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3.修羅場は突然に

 飛び込んできたのは夫であるフィリップ・オルストンだった。パーティー会場で見た正装のまま、ズカズカと病室に入ってくる。


「ああ、ここに居たんだね!」

「ひっ」


 後には修道服の少女たちや衛兵が控えているのが見えたけれど、あの手この手を使って入り込んだようだ。夫は外面がもの凄くよかった。絶賛、良い夫を演じているのだろう。わざとらしく涙を浮かべているのが見えた。

 ふとベッド側に座っていたミハエル様と魔女様の姿がない。


(お二人は? 退出した記憶はないわ) 

「ヘレナ、無事で良かった! ああ、本当に奇跡だよ」

「──っ」


 どの口が言うのか。あまりにも薄っぺらい言葉に殺意が湧いた。大股でベッドに駆け寄って私を抱きしめようとするので、反射的に腕を叩いて拒絶する。


「私に触らないで」

「──っ!? ……ヘレナ」


 今まで従順で、夫を慕っていた妻の反応とは思えなかったのか、夫は固まってしまった。だがそれも数秒で、口元が顔が歪んだ。


「ヘレナ? ……どうしたんだ? ああ、目が覚めて混乱してしまったんだね。可哀想に」


 優しい声音で告げているようだが、口元は歪で目も血走っている。あからさまに殺意を向けてきて、外面を保っているのも限界なのだろう。

 今にも爆発寸前と言ったところだ。それでもこれは自分の口出言わなければならない。


「──っ」

「ああ、記憶が混濁しているのかな。きっと色々あって混乱したのだろう。ほら、屋敷に戻ろう。母さんも心配している」


 差し出された手。

 昨日までの私だったら喜んだだろう。

 何も知らなければ帰る居場所があることに安堵していた。でも、私の居場所はオルストン子爵家にはなかったのだ。


「嫌です」

「は?」


 今度こそ夫は笑顔が崩れ、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「おい、ヘレナ! 急に何を言い出すんだ! 君は子爵夫人だろう。いい加減他の人の迷惑にもなる。早く屋敷に──」

「屋敷に戻って私を確実に殺すつもりですか?」

「なっ!?」

「私を殺そうとした人たちと一緒に戻るつもりも、子爵夫人で居続ける気もありません。フィリップ様とは離縁するのですから!」


 言い切った──と思った瞬間、左頬に衝撃が走った。


「ふざけるな! このアバズレが──」


 そうそう言って今度は拳を振り上げかけた瞬間、夫の体が硬直して動かなくなる。よく見ると体に黒い鎖のようなものが影から出ていて動きを封じていた。


「なっ!?」

(黒い……鎖?)

「なに私のモノに手を出しているのよ。ドメスックなんちゃらの証拠が欲しいってミハエルが言うから静観していたけれど、想像以上のクズね」

(魔女様……!)


 ミハエル様は私とフィリップ様の間に割って入ってくださった。それだけでももの凄く心強い。


「一時的に姿を消す魔導具を使ってみたのですが、思った以上に墓穴を掘ってくださって助かりました。暴行罪の現行犯として捕縛させていただきます」

「い、いつの間に!?」

(あ、証拠を得るために姿を隠していた? あの一瞬でそんなことを考えていたなんて……)


 頬がじんじんと痛むけれど、第三者もいる中で暴力を振るった事実は変わらない。しかも神官と魔女様。子爵家が揉み消せるような相手ではないのだ。

 そのことがとても心強い。私が勇気を出して離縁を切り出せたのも、魔女様が私を生かしてくださったからだ。


 もう我慢して生きたくない。

 自分の好きなことをして生きる!


「さて、オルストン子爵。いくら現段階で夫婦だったとしても、ノックも無しに入ってくるなど、些か不躾ではないですか」

「こ、これは神官様。大変申し訳ありません。妻が目を覚ましたと聞いて……思っていた以上に気が動転していたようです」

「そう彼女は目覚めたばかりです。現在はご家族だろうと面会謝絶と、お伝えしていたと思うのですが? なにより自分が何をしたのか、理解していますか?」


 ミハエル様は口調も言い回しも柔らかいが、笑顔にも関わらず圧が凄まじい。『言い訳は良いからさっさと消えろ』というオーラが見える。うん、この物腰が柔らかな方を怒らせてはいけない。


「神官様っ……、神官様なら分かりますよね。僕は今あらぬ疑いをかけられているのです。妻が自作自演で毒を煽ったのです。僕が浮気をしていると勘違いをして、こんなことを……。その上、妻が精神不安な状態で、わ、私が、妻を殺すなど……信じていた愛する妻に言われたショックで……」


 それでも夫は食い下がった。ここで口止めしておかないと、自分の身が危ないと思ったのだろう。どこまでも自分勝手な理由で私を貶める。


(なんでこんな人を大事にして、身を粉にして働いていたのかしら)

「ヘレナ様、そのようにおっしゃっていますが?」

「まだ体から気怠さが抜けませんので、本日はこちらでお世話になりたいのですがご迷惑でしょうか?」

「その通──はあ!?」

「教会側としては全くもって問題ありません。もともとその予定でスケジュールを組んでおりましたので」

「ありがとうございます。 それと弁護士の手配をお願いします。私の財産も書類偽造で銀行側と夫、いえ元夫が画策したようなのです」

「ヘレナっ!?」

「それは急ぎ手配をしましょう。遺産相続問題による他殺などで財産を奪おうとする姑息な方々は多いので、しっかり根絶やしにしないといけませんね」

(ミシェル様! 頼りになりすぎる……!)


