34.新しい世界はリキュールの宝庫でした
別世界の亜人と、魔女と人間が暮らす国──竜魔王国レグネシオン。
豊かな森と田畑を持つこの大国は、果実系が豊富に取れる。果実が豊富であれば当然、ブランデーやリキュールも多い。蒸留酒に果実や香草などの香り付けに、糖分や甘味を添加しているので、その微かな風味や味わいは、カクテル作りによってとても大事なのだ。
「リキュールってずっと言っていたけれど、スピリッツとどう違うのかよく分からないのよね」
「あ、それはですね。リキュールは蒸留酒ジン・ラム。ウォッカ・テキーラに甘味料や着色料を添加した物で風味付けをした物を呼んでいます。たとえば微かにレモンなどの柑橘系などナッツ系の香りなども、単品ではさほど深い味わいになりませんが、組み合わさることで味に深みが出ますし、余韻や香りも楽しめます。私の世界では国ごとや地域ごとに特性があり差別化していて企業努力によって美味しくてかつ、庶民にも提供しやすい環境が整っていました」
「本当にお酒のことになると目を輝かせて、可愛いわ」
「ふにゃ」
酒屋専門店を出て町並みを二人で並んで歩く。転移魔法でも、馬車に乗ることもなく、徒歩での移動は何だか新鮮だわ。
ミントブルーの石畳と白い家が建ち並ぶ町並みは明るくて、緑も多くて空気が気持ちいい。活気があって露店も多いし、町ゆく人たちは様々な種族が歩き回っている。それが当たり前で、誰かが誰かを見下すこともない。馬車も専用通路があるらしく設備が整っている。
(フィル様と並んで歩いているわ!)
頬を引っ張ってみたが夢じゃない。現実だ。今日こそはフィル様と手を繋ぎたい。
爪は黒いマニキュアを付けていてとても綺麗だ。勇気を出して手を伸ばした。ギュッと手を掴むと、大きくて骨張っていて男の人の手だってわかる。
そっと握り返してくれたのが、また嬉しい。
「まあ、積極的ね」
「?」
「この国で手を繋ぐってことは『私は貴方にメロメロなんです』ってアピールらしいわよ」
「え、な!?」
「ふふっ、積極的で私は嬉しいわ」
「…………メロメロなのは、最初からですし」
「あーーー、本当にそれは狡い」
ワルツを踊るようにクルクルと持ち上げたと思ったら、私を横抱きにしてしまう。「ね、そう思うだろう?」と低音で囁くほうが狡いと思う。
しかもこういう時にだけオネエ口調じゃない。
私のライフポイントはゼロだわ。以前よりもフィル様に振り回されている感じがする。溺愛されまくって、甘やかされているから頻度は低いけれど。
それにしても今日買ったリキュールを置く場所ってあるのだろうか。ここ数日は高級ホテルに泊まっているが、いつまでもとはいかない。そう考えたら今後の生活拠点について不安が顔を覗かせた。
「ヘレナ?」
「あのフィル様。この国に来て酒蔵巡りばかりしてよいのですか? 新居はあると伺っていますが……片付けや寝具、調度品、挨拶回りとかしなくてよいのですか?」
「平気よ。家のことなら家守りと家事妖精が何とかしているもの」
「え!?」
家守りと家事妖精が私に会いたいなんて、その心境の変化が信じられなかった。
蘇るお節介な台詞の数々。人には踏み込まれたくないことだってあるのに、結構色々言ったのを思いだして、悶えそうになる。
「家守りと家事妖精も、この国に来ているのですか!?」
「もちろん。ヘレナにも早く会いたいといっていたし、謝りたいとも。あの時、手が届かなかったから野良魔女に捕まったのだと酷く落ち込んでいたわ」
嫌われていたけれど、少しは好感度があがったようだ。
そんな風に少し明るい気持ちになったのだがけれど、思っていた以上に懐かれて、フィル様の過保護と嫉妬深さで大変になることを、この時の私は知らなかった。
***
隠れ家的カクテルバー、《魔女の止り木》という店は、王様が用意してくれて一見様お断りの格式が少し高い店として、オープンする予定だ。
大衆居酒屋やカフェでは私の負担が大きいためでもあり、私以外カクテルを作ることができないのもある。
正確には私と同じ技量を持つ者がいないからだ。そのあたりの問題は後々募集を募るとして、今はカクテルのリキュール選びから始める。
