30.ゼロの魔女・フィルの視点6
「とりあえず、私は別次元に屋敷ごとこの世界から切り離されるだろうから、それまでヘレナは大人しくしているほうが良いと思うのよ。警戒している中で動くのは良くないでしょう」
「でもそんなことしたら、もうフィル様と会えないんじゃ?」
縋り付くヘレナが可愛くてたまらない。震えて離さないと抱きつく姿も可愛くて、ちょっと意地悪したくなる欲を必死で押さえ込む。
「そんなことさせないわ。私のほうがヘレナ不足で心が先に死ぬもの」
「ふぇ」
目を見開いて驚くなんて失礼だわ。あんなに愛を囁いてキスをして甘やかしてきたのに。まったく足りなかったのね。今後はもっと溺愛しましょう。
「大好きよ。好き好き好き。全く伝わってなかったなんて、私は悲しいわ」
「そ、そんなことは……ないですよ」
「そう? 今から証明しようと思ったのだけれど……」
「フィル様!」
「ふふっ、冗談よ(半分本気だったけれど)」
愛おしくて肩に顔を埋めると、擽ったそうにするヘレナがとっても可愛かった。私の頭を撫でて、なんなのこの子? 実は天使なんじゃ!? 天使ね、間違いないわ! 天界から落ちて来たと言っても信じるわ。そして絶対に帰らない。私が貰うって決めたのだから。
「ねえ、ヘレナ。貴女はどうしたい? このまま私を忘れて──」
「それは嫌です」
「即答ね。じゃあ、少しの間だけ待っていてくれる? その間に新しい住処を準備するわ。そこならエドガーや教会も手出しはできないだろうし」
「少しの間って、どのぐらいですか?」
「そうね……二年、ううん、一年で何とかするわ」
「一年」
しょんぼりと眉を下げて呟く。不安そうに瞳を揺らすヘレナが、不覚にも可愛いと思ってしまった。ああ、なにその庇護欲をかき立てるような顔は! ずるいわ。
「実際には会えないけれど、夢の中では会えるようにするわ。私がヘレナ不足になるのは目に見えているもの。ヘレナは? 私が居ないと寂しい?」
「もちろんです。フィル様に会えないのは寂しいです」
「うん。それじゃあ、これを受け取ってくれるかしら?」
黄金の指輪を二つ。お揃いでシンプルだけれど、柊の装飾が施されて大人っぽいものを選んだ。
「結婚指輪だけれど、受け取ってくれる?」
「ふえ!? け、け、けっこん!?」
「そうよ。従魔契約は解いちゃったし、何らかの形で結び目を強くしておかないと、それにこれなら堂々と私のヘレナだって言えるでしょう」
「あわわわわ……。夢じゃない?」
「夢じゃないわ。それに一度プロポーズしたでしょう? 私はヘレナと一緒に、これから先を過ごしたいわ。ヘレナは?」
「わ、私を大事にしてくれます?」
「もちろん」
「一緒に食事したり、お出かけしたり、事業や働くことに嫌な顔しません?」
「しないわ。でもあんまり異性が多い場所で働くのは、賛成できないかも。ヘレナは面倒な男に好かれるから」
「めんどう……」
「私とか結構面倒くさいし、周囲は敵だらけだし、不良物件じゃない」
「そ、そんなことないです。それを差し引いてもフィル様はとっても素敵な人ですし、強引なところがあっても自然と人を笑顔にして、楽しいと思わせてくださいます。それに──私のカクテルを喜んでくれましたから! 私の夢を思い出させてくれて、叶えてくれたのはフィル様なのですよ!」
「──っ」
はにかんで微笑む彼女が可愛くて、愛おしい。唇にそっと触れるようなキスをしたら、ヘレナも同じように啄むキスを返す。ああ、一方的じゃない思いって、こんなに幸せなのね。甘くて痺れるぐらいにたまらない。
「私、フィル様の家族になりたいです。ならせてください」
「私のほうこそ、家族に、私の隣にずっといてね」
黄金の指輪を左の薬指に嵌めて、もう一度キスをする。誓いのキスをした後、時は戻り指輪は私たち以外には見えないように認識阻害の魔法をかけた。
去り際に「XYZ」と言う単語が、カクテルのことだとすぐにわかった。
その意味を私はまだ教えて貰っていないけれど、次の再会までに楽しみを取っておくのは良いことだわ。
***
それから夢を通して、私とヘレナは逢瀬を繰り返した。案の定、エドガーの屋敷に誘われたこと、教会から寮を進められたことを聞いて、腹の底から殺意が沸いた。
ゼロの魔女は存在から消され、野良魔女を廃除した功績を称え、エドガーを含む魔女、教会の一部は宝物庫が潤ったらしい。
まあ、その当たりも計画通りだったんでしょうね。ヘレナへの求婚は、ミハエルも加わっているだとか。案の定というか、想定内だったわ。
ヘレナは魔法剣と魔導書を、今後連れて行くかどうか一年かけて見極めると言っていた。すでにエドガーに盲信している場合は、切り捨てると言い切っていたわね。
そういう思い切りの良いところと、ばっさりと切り捨てる覚悟を持っているヘレナはやっぱり好きだわ。なあなあにしないし、情はあるけれど流され過ぎない。思慮深いことも好感度が高いわ。
一年経たずに準備を終えてしまったので、ヘレナに連絡を入れた。そうしたらちょうど魔法剣と魔導書の躾が終わったという。
「フィル様!」
借り家の物置部屋に移動すると、真っ先にヘレナが抱きついてきた。
まあ、熱烈的な歓迎だこと。この部屋にはいくつもの魔法術式をかけている。とびきりのリキュールを作るためだとエドガーたちには話しているとか。実際は私とヘレナの逢瀬の場所のために設けた空間だ。
私の魔法を感知できるとしたら、お師匠ぐらいだもの。久し振りの再会でヘレナの温もりを堪能したのち、ソファを出してお茶会の準備をする。
空間魔法を駆使して部屋を拡張、さらに幻想魔法でカフェにいるような雰囲気を作る。毎回ヘレナが楽しそうにしているので、張り切っちゃうのよね。
ヘレナが私に『かくてるぅ』を作るのと同じように、私もヘレナが喜ぶのが嬉しくてたまらない。膝の上に載せてイチャイチャを楽しみつつ、近況報告を行う。
うん、実に夫婦らしいわ。
この時のために、新しい拠点で流行っている菓子をテーブルに用意する。
竜魔王国。
この世界とは異なる世界。別次元に放り出されたので、住みやすい場所を探したら合ったのよね。
魔女も、亜人も人間も良い感じに暮らしている世界が。それをヘレナに話したら、お酒もこの国より豊富なこと、特に果実が多く実っていることに目を輝かせていた。
「ふふ、本当にリキュールやブランデー作りを一番に考えているのね」
「はい。向こうの国でも、フィル様が満足するようなカクテルをお出ししたいですから!」
「え、何その理由。可愛すぎる、あー好きだわ」
首元にキスマークを付けると、可愛い声を出すのも反則だと思うわ。ヘレナがキスをしてくれることも増えて、幸せ過ぎるけれど。
概ねどんな世界なのかも話したのだけれど、楽しそうに聞くヘレナがやっぱり可愛い。その笑顔、私以外にしていたらどうしようかと思う。半年間不安だったけれど、それも今日で終わり。
「もう住む場所も整えて、手続きも済ませたわ。今すぐにでもいけるけれど、どうする?」
「エクスたちに最終試験をしようと思うんです」
耳元で囁くヘレナの吐息に、危うく理性が崩壊するところだったわ。なにこの破壊力。ちょっと耳が赤くなったけれど、バレていない……わよね?
「──ってな感じで、私の身代わりをエクスたちにして貰おうって」
「(うん。バレてないわ!)ふーん。半年間、ヘレナの姿をローテーションで担って、一年後に行方不明になろうなんて、よく考えついたわね」
「新聞の怪異現象記事を読んだので……」
ヘレナは幾つかの新聞記事を私に見せた。建物、人も含めて、空間ごと消える現象が各国で発生しているという。異世界転移召喚、と書かれているが恐らく……。
「私の屋敷の空間は世界の理の中心でもあったのに、それを捻じ曲げたせいで元に戻すため、様々な次元と空間を調整する過程で、別世界との層が重なって持っていかれている感じなのでしょうね」
「これを利用して姿を消そうと思うのです。それに一年後はちょうど花祭りで賑わうでしょうし、人が集まれば喧嘩や面倒事も増えて教会も忙しいので、目を盗むのならちょうど良くありません?」
そう言って笑ったヘレナは、この半年で凄く強くなったし、美しくもなった。自分磨きもして、キラキラして少しだけ遠くに行ってしまわないか不安になる。
こんなに好きになったのも、傍にいたいと思ったのも初めてなのだもの。
女々しくて、嫉妬深いと思われてもいいわ。
「ちなみに魔導書たちが約束を破ったらどうするの?」
「誰か一人でも裏切ったら、私の居るところに絶対に戻れないように誓約書を書いて貰いました」
おお、それはガチね。ヘレナは身内には甘い感じだったから心配したけれど、大丈夫そうね。逞しくなって……。
心なしかどんどん男前担っていくような? 格好いいヘレナもいいけど。
「それじゃあ、一足先に新天地に行きましょう」
「はい、フィル様」
横抱きにしたまま魔法陣を展開して転移する。
腕に抱きかかえた温もりを今度は離さなかった。それが少しだけ誇らしい。この世界で私たちは嫌われすぎたし、愛されすぎた。
廃除するまで、手に入れるまで魔の手は迫るのだから、一目散に逃げるしかない。折り合いを付けられなかったのだから、しょうがないわ。
私もヘレナも平和で、穏やかに暮らしたかっただけなのに、ままならないわね。それにしても『XYZ』ってどんなカクテルなのかしら。楽しみだわ。
ああ、でも、その前に一つだけやっておかなきゃ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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