33.大好きな人に提供するカクテルは?
世界がフィル様を殺そうとしている。それを時間停止の世界で聞いた時から、覚悟は決めていた。
フィル様と一緒なら別の世界でもいいと。即決できるほど私の世界の中心はフィル様になっていたし、数日離れただけで心がズタズタになるほど辛かった。それに比べたら、この世界とオサラバするほうがずっと楽だ。
エドガー様やミハエル様が、裏で糸を引いていたことに少なからずショックだったけれど、貴族社会では妬みや嫉妬から足の引っ張り合いなどの醜い部分も見てきたし、教会も一枚岩じゃないことも知っている。
それにカクテルは、この世界の飲食業界に大きな影響を与えるのなら、自分たちの物にしたいと思う人たちがでてくるのは当然だ。
教会を存続するためにも、金を産むガチョウは欲しい。そういった理由もあって、リエン教会は保護という名の囲いを行っているのだから。
カクテルのレシピは置き土産として、十種類だけ置いてきた。お世話になった分の料金として、今後この世界でカクテルが広まることをささやかに願いながら。
***
「ぷはーーー」
飴色のカウンターテーブルに、モダンで落ち着きのある雰囲気の良い空間。調度品もシンプルながら、良い物を取り寄せたのがわかる。そのバーの雰囲気にあったカクテルを提供したのだが、眼前の御仁は、ごくごくと美味しそうにカクテルを飲んでくれた。
「なんだ、この酒! メチャクチャ上手いじゃないか!」
「ありがとうございます。《カリフォルニアレモネード》といって、ウイスキーリキュール、檸檬ジュース、ライムジュースにグレナデンシロップと炭酸を合わせたカクテルですわ。私の居た前の前の世界では、カリフォルニアという地域にぴったりなカクテルでして、燦々と輝く太陽と柑橘系の爽やかさを象徴しております。カクテル言葉は『永遠の感謝』、私とフィル様を迎え入れてくださったこと感謝いたします」
「はははっ、かくてるぅ言葉とはまた面白い。花言葉も一時期我が国で流行ったものだ。きっと『かくてるぅ』もこの美味しさならば、あっという間に普及するだろう。さて次は……」
「陛下、あまり飲み過ぎますと……」
「何を言う。この程度嗜む程度だろうが」
カウンター席に座る御仁は、私とフィル様を快く迎えてくれたこの国の王様であり、この世界でもっとも強いとされる竜族の王だ。黒い角に、褐色の肌、蜥蜴の尻尾が目立つが、それ以外は普通の人を変わらない──いや超絶イケメンだけれども!
「あーんもう、ヘレナは普段はぽわぽわしているのに、カクテルを作るときだけは凜となるんだから。ずるわ。それにボーイッシュな服装だけれど、すっごく似合っている」
「フィル様、ありがとうございます」
「ふふん、どう。私のヘレナは凄いでしょう?」
「ああ、《神々の酒》にも匹敵する、それも様々な味を混ぜ合いながらも調和させ感動させる。うむ。この国での営業はもちろん、王家主催のパーティーの時は、パフォーマンスとして出てくれないか?」
「まあ、ありがとうございます! この世界では《神々の酒》はルグルティアと言うのね」
「それはいいけれど、ヘレナは私の妻だって情報をしっかり流してちょうだいね」
フィル様は王様を前にしても、普段と変わらない口調で話しかけている。そっちのほうが驚きというか心臓に悪いのだけれど、王様は別段気にした様子もなく豪快に笑った。
「わかっている。番に手を出すような愚か者など……一握りしかいない」
「いるのね」
「いるのですね」
「亜人族は番以外に興味は無いが、人間は違うからな。もっとも法でしっかり補填しているから、手を出してきたら地獄を見せてやる」
「ならいいけれど」
そういって《キール》を飲み干すフィル様は、今日もお美しい。魔女様の服装から一変して貴族服に身を包んでかなりカッコイイ。女装姿でも素敵だったけれど、貴族服は溢れ出る気品と色香に見惚れてしまう。元々長身で体格もよかったけれど、今はそれだけではなく溢れ出る紳士感が凄い。
町中を歩いても、みんな振り返るぐらい素敵なのだろう。
「ところでヘレナ。私への『かくてるぅ』だけれど、つぎは『えっくすぅわいじー』がいいわ」
「! ……かしこまりました」
あの日、呟いたカクテル名を覚えていたことが嬉しくて、張り切って手を動かす。
