。

「おばちゃん、嬉しそうね。こっちはお世話になりっ放しなのに、本当(ほんと)良い人……ドワーフなんだっけ?」

「えぇと……どうなんでしょう。そう言う噂なんですが、はっきりお聞きした事は無くて。」

ドワーフ。今も尚、人間族の領域内に残る数少ない亜人種の内のいち種族。元は精霊として精霊界で暮らした種族が、何らかの理由で物質界で暮らすようになった種族を妖精族と呼ぶが、ドワーフは土属性の妖精族である。見た目はそれほど人間族と違わないが、背が低い事から小人族とも分類される。土と縁が深く、古来洞窟、坑道で暮らす事が多く、鉱夫や鍛冶師を生業とする者も多い。そんな環境故か精霊の頃からそうなのか、肉体的に頑強で筋骨隆々でもある。

「……そもそも、ドワーフ族の女性がどんな姿かも知られていないからな。ドワーフは女性にも髭が生えている。そんな噂もあるくらいだ。」

デュースが読んだ本には、一般的なドワーフ族の特徴こそ記されていたが、性差について詳しく書かれていなかった。人間族がドワーフ族の集落まで出向く機会は少なく、人間族の街まで出稼ぎに来るのは鍛冶師、傭兵ばかりで、ほぼ男性である。そんなドワーフ男性の特徴は、全ての者が立派な髭を蓄えており、底無しの蟒蛇(うわばみ)である。

ドワーフの女性など目にする機会が無い為、ドワーフ男性の特徴を種族全体の特徴として捉えてしまう訳だ。曰く、ドワーフは男性も女性も、背が低くがっちり体型で髭を生やした大酒呑み。

「それじゃあ、おばちゃんは髭生えてないから人間?」

「へ、人間にしちゃあ、随分背ぇ低いけどな。(なぁに)、飯が美味いんだ。どっちでも良いじゃねぇか。」

そんなダイ・オフたちのやり取りに、ひとりにやにや笑う――金属の体故実際に笑えやしないが、デッド・エンドは愉快だった。いや、凄ぇ。千年経っても、まだドワーフ女の噂話が健在だとは。デッド・エンド自身は答えを知っているが、千年の昔にも、ドワーフ女を見た事の無い者は多かった。当時も髭を生やしたドワーフ女は良い酒の肴だった。千年程度じゃあ、人間って奴は変わらないものだな。デッド・エンドは、今の世界を楽しんでいた。


保存食を始めとした補給を済ませ、美味い飯を喰いながらさてあの猿をどうしたものかと検討を重ね、世話になっているからと寮や宿泊所の掃除を手伝い、イリアスの権限で閲覧可能な文書をデュースが読み漁り、夜はダイ・オフとデッド・エンドが自分たちの力を把握する為修練を試みる。

そんな日々が三日も続いた朝、イリアスは騎士見習いの特訓へ出掛けようと寮を出た。そこには、玄関先で掃き掃除をしていたミスティリア夫人がいた。

「あぁ、これはミスティリア夫人。行って参ります。」

「……イリアスさん……あんたがいてくれて本当に良かったよ。この広い建物にひとり切りは、寂しいからねぇ。」

ミスティリア夫人は、寮母兼管理人兼料理人として、宿泊所の一階にひとりで住んでいる。司祭寮は別棟となるが、食堂で繋がったひとつの建物ではある。現在入寮中なのはイリアスだけで、宿泊所の利用者は普段誰もいない。

司祭は一応相応の役職故、収入も修道士、修道女より多い。独身の司祭であっても、多くの者が自分の邸宅を構える。昇進してしばらくは蓄えも無い為一時的に入寮するも、半年から一年程度で出て行く事がほとんどだ。

そんな中、収入のほとんどを施しに回し、司祭寮に留まり最低限の生活を続けるイリアスは、司祭たちの中でも異質だった。何も、私財まで投げ打たずとも、奉仕の心は示せるものだ。司祭の中には、私欲を満たす事を当たり前だと考えて昇進する者もいる。イリアスの場合、貴族の家を身ひとつで追い出された過去が、影響しているのかも知れない。彼の私物の少なさは尋常では無い。

