最終話 フィル様のカクテル
手を動かしていると、フィル様はカウンターテーブル席に着いた。私の指先に視線を向ける。
「カクテルの名前はどうやって付けられるのか、フィル様はなんだと思います?」
「んー、創作者が勝手に付けているとか?」
「そのとおりです。命名と共に由来も語り継がれています。古い物だと逸話がいくつもあったりしますけれど」
「私の『かくてるぅ』ってことは、フィルって名付ける気?」
「はい。……あ、ダメでしたでしょうか?」
「別に。……ただ、そうね。ちょっとこそばゆいだけ」
私はカシスリキュールに手を伸ばし、オレンジジュースと幸福の蜂蜜を加えて、月夜の雫で作ったクラッシュドアイスと共に、ブレンダーをかけてシャンパングラスに注ぐ。最後に仕上げとしてシャンパンをマドラーで軽くステアたら完成。
「お待たせしました。オリジナルカクテル《フィル》です」
「まあ、《キール》や《キール・ロワイヤル》に近い感じ……ん?」
フィル様はグラスを近づけて、すぐに気付いたようだ。
グラスの中で溶けた氷の粒が光を放っている。それは宝石のように煌めき目を楽しませた。これはフィル様の外見と才能をイメージ。そして味わいは──。
「んん。カシスと柑橘系のちょうど良い酸味と、スパークリングワインの爽やかな味わい。でも今回選んだカシス系リキュールは糖分が入っていないやつよね。それで蜂蜜を足したのね」
「はい。フィル様を考えた時に、蜂蜜の味わいが好みでもあるかと思ったので」
「ヘレナは私のことをこんな素敵に思ってくれたのね。嬉しいわ」
グラスを傾けてカクテルを味わうフィル様に、嬉しさが込み上がってくる。
「フィル様はいつだって素敵で綺麗ですから、カクテルで表現するのに悩みました。フィル様の味の好みや雰囲気も含めて、喜んで貰えたのなら嬉しいです」
「……ねえ、ヘレナは私が女装をやめた理由をどうして聞かないの?」
「え、……それは」
フィル様は少しだけ困った顔で尋ねた。意図が読めず、なんと返すべきか思考を巡らせていると、彼が言葉を続けた。
「ヘレナは私にあまり質問しないでしょう?」
「そう……でしょうか?」
「そうよ。……だから私にあまり興味が無いのかって、ちょっと心配なの」
「え!?」
まさかフィル様が悩んでいるとは思わず、固まってしまった。しかも私のことでヤキモチしているなんて、想像していなかったわ。でもよくよく考えると、なぜフィル様に相談や声をかけなかった理由を思い出す。
「ええっと……従魔契約をした頃、いろいろ分からないので……フィル様に聞いたのですが、殆どはぐらかされてしまったので、魔女様界隈のお作法としてそういうものなどかと思っていました」
「あーーーーーーーーーー。因果応報だった訳ね。過去の自分を殴り飛ばしてやりたいわ」
フィル様も色々思い出したのか頭を抱えていた。そう最初の頃はぞんざい──とは言わないまでも、私のカクテルに興味はあったが、それ以外に関しては放任主義だったと思う。そんなんだったから、ミハエル様が教会で保護を強行しようとしていたぐらいだもの。
うん、懐かしいわ。
いつの間にかフィル様は、私をカウンターから膝の上に移動させてしまった。し、心臓に悪い。そのまま抱きしめられてしまったので、逃げられない。
「ヘレナが私に興味が無いのかと思っていたわ」
「……どうしてそのような結論に?」
「だって最初の頃は私について色々聞いてきたのに、ふと気付いたら私にあんまり質問してこなかったのでしょう? こういった会話が減ると離婚の危機って書いてあったもの」
最近、眼鏡をかけて何かを真剣に読んでいると思ったら、結婚や新生活準備のための役立つ話や、結婚悩み相談記事などの雑記を呼んでいたことが発覚。
どうやらこの世界では紙が普及しているようで、本屋など雑誌も多くあり値段もさほど高くないとか。元の国では紙は貴重品で貴族や商人しか手に入らないものだった。
「私は俗世に疎いし、ちゃんとお付き合いするのもヘレナが初めてだから、色々不安になったのよ。ヘレナは魅力的な子だって自覚している?」
「私が魅力的? フィル様のほうがいつだって素敵で、綺麗で、魅力的で好きすよ?」
「ああ、もう! そうやってサラッと求愛するんだから!」
フィル様の過保護と溺愛が加速化している。今までも結構凄かったけれど、これ以上があるの!?
「フィル様、私は従魔契約を結んだ時からフィル様が大好きだったのですよ。それにちゃんと好きだって伝えています。……私も夫婦としての距離感が分かっていないので、一緒に相談して私たちが窮屈にならない居場所を作りましょう」
「そうね。その通りだわ」
フィル様から力が抜けたのを感じて、ホッとする。元々が従魔契約から始まったからこそ、お互いに距離感が複雑というか困った時があった。私もそうだ。
フィル様を好きになってからは距離感や接し方、気持ちの持ちようなどで、あれこれ考えていた。今はフィル様の番なのだと思うと、すごく誇らしくて、とっても嬉しい。
「ねえ、ヘレナ。雑誌の記事に載っていたのだけれど、この世界で結婚した時にミードを飲む習わしがあるのだけれど、知っている?」
「えっと前世の知識ではゲルマン民族の習慣で、婚礼から一ヵ月の期間を蜜月と呼び夫婦で蜂蜜酒を作って、一緒に飲むと子宝に恵まれるとかありましたわ。フィル様のいた世界では蜂蜜は貴重ですし、栄養源が高いということで王侯貴族しか手が出せなかったため蜂蜜酒はなかったはず?」
「なんだ。やっぱり知っていたのね。まあ、この竜魔王国では蜂蜜は安価で手に入るから夫婦で作るらしいわ。せっかくだから作ってみない?」
フィル様とお酒造り。
その気持ちが嬉しくて即答した。この時、フィルが妻と一緒に居るための時間を作るための画策だと私は気付かず、そしてフィル様は私の蜂蜜選びに一週間かけるとは思っていなかったそうだ。
結果、蜂蜜酒を作るのに一ヵ月以上かかったのだが、それはまた別のお話。
最後までお読み頂き有り難うございます(◍´ꇴ`◍)!!
一応第一部はこちらで完結です!
余力があれば後日談か二部、を……。
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