リキュールにも様々な店で出しているのだけれど、前世のような品質にはやや落ちる。そもそもボトル一つでも味に僅かな差があるのだ。
そんなこんなで店の内装もある程度できあがり、開店準備期間の私とフィル様は近くのホテルで寝泊まりすることも増えていた。家にも戻りたいが、場所が店から馬車で二時間かかるので遠いのだ。
「あ、そうです。家守りと家事妖精に会えるのなら、マスターさんをイメージしたリキュールを用意したんですよ。もうすぐ半年以上経つから試飲できそうです」
「マスター……お師匠のことかしら?」
「はい。色々言い合ったことを思い出して、イメージで作って見ました。時戻しでも出会っていましたし」
「それってお師匠のだけ? そのリキュールをイメージしたっていうのは?」
少しだけ拗ねたような声に、負けず嫌いな部分が現れたのか不服そうな顔をしている。それが擽ったくて口元が緩む。
「リキュールはそうですけど、フィル様をイメージしたカクテルならありますよ」
「ふうん」
まだ不機嫌だぞ、という声音だが目はキラキラしているし、かなり上機嫌だ。フィル様が嬉しそうなので私も自然と笑みがこぼれる。
「いろいろ考えたのですけれど、飲んで頂けますか?」
「もちろんよ。いつ? 今? 今よね!?」
相変わらずカクテルのこととなると前のめりになる。それぐらい期待されていると思うと、やる気が出るわ。
「わかりました。じゃあ、手を洗って髪を整えるのでちょっと待っていてください」
「あら。髪なら私が梳かしてあげるわ」
そういうとどこからともなくブラシを取り出し、髪をセッティングしてもらうことに。なんだかむず痒い。それに何処かパーティーに行くような気合いの入れようなのは気のせいだろうか。
(私これからカクテルを作るだけですよね??)
丁寧に髪の毛を梳かされて、慣れた手つきで編み込みを入れつつ、髪を結んでくれる。鏡も出してくれて、フィル様の指先が触れる度にドキドキしてしまう。
半年前までは私がフィル様の髪をセットしていたのに、なんだか立場が逆になったような。あ、でも私もフィル様の髪を梳くときがあるから、公平なのかもしれない。
そんなとりとめのないことを考えていると、髪をポニーテールにしてもらい、リボンでおしゃれ感を更にアップしてくれた。うん、どこにも出かけないのに、すごく素敵な髪型にしてもらったわ。これはカクテルも気合いを──。
そう思って振り返ろうとしたのだけれど、後から抱きしめられてしまう。しかも首元に顔を埋めるのでドキリとしてしまった。
「ふ、フィル様?」
「ヘレナ、仕事中はハーフアップか三つ編みにして、うなじは見えないようにしましょう。そうしましょう」
「え?」
「この後ろ姿を他の男が見たら、ヘレナが襲われてしまうわ」
「それはないのでは?」
「ふーん、私の言葉を信じてないな」
ゾクリとする低い声と、どこか挑発めいた発言に身の危険を感じたが、すでに後からハグされているので逃げられない。背中に柔らかいものが触れた瞬間、痛みが走る。
チュッとリップ音が聞こえてくるではないか。
「フィル様!」
「虫除け。……これからもポニーテールにすることがあれば、痕を残す」
「……今回はフィル様がその髪型にしたのですが」
「そう? でも前々からそれっぽい髪型にしていた」
独占力の強いフィル様は時々甘えん坊の猫──いや豹のように体をすり寄せてくる。愛されているのを感じるので非常に嬉しいのだが、私も頑張っておかえしをしようとすると倍返しの上、日一日が潰れる可能性があるので、さじ加減が難しい。
「カクテルを作ります」
「うん。私のための、私の『かくてるぅ』だものね」
「はい」
最近思う。
フィル様の愛情が過激すぎるのではないか──と。私としては幸せでたまらなく嬉しい。そう思いつつも気を引き締めて仕事の顔になる。今日作るのは、ずっと考えてきたフィル様をイメージしたカクテルだ。
私はある瓶を取り出した。
次回最終話です(◍´ꇴ`◍)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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