ミスティリア夫人――と呼ばれているが、彼女の夫を見た者はいない。普通に考えれば、ミスティリアさんの奥方と言う事なのだろうが、ミスティリアが誰なのかも判らない。少なくとも、彼女はここにひとりで暮らしていた。司祭寮にはイリアスひとり。宿泊所には夫人ひとり。

「ミスティリア夫人……」

イリアスには、秘めた思いがあった。寂しくなるなんて言われてしまうと、また言い出しづらくて、言いそびれてしまいそうだ。――が、その言葉の意味に遅れて気付いたイリアス。

「もしかして、また旅立たれたんですか?彼らは。」

「そうなのよぉ。朝起きたら置手紙があってね。何でも、急に用件を思い出したとかで。せめて、夜が明けてから出立すれば良いのにねぇ。」

声が聞こえたのだ。イリアスには事情が理解出来た。彼らがここに逗留しているのは、古代魔族の遺産が目的なのだ。聞こえなくなった声が、いつまた聞こえるようになるか判らない。だから、遺産の行動範囲に程近いここ、メラルティシアを拠点と定めたまで。この街に用がある訳では無い。だが――

「大丈夫。しばらくしたら、また顔を出してくれますよ。少なくとも、報告の為にもう一度立ち寄ってくれるはずですから。」

今回も上手く行かなければまた戻って来るだろうし、上手く行ったならきっとそれを伝えに来てくれる。彼らがどれほど義理堅いか。それを知るほどまだ付き合いは長く無いが、イリアスにはそう思えた。

「そうかい。なら良いんだけどね。どんな用事か知らないけど、無事に帰って来ると良いねぇ。」

「えぇ、本当に。」

話を聞く限り、彼らに危険は無いようにも思える。相手の方が逃げているのだから。それでも、油断は出来無い。古代魔族の遺産がどれほど危険な代物かは、イリアスだって知っているのだ。

「えぇ、本当に……」

眩しさ溢れる朝の空を見上げ、そう繰り返すイリアスだった。


静まり返った暗夜の聖都を抜け出して、四人は北東へと進路を取った。どうやら今度は、アガペー王国の北東に位置するクシャルナム王国へと移動したようだ。地図を確認する。正確には、アガペーからクシャルナムまで続く森林地帯。獲物は猿故か、どうも森から森へと移動しているようだった。小国群にはいくつか森林地帯が広がっており、アガペー王国北部に集中していた。それは偶然であったが、結果的にアガペー王都メラルティシアが活動拠点として絶妙な位置となった。

「さて、この先にあの猿がいるが、どうしたもんかね。」

二日ほどで森の奥へと進み、声はすぐそこまで迫っていた。ただ、このまま進んだのでは、また取り逃がすのが落ちだろう。

「……あたしが囮になるわ。多分、ダイ・オフに斬られた事を覚えてて、それですぐ逃げ出すんだわ。」

「……まぁ、そうかも知れねぇが、お前が囮になってどうする。あのヴィンスみてぇに完璧に存在を消せりゃあともかく、こっちに気付いた時点で逃げんだろ。」

ヴィンス――ダイナスの近衛将軍だったヴィンセント・ホロゥは、精霊魔法で完全に存在を消す事が出来た。現実と区別が付かぬ幻も駆使し、ダイ・オフはおろか達人であるデュースですら、ヴィンスの実体を捉える事は出来無かった。盗賊(シーフ)たるエンジエルも敵わぬほどの、完璧な隠密である。

「それなんだけどね、剣の間合いまで近付かなくても、どうにかなると思うの。ほら、デュース。あの時剣を投げたでしょ。」

「!なるほど。そう言う事か。」

剣を投げる。はっきり言って、馬鹿げた行為である。剣は投擲に適して作られていない。破れかぶれに放り投げる者もいるが、それが功を奏す事は無い。

が。それは一般的な使い手の話である。投擲に適さぬ剣を見事相手に刺して見せる芸当も、熟練の使い手であれば可能。回転を加え、離れた相手を斬る業すらも、世の中にはあると言う。

