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Die off  作者: 千三屋きつね
第二章「旧ボードウィン男爵領」

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第三節


昼時の一時間ほどを村で過ごしたエンジエルたちは、さらに小一時間を掛けて勾配のきつい坂道を登って来た。道中、崩れた石壁が所々で確認出来たが、それらは丘の頂上に位置する砦を守る為の防壁跡だと言う。丘そのものが、ひとつの大きな城塞であったようだ。

今、四組の訪問者たちが介している広間は、すでに内装は経年で見る影も無く、構造だけで見れば、なるほど、武骨な砦であった事を窺わせた。

腰掛けるような椅子も朽ち果てている為、立ったまま程良い距離を保ちながら、それぞれが他の三組を視界に捉えられる位置で対峙している。

「それじゃあ、言い出しっぺのあたしから。エンジエルよ。よろしく。見たら判ると思うけど、盗賊(シーフ)よ。」

今は空気が重い訳では無いので、自然な振る舞いで挨拶をするエンジエル。何と無く目が合った対面の司祭に、天使の笑顔で手を振ってみる。司祭は、思った通りの反応を示した。

「それで、こっちが……」

ダイ・オフは、司祭の後ろのふたりを目で確認してから、

「……ダイ・オフだ。よろしくな。」

傭兵たちも、思った通りの反応を示した。司祭は目を剥いている。満足して、にやりと笑うダイ・オフ。

「へぇ、貴方が……。噂は聞いてるわ。でも、やっぱり噂は噂ね。」

言葉で反応を示したのは、赤毛のメイド、ラヴェンナだった。

「あん?どう言う意味だ。」

「もっと怖い人を想像してたわ。ううん、違うわね。噂通りなら、エンジエルさんと一緒にいるとは思えない。きっと、噂ほど怖い人じゃ無いんだわ。」

何を言ってやがる!充分、怖ぇよ。チャカは心の中で突っ込んだ。ただそこにいるだけで、今にも殺されるんじゃないかと恐怖が込み上げる。これでも一応、何度も修羅場を潜り抜けて来た傭兵なのだ。否が応でも感じ取ってしまう。その相手が、まさかあの死神だったなんて。納得だが、恐怖の理由が確認出来ただけだ。刹那的に生きて、いつ死んでも本望。そう思っていたはずなのに、今は目の前に存在する死そのものが恐ろしい。鈍感になっていた死生の感情を、揺さぶられた気分だった。

「それじゃあ、次は私が。改めまして、ラヴェンナと申します。」

そうして、スカートを摘まみ広げるようにして、軽く会釈をする。その傍らには、自立する巨斧が寄り添って。

「普段、お婆ちゃんのお世話をしていて、それでこんな格好をしています。ここへも、お婆ちゃんに言われて来ました。」

こんな格好、とは、メイド服の事である。善く善く見れば、普通のメイド服よりスカート丈も短く、袖は肩口までで二の腕から先は腕も露わな為、露出は多めに見える。と言って、房術を想定した女盗賊の格好ほどでは無く、後は目立たないところで、綺麗な背中が少し見える程度だ。そうは言っても、実際にどこかの貴族に仕えているメイドは、こんな格好をしないだろう。あくまで祖母の身の回りの世話をする為の動きやすい格好に過ぎないので、歳頃の女の子として少し可愛らしくアレンジしてあった。