シェーカーにホワイトラム、ホワイトキュラソーのオレンジの香りのリキュール、檸檬ジュースとクラックド・アイスを入れたのちストレーナー、トップをしっかりと閉める。
それからシェーク。このシェークが見せ場で素早くかつ優雅に、昔先輩が教えてくれた弘を描きつつ、リズミカルに氷とドリンクを混ぜ合わせる。
作るカクテルや人にもよるけれど、私は十五から十八回。ただあくまでも目安で、シェーカーに霜がつくまで振るようにしている。素早くカクテルを冷やし、カクテルグラスに勢いよく注ぐ。美しい白い半透明の液体が流れ落ちた。
「お待たせしました、オレンジリキュールをベースにして作った《XYZ》です」
「ん! 柑橘系の甘みと……檸檬の酸味があるけれど、飲みやすい。そしてとっても美味しいわ!」
「ありがとうございます!」
「なんだ、余も同じ物を!」
「ダメよ。これは私の妻との大事で、特別な『かくてるぅ』なのだから」
「むう、良いではないか」
「だーめ! 私はこのカクテルを飲むために、半年頑張ったんだから! ほら、ヘレナ。早く『かくてるぅ』言葉と説明をして」
カウンターテーブルを叩きながら興奮するフィル様も素敵だわ。何より私の作ったカクテルを大切にしてくださる。思えばこの方は、私のカクテルに興味を持ってくださったのが始まりなのよね。なんだか懐かしい。
「《XYZ》とは、私のいた世界のアルファベットという文字の最後の三文字を使っています。これは『これ以上の物はない』このカクテルこそが、究極のカクテルと言われているからです」
「ふうん」
「ほお」
「元々英語圏では『秘密』や『未知』のイメージがあったのもそうですわ。その、もう一つあるカクテル言葉は……」
「言葉は?」
ちょっとだけ恥ずかしくなり、フィル様を手招きして耳元で囁く。カウンター越しだけれど、フィル様が身を乗り出してくれたおかげで話しやすい。
「……です」
「あーーーーーー。ずるい。本当に、ヘレナは狡い。……狡いだろう」
「──っ!」
いつもよりも低いトーンで囁くので心臓に悪い。内緒話だってドキドキしたのに、射貫くような目で見るなんて、しかもここで女言葉が消えるなんて、ずるいのはフィル様のほうだと言いたい。
「ああ……羨ましいほどラブラブではないか」
「ラブラブだから、手を出したら許さないから」
「……フィル様!」
王様はそれからカクテルを幾つか頼んだ後、上機嫌で帰って行った。傍付き従者から感謝されたらしいが、カクテルを気に入って貰ってよかったわ。
***
バーの片付けが終わってカウンター席に戻ると、フィル様が両手を広げて迎えてくれた。私は抱きつき、あっという間に膝の上に。抱きしめて貰って、フィル様の心臓の音が少しだけ早まるのを感じて、口元が緩む。
「この国の王様、普通のお酒が飲めないらしいのよ」
「え!?」
「匂いが嫌なのか、どうにも口にしたくないんだって。だからこの国滞在する際に、私の世界の最高に素晴らしい《神々の酒》を振る舞ってあげるって交渉したのよ」
「……フィル様、聞いていませんよ」
「言ってないわよ。だってヘレナに言ったら緊張するでしょう」
「うっ」
何もかもお見通しのようだ。でも悔しいのでフィル様の胸に体を預ける。
胸板が厚い。素敵だわ。今日はバーテンダーらしい白シャツに黒ズボンと男装めいた服装にしていた。フィル様が絶賛してくれたのは良かったけれど「これなら首元が見えないし、キスマーク付け放題ね」と変なスイッチを押してしまった。
今も私の頬にキスを落として、フィル様がキス魔なのだと実感する。
「フィル様、いくらキスが好きでも私以外には……、その冗談でも……しないでくださいね」
「しないわよ。私をなんだと思っているの?」
「キス魔?」
「ヘレナだけよ! ヘレナ以外に、家族でお師匠にしかしたことないわ。しかもお師匠の場合は頬だけ!」
「そうなのですね……なんだか意外です」
「酷いわ。まあ、ヘレナの前だと自制が利かなくてキスをたくさんして、愛しているって囁きたくなるんだもの。キス魔だって思われてもしょうがないわ」
そう言いながら今の話の間に三回はキスをしているのだから、どう見積もってもキス魔の肩書きは消えないと思う。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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