32.執着の終着
エドガー様は私を強引に抱き寄せて、別の場所に転移する。抵抗するもエドガー様の力に敵うはずもなく、場面は大きく変わった。
白亜の骨で紡がれた巨大な城。ゾッとするような漆黒の水面が何処までも続いている。
(ここは夢だったはず?)
それなのにこんなにもリアルで、生々しい。魂が震え上がるような、底知れぬ何か──。
「城は外敵から身を守ることもあるけれど、僕の魔法は閉じ込めるに特化したものなんだ。この城で君と一緒に暮らそう。器はちゃんと着飾って花嫁にして隣にいて貰うし、今度こそあの器に魂を注ぎ込める。ああ、本来の形とは少し違うけれど、でもこれで姉様を復元することに一歩また近づいたよ」
嬉々として語るエドガー様の話は、何一つ理解出来なかった。狂人の戯れ言よりもずっと怖い。フィル様のお師匠様への恐ろしいほどの執着が、ここまで人を狂わせるなんて……。でもエドガー様の目的は私を手に入れることではなく、最終目的はフィル様のお師匠様との再会とやり直しなのだ。
歪んで壊れて、捻じ曲がってしまった思い。ゾッとするほど怖くて、けれど悲しくもあった。
「泣かなくていいのよ、ヘレナ」
「──っ」
「なっ」
白亜の城が一瞬で瓦解する。それを行ったのはフィル様だった。
赤紫色の長い髪を靡かせ、貴族服に身を包んだ美丈夫。黒い外套がよく似合っているし、箒に乗っているところも素敵だ。
「フィル様!」
「待たせてゴメンナサイね。真っ先に拠点を潰しておこうって思って」
「フィル!!! またお前かぁあああ!!!」
エドガー様は発狂し、血走った目でフィル様を睨む。
「ほんと、昔からお師匠様のことになると沸点が低いわよね」
「黙れ! お前さえいなければ!」
「私が居なかったとしても、邪竜と相打ちを望んで共に逝くことを望んだのだから、結果は変わらなかったわよ」
「煩い。煩い。あんな化物の何処が!」
「さあ、お師匠様は変わっていたもの。私を拾うぐらいだから邪竜に惚れたって不思議じゃないわ」
「え」
「巫山戯るな、そんなのが──」
パチン、とフィル様が指を鳴らした瞬間、エドガー様はある扉の中に吸い込まれて消えてしまった。あまりにもあっけなくエドガー様の作り出した空間が砕けて、元の夢だった花畑に降り立つ。フィル様は箒を明後日のほうに投げ捨てて、私の傍まで駆け寄る。
「フィル様!」
「ヘレナ、無事ね。酷いとこはされてない? 怪我は? あの男に何処を触れられた?」
「だいじょうぶ……です」
ひしっと抱きつくと、フィル様の温もりや甘い香りに身を委ねる。大好きな人の元に戻ったと実感したら、足に力が入らずに縋り付く形になってしまった。
「やっぱりちょっと……むずかしそうです」
「そうね」
フィル様は私を軽々と抱き上げてくれた。首に手を回したらフィル様がもっと近くにいて、たったそれだけのことが嬉しくて、ちょっとだけ泣いてしまった。
「エドガー様は?」
「後悔と懺悔の扉をくぐったから、心から反省するまでは出てこられないわ」
「そうなのですね。……エドガー様の魔法は『城』で、フィル様の魔法は『扉』なのですね」
「ええ。お師匠様は『時計』と『扉』で私はそのうちの一つ『扉』の魔法を継承したの」
魔法に様々な形があるのだと知ったけれど、フィル様が『扉』だと知って納得してしまった。自然と口元が緩み「そっか」と思ったのだ。
「ヘレナ?」
「フィル様のお師匠様も、フィル様も、前を向いていたから『扉』なのですね。いつだって前を向いて、その先を追い求めるように歩いているから、入り口であり出口の『扉』が象徴なのでしょう」
「──っ」
思えばフィル様はいつだって前を見ていたし、前向きで失敗や後悔や辛いことも全部向き合って、歩いていた。そんな姿を見ていたし、たくさん前向きな言葉をかけてくれたから、私は自分に自信が持てたわ。
フィル様こそ『扉』の魔法が相応しい。そう事実を告げただけなのに、フィルの顔がやけに赤い。
「フィル様?」
「褒め殺しする気? ああ、もう! 本当にヘレナは私を幸せにする天才ね。惚れ直しちゃったわ」
「それは私もです。助けに来てくれた時のフィル様、王子様みたいでとっても格好よかったですもの!」
それから数分間、お互いのことを絶賛し合って、同時に恥ずかしくなったのだった。最初に見た夢のように、またどちらともなく手を繋いで私たちは歩き出す。
それはとても幸福な、温かい夢となった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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