「それじぁあ、ラヴェンナはお宝探しに来た訳じゃ無いの?」

「えぇ。お婆ちゃんは、何を探せば良いかは教えてくれません。行けば判る。だそうです。」

「ふ~ん……ここには、確かに古代魔族の遺産が眠ってるんだから、お婆ちゃんは何か知ってるのかもね。」

そのエンジエルの言葉には、イリアスが反応した。

「こ、古代魔族の遺産?!そんな物が、ここにあるんですか!?」

イリアスだけでは無く、チャカもペテサも、そしてサダルスたちも驚きの表情を浮かべていた。

「あら、司祭様はご存じ無かったんですか?それじゃあ、どうしてここへ?」

「そ、それは……あ、あぁ、これは失礼。こちらは自己紹介がまだでしたね。私はイリアス・ボードウィン。アミリティア教アガペー派の司祭を務めております。」

名乗りながら、深々と頭を垂れた。

「ボードウィン?じゃああんた、ここの持ち主なのか?」

ダイ・オフが、思った事を口にした。

「あぁ、いえ、私は疾うの昔に追い出された身でして。それに、ボードウィン家自体、爵位を失い没落致しましたから、ここはもう彼らの土地ではありません。」

「そうなのか。それで、何しに来たんだ?」

皆の視線が集まる。こう言うのは苦手だ。イリアスは、思わず視線を足元に下げた。

「えぇと、一応、身内ではあるのでこんな言い方はしたく無いのですが、こんな僻地の棄てられたような場所にも何か金目の物があるかも知れない。だからそれを回収して来い。と、そう言う事なのでしょう。……男爵邸は呪われている。そんな根も葉も無い噂がありまして、ですが噂は噂。その元となるような何かが見付かれば、売り物になるやも知れません。とは言え、特に期待などしていないからこそ、私が送り出されました。」

「……男爵邸は呪われている、か。」

「はい。それでその……呪いの正体が、先程仰られていた古代魔族の遺産……と言う事なのでしょうか?」

「そうね……多分そうよ。呪いね……さっき村で聞いた話とも符合するわ。」

「?」

「詳しい打ち合わせもこの後したいんだけど、先ずは自己紹介の続き。そちらのおふたりは、ボードウィン司祭様の護衛なのよね。」

水を向けられたチャカとペテサは、イリアスの左右それぞれの肩に手を置いて、

「おうよ。司祭様断っての願いで、この旅の護衛を仰せ付かったのさ。な。」

「な。」

そう左右から承認を強要されたイリアスは、

「はは……はい、その通りです。」

その遣り取りで――その遣り取りを見るまでも無く、彼らの関係は透けて見えた。

「俺はチャカ。流れの傭兵さ。」

「俺はペテサ。チャカの兄貴と同じ、流れの傭兵だ。」

いくら化け物が二匹も混じっているとは言え、他の連中にまで嘗められる訳には行かない。ちゃらけた態度を取りながらも、その眼は油断無く一同を睨め回す。特に、冒険者四人の方を。

その視線に気付いたサダルスが、

「次は、俺たちの番だな。俺の名はサダルス。弟のトールスに、オルヴァとケルマーだ。」

背後のトールスを親指で示し、次いで左右の僚友を平手で紹介する。

「見ての通り、まだ駆け出しの冒険者だが、俺とこいつらは五年ほど軍務を経験した元兵士で、腕っぷしには自信がある。弟が冒険者になるってんで、こうして一緒に冒険する事にした。」

そう言って、チャカの方を睨み返す。確かに、ダイ・オフやエンジエルには遠く及ばない。だからと言って、高が傭兵風情に嘗められる謂れは無い。だから、わざわざ元兵士だと強調して見せた。

「今回が初めての冒険さ。だから、ギルドの依頼掲示板の中でも、一番ランクの低い奴を選んだ……はずだったんだけどな。」

「あら、どう言う内容だったの?」

「信憑性の低い噂話程度のお宝回収で、しかもそのお宝は呪物らしい。あるかどうかも眉唾だが、見付けても簡単に換金出来るとは限らない。その代わり、場所は辺鄙な田舎村の廃墟で、特に危険は無いだろう――なんて書いてあったんで、比較的安全に廃屋探索でトールスに経験積まそうなんて考えてたんだが……何すか、古代魔族の遺産って。そんな御大層なお宝だったんですか?姐さん。」