デュースは敵を斬った訳では無く、咄嗟に投げ放った剣が火球(ファイアー・ボール)を防いだに過ぎない。だが少なくとも、狙い通りに投げる事は出来た訳だ。相応の伎倆は持ち合わせている。

「しかしな。デュースなら俺を当てる事は造作も無いと思うが、当てるだけじゃ倒せんだろう。あの猿、ただの金属製って訳じゃ無ぇんだぜ。」

投げられる当人が疑問を呈する。投げられる事に文句は無い。幅広長大な段平でありながら、使用者には一切重さを感じさせぬ魔剣である。こんな(なり)だが、投擲も能力の内と言えた。

「そこはほら、ダイ・オフ。あんたが投げんのよ。」

「俺か?あぁ、なるほど。そう言う事か。ふむ……まだ試して無ぇが、出来るかもな。」

ダイ・オフは三人に、魔力を吸収した事による変化について死霊魔法(ネクロマンシー)が使えるようになったとは説明したが、変化はそれだけでは無かった。魔力がさらに蓄積された事で魔法そのものに近しくなり、結果炎を操る能力も向上していた。

具体的には、剣身に纏った炎を放てるようになったのである。剣をひと振りする度に飛ばせる、簡易的な火球のようなものだ。まだ飛ばせると言うだけで、威力はそこまで大したものでは無い。もちろん、魔法など知らぬ一般人からすれば、充分驚異的な力ではある。ただ、比較するならば、旧男爵邸地下にいた不死の魔導師(リッチ)の火球の半分程度。魔法使い同士の戦いともなれば心許無い。とは言え、魔法使い自体ほとんど出遭う事は無いし、詠唱無しで連発出来る分、使い勝手は良い。

今回のケースでは、この力は役に立たない。たかが威力半減の火球など、古代魔族の遺産を傷付けられはしないだろう。森の中で火球など連発すれば、炎に巻かれて追い詰められるのはこちらの方だ。致命的に、相性が悪い。だが――

「良し、その作戦で行ってみよう。……エンジエル、無理はするなよ。」

「大丈夫よ、デュース。心配しないで。あたしだって経験積んで、動けるようになったんだから。守りに徹すれば、そう簡単にやられやしないわ。動きは見えてるから。」

猿の動きは獣じみていて、とても追い付けるものでは無い。が、眼で追うだけなら話は別だ。動き自体は見えていた。所詮、その動きは野生の獣。洗練された、達人のそれでは無い。

「……あぁ、判った。任せる。」

ぱあ、っと笑顔が弾けるエンジエル。

「うん、任せて。ダイ・オフ。しくじるんじゃ無いわよ。」

「へ、誰に言ってやがる。心配すんな。きっちり決めてやるよ。」

ふたつの顔とみっつの視線が見交わし合って、死神はその気配を殺した。


ふと気付くと、樹上から見下ろす先に、見知った顔があった。いや、見知った顔のはずであった。混乱の極みにあり良く思い出せない。何かを語り掛けて来るも、理解出来無い。一体どうしてこうなってしまったのか。一獲千金。これで私たちは遊んで暮らせる。私たち?誰と誰の事だろう。

その時、背後から気配がした。振り返った先、こちらにも見覚えがあった。一瞬逃げなければと過るも、善く善く見れば、何の事は無い。あれは大丈夫。あれは弱い方だ。今なら簡単に狩れる。いつまでもいつまでも追い掛けて来る邪魔な奴を、まず一匹減らしてしまおう。

すでに猿の頭からは、もうひとりの見知った者の事は抜けていた。思考が非道く鈍くなっている事に、その鈍くなった思考では思い至らない。ただ目の前の情報を処理するだけで精一杯だ。

枝から枝へ飛び移り、数十mの距離を一気に詰め、樹上よりその獲物へと飛び掛かる。その光を反射して輝く金属の爪が獲物を引き裂かんとするも、逆手に持った短剣(ダガー)を合わせ力に逆らわずいなす妙技に、バランスを崩してたたらを踏む大猿。

