表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/36

31.夢の中での対峙

 私とフィル様は、透明な青空とどこまでも続く花畑を一緒に歩いていた。

 途中で、なんとなくこれは夢だと分かった。ふあふあして現実味がないから。でも夢の中でもフィル様が傍にいてくれることが、心から嬉しかった。手の温もりも伝わってきそう。


「フィルさ──」


 フィル様の顔を覗き込もうとした直後、背後からたくさんの人の手に捕まって、花畑から転移する。

 寄る辺のない暗闇に体と魂が沈むよう。ゾッとする寒さに身を縮める。気づくと、灰褐色と黒に近い紺と黒が混じり合った森に佇んでいた。

 灰褐色の雨、黒に近い紺色の森、墨色の曇天と漆黒の大地……。


「ここは?」


 周りを見渡すと、魔女の三角帽子と黒の外套を羽織った……女性が現れた。全身ボロボロで、歩いているのが不思議なほど足は曲がっていた。


「(魔女様? でもフィル様ではない……あの黒髪に容姿は……記憶の中で見た……フィル様のお師匠様?)だ、大丈夫ですか?」


 私の声は聞こえないようで、魔女様の姿もすり抜けてしまう。まるで私がこの場に存在していない幽霊のようだ。


「…………滅ぼす。世界に厄災と災厄を撒き散らし、滅ぼすことがほ我の本懐……全てを滅ぼし、滅ぼし……滅ぼす……」

「それは困る」


 赤紫色の髪の長い青年が黒のローブを羽織って魔女様の前に立ち塞がった。アメジスト色の瞳が、悲痛と絶望に染まっていく。

 彼は──若い頃のフィル様だった。


「……お師匠っ。まだ自我は……残っているか?」

「滅ぼす……誰も彼も……滅ぼす……」


 会話にすらなっていなかった。壊れたCDのように同じ言葉を繰り返すだけ。アメジスト色の瞳からこぼれ落ちた涙に、胸がギュッとなった。

 フィル様はこの段階で、救える可能性が低いと気づいたのね。


「邪竜。お師匠の器から出ていくのなら、お前そのものを見逃そう。だがそれを拒むのなら、お師匠が《国崩しの魔女》となる前に、葬る……!」

「……壊すだけ。それ以外のことなど瑣末なこと。滅ぼす……滅ぼすことが我の存在意義」


 連続で爆破が起こり、フィル様がいた場所には巨大なクレーターが幾つも出来上がっていた。爆風と土煙が舞う中、フィル様は素早く空に逃げて──また消えた。

 常人の私には何をしているのか、たぶん半分も分からない。攻撃の応酬が続き、互いに均衡は保たれていたかのように思っていたが……。


「……世界の理に干渉し、厄災を招く邪悪なる竜に、相応しき棺をここに」


 フィル様の落ち着いた詠唱が耳に届く。まるで詩集を読むような気軽さで、詠唱を告げて魔法陣を形成していく。

 金色の魔法陣が幾重にも重なり、お師匠様の動きを封じる。


「鎖は時の狭間を繋ぐ白銀、棺は白銀の永劫溶けぬ氷結、入る器は邪竜のみ。それ以外を招き入れることを許さず、我は理を書き換える」


 白銀の鎖がお師匠様を拘束し、邪竜の魂だけが棺の中へと引っ張り出される。これならお師匠様の体だけは、取り戻せるわ。

 そう期待したが、邪竜は肉体と魂の融合が深まり、器から出ていくのを拒んだ。魔法陣の拘束も、これでは一時的なものになってしまう。


「蜈◇◆ィ縺ヲ■■■繧域サ◇??繧」


 たったそれだけで曇天を吹き飛ばし、四方の山を抉り、地形を書き換える。その衝撃は大地の激昂のようで、もはやお師匠様の体は、災害そのものとなりつつあった。

 それに気づいたフィル様の行動は早かった。瞬時に魔法陣を組み替えて──お師匠様を屠る方向にシフトする。


「終焉を《時の狭間》より解き放つ。万物万象の理の軛を解き放ち、我の敵を時の終焉による幕引きを願わん──終焉(フィーニス・)の扉(ポルタ)


 上空に厳かな扉が出現し、魔法陣内の時が加速する。それはまるで扉から時を吸い上げているかのように、魂も肉体も時という時間の前に塵芥となって形も残らず消え去った。

 フィル様が巨大な扉を閉じたタイミングで、エドガー様が森の中から駆けてくるのが見える。ボロボロ泣きながらエドガー様はフィル様に飛びかかるように張り倒して、馬乗りで何度も殴った。