「はは、それは話が違うわよね。でも、間違い無いわ。根拠はあるの。」

「根拠、ですか?」

「まぁ、ね。でも、それよりも……」

「……あ、そうでしたね。もう昼下がり……いや夕方も近い。時間がありませんね。」

「?」

その遣り取りに、イリアスたち、そしてラヴェンナは首を傾げる。

「取り敢えず、全員自己紹介は済ませたし、何でここへやって来たかは判ったわね。次の話に移るわよ。」

「次の話――ですか?」

何やら不穏な気配を感じたイリアスは、恐る恐る尋ねた。

「貴方たちは、麓の村で話を聞いてないの?」

「え、えぇ、私たちのルートは、直接ここへ繋がる道でしたので。」

「ラヴェンナは?」

「……ごめんなさい。私あんまり、知らない人とお話するのが得意じゃ無くて。村の人たちも、何故か(・・・)私の事を遠巻きに見て、近付いて来なかったし。」

「そりゃ、おめ……いや、何でも無ぇ。」

思わず突っ込み掛けたチャカだったが、皆まで言わずとも、言いたい事は皆判った。

「そう……メイド服の旅人が珍しかったのかしら。と言う事は、そっちは何も知らない訳ね。良い?なら良く聞いて頂戴。……ここには出るのよ。」

「……出る?何が?」

気を取り直したチャカが、相槌を打つ。

「まさか、幽霊でも出るってか?」

「う~ん、惜しい。遠からず。親戚みたいなものかしら。」

「何だよ、幽霊の親戚って。あぁ、あれか?動く死体(ゾンビ)とかそう言う奴。」

「あら、意外。結構博識なのね。」

「は?お前、ちょっと可愛いからって、人を馬鹿にしてんのか?んなもん、お伽話(フェアリー・テイル)に出て来る空想上の化け物(ばけもん)じゃねぇか。」

「あぁ、何だ。知ってる訳じゃ無いのね。まぁ、当然よね。あたしだって、この間までは、そう思ってたもん。」

一緒に情報収集したサダルスたちだって、半信半疑――いや、辺鄙な村の住人たちが余所者を追い払う為の作り話の類いだと思って、最初は信じていなかった。

「だけどね、多分本当(ほんと)の話よ。この旧男爵邸の周りを、夜になると死者が群れ成して歩き回るんだって。」

「死者が……群れを成して、ですか?」

嫌な予感ほど当たるものだ。イリアスはその話を、当たり前の事として信じられた。司祭ともなれば、さすがに知っている。ゾンビを始めとした、不死の怪物アンデッド・モンスターたちが実在していると言う事を。そして、ここが呪われた場所だと言うのなら、正にこの場に相応しい住人ではあるまいか。

「えぇ。村人たちは早寝早起きだから、見た人はほとんどいないそうだけど、数少ない旅人や出入りの商人たちが目撃したらしいの。予定より遅れて日没後に村に到着したり、陽が昇る前に出立しようと宿の外に出たりすると、ひとつふたつじゃ済まない数の死者たちが、ふらふら歩き回ってるんだって。こっそり後を付けた人がいて、その死者たちが男爵邸の方に集まって行くのを確認したそうよ。」

「……冗談……じゃ無ぇのか?」

「……ゾンビなんて信じられない。その気持ちは判るわ。同様に、魔法も信じられないわよね。」

「ん?……あぁ、まぁ、そうだな。」

チャカが、怪訝そうな顔をする。サダルスたちに説明した時と、同じ反応である。だから、同じ方法で納得させる。

「ダイ・オフ、またお願い。」

「ちっ、しょうが無ぇな。俺様は、大道芸人じゃ無ぇんだけどな。」

文句を言いながらも、ダイ・オフは素直に指示に従い、背中の段平を抜き放つ。

「なっ、何をするつもりだ。」

思わず身構えるチャカとペテサだが、そんな事は気に留めず、ダイ・オフはデッド・エンドを高く掲げ持った。

「別に、何もしやしねぇよ。ただな、俺様が使えるのはこれだけなんだよ。」

言って、唯一使える魔法を発動する。一瞬剣刃が赤く光り、すぐさま炎を吹き上げた。両手剣(バスタード・ソード)よりも刃幅が段違いに広い為、以前よりもその炎は激しく逆巻いていた。いや、幅広なだけで無く、それだけデッド・エンドが特別な魔剣なのかも知れなかった。

