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25.幸福からの転落

(夢、それも悪夢でも見ているのかしら。だとしたら最悪だわ。よりにもよって、元夫との再会なんて嫌がらせレベルだもの)


 そう思ったのだけれど、私を抱きしめようとする手の感触は本物で、同時にゾワッと鳥肌が立った。気持ち悪い。

 これは現実なのだと理解するまで数秒とかからなかった。


「──っ、なんでフィリップ様が!? というかどこです!?」

「ふふっ、僕の贈り物を突っぱねて気を引こうなんて、可愛らしいな。でも手紙はちゃんと読んで欲しかったよ。何せ僕たちのこれからのことを決めないといけないし」


 ああ、本当に気持ち悪い。

 酷い匂いだし、触れられているところを真っ先に除菌したい。


(なんだろう、この自分の都合ばかりで一方的な感じは……)


 フィル様もどちらかというと強引なところがあるけれど、こんな風には思わない。それは私のことを気遣って、大切にしてくれているのが伝わってくるから。


 ガタンと揺れて、倒れそうになるのをフィリップ様が抱き止めるのだけれど、それが嫌で堪らない。自分を毒殺しようとした相手に抱きしめられるなんて最悪な状況だというのに、フィリップ様は目をギラつかせて都合よく解釈する。


「もう大丈夫だよ。魔女に監禁されていたって知っているし、エイバとは縁を切っている。君が戻ってくれば子爵家は元通りさ。事業だっていくつか立ち上げたいと話がきているし、君になら融資してもいいと言ってくれる貴族がいっぱいいてね。再婚するにも君の承認が必要だから、まずはその手続きと、それから銀行の引き下ろしをしようか。君の個人資産は僕のものでもあるのに、銀行は頭が硬くて困るよね」


 この人は何を言っているのかしら、こんなに頭の悪い人だっただろうか。随分と自分に都合の良いことを言う。


「フィリップ様、私はあなたと離婚して別の人生を送っておりますわ。再婚などする気はありません」

「大丈夫。君は僕の言葉を受け入れる」


 頭が痛い。なんでこう久しぶりに会ったら会話もできない宇宙人になっているのか。


「だ・か・ら再婚する気なんてありません!」

「ああ、ヘレナ。可哀想に。君はまだ魔女の洗脳にかかったままだから、真の魔女様の力を借りれば、すぐに僕のことを愛するようになる」

「──っ」


 その歪んだ瞳に、背筋がゾッとした。

 真の魔女。


(私を毒殺しようとした野良魔女のことかしら?)


 馬車の向かっている先って、その野良魔女がいるとしたらまずい。それこそ野良魔女に洗脳されるなんて絶対に嫌だ。


「目的地までもう少しある。……久しぶりに夫婦としての時間を過ごそう。大丈夫、優しくするから」

「いやっ……、来ないで。次に指一本でも触れたら」

「非力な君が、僕をどうするっていうんだい? それに今だって力が入らず、うまく立てないだろう?」

「──っ!」


 フィリップ様のいう通りで、うまく体が動かせない。体のあちこちが軋んで痛い。


(野良魔女の拘束魔法? せめて馬車から逃げ出せれば──)


 ガタン、と大きく揺れたことでフィリップ様が床に倒れる。チャンスは今しかないと、元夫を押し除けて、ドアを掴むが外側から鍵がかかっているのかビクともしない。


(体当たりをしてもダメ………小窓が少し開く程度)

「まったくじゃじゃ馬だな」

「──っ、離して」


 後から覆い被さるフィリップ様を引き剥がそうとするが、やっぱり力が出ない。首筋にキスをする感触に鳥肌がたつ。

 

「(誰か、助けて。嫌、助けて!!)──フィル様」


 そう名を呼んだ瞬間、白銀の魔法陣が私の前に生じて、白い手袋をした燕尾服の青年が元夫を蹴り飛ばした。


「ぐえ」

「汚い手でワタクシのご主人様に触れるな」

「え」


 カエルのような声を上げ、床に倒れて痙攣していた。


(一撃で元夫を黙らせるなんて……というか彼は一体?)


