28.魔術師エドガーの視点
今から数百年前。
姉は侯爵の長女として生まれたが、後天的に魔女の素養があったらしい。それゆえに貴族社会には馴染まず、幼い頃から別荘に引きこもって魔法の研究をしていた。姉は異世界転生者らしく発想が変わっていて、数年で他の魔女たちに一目置かれるようになっていった。
誇らしかった。
姉は自由気ままで、なんでも楽しむし、思ったことはすぐに口に出す。腹の探り合いの多い貴族社会では不向きだろうが、その辺は僕が表に出る形で三百年ぐらいは問題なかった。僕も魔女の素養があったから、名前だけでも魔女協会に登録をしておいた。貴族にも魔女とのパイプを持とうとする連中がいたので、精査してから斡旋して平和だった。
邪竜の群れが、世界の歪から溢れ出てくるまでは──。
姉を含めた魔女数名と、聖騎士の出陣で対処できると思っていた。その日、フィルと姉は喧嘩別れをしたという。単に朝ごはんを食べるか、食べないかのくだらないものだった。
帰ってきたら謝るように諭したけれど、姉は邪竜に体を乗っ取られて戻ってきた。いや正確には死体に憑依して、アンデッドとして戻ってきたのだ。
野放しにできない。
だからフィルは姉を殺した。元々邪竜との戦いで死んでいたけれど、何度も肉体が再生できなくなるまで塵芥にして、魂そのものまで壊し尽くしたのはフィルだ。
鮮血を浴びて、姉の全てを継承した。
あの瞬間から、僕は君が心の底から殺したくなるほど憎くてしょうがなかった。僕の姉を二度も奪ったこと。姉の全てを引き継いだこと。
姉の別荘を自分の住処として、ゼロの魔女を名乗ったこと。僕の気にいたモノを、この男は全て奪っていく。
僕が好きになったヘレナもそうだ。
社交界でヘレナがフィリップと婚約していた時から、彼女に恋していた。豊富な知識に、朗らかな笑み。
何より魂の色が美しくて、どんどん惹かれていた。商人に扮して事業設立にも尽力したし、ヘレナとのお喋りは楽しかった。ああ、仕事の時はエドガーの姿じゃなかったから、彼女は気付かなかったのは失敗したな。
だからヘレナがフィリップと白い結婚をしたのち、別れられるように手を回した。エイバもそうだ。
出会うのなら劇的なのがいい。何より誰にも奪われないように、外堀を埋めていく。野良魔女を誘導して、毒を盛って倒れたところを僕が介抱する──はずだったのに、フィルが全部掻っ攫っていった。
姉だけじゃなく僕の思い人まで奪うアイツが憎くて、腹立たしくて、許せなかった。
ヘレナまで僕から奪うのか──と。
飽き性なくせにヘレナを束縛して囲って、彼女から愛されて『かくてるぅ』まで作らせて、それは全部僕が得るはずだったのに、全てを奪ったフィルが憎い。
憎くて。
腹立たしくて。
だから最高の絶望を与えて消すことにした。野良魔女たちを誘導して、極大魔法術式の方法を提供した。もちろん彼女たちの命を対価にするのは伏せておいた。ヘレナには『一番幸福な時間』と伝えたが、実際の魔法は『一番後悔した七日間を再現させている』というものだ。
最初の三日間は幸福で、残る四日は地獄。そうやって何度も何度も絶望させて、あの土地そのものに負荷をかけた。あと何度か繰り返せば、あの屋敷そのものの空間が歪となって、空間そのものが別次元に切り離される。そうなれば未来永劫、フィルは次元の狭間を彷徨って、絶望を繰り返し続けるのだ。
姉を殺して、愛しい人を横取りしたあの男には、相応しい末路だろう。最後にちゃんと会わせて、お別れまでさせたんだ。有り難く思ってくれ。それでも許さないけれど。
腕の中で眠る子猫のヘレナが、可愛くてたまらない。ああ、早く人の姿に戻して求婚したい。
そうしたら、君に触れられる。
恋人のように横に並んで歩くことだってできるし、念願のデートだって。
