表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/36

27.突きつけられる現実

 そびえ立つ高い門と塀。少しだけ間があったものの、扉は開かれて屋敷に足を踏み入れる。見慣れたはずの屋敷が、知らない場所のように思えた。

 そこには知らない人たちがいた。


 美しい黒髪に、黒のドレスを纏った美女。赤紫色の長い髪を無造作に一つにまとめて、白シャツにズボンと粗野な恰好の美青年。双子の白い子熊は美女の傍にぴったりとくっ付いて離れなかった。

 なんだか別の家にお邪魔したように、居心地が悪い。


「なんだ、()()()()()


 機嫌の悪そうな低い声に、ドキリとした。

 口調も雰囲気も別人だけれど、赤紫の美青年が──フィル様なのだ。遠目で見た時はシルエットと声だけだったので、実感が湧かなかったけれど対面して嫌でも思い知らされる。フィル様の思い出の中に、私は割り込むことすら出来ていなかった。


「ゼ……フィルは相変わらず口が悪いな。ゼロの魔女──()()()、本当にこんなのが弟子でいいの?」

「おい、殺されたいのか」

「フィルは魔法の才能があるからなー。大変優秀だぞ」

「お師匠……」

「あーはいはい。その台詞聞き飽きたって、姉さんも本当に物好きだなぁ」


 エドガー様の言葉に「はああああ!?」と叫ばなかった私を褒めて欲しい。どうしてこの方は、重要な情報を後出しするのだろう。

 腹が立ったので、手をバシバシと叩いたが「ああ、そんな君も可愛いな」と喜ばせるだけだった。なぜに。


「それで、その猫ちゃんはどうしたのさ」

「ああ、フィルが契約した従魔なんだけれど、覚えていないだろう?」

「ん? 俺が? そんな弱々した猫と契約を結んだ? 冗談じゃない」

『──っ』


 悲しくて自然と顔は俯いてしまって、涙を堪えるので精一杯だった。本当に私のことを、人の姿でなかったとしても分からない、覚えていないなんて……。


「そうはいうけれど、フィル。この子と契約しているのは事実みたいだぞ。ほら」


 魔女様は私とフィル様の繋がりを可視化させて見せてくれた。赤い糸は私の首に繋がっている。そこは小指同士じゃないのか、と思ったけれど口にしなった。もっとも口に出したとしても「なう」とか鳴くだけなので意味ないけど。


「は? ……チッ、また魔女の嫌がらせかよ」

「──っ」


 忌々しそうに私を射貫く瞳は鋭い刃のよう。血の気が引く。

 こんなフィル様、知らない。


(私の知っているフィル様はもう……いない?)


 そう思ったら悲しくて、辛くて、我慢していたのに涙がポロポロと零れ落ちて止まらない。


 ああ、エクスたちは正しい。こんな辛い思いをするのなら、屋敷に入らなければよかった。そうすれば悲しくはあったけれど、ここまで絶望しなかったもの。


「こら。他の魔女の嫌がらせだって勝手に決めつけるな。それにこの子猫は無関係だろう。睨んで怖がらせるな」

「お師匠。……はい」

「そうだよ。この子は僕のお気に入りなんだから、フィルになんて絶対にあげない。ほら、さっさと契約を解除してくれ。君のような配慮の欠片もない乱暴な奴に、これ以上この子と関わらせたくない」


 たくさんの声が頭上から降り注ぐが、フィル様の言葉が胸に突き刺さって息苦しい。もうここに居続けるのが辛くて逃げ出したい気持ちで一杯だった。

 エドガー様は私を抱っこしたままフィル様に差し出した。従魔契約の解除にはどうしても、体の一部に触れるのが条件らしい。


 大好きだったフィル様の指先は細くて長いだけの少年のもので、懐かしくもなかった。慣れていないのか、ぞんざいで、頭を撫でられたのか指で押し付けられたのか、分からないほど力が入っていた。


(フィル様……)


 これでフィル様との関係が消えてしまう。

 楽しかった日々も、好きだったフィル様も私の前から消える。本当は嫌だ。今も私との思い出がそこまで悪くなかったと、叫んでやりたい。


 私を甘やかして、好きだと囁いて抱きしめてくれたフィル様に会いたい。オネエ口調で、女装姿だって構わないし、よく似合っているし輝いていた。


(私の知っているフィル様を帰して!)


 そう叫んで訴えたかったのに、できなかった。

 だって、フィル様のお師匠様を見る目がとても優しくて、少しだけ口元を綻ばせるのを見たら、もう何も言えなかったのだ。

 大切なお師匠様との時間がフィル様にとっての幸福なら、好きな人の──幸せを尊重したい。たとえそこに私が居なくても、それでも幸せな姿を見てしまったら、それを奪ってまで手に入れることができなかった。


 だって私と出会ったフィル様はとても辛い立場で、魔女の中でも複雑な立ち位置だったもの。

 大切で二度と手に戻らない過去が、今よりも価値があると、フィル様も家守り(シルキー)も結論を出したのだ。

 それが悔しい。


(散々振り回して、最後にポイ捨てなんて!)


 感情がグチャグチャで、これが最期になるのに、いい人のまま身を引くなんて私にはできなかった。

 猫の機敏さを生かしてフィル様の顔に接近──唇に触れた。いつも、いつも唐突に私の唇を奪ったのだから、お返しだ。


キール()を貴方に捧げて、ギムレット(サヨナラ)で乾杯しましょう」


 これは祈りなんかじゃない。フィル様にとっての呪いだ。今の彼にはなんの意味があるのか、分からないだろう。大人になっても、この先私以外わからないわ。意味がわからない言葉として、たったそれだけがフィル様に残ればいい。


 何かが触れた気がした。柔らかいなにか。

 傍には誰もいないのに、風が少し(たわ)む。次第に体がポカポカと温かくなるのは、契約が解除されたからだろうか。


「──────」


 声が聞こえる。聞き覚えのあるやりとりだわ。

 懐かしいとぼんやりと思った。だからちょっとだけ心が動いたのだと思う。


「XYZ」


 この世界においては意味不明な単語だけれど、本心だ。

 そして私はこの先、どんなことがあっても、キールとギムレットのカクテルだけは絶対に作らない。あの温かで楽しくて、幸福だった時間はもう戻って来ないのだから。従魔契約直後だからか、私の意識はそこまでで途切れた。


「じゃあね、愚か者(フィル)。僕がヘレナを幸せにするから、たくさん苦しんで、()()()()()()()()()()


 不穏な声が微睡の中で聞こえたような気がした。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

(↓書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください↓)

https://potofu.me/asagikana123

html>

訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック 7巻 (ZERO-SUMコミックス) コミック – 2024/10/31
「初めまして旦那様。約束通り離縁してください ~溺愛してくる儚げイケメン将軍の妻なんて無理です~」 漫画:九十九万里 原作:あさぎかな

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

コミカライズ決定【第一部】死に戻り聖女様は、悪役令嬢にはなりません! 〜死亡フラグを折るたびに溺愛されてます〜
エブリスタ(漫画:ハルキィ 様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

攫われ姫は、拗らせ騎士の偏愛に悩む
アマゾナイトノベルズ(イラスト:孫之手ランプ様)

(書籍詳細は著者Webサイトをご覧ください)

html>

『バッドエンド確定したけど悪役令嬢はオネエ系魔王に愛されながら悠々自適を満喫します』
エンジェライト文庫(イラスト:史歩先生様)

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