「ぅおおぉぉぉぉ、なん、何だこりゃあっ!」

驚駭の叫びを上げ、開いた口がそのまま開きっ放しの間抜けなチャカの顔を、赤い炎が照らし出す。ペテサも同様の顔をしており、イリアスは目を見開いた。

今日二回目となるサダルスたちでさえ、その凄まじい光景に思わず一歩後退る。

不慣れな目撃者の内、ラヴェンナだけが静かな表情を崩さなかった。

「……そう。あれが本物の魔法なのね、お婆ちゃん。」

その小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。

ぶん、とその鉄塊をダイ・オフがひと振りすると、最前までの現象がまるで嘘であったかの如く、一瞬で炎はその熱と共に消え去った。背中には鞘も固定用のベルトも無いのに、軽くひと回しして背負ったその段平が、ダイ・オフの背中に大人しく収まった不自然さなど、誰も気にしない――気にする余裕など無かった。

「どう?今のが本物の魔法よ。正真正銘、奇術(マジック)では無い魔法(マジック)。種も仕掛けも無いわ。……ま、あそこまで凄い炎だと、種や仕掛けで再現出来無いと思うけど……。この世にはね、信じられないようなものが確かに実在してるの。魔法も、そしてゾンビも――ね。」

本当に凄まじ過ぎて、種や仕掛けを疑う余地など無かった。もしかしたら、今のダイ・オフの炎であれば、城の厚い扉すら斬り裂けるやも知れぬ。

「そ……それじゃあ、本当(ほんと)に……」

「そうよ。だから、陽が暮れる前に、色々準備しておかなくちゃ。」

「準備だと?一体、どうするつもりなんだ。」

「まず、一階部分をちゃちゃっと調べて、壁が崩れてないか確認するわ。橋は上げられないから、玄関の扉を閉めてゾンビの侵入を防がなきゃ。それから、二階も適当に調べなきゃね。ゾンビたちの様子を観察するなら、上から眺める方が良いでしょ。昔の砦跡だけに、二階、三階の外周はルーフバルコニーになってるみたいだから、そこから周囲の敵を狙い撃ち出来る。仮に侵入を許したとしても、階段さえ押さえれば迎撃も簡単だしね。」

「お……おぅ、そうだな。確かに、その通りだ。」

見た目こそ可愛いが、まだ子供と言っても良いような女郎風情が、こうまで的確に物を判断する戦術眼を持っているとは思いもよらず、チャカは少し気後れした。

「それから、村で松明も買い込んで来たけど、それだけじゃ足りないと思うの。あたしは夜目も利く方だけど、それでも明るい方が良いわ。何か燃やせる物を集めて、砦周りにいくつか篝火も焚きたい。」

「そうですね。邸内には、使い物にならない家具なども残っているかも知れません。一階広間と二階広間を適当に探索して、正面だけでも篝火を焚けるようにしましょう。良し、トールスは俺と一緒に来い。オルヴァ、ケルマーは二階の方を頼む。」

早速、サダルスがエンジエルの意を汲み行動を開始する。

「エンジエル、お前はふたりと一緒に二階へ行ってやれよ。ここはもう済んでるんだろ?」

「えぇ、そうするわ。さすがに、生活の場だったみたいだから、この辺に罠は無いみたいよ。でも、ざっと見回して調べただけだから、下手に奥の方には行かないでね。」

簡単な罠チェックくらいなら、目で見ただけでも可能だ。トールスには無理でも、エンジエルには出来る。盗賊としての年季が違う。いや、エンジエルの実力は、他より抜きん出ている。足りなかったのは実践経験だけだが、それもすでに問題にならないだろう。

「了ぉ~解。おい、お前ぇら、聞いたろ。一階広間を探索するつもりの奴は、奥には行くなよ。俺様は外周回って、壁でも見てくらぁ。」

こうして、ダイ・オフとエンジエル、サダルスたち四人はさっさと動き始め、それに倣ってラヴェンナも広間の探索を始めた。

取り残されたイリアスたちはしばし呆とした後、渋々ながら探索に加わるのだった。


夕闇が訪れ丘陵がその姿を隠した頃、一同は軽めの食事を済ませてから、その闇を炎で散らして行った。

結局篝火が焚けたのは正面玄関だけだったが、多めに用意した松明を外周部へ配置し、多少の見通しは確保出来た。

しかし、松明など持って小一時間と言ったところ。その一時間で死者の影が見えなければ、何度か交換しに降りて行かねばならない。篝火にしたところで、あり合わせで作った即席の物だ。数時間燃え続ければ御の字だろう。