「どうして、姉様を殺した!?」

「……」

「──っ、フィル様」


 泥まみれで殴られるフィル様を見ていられなくて、駆け出そうとした刹那。私の腕を掴む人がいた。


「これは夢で、遠い過去なのだから、君ができることはないよ」

「え……エドガー様?」


 私の手を掴んだのは、ヘレナとして出会った頃のエドガー様だった。過去のフィル様を殴っている彼ではない。そう認識した瞬間、背筋がゾッと凍り付いた。


「ああ、様々な次元を探し回ったけれど、ようやくヘレナを見つけ出せた。さあ、()()()

「嫌っ」


 咄嗟に拒絶反応が出てしまい、エドガー様の手を振り払ってしまった。私の機微に気付いたのか、スッと笑みが消える。


「あーあ。どうしてヘレナも姉様もフィルなんだろうね」

「それは……どういう?」

「僕は姉様の一番弟子でありたかったのに、フィルが奪った。僕が最初に君を見つけたのに、フィルに横から邪魔されたんだ。どうしてこう上手くいかないのかな」


 エドガー様は灰褐色の髪を乱雑に掻いて、まるで別人だった。明るく社交的で紳士的な姿は欠片も残っていない。


「姉様を僕のものにしたくて、邪竜をぶつけて弱体化した後で隷属紋を施すつもりだったのに……よりにもよって邪竜と相打ちを望むなんて……!」

「──っ」


 フィル様のお師匠様を作為的に害そうとしたのが、エドガー様だった?


「じゃあ……先ほどフィル様のお師匠様に取り憑いていたのは……」

「ああ、僕が蘇生術式を使ったのだけれど、失敗した……慣れの果てだよ。僕が来た時には魂はあの場に残っていなかったから、邪竜の怒りが表面だけ残っていたのかも」


 ずっとフィル様が抱えていた十字架と罰。師匠殺しと呼ばれ続けて、耐えていたのをエドガー様は見てきたはずだ。それなのに……!


「どうして……フィル様にあんな酷い仕打ちを……罪を押し付けるようなことを……」

「言っただろう。姉様の一番弟子になったこと、僕とは一緒に暮らしてくれなかったのに、あの屋敷で暮らすだけに飽き足らず、姉様の魔女の力を僕じゃなくて、フィルなんかに継がせたこと。……そしてヘレナ、君を奪ったこと」


 エドガー様の瞳は琥珀色だったのに、酷く濁った色をしていた。狂気という言葉が相応しいだろう。


「君を見つけた時、姉様と同じ転生者の魂だとすぐに分かった。特別な魂だったからね! だから姉様の失敗を生かして念入りに準備をした。それなのに、またしてもフィルが奪った。あの時、僕が助けるはずだったのに!」

「──っ、めちゃくちゃだわ。どうして人の気持ちを無視して、自分の我を押し通そうとするの!? 本当に好きなら、大切ならその人の気持ちも考えようとは思わないの!?」


 どうしてこんなことができてしまうか。悲痛な叫びもエドガー様には届かない。


「思わないよ。そうやって僕の望んだとおりの未来にならないなら、意味ないだろう。折り合いを付ける? それは妥協だよ。先送りで、()()()()()()()

「そんなことない。確かに自分には譲れないものがあったとしても、大切だからこそ折れない部分があると相手と話し合って、ぶつかって、交渉を重ねて、その末に見えなかった新しい可能性が見えることだってある。それは積み重ねてきたからこその結果よ。些細なことでもいい、そんな日常を積み重ねることによって大切な居場所を作って、守りたいと思うようになって……そうやって寄り添い支え合っているうちに大切なものがさらに増えて、大きくなる。それの何処が無価値で無意味なの?」


 エドガー様は私を通して誰か──お師匠様を見ているのだろうか。大切な人を失った瞬間に、この方は壊れてしまったのかもしれない。


「本当に姉様と同じようなことをいう。……ねえ、ヘレナ嬢。もう君の心を手に入れるのは諦めるよ。……だから代わりに器と魂だけちょうだい」

「──っ」



楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック 7巻 (ZERO-SUMコミックス) コミック – 2024/10/31
「初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~」 漫画:九十九万里 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

攫われ姫は、拗らせ騎士の偏愛に悩む
アマゾナイトノベルズ(イラスト:孫之手ランプ様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

『バッドエンド確定したけど悪役令嬢はオネエ系魔王に愛されながら悠々自適を満喫します』
エンジェライト文庫(イラスト:史歩先生様)

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