獲物へ向き直り、思わず咆哮を上げ掛けた刹那、すぐ近くで爆炎が渦を巻いた。ぎゃ、とそちらを見やれば、目の前で紅い炎を剣身に纏った大きな剣がくるくると回転している。

と見えた瞬間、目の前からその剣が消える。消えたその先には、消えた大剣を手にした見覚えのある恐怖がこちらへと疾駆するのが見えた。背筋を冷たいものが奔り、大猿はまたも一目散に逃げ出した。

「くそっ!一体、どうなってやがる!」

ダイ・オフの投げ放ったデッド・エンドは、剣身に炎を纏ったままこの世の全てを斬り裂かんが如く、縦に回転しながら一直線に大猿へと突き進んでいた。

デッド・エンドの魔法伝導率の高さによって、剣身に炎の魔法を纏ったまま、ダイ・オフの手を離れても燃え盛り続ける事が出来た。直接斬り付けるよりも格段に威力は落ちるが、デッド・エンドの自重は見た目通り重く、それだけの質量が回転を伴い斬り付け、そこに強力な炎の魔法が加われば、如何な古代魔族の遺産と言えど、無傷と言う事は無かったろう。ともすれば、装着者へは致命傷を与えられたかも知れない。

しかし、大猿にその刃が届く事は無かった。目の前に見えない(・・・・)障壁が現れ、剣と炎を遮って見せた。透かさずデッド・エンドを帰巣能力で手元に転移させ駆け出すが、またも大猿には逃げられてしまった。

魔法障壁(マジック・バリア)か?……しかし、最初に斬り付けた時には無かったよな。俺様は魔法剣なんだ。ダイ・オフの炎こそ纏ってなかったが、魔法に対して反応するなら、初撃にだって反応しても良さそうなもんだが……」

デッド・エンドの見解通り、今のは魔法障壁なのだろう。ダイ・オフには、半透明の壁がいきなり出現したのが見えた(・・・)。そんな魔法障壁が、あの猿の能力では無いとするなら、これは一体……

その答えには、エンジエルが気付いた。

「ねぇ、見て!あそこ!」

声で示した先、エンジエルが姿を見せた時に大猿がいた樹の下。そこに、ひとつの人影が見て取れた。しかし、エンジエルの声に反応したか、その影はふい、っと踵を返し姿を消してしまった。

「あ、待て――」

「追うな!」

デュースの声に、足を止めたエンジエル。

「追う必要は無い。追い付けるかどうかも判らないし、その正体も不明だ。不用意に追っては危険だ。」

「そ、そうね。ごめんなさい……」

自分だって、腕には相応の自信が――あった。そう、ダイナスでの戦いを経るまでは。世の中上には上がいる。さらに、魔法と言う不可解で強力な力も存在する。事実、エンジエルは一度、魔法によって死に掛けた。特別な魔導器を身に付けていたから助かっただけで、それが無ければ命を落としていただろう。改めて、今は亡き数百年の刻を超えた魔法屋さんへと、感謝の想いが募る。

「それで、どんな奴だった?」

紅い瞳が、その鋭い眼光を人影が消えた先へと送った。

「え~と……うん、そう。イリアスに似てたわ。」

「イリアス?あの青臭司祭様か?あいつがいたのか?」

「あぁ、違う違う。イリアスと同じような格好――よ。えっと、司祭の頃じゃ無くて、今のイリアス。聖堂騎士みたいな格好。色は黒かったけど。」

「聖堂騎士――か。つまり、神聖魔法を使えるかも知れない。と言う事だな。」

「魔法障壁。確か、魔法使いより聖堂騎士の方が防御系魔法に秀でてたな。あの猿じゃ無くそいつが魔法障壁で守ったってんなら、辻褄も合う。」

千年の昔にも、世の宗教はアミリティア教であり、それに仕える聖堂騎士は存在した。だからこそ、デッド・エンドは聖堂騎士についても、吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターとしてある程度理解している。