 さっき私のことをご主人様と言ったらのが聞こえた。銀髪の美しい青年は元夫を縛り上げたのち、荷物のようにぞんざいに床に投げ捨てた。満足したのか振り返り私に向き直った。


「あ、えっと」

「この姿でご主人様にお会いするのを、心待ちにしておりました。ワタクシはご主人様に救われた魔法剣エクスでございます!」


 艶やかな真珠にも似た光沢の銀の髪は、魔法剣の刀身に見えなくはない。瞳の色は鞘の紫の宝石そのもののよう……つまり昔話に見られる鶴の恩返し的なパターン!?


「え、エクスなの?」

「はい! 前回の魔導書ではお役に立てず、申し訳ありませんでした! いつもキャリバーばかり愛用していて腹立たしかったですが『今回こそお役に立ってみせる!」と飛び出しましたら、ご主人様の額にキスをしてしまい……ポッ」

「額?」


 ふと思い返すのは、額に何か当たった結果、家守り(シルキー)たちの手が届かなかったことだ。吹き飛ばされた私は屋敷内から出てしまったのだろう。そしてその結果、馬車に連れ込まれて……って、今のこの状況の原因って魔法剣(エクス)のせいだ。

 なんか頭が痛くなってきた。


「いろいろ言いたいことはあるけれど、助けてくれてありがとう。……エクスならここから脱出できる?」

「はい、勿論でございます。……と言いたいのですが、私はもともと剣のサイズだったので、開いた窓から物理的に出る方法です」

「あ、うん……。物理的に私の体は……無理ね」

「はい。ご主人様の現在のサイズ感のままですと難しいかと」

「そっか……。ん? 今のサイズ感のままじゃ無理ってことね」

「はい。しかし一つだけ方法があります」

「聞くわ」



 ***



 その馬車は妖精馬で御者も下級妖精のため、簡単な命令だけしか受付できないらしい。馬車内で元夫が倒れても馬車を走らせたのは、目的地まで届けろというシンプルな命令だけだったから──らしい。それを利用して、窓からの脱出。


 そのことに気づこうが気づかないだろうが、下級妖精は目的の場所に向かうことしか命じられていないのでスルー。使い魔にもよるらしいけれど、知能が低いと臨機応変な対応ができないようだ。


 そんなこんなで私は魔法都市ルートスにいるらしい。子猫の姿で、だが。

 エクスは私を大事に抱き抱えて、高級ホテルを手配。ここで人の姿に戻すかと思いきや猫のままだ。解せぬ。


『なう?(どういうつもりなの?)』

「ご主人様の安全が完璧に保証されるまでは、この姿がよろしいかと」

『なうー、なぁ?(そう……かしら。フィル様の元に戻ったほうが安全じゃない?)』

「野良魔女の襲撃ですよ。ひょっこり戻って見つかったらどうするんですか」

『なぅう!?(野良魔女に襲撃!?)』

「はい。屋敷に憑いている妖精の暴走によって、内側から屋敷の結界に亀裂が入ったのです。それに気付いた野良魔女たちが一斉に襲撃を始めて、ゼロの魔女様はその制圧をしておりました。緊急事態ですので今はここで体を休めてください」


 ホテルでの生活は快適で毎日窓の外を眺めて、食事をして、丸ごと洗われて、お昼寝する……なんて怠惰な生活か。

 このままじゃ太ってしまう。というかフィル様に会いたい。声が聞きたい、ギュッてされたいし、キスだって……。それにフィル様のカクテルだって作りたい。


 お師匠様(マスター)の話をしていて、フィル様をイメージしたカクテルを作って、自分の気持ちを込めたいって思ったのだ。


(それなのにエクスは……ううん、エクスだけじゃない。魔導書のブラック、チャイ、ロイヤルまでしばらく離れたほうがいいというなんて……。しかもエクスと同じくらいのイケメン! キャリバーは屋敷に残って情報共有しているらしいけれど)