何とか日没後の数時間で、死者たちの確認を済ませたいところだ。その後の観察は雨季の過ぎた満天の星空の下、夜目の利く人間がゆらゆら揺れる人影共の動きを捕捉する程度となるだろう。

それでも、この夜を歩く者(ナイト・ストーカー)たちの正体を把握するには、闇夜を見通すしか無い。

一体二体ならともかく、その数は尋常では無いと言う話なので、全てをダイ・オフが斬って回る訳にも行くまい。人海戦術で当たるにも、相手が悪過ぎる。デッド・エンド以外の魔法の武器など、後はデュースの義父の形見しか無いのだ。

ダイナスの森でダイ・オフはいとも容易く屠って見せたが、ゾンビとはそんな簡単な相手では無い……普通の人間にとっては。

砦の形状から、四方に四組が分かれて二階のルーフバルコニーに陣取り、闇の来訪者たちを待つ事数時間。それは、夜半頃訪れた。

ひとつふたつと揺らめく人影が歩み来りて、すでに篝火だけとなった炎の灯りの中に姿を現す。……死者――であろうか。確かに様子はおかしいのだが、見た目には生きた人間がふらふらと歩いているようにしか見えない。

予備の松明も切れ、灯りを失くした三方の監視は諦めて、正面に四組が勢揃いする中、さらに人影はその数を増して行く。篝火に近付いた人影をはっきり視認出来たが、炎の赤に照らされた肌は生者のそれにも見える。しかし、表情や仕草は生者のそれとも思えない。

何とも判断の難しい光景であったが、エンジエルを含め数人が違和感を覚えていた。……そんな事はあり得ないと思うけど、もしかして……

その時、篝火に一番近い死者の眉間に、一本の矢が生えた。その死者は、その場で、どう、と倒れる。

「ちょっと!一体誰が……って、あんたくらいしかいないか……」

振り向けば、そこには次の矢を短弓に番えたチャカの姿があった。

「へっ、何か文句あっか?ゾンビだかトンビだか知らねぇが、良い的じゃねぇか。倒せる奴ぁ、倒せる時に倒しまや良いんだよ。」

確かに、動きが緩慢なゾンビがすぐそこをふらふらと歩いているのだ。良い的ではある……が。

本っ当(ほんっと)馬鹿ね。確かに刺さったわ。眉間を撃ち抜いたのはさすがね。でも良く見て。」

「どっちが馬鹿だ。この世に眉間を撃ち抜かれて平気な奴が……」

眉間に矢を生やしたままの死者は、よろふらと立ち上がり、そのまま正面玄関を叩き始めた。

「ゾンビが動く理由はいくつかあるそうだけど、仮に死霊が死体に取り憑いたなら、動けなくなるくらい死体を損壊しなくちゃ動きを止めない。魔法で使役されてるなら、核となる部位を見付けて破壊しなくちゃ止まらない。一番簡単な方法は燃やす事。死体丸ごと灰にしちゃえば、さすがにもう動かないわ。」

ダイナスで出遭ったモンスターについては、ひと通りデュースからレクチャーを受けていた。今ではエンジエルも、それなりにモンスターについての知識を持っている。

「ただの弓矢で倒せるほど弱く無いし……あんた、夜目は利かないの?良ぉ~く、周りを見て御覧なさい。篝火の灯りが届かない、夜の闇の中を……」

「ちっ、何だってんだ。俺にだって、それくらい見えらぁ。一体何があるって……」

そう言って、ついエンジエルの言葉に素直に従うチャカだったが、その節穴も闇で蠢く無数の存在を、今更ながらに捉える事が出来た。

「お、おい……これって……こいつら全てが……」

砦は、すっかり囲まれていた。十、二十、三十……ざっと見積もっても、百体は下るまい。死者が数体ふらふら出歩いている、などと言うレベルの話では無い。堀のお陰で男爵邸自体に群がってはいないものの、周辺を埋め尽くすほどの死者の群れが、ふらふらとただただ歩き回っていた。