「辻褄?合うか?訳判らねぇ古い魔導器の味方をする聖堂騎士。何者(なにもん)だよ、それ。」

「いや、そう言われちまうとそうだけどよ。」

「……それでダイ・オフ。声はどうだ?」

「うん?……あぁ、聞こえ無ぇな。猿に近付いた辺りから、また声がしなくなってた。はぁ……すぐに追うのは無理そうだな。」

「良し。取り敢えず戻ろう。エンジエル。さっきの人影について、思い出せる事は出来るだけ思い出しておいてくれ。イリアスに、心当たりは無いか聞いてみよう。」

「そうね、判ったわ。」

新たなアプローチは悪く無かった。しかし、思いがけぬ邪魔が入り、作戦は失敗に終わった。一行は再び打つ手を失い、拠点へと舞い戻る事になる。だが、状況に変化はあった。果たして、新たな存在の出現は、このいたちごっこ終焉への糸口となるのだろうか。


「よう、帰ったか。まぁ、お前も座れよ。」

イリアスが寮の食堂へ入ると、ふたりが――四人が夕食を摂っているところだった。

「あら、お帰りなさい。今すぐお夕飯、用意するわね。」

イリアスの姿を認めたミスティリア夫人が、慌ただしく奥へと引っ込む。

「ありがとう御座います。急がなくても大丈夫ですよ。」

夫人へ声を掛けつつ、イリアスはエンジエルとデュース――いや、多分あの口ぶりからするとダイ・オフだろう。その前の席へと着座する。

「今回は、随分早いお帰りですね。」

件の森までは、三日掛かっていない。出掛けてからまだ一週間経過していなかった。

「そうなのよぉ。早めに見付けたのは良いけど、邪魔が入っちゃってね。」

「邪魔――ですか?」

「うん、そう。あ、取り敢えず食べちゃいなさい。後で詳しく聞かせるから。」

ミスティリア夫人が、イリアスの食事をトレイに乗せて運んで来た。今日は魚料理のようだ。焼けた魚の(かぐわ)しい匂いに、ぐう、とイリアスのお腹が鳴き声を上げた。配膳するミスティリア夫人もエンジエル、ダイ・オフも、思わず顔をほころばせ場が和む。

そんな光景に、この時間がいつまでも続けば良いのに、と感慨深く思うイリアス。別れはそれほど遠い話では無い。彼らが目的を果たし旅立つ日も。自分が……

「どうしたの、イリアス?冷めちゃうわよ。」

「え?……あぁ、すみません。神々が今日もお恵みをお与え下された事、感謝致します。」

胸の前で聖印を刻み合掌して後、イリアスも食事を始めた。


「聖堂騎士――ですか。」

食事を終え、ミスティリア夫人が淹れてくれた香茶を飲みながら、五人は本題に入った。

「えぇ、丁度今の貴方の格好に良く似てたの。長衣(ローブ)は黒かったんだけどね。フードを被ってたから顔は良く見えなかったけど。」

「なるほど。……他に何か特徴は?」

「そうねぇ……そう言えば、ローブだけじゃ無くて胸甲(ブレスト・プレート)も少し黒かったかも。ただ、多分材質は魔法銀(ミスリル)だろうから、薄っすら暗い銀色?あ、あと、貴方と違って、何か腰から下げてたわ。剣……いいえ、多分戦棍(メイス)かしら。吊ってたの、鞘じゃ無かったと思う。」

ローブの上にミスリル製のブレスト・プレート。典型的な聖堂騎士のスタイルとも言えるが、聖堂騎士になる以前から魔法を使えた者の場合、必ずしも聖堂騎士らしい格好をするとは限らない。メイスも同様で、身に付けた戦闘技術によって得物も変わる。ただ、いちから聖堂騎士の訓練を受けた者なら、正にこう言う格好している。盾を装備していない点が違うくらいか。

「そうですか。……少なくとも、アガペー教の聖堂騎士ではありませんね。」

「そうなの?」

「はい。私が知っている者の中にはそう言う格好、戦闘スタイルの者はおりません。現在、アガペー教の聖堂騎士は十三名。全体で十三名ですから、決して多くはありません。クシャルナム王国に一番近いファウロゥの街在籍の聖堂騎士ミアータは、元々魔法が使えた女性で、ブレスト・プレートに限らず鎧は一切身に付けないそうです。」

