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26.大好きな人は今……。

 エクスの提案に他の三人も賛成して、流れるように話が進む。そこに私の意見はあるようでない。私を大切だと言いながら、彼らは自分の希望を口々にする。


『なうなああ!(私はそんなの望んでないわ! 屋敷に戻るの!)』


 そう言っても「あの屋敷は危険」とか「今はまだ危ない」と話にならない。確かに彼らの言葉に一理ある。野良魔女の襲撃があったのだから、警戒すべきだわ。

 でもだからといって、これは何だか違う。


(フィル様に会いたい。もし怪我をしていたら? 悲しい顔をしていたら?)


 フィル様には笑っていて欲しい。この数日、フィル様が私を見つけられないなんてことは、たぶんないわ。だって私とフィル様は従魔契約で結ばれている。

 私を探せていないのは、魔力消耗が激しい。あるいは屋敷で予想以上に厄介な相手がいる。深手を負ってしまった、動けないなど考えれば考えるほど不安になる。


(それとも私のことを忘れてしまった? 飽きてしまった?)


 思わずネガティブなことを思ってしまったけれど、この世界は「ありえない」がありえるのだ。悠長に待ち続けるなんて選択は消えていた。

 どんな状況だったとしても、この目で確かめたい。


 その日の夜に小窓から抜け出して走る。屋敷の場所や距離なんか全く分からないけれど、フィル様との繋がりに意識を集中して、魔法都市の石畳を走り、獣道を通って、丸二日走り続けた。


(フィル様……。フィル様に会いたい……)


 ボロボロになりながら辿り着いた屋敷は、襲撃の後で粉々になっていたとか、絶賛交戦中──とかでもなく、何事もないいつも通りの屋敷があった。

 拍子抜けしてしまうほど、いつもと同じに見えた。


「──っ」

「お師匠! それを竈に入れたらダメだ!」

「大丈夫よー。そーれ」


 数秒後に家の中で爆発音が轟いた。

 でも一つだけ違ったのは、見知らぬ女性が屋敷で暮らしていたことだ。長い黒髪の綺麗な人で、いつも何かを作るたびに台所が爆発して、それでも毎日が楽しそうに見えた。


 フィル様が若い。

 フィル様の女口調がなくなっているけど、笑顔で楽しそうだ。無事でよかったという安心感と、ほんの少しの寂しさがごちゃ混ぜになって、その場から動けなかった。


『なぅ(フィル様……)』


 どうしてこうなっているのか分からないけれど、フィル様が無事で、幸せならよかった。

 エクスたちはこの光景を見せたくなくて、ホテルでの滞在や、別の屋敷での移住を提案したのだろうか。


(あの綺麗な女の人が、フィル様のお師匠様? 亡くなった風な感じだったけれど違う? 私は──どう動くのがいいのかしら?)


 困惑もあるけれど、答えがうまく出せない。数日間、フィル様に会いたくて、飛び出して……会えばなんとかなるって思っていたけど、会ってどうしよう。


(どうしたい?)


 だって私の居場所が残っているようには、見えないもの。でもだからっていって、今のフィル様の幸せを壊して奪いたいなんて思っていない。

 あんなに幸せそうなのだから。


 いつだって唐突でめちゃくちゃで、気分屋で、甘やかすのが上手で、フィル様に頼まれるのが嬉しくて、ドキドキした。毎日が穏やかかバタバタかの二択で、無茶振りもすごく多かったわ。でも楽しかった。幸せだった。

 私はフィル様が大好き。大好きで、もっとお傍に、隣を並んで歩きたいと願った。フィル様もそれを望んでくださった。


『なう、なあぅう(フィル様……大好きです。大好き)』


 好きな気持ちが溢れて、ぐずぐずと泣き崩れた。それから一晩経って、屋敷が見える場所で蹲って眠った。

 屋敷から聞こえてくる爆発音と、楽しげな声と明かりが眩しくて、心が潰れそうになったけれど、一日経ったら少しだけ気持ちの整理がついた。夢じゃなかったと、少しだけ落ち込んだけれど。


 あの場所に戻ることは、無理なのかもしれない。

 そう思いつつ、それでも自分のこれからのことを考えて、あの場所がどうしてああなったのか、ちゃんと知りたいと思った。


(野良魔女の襲撃も嘘?)


 何がどうなって、ああなっているのか。

 確認して、決着をつけないと後々後悔する。そんなのは嫌だ。それにいつもフィル様に振り回されたのだから、私だって納得しない限りはテコでも動かないわ。

 そう意気込んだのだけれど、屋敷に入ろうとした途端、見えない壁に阻まれて、中に入れなかった。近づいてわかったのは、この屋敷一帯に強力な魔法術式が組み込まれていることだ。


(どうして急に? やっぱり野良魔女の襲撃は、最初からなかったってこと? 家守り(シルキー)が、この魔法を展開させて、時を戻した?)


 専門家に聞かないと、わからない。分からないことだらけだ。


「ヘレナ」

「!?」


 そう私の名前を呼んだのは、フィル様じゃなかったけれど、切羽詰まった声に胸が痛んだ。


『なう(エドガー様)』

「やっと……やっと見つけた……。無事で本当によかった」


 エドガー様は手を振るわせながら、私を抱き上げた。ボサボサの髪に、服もヨレヨレで顔色も真っ青だ。ずっと心配してくれて、探してくれていたのだろうか。


「はーーーーーーー、もう生きた心地がしなかったよ。……エクスたちから慌てて連絡が来てね。彼らはこの屋敷周辺に近づくと、人の姿を保てなくなるんだ」


 優しく撫でられると、自然とゴロゴロと音が出てしまう。

 うう、撫でるのが上手いわ。頬擦りは恥ずかしいのでやめていただきたい! 

 必死に抵抗して猫パンチもお見舞いしたのに、嬉しそうにデレデレして逆効果だった。うう、猫じゃなかったら平手打ちしたのに。

 

『なあなう!(……って、エドガー様は、この屋敷に何があったのか知っているんですか?)』

「もちろんだよ、愛しい人。エクスたちも心配して……ものすごく凹んでいたよ。君が傷つかないように、ゼロと距離を置くように気を配っていたのに、これじゃあ最初に説明して納得してもらうべきだったと」

「──っ」


 エクスたちに指示や支援していたのは、エドガー様だったということだろうか。

 何度も優しく撫でて、大切にしてくれるけれど今求めているのは、それじゃない。


『なう! なうなあ(エドガー様、説明をしてください。じゃないと腕の中から逃げますわ)』

「ああ、ごめんね。そうだよね、つい猫の姿も可愛らしくて……欲望が抑えきれませんでした」


 そういうのは良いから、とジッと睨んだが効果はあまりなかった。私を離す気はないのか、抱っこしたまま屋敷の門に向かって歩き出す。


「……ヘレナ、君が屋敷の外に出た時に、野良魔女たちが周囲を取り囲んでいたのは、本当だよ。君の元夫は野良魔女の操り人形となって、君と再婚させてゼロに少しでもダメージを与えようと画策していたらしい」

『にゃあ!?(そんな!?)』

「そして恐ろしいことに、野良魔女たちは自分の命を代価として、屋敷一帯に強力な極大魔法術式を展開した。それが禁術時戻りの魔法。……ヘレナ、この魔法はね、対象者にとって都合の良い夢の世界を具現化させるものなんだ。発動したら最後、対象者が自力で抜け出さない限り永久的にかかり続けてしまう」

『なう(うそ……)』


 人の人生を大きく捻じ曲げるような魔法にゾッとすると同時に、フィル様にとっての幸福な時間というのは、自分でなかったことがショックだった。

 自惚れていた自分が恥ずかしい。一緒に居る時間は確かに短かったけれど、それでもフィル様と一緒で私は幸せだった。そんな風に思っていたのは、私だけだったのだと突きつけられて、自分の尻尾がへにゃりと垂れ下がったのがわかった。


「これから屋敷の中に入るけれど、僕たちには無害だから安心して。そして君とゼロとの従魔契約を解消するように、彼に話をする」

『にゃう!?(ど、どうして!?)』

「ヘレナ、君が未だ人に姿に戻れないのは、ゼロからの魔力補給がストップしたからだ。君は一年間従魔契約で縛られているだろう? 今その契約が不安定な状態になっているんだ」

『なううう(でもこの姿になったのは、エクスの協力で──)』

「そのエクスに、護衛を命じたのと一時的に魔力を与えたのはゼロだ。それにゼロが君を従魔だと認識していないことも不味い。君の存在があやふやになってしまうと、その形取っている姿を維持するのが難しくなる。なにせ君は──ゼロと期間限定の契約を結ぶことで命を長らえていたのだから……」

『にゃふ……』

「君は極めて危険な状態にあるって、わかったかい?」


 すっかり忘れていたけれど、私とフィル様を繋いだのが毒殺未遂事件だった。フィル様がカクテルに興味を持ったから、気まぐれで助けてくれた。野良魔女の一件だったのもあるけれど。

 出会いも何もかも唐突で、お別れもそうなるのかと思ったら胸が痛かった。

 

(あれ? でもあの傷は二ヵ月で治っていた?)


 ううん、対価としての報酬を払っていなかったら私の傷も無効化されてしまうから、ってことなのだろうか。

 何か引っかかったが、衝撃的なことが多すぎて上手く整理ができないまま屋敷に向かった。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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