 私が弁護士と言ったことと、銀行側もグルになって行った書類偽造。どちらも衝撃だっただろう。本来なら私が死ぬことで全ての証拠は闇に葬られる──はずだった。それをひっくり返したのは魔女様だ。


 今もカクテルが飲めないことに苛立ちつつも、夫がこれ以上私に危害を加えないように魔法を使ってくださっている。カクテルが飲みたいだけだったとしても、守って貰っていることが嬉しい。


「子爵、聞いた通りです。お帰りでしたら、お一人でどうぞ」

「──っ」


 超笑顔でミハエル様が言い返した。副音声で『さっさと帰れ』と聞こえる。笑顔の圧が凄まじい。


(口八丁手八丁の夫を笑顔一つで黙らせるなんて……)

「で、では……今日は泊まることを認めますが、少しだけで良いのです。ヘレナと二人だけで話をさせていただけますか?」

「「「……」」」


 この人は馬鹿なのだろうか。ついさっき私に手を上げて罵倒した人間と二人きりにするのを許す人がどこに居るのか。全力お断りだ。


「お断りします」

「馬鹿じゃないの? そんなことできるわけないわ」

「ええ、毒殺の容疑者と被害者を二人きりにさせることはできません」


 黙っていた魔女様とミハエル様が同時に喋った瞬間、夫は目をギョッとさせたが、すぐに口元が緩んだ。


「ははっ……。面会謝絶といっておきながら、部外者しかも異性を病室に入れるとは……教会とはなんとも卑猥な場所なのだろう。こんなこと社交界で広まっては、教会の評判もがた落ちになるのでは? ここは僕の顔を立てて不埒な噂を流さないと誓いましょう。ですから、ヘレナと話すぐらい……そう五分もあれば十分ですから」

(旦那様、いえフィリップ様は、本当に可笑しくなってしまったのですね。何を言い出すかと思ったら、教会と魔女様に喧嘩を売るつもりなの? 社会的にも本当の意味でも死ぬけれど……)


 教会と魔女協会は共存共栄関係にある。人の営みと精霊を繋ぐ光魔法を中心にした信仰が教会であり、魔女協会は大自然と人外と精霊の調停を行う。それぞれの領域で組織として二つに分かれているだけに過ぎない。


 太陽と月のどちらがかけてもいけない存在で、協力関係にあるお二人がここに居るのは、可笑しいことではない。むしろ自分自身の無知を曝け出すもの。恥を掻くのは夫だ。それに今回は野良魔女が関わっているのなら、魔女様が出てくるのは自然なことなのに何を言っているのだろう。


「フィリップ様、私は野良魔女の毒を飲んだのですよ。解毒のために魔女様がいるのは自然なことです。……それと、旦那様が私に毒をもって殺そうと囁いたこと、私忘れていませんから」

「なっ、ヘレナ!」


 フィリップ様の真っ赤な顔はすぐに真っ青に変わった。

 あんなに美しくて知的な方だと思っていたけれど、ミハエル様や魔女様の美しさに比べたら全然だ。凄みも足りないし、怖くもないもの。最悪法廷で争ってもいいと思ったけれど、今なら離縁に素早く持ち込めるかもしれない。

 体裁を重視するからこそ、そこを攻める。


「フィリップ様。私を殺して愛人と暮らす計画は大幅に見直す必要があると思いますが、それよりもまずは教会に離縁申請を提出して、財産分与の手続きをしましょうか」

「なっ、は!? ヘレナ……な、なにを……。ああ、毒のせいで記憶が混濁しているんだね。僕が君を殺そうとするなんて……」


 青ざめながらも口元の笑みは保っていた。意外と肝が据わっているのかもしれない。諦めが本当に悪い人だ。


「あのワイングラスを私に渡すように指示をしたのは、フィリップ様でしょう? 執事がそう言って差し出したのよ。それに本来、乾杯をするなら夫婦である私の傍にいるはずなのに、フィリップ様は離れていた。これは自分が毒を盛ったという容疑から外れるために、距離を取っていたのでしょう」

「それは執事が嘘をついているだけじゃないか。決定的な証拠にはならない。……ヘレナ、君は今回のパーティーのために働き詰めだったと聞いている。だから毒で倒れた時にありもしないことを耳にしたんだ。そうに違いない! そうだろう、ヘレナ!」

「面白いことを言うじゃない。それならこの子の網膜に焼き付いた記憶の再現を、特別にして上げるわ。それなら証拠にもなるでしょう」

「魔女様!」

「うだうだ煩い男はモテないわよ。それに楽しみにしていたカクテルの時間を邪魔されて──すっごく機嫌が悪いの。さっさと認めないのなら、自白剤でも飲ませようかしら♪」

(魔女様……)


 手助けする理由がどこまでも自分基準なのことに苦笑してしまうが、それでも魔女様の発言はフィリップ様には衝撃的だったようだ。


「はああああああああああ!? いやいやいやなんだ、それは!? そんなことがまかり通るわけがない!」


 フィリップ様は素っ頓狂な声を上げた。


「まだ七十二時間経っていないし、数分であれば今すぐにでも再現してそれを記録しておくことだって私に掛かれば可能よ。法廷の証拠としても許可されるわ。特に野良魔女の毒と呪いは、『毒を盛る際に耳元で殺す動機を話さないと発揮しない』と言うのは私たち界隈では有名だし、王侯貴族や法廷も知っているわ。」

「──っそ、そんな魔法なんてあるわけが」

「魔女の魔法なら簡単よ」


 艶然と笑う魔女様にフィリップ様は押し黙った。


「さすが魔女様ですわ」

「ではその再現魔法の代金は、教会側からの正式な証拠として申請を出しておきましょう」

「──っ、ヘレナ。これは違うんだ……僕は……本当に心から君を愛している。君がいない生活なんて考えられない」


 縋るように私に手を伸ばすが今の私には響かない。


「あら白い結婚を言いだし、私に歩み寄るフリまでして両親の遺産を自分の物にするために殺そうとした──そこまで私が目障りだったなんて知りませんでしたわ」

「あっ……くっ、それは……」

「でもご安心ください」

「え。……っ、ヘレナ。君は……」


 私はできるだけ笑顔で微笑んだ。それをフィリップ様は都合よく解釈したのか、安堵して口元を緩めた。こんなに気持ち悪い笑みを浮かべる人だっただろうか。


「今すぐ離縁の契約書にサインを頂けるのなら、大事にしませんわ。賢明なフィリップ様ならどうすべきか、おわかりでしょう。元妻として貴方様のお望み通り、目の前から消えて差し上げますわ」

「──なっ!?」


 ミハエル様ほどではないけれど、にっこりと笑うだけで無言を貫いた。するとフィリップ様は面白いぐらいに顔を青ざめ、次に怒りに震えて茹でた海老のように真っ赤になった。忙しい方だわ。さっきから赤くなったり、青くなったり。


「それとも書類偽造、暴行罪、財産横領、殺人未遂犯として、裁判沙汰になさいますか?」

「──っ!」

「ああ、それと私からも一つお伝えしておきましょう。裁判となると間違いなく国王陛下の耳にも入る。ああ、裁判長を買収しようとか、証拠隠滅しようとか考えない方がいい。今回はすでにレヘナ様からは離縁希望を教会に求められた。ローレンス領、第十二支部リエン教会の責任者ミハエルの名を貴族の方であれば、耳にしたことがあるのではないでしょうか?」

「な、なっ……っ、ここ数年で貴族問題、などで縁切りを推奨する神官か! 教会の教義に離反する愚か者、貴族の敵!」


 それは離縁された側が一方的に罵っていた逆恨みなのだろう。確かに我が国では教会の教義もあり、近年まで離縁は認められなかった。しかし十五年前、貴族内で連続殺人が横行し、そのどれもが離縁が出来ない者たちが追い詰められ犯行に及んだ。


 特に貴族は政略結婚を常としており、家庭内が上手く回らないケースもあった。恋愛結婚ですら様々な理由から冷え切ってしまうこともある。それ故十年前に離縁を認める教義に切り替わった。それでも離縁をするのは莫大なお金と時間、労力がかかる。そういう背景もあってリエン教会は設立された。

 ミシェル様の台頭で、家庭内暴力や嫌がらせを受けていた弱い立場の女性を守るための手続きや、その後の仕事斡旋など経営も順調だと風の噂で聞いたことがある。


(当時は私には関係ないと思っていたけれど……)

「教会が離縁を認めると言って十年も経っているのに、まだその認識とは……。まあ、それよりもどうするのですか? 法廷で徹底的に子爵家で行われたことをつまびやかにすることも出来ますが?」

「ひっ!?」


 私の意図を理解したミハエル様も後押ししてくれた。この方は本当に頭の回転が速いし、空気を読むのが素晴らしく上手い。

 フィリップ様も形勢が不利だと気づいたのか、悔しそうに顔を歪めて睨んできたが、全然怖くない。むしろお散歩を嫌がっている友人の秋田犬の顔を思い出したら、ちょっと笑いそうになった。それがフィリップ様の勘に触ったのか、「ああ、わかったよ!」と承諾した。


「──っ、君が望むのなら離縁しよう!」

「ありがとうございます。それと私への接近禁止をさせて頂く旨を、誓約書に書いてください。もちろん、私の悪評の吹聴した場合は慰謝料を追加で頂きますわ」

「なっ!? ……分かった、書けばいいのだろう!!」

「はい」

 

 フィリップ様、元夫は陥落。私の完全勝利だった。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

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