「ふむ。正体は不明のままか。」

「……もしかしたら……」

然程確信のある意見では無い為少し言い淀みはしたが、デュースの呟きにイリアスは言葉を続けた。

「ケイオスの聖堂騎士……」

「ケイオス?ケイオス教?それも宗教なの?」

「アガペー教とは違った意味で、かなり規模の小さな宗派です。アミリティア教混沌(ケイオス)派。彼ら自身、他の宗派と一線を画す事を示す為、好んで黒いローブを着ると言われています。」

「……ケイオス教。確か邪教の類いじゃなかったか?」

「邪教?」

この世に宗教はアミリティア教只ひとつ。アミリティアの書の解釈の違いで数多宗派は存在するも、崇め奉る対象は神々である。

しかし、自然の脅威を恐れ敬う民間信仰や、神ならざる超常の存在を神のように崇める集団はある。神ならざる超常の存在、例えば――悪魔。悪魔崇拝者たちの秘密結社を、俗に邪教と呼んだ。

「……いいえ、邪教ではありません。一番厳格とされる原理(ファンダメンタル)派においても、あくまで異端と言う扱いです。」

「……良く判んないんだけど、邪教と異端って違うの?」

「えぇ、聖典の解釈の違いで様々な宗派に分かれますが、ケイオス派もアミリティア教である事に違いはありません。あくまで信仰の対象は我々と同じ、創造の神々です。邪教の徒が信仰するのは悪魔です。そこが決定的に違います。」

「そっか。そう言われれば、全然違うわね。」

「アミリティア教と言う名前はアミリティアの書から来ていますが、実は聖典はそれだけではありません。ただ、その信憑性や内容から、他の書や伝承の扱いが各宗派でかなり違って来ます。ファンダメンタル派はアミリティアの書のみを聖典と認め、ケイオス派は全ての聖典、伝承を肯定します。……こう言っては何ですが、アミリティアの書以外の聖典で描かれる神々は、その……かなり人間臭いのです。嫉妬や怠惰など、人が持つ悪徳を神々も持ち合わせていた――と言う事実を、認められるか否か。宗派の違いとは、その許容範囲の違いと言って良い。実のところ、神々の無償の愛を掲げるアガペー派は、かなりケイオス派に近いと言えます。」

愛の中には、肉欲も含まれる。多くの聖典、伝承の中で、神々は愛憎劇を繰り広げている。神々の愛を説くアガペー教では、こうした神々の自由な恋愛模様は是である。恋愛も結婚も許されている。一番厳格なファンダメンタル教では、一般教徒はともかく、教会に仕える者の恋愛も結婚も認めていない。ケイオス教では、不義密通すら神々さえ認めた愛の形として不問とされる。

「人の悪徳を神々も持っていた、とするケイオス派では、……あくまで拡大解釈なので全ての教徒がそうではありませんが、犯罪に相当するような行為であっても平気で行う輩がおります。その為、一部では邪教扱いをする者もおり、アミリティア教の中でも疎まれる存在なのです。」

全ての肯定は自由に繋がり、心得違いの自由は混沌に通ず。ファンダメンタルや自由(リベラル)、ケイオスなど宗派名のいくつかは、宗派の外の人間がそう呼称する事で定着した宗派名である。何も、ケイオス教徒が自ら混沌と名乗った訳では無かった。だが、その行いが正に混沌に見えたからこそ、今ケイオス派なのだった。

「確か、ケイオス派の聖堂騎士には共通する戦闘技術が伝わっており、メイスを用いると聞いています。黒いローブに黒いブレスト・プレート。腰にメイスとなれば、ケイオスの聖堂騎士の特徴と一致すると思います。」