 フィル様の屋敷だと人の姿になるのに、制限がかかって数分だけらしい。それが魔導書や魔法剣(エクス)は不服だったとか。私を膝の上に乗せてエクスは毎日恭しく私の毛並みを撫でて世話を焼く。エクスだけではなく、人に姿になった魔導書たちもホテルに集結した。


 黒い外套を羽織った彼らは、外見こそ十代に見えるけれど、実年齢とイコールにはならないだろう。

 癖のある黒髪に褐色の肌のアラビアン風な美青年のブラック、ミルクティーのようなサラサラの髪に王子様のような中性的な顔立ちの爽やかイケメンにロイヤル。そして栗色の髪にメガネをかけた気弱な相場美少年。


 ミステリアスな執事風のエクスに、妖艶さの色香を纏ったアラビアン風な美青年、王子様の爽やかイケメン、メガネに気弱な美少年とかすごい。

 魔導書で戦った時の戦いぶりから、こんなの知能が高いとは正直思わなかったのだけど、人生って何が起こるか本当に分からないものだと思う。


「……ワタクシは正直あの屋敷に戻るのは反対です。ご主人様の傍にいて眷族として、何もできないのは地獄の苦痛に等しいのです。それで何かあった時に、盾になることもできないなどあってはならない……そんな場所なら、ご主人様には相応しくありません」

『なうな(ええっと、エクス……)』


 盾になるどころか私の額に当たって、屋敷を追い出した最後の一押しを作ったのは、君だけれど……。ジト目でエクスを見ていたのだが「ご主人様は愛くるしいですね」と全く通じてない。猫パンチをしても頬を染めて喜ぶだけだった。


「そうです! 魔導書(我々)に勝ち、主人の座を得たのは、ご主人の実力です! それなのに毎日毎日、家政婦や奴隷のような仕事を押し付けるなんて、あんな劣悪な環境はご主人にとってよくありません!」

『なうなうなあ(チャイも、待って。私は元々フィル様に命を救って貰った関係で従魔契約を結んでいるのよ。一年間は対価として、家政婦のようなことをしているけれど毎日が楽しいわ。それに今はエクスやチャイ、ブラック、ロイヤルだって傍にいるでしょ?)』


 そう言ってみたけれど、全員辛そうな顔を見せて私の頭を撫でる。それは驚くほど優しくてくすぐったい──が話は聞いていないようだ。


(なんでこう魔導具や魔法剣って、人の話を聞かない一方的な子たちばかりなのかしら! ……って、そうだった。この子たち元々人じゃないから、こういう人を慮るってのがないのね! だったらせめて、主人の希望を聞きなさい!)

「僕は雇い主と一緒に居られれば幸せだけれど、魔導書(あの姿)だと傍にいるだけで、いざという時に守れないし、重たい物や手伝いが必要な時に役に立たないのが悔しい……」

『なあ(ブラック……)』

「私も同じ気持ちです。我らが王であられる貴方様ばかり動き回るのは納得いきません。私たちも人の姿でお役に立てれば、妥協もしたのですが……あの嫉妬深い魔女はそれを是としなかった」

(あ。すでにフィル様に打診したのね。いやまあ、自分の婚約者が、他の異性と仲良さそうなら気分はよくない──って言っても、この子たちには理解されにくいんだった! だって魔法剣と魔導書さもの!)


 そして断られたのかはぐらかされたのかで、魔導書(この子たち)は不服だった──と。当事者である私はなーーんにも知らない。


(うーん、知らない間に溝ができている? できているわね、これ)


 ちょっとどころじゃなくて頭が痛くなった。


『なうなぅ(それなら私がフィル様に相談するわ。そうしたら少しは改善されると思うの)』

「そんな我が王のお手を借りるなど……」

「そうです。ご主人が下手に出る必要なんてないのです」

「いっそワタクシたちだけで住める屋敷を見つけるのは、どうでしょう?」

『にゃ!?』


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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