元夫はもうヘレナの前に現れないように、心を壊しておいたから大丈夫。何も怖いことも悲しいこともない。やっと僕だけのお姫様のなるんだ。これからは僕が君に寄り添って、支えていくからね。
そう、ここまでは予定通りだった。
でも僕は最初から最後まで、ヘレナという女性をみくびっていたようだ。
***
一年後──。
「こちらノンアルコールカクテルの《シンデレラ》でございます」
「甘くて美味しい!」
「私にも同じものを!」
「ビールの喉越しが好きなんだけど、苦くてさ」
「それなら《シャンデーガフ》という甘いけれど、喉越しスッキリのカクテルがありますわ」
彼女は教会の紹介で借り家に住み、昼はリキュール事業、夜は教会のサロンでカクテルを提供している。僕の屋敷に招こうとしたけれど、居候するのは申し訳ないと断られてしまった。
本当にガードが堅い。常に魔導書と魔法剣が護衛についているのも腹立たしい。フィルを貶めるのに役に立ったが、こんなにも邪魔になるとは……想定外だ。
「屋敷の一部を貸しても良いんだ。どうだろうか?」
「居候ですと、どうしても気が休まらないので……申し訳ありません」
「居候じゃなくて、家族として迎えたいと言ったら?」
「ありがとうございます。でも……今はこの世界でリキュールの良さや、カクテルを広める仕事に力を入れたいんです」
半分は本心で、もう半分は──フィルのことだろう。
あんな最悪な別れ方をしたのに、それでも彼女の心の中にあの男がいると思うと、無理矢理にでも繋ぎ止めて忘れさせたいと欲が疼く。
まあそれでもアプローチをしまくって、お試しで恋人候補になった。
恋人候補──そうミハエルもまた彼女の恋人として立候補したのだ。フィルがいなくなることを彼も望んでいた節があるらしく、あの空間が閉じかけるまでヘレナに黙っていたのだから、本当に腹黒い。というか聖職者がそれでいいのか。
休みの日はヘレナとリキュールや酒蔵巡りをする。貴族らしくないけれど、ヘレナと一緒ならなんでもいい。魔法剣のエクスと魔導書だったブラックたちは、交代制で彼女の従者として付いてくるが気にしない。
事業として共同経営として、一緒にいる時間も増えた。一緒にお酒を試飲して、意見を出し合って、リキュール工場の売り上げも上々。
僕に作ってくれるカクテルはワインが多いけれど、気分によっていろんな物を出してくれた。
どんなおつまみとも合う《ジントニック》、甘めのピーチをベースにした《ベリーニ》、青空のような綺麗な色合いの《ブルーハワイ》、檸檬をいれた《ウイスキー・クラッシュ》。
どれも美味しくて、僕好みのカクテルだった。
でも一度だって、フィルに作ったカクテルを、他の客に提供したことはなかった。少なくともフィルに作っていたカクテルの種類は、二桁以上あったはずだ。それなのにヘレナは誰にもそれを作らない。
「ねえ、僕に《ミモザ》を作ってくれない?」
一度だけ注文をしたことがあったけれど、彼女は酷く困った顔で笑ったのですぐに撤回した。悔しいけれど僕ではフィルを超えられないのかもしれない。今は、まだ。
それならあと二年かけて彼女の心を傾かせよう。傷ついた彼女を傍で支えて、愛を囁いてたくさん甘やかすんだ。
今日もヘレナに花束を贈るため、馬車で寄り道をする。ふと馬車の窓から黒い外套を羽織った人影が見えた気がしたが、大して気にしなかった。
フィルはすでにこの世界のどこにもいないのだから。焦る必要はない。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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