「これだけの数、あんたの弓の腕で倒し切れんの?無駄な事は止めなさい。」

実際、エンジエルを始めデュース、ダイ・オフ、デッド・エンド、そして多分ラヴェンナは、死者の群れを目視で確認した訳では無い。近場であればともかく、少し離れた場所を歩く死者など、夜目が利く程度で見えるものじゃ無い。蠢くモノの気配を感知しているのだ。目で見ている訳では無いから、数もむしろ正確に把握出来る。

正直、今のダイ・オフ、そしてデッド・エンドであれば、この数の死者でも苦も無く掃討出来るかも知れない。魔法の武器、且つ炎の魔法はアンデッドと相性が良い。加えて、ダイ・オフの炎はデッド・エンドを得て強化されている。物の数では無いのだろう……だが。

「今日は、敵の把握が目的よ。無理に戦う必要は無いわ。その為の籠城なんだから。それに……あんたは気にならないの?」

「あん?何がだ。」

「……そう言えば、あんたたちは別ルートだから、村には立ち寄ってないんだっけ。」

「?……あぁ、それがどうした。」

「……それなら、別に良いのよ。とにかく、人間族の領域内でゾンビに遭遇する事自体珍しいけど、この数は異常よ。きっと何かあるのよ。それを調べなくちゃ。」

「……」

チャカは何も答えず、構えた弓を下ろした。チャカには、ゾンビが湧いた理由などどうでも良かった。きっと、呪いのお宝の所為だろう。だが、確かにこの数のゾンビ相手に、予備兵装に過ぎない短弓でいくら射ようとも、すぐに手持ちの矢が尽きて終わりだ。高が動く死体、と侮っていた事は事実。無駄な事を続ける意味は無い。

こうして、旧ボードウィン男爵領での一日目は終わりを告げた。後は、陽が昇るまでの間、思い思いに過ごす事となる。エンジエルたちは監視を続け、チャカとペテサは仮眠を取る。

イリアスは何が出来る訳でも無いがエンジエルたちに付き合い、ラヴェンナはひとり何やらぶつぶつ呟きながら、ゾンビを眺めていたのだった。


監視を続けた結果、ゾンビたちは陽の出の一時間前には姿を消した。陽光の下ただの一体もゾンビが残っていない事を確認した後、エンジエルたちも仮眠を取った。

女性がふたりいる事だしと、サダルスたちが交代での寝ずの番を申し出たが、それはダイ・オフが制した。

「俺は特異体質でね。二、三日(にさんち)だったら寝なくても大丈夫だ。いざと言う時動けなきゃ困るから、お前らも寝とけ。」

何段も格上の兄貴分がそう言うのだからと、サダルスたちも仮眠を取る事にした。貧乏くじを引くものと思っていたイリアスは、必要以上にダイ・オフに何度も頭を下げてから、気苦労から疲れていたのだろう、気絶するように眠りに落ちた。

実のところ、ダイ・オフもさっさと仮眠を取り始めた。二、三日眠らなくても平気などとは、当然嘘である。何の事は無い。ダイ・オフが眠っている間は、デュースが起きているだけの話であった。寝ずの番と言うなら、デッド・エンドもいる。

むくつけき男共の中で女ふたりが眠りに就くと言うのは何とも危ない。との思いもあってサダルスは寝ずの番を提案したのだが、敵意を感じれば危険感知のスキルを持つエンジエルは、即目を覚ます。エンジエルに迎え入れるつもりが無ければ、夜這いなど成立しないのだ。

そうして、デュースとデッド・エンドを除く一同は三時間ほど仮眠を取り、それから食事の用意を始めた。

何時までも寝てはいられない。確認しなければならない事もあるし、今日もやる事はたくさんあるのだ。

エンジエルとラヴェンナで、軽く食料を調理する。火を入れて調味料で味を調えるだけでも、このような場所での食事は劇的に変わる。やはり人間、食が基本である。美味しい食事を摂れば、力も湧いて来ると言うものだ。

