29.ゼロの魔女・フィルの視点5
新天地でヘレナと一緒に生きていく。そう決めたばかりなのに、気付けばヘレナは居ないし、断罪魔法、《地獄の七日間》が展開されていて最悪の一言に尽きる。
「嵌められたわね」
野良魔女、他の魔女たちの不満や怒りを誘導して、ゼロの魔女の弟子である私事、消し去るつもりだったのだろう。
指揮者はエドガー、教会も黙認したとするなら、共犯はミハエルね。我ながら不興を買ったものだわ。
ふう、と久し振りに煙管を取り出して口にする。昔はイライラを抑えるために吸っていたけれど、ヘレナが来てからは一度も吸わなかった。吸う暇も無いほど毎日が充実していたのだ。ドキドキも、わくわくも、愛おしさもヘレナが来てから。
あの子が来てから屋敷が賑やかになった。でも、だからこそ魔法剣、魔導書が人の姿になることを禁じた。単なる嫉妬だ。
あの子の隣にいる肩書きが従魔契約じゃ遠すぎるし、安心できない。あの子が好いているのが嬉しくて、焦らして、甘やかして、それから私のものにしたかった。
そんなんだから周囲を敵に回しすぎた私を亡き者にしようと、一斉に動いたのね。思えば魔法剣や魔導書にも制限をかけていたせいで、私を敵対視していた。あるいはそう仕向けようと、エドガーが根回しをしていたのかも。あれは取り入るのが上手いもの。
昔からお師匠の弟子である私に敵意を向けていて、そのくせ表面上は仲の良い風に装ってきた。ヘレナの拗らせた愛情にもすぐに気付いたし、厄介なことだとも思った。
ずっと前から懸想している女性がいると聞いていたけれど、まさかそれがヘレナだったなんて世の中、狭いわね。
野良魔女を利用してフィリップに近づき、魔女が介入するシナリオを作り上げた。もっとも偶然にも興味を持った私が出てきたものだから、大きく計画は狂ったんでしょうけれど。
でもヘレナが安全なのは幸いだわ。魔法剣に多少の魔力を渡していたけれど、私側に付く気はないだろうし、それでもヘレナを守ろうとする気持ちは本物だからいいわ。
今一番に考えるのは、ヘレナの安全。
エドガーがヘレナを子猫の姿で連れてきた時は、嫉妬と可愛さと庇護欲でどうにかなりそうだった。もっとも二人が見ているのは過去の私の姿であって、本物の私じゃない。
断罪魔法、《地獄の七日間》は、トラウマを呼び起こす精神崩壊魔法の一つで、事前に対策をしていなければ危険なものだ。野良魔女を言いくるめてここまでするなんて、本気でヘレナを私から奪うつもりなのね。
ヘレナも過去の私を見て目を潤ませて泣きそうになって、超絶にかわいい!! というよりもハグしてギュッてしてあげたいわ。キスだってたくさんしたい。
ああ。こんなに近くに居るのに、気付いてくれないなんて。透明魔法を使ったのは失敗だったわ。
でも、契約を解除するために、過去の私に近づいてくれたのは助かった。これで少しの間だけ念話が通じる。
「なうなう(キールを貴方に捧げて、ギムレットで乾杯しましょう)」
『まあ、サヨナラって私を捨てるの?』
「!?」
ビクリと体を揺らすヘレナが可愛くて、思わずキスをした。もっとも今の私は透明化していているので、ヘレナは驚いただろうけれど。
『キール』はカクテル言葉で『愛している』という意味で、『ギムレット』は確か『別れ』の意味があると話してくれたことがあった。
だからすぐに私との決別の言葉をカクテルに込めたのは、彼女なりに私を傷を残そうとしたのだと分かって、胸が高鳴った。ああ、このまま全ての魔法を解除して、彼女を連れて逃げようかしら?
でもそんなことをしても、根本的な解決にはならない。
ならどうする?
とりあえず、ほんの少しだけヘレナに触れ合いたくて時間停止魔法を発動させる。
「時間凍結──と」
極大魔法の中だろうと、私の魔法は関係なく使える。それがゼロであり、全ての魔法に介入、干渉、歪めることだって可能な反則技なのよね。
だからお師匠の力を手にしれようと、虎視眈々と狙う輩は一定数いたし、魔女協会の大半はその力にあやかろうとしていた。教会は上手く利用する気満々だった。だから邪竜討伐の無茶振りに、お師匠を指名したのよね。
従魔契約は解除したけれど、まだ私と魔力補給を行う繋がりがあったから、よかった。
ぼふん、と音を立てて子猫の姿から人の姿に戻ったヘレナは、やっぱり可愛らしい。腰まである灰緑色の髪が揺らいだ。
花の香りが鼻孔をくすぐる。服装は白のワンピースなのは私の趣味だけれど、レースたっぷりの服装も似合うわ。うん、可愛い。私って天才だわ。
「フィル様!」
「ヘレナ」
華奢な体をぎゅうぎゅうに抱きしめる。ああ、どこもかしこも柔らかくて、良い匂いがする。温かくて、凍えそうな心が柔らかくなるわ。ヘレナこそ私にとってのミモザなのだと実感する。
「ああ、好き」「愛している」「幸せだわ」とヘレナの耳元で囁いて、キスをした。なんならキスマークの一つや二つ、……四つぐらい付けても足りない。「もっと」を望んでしまう。
「フィル様、どうなっているのですか?」
「もう。ヘレナが欲しくてたまらないのに、ヘレナは私を望んでくれないの?」
そう拗ねてみたらボッと顔を真っ赤にして可愛い。いつでもどこでも真面目で一生懸命なのだから。この子はいつだって私の想像を超えてくる。例えば──。
「わ、私だって……フィル様ともっと一緒に居たいです。いっぱい抱きしめて欲しいですし、キスだって、好きだって沢山したいですし、添い寝に……その先、だって……」
「かわっ……!!」
なんなのこの子、本当に純粋で可愛い。
ああ、可愛い以外の言葉が出てこないほどポンコツになりそうだわ。手短に現状、嵌められた旨を伝えつつ体を密着させる。
癒されるわ。あー、落ち着くし、私のだって実感する。いや従魔契約解除したからアレだけれど!
「──ってことで、今の私は誰も味方がいない状態なのよね。こんな状態でこの魔法を解除しても、あんまり意味が無いの。血眼になって追ってくるだろうし、ヘレナもエドガーやミハエルに狙われているだろうし、絶対にしつこいわ」
「え」
顔を青ざめるヘレナに「大丈夫よ、命を狙うとかじゃないから」と頭を撫でた。好かれるのも、嫌われすぎるのも困ったものだ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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