「確かにね。防御魔法も使って来たし、間違い無いかも。」

「ベンズ・ヒット!(※)……と言っても、それが判ったところで何だって話か。」

「いや、魔法障壁はあの大猿の能力では無い。他に競争相手がいるらしい。それを踏まえて作戦を練り直せる。無意味じゃ無いさ。」

「そりゃ、そうだが……」

「私も……ご一緒してよろしいですか?」

「イリアス?」

「……アガペー王国で……いえ、小国群周辺で、ケイオス教徒が目撃された事はありません。ケイオス派の教会施設はかなり少なく、普段身を隠している事が多いそうで。やはり、風聞が宜しくない為、迫害も受けると言う話ですから。身を守る力を持つ聖堂騎士たちは、定住せず諸国を巡り布教に勤めているようですが、本部はもっと北にあって、この辺りでは見掛ける事がありませんでした。」

迫害を恐れたり、一部の行き過ぎた教徒の行いに同胞すら眉を顰めたりして、ケイオス教はアガペー教同様規模が小さいとされる。しかし、その自由な教えは人気が高く、隠れた信仰者は主流派に引けを取らないとも。だがそれも、もっと北に位置する国での話。特に小国群では、アガペー教が良い意味でも悪い意味でも影響力が強く、ケイオス教が入り込む隙は無い。少なくとも、傍目には。

「その者が本当にケイオスの聖堂騎士なら、何故こんなところにいるのか気になります。それに、私の魔法がお役に立つかも知れませんし。」

「え、イリアスもう魔法使えるの?」

「はい、新米聖堂騎士が使える魔法はひと通り。今は専ら、戦闘訓練ばかりでして。体を動かす方はからっきしなもので、朝から晩まで基礎体力作りの毎日です。」

「そっか。イリアスってば、お世辞にも強そうじゃ無かったもんね。でもでも、こんなに早く魔法を覚えるなんて、もしかして天才?」

「いいえ、滅相も無い。司祭である事が役に立ったまでです。」

神聖魔法も他の魔法同様、発動時には呪文を詠唱する。呪文の詠唱とは、古代語魔法であれば悪魔に、精霊魔法であれば精霊に、神聖魔法であれば神に助力を願う祝詞のようなものだ。神聖魔法のほぼ全ての呪文は、聖典の文言や祈りの言葉から出来ている。当然だ。神聖魔法を人間族が使えるように創意工夫した古の聖堂騎士たちが、そのように定めたのだから。

ただ、特定の文言を口にしただけで魔法が発動する訳では無い。呪文に乗せて、どんな奇蹟を願うのか神に届けねばならない。その為には本人の魔力が最低限必要で、だからこそどんなに敬虔であっても、ただの修道士、修道女、位が上がって司祭、司教と言えど、神聖魔法は使えない。

「いちから呪文を覚える必要が無かったからこそ、こんなにも早く神に応えて頂けました。これも、神々の思し召しですよ。」

「……ダイ・オフが魔力を増強し、元吸血鬼ハンターであるデッド・エンドの魔法知識もある。しかし、本当の意味での魔法使いはいないからな。魔法の助けが得られるなら叶ったりだが……良いのか?」

「えぇ、構いません。是非、皆さんのお力になりたいのです。」

「……戦いになる。それでも良いのか?」

拙い戦闘技術では危険な目に遭う。再び問われて、デュースの言いたい事に気付いたイリアスだったが、

「はい。是非協力させて下さい。」

躊躇する事無く返答した。イリアスにも思うところがある。覚悟は、疾うに決めていたのだった。


※現実世界で言えば「ビンゴ!」。数字を振った的に短刀(ナイフ)を投げて行き、自分で数字を書き入れた別紙上で先に一列揃えた者が勝ちと言う、ビンゴのようなゲーム。傭兵、盗賊の定番遊戯。名前の由来は、投げナイフが得意な傭兵ベンジャミン。ベンジャミンは弄られキャラだった為、数字が揃う度にベンが死亡、ベンを殺したと囃し立てられていたところから。


※私は英語が苦手で、翻訳サイトも役に立たなかったから、「Ben`s hit」でちゃんとそう言う意味になるのかは判りません(^^;

 ファンタジー世界に現実そのままを持ち込まないようにする一環として、敢えて「ビンゴ」と言う言葉を置き換えました。ニュアンスが伝われば幸いです。

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