「……お、良い匂いじゃねぇか。俺たちの分も、あるんだろうな。」

一番先に寝たチャカとペテサが、一番後に起きて来た。多分、いつもそうなのだろう。ぐっすり眠り落ちたはずのイリアスは、誰より先に目覚めていた。

「……ま、あんたたちも戦力の頭数には違い無いからね。食材は村で買い込んだばかりだし、あんたたちもちゃんと食って力付けなさい。」

細めた横目で見詰めながら、エンジエルはチャカとペテサにも、炙った干し肉に塩胡椒したものと温めたパン、スープを振る舞った。

「へ、ありがたく頂くぜ。何せ、今日は忙しくなるだろうからな。」

その言葉に含んだ意味合いは違ったが、結果的にはそうなる。

軽い朝食を済ませ、後片付けが終わってすぐ、エンジエルの指示が飛んだ。

「今日は、夜中見たあれを踏まえて、改めて村で聞き込みをするわよ。……良く観察して来てね。確認しておきたいのよ。あいつらの正体。」

四組の来訪者の内、各組最低でもひとりは言わんとする事を理解している。エンジエルたちは言うに及ばず、ラヴェンナとサダルスたち三人(・・)、そしてイリアス。

「あたしたちは、昨日ご挨拶もした事だし、またサルモンドへ行って来るわね。サダルスたちは、西にあるウェルサム。ラヴェンナは東のイスガンド。イリアスたちには、北のノトルドーをお願いするわ。」

「判りました。……そう簡単には信じられませんから、きっちり調査して来ますよ。」

「そうね。お婆ちゃんの言う事に間違いは無いと思うけど、確認は大切だわ。」

「あ、あのぅ……私も、ですよね。いえ、何でも無いです。判りました。」

こうして、四組は手分けして情報収集に当たる事となり、それぞれが担当の方角へと丘を下りて行った。だが、イリアスとその護衛たちは中々出立せずに、他の三組を見送った。

「……で、では、そろそろ私たちも向かいましょう。」

嫌な予感を覚えつつ、イリアスはチャカとペテサを振り返り、出発を促す。

「あぁ、すまねぇな、イリアス。どうもペテサの調子が良く無ぇみたいだ。珍しく美味いもん喰ったのが良く無かったか。腹が痛ぇんだとよ。」

「ん?あぁ、そうだな、兄貴。確かに少し、味付けがお上品過ぎたかもな。何だか、下っ腹の方がしくしくするぜ。」

顔色の優れた(・・・)ペテサが、明るい声で肯定した。あぁ、嫌だ。絶対に何かを企んでいる。そうは思うが、

「そ、そうですか。それじゃあ仕方ありませんね。それでは、私ひとりで村へ行って来ます。……体調が回復するまで、ゆっくりお休み下さい。」

そう答える事しか出来無いイリアスであった。


一応、二階広間のキャンプ跡近くで、横になって陽気な鼻歌を適当に口ずさむペテサ。

チャカはと言えば、肩を落としてとぼとぼ歩み去るイリアスを、ルーフバルコニーから見下ろしていた。

「へっ、ようやく行ったか。しっかし、何とも頼りの無ぇ司祭様だよなぁ。今にも、折れて倒れちまいそうだぜ。」

「よっ、と。でもま、あれは決して馬鹿じゃ無ぇな。俺たちの事、ちゃんと理解した上で何も出来ねぇ腰抜けだ。まぁ、嫌いじゃ無ぇよ、俺ぁ。」

健康そのもののペテサが元気に跳ね起き、チャカの隣までやって来る。

「まぁな。上手く合流出来りゃあ、このままご同道願っても構わねぇが……とにかく、さっさと済ましちまおう。化け物のどっちかが帰って来たら面倒だ。で、どうだった。」

「あぁ、一階広間の奥に、瓦礫で隠れた小さな部屋があった。そこから地下へ下りられそうだぜ。」

「へへ、上出来だ。奴らがゾンビの正体なんてどうでも良い事調べてる内に、持ち出せるもん持ち出して、とっととずらかろうや。」

そうして、チャカとペテサは階下へ移動し、広間の奥へと消えて行く。

おおよそ三時間後、一番にラヴェンナが帰還するまで、この広間には誰も戻らなかった……

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