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23.ゼロの魔女・フィルの視点4


「それで《ミモザ》は、どんな意味があるのかしら?」

「フランスでは『黄金』や『太陽』を象徴する花であり、春を連想させて愛されてきたんです。……大切な人への、あ、愛とかその友情の印だったりします」

「ふうん、素敵ね。毎回思うけれど、ヘレナの知識量は驚嘆に値するわ」

「ありがとうございます。……バーテンダーは好感のもてる笑顔で、お酒に関する豊富な知識と美味しいカクテルを作る技術、お客様への配慮、美しい姿勢、所作を求められますから」

「国の重鎮にお酒を提供する特別な場所ってことね」

「特別な場所ではありますが、階級など関係なく様々なお客様がいらっしゃいましたよ」


 『かくてるぅ』を作っている時の彼女は丁寧な言葉で私に接してくる。その所作は確かに美しいし、積み重ねた動きは研鑽によって辿り着いた技術なんだわ。

 ああ、やっぱり誰にもヘレナを貸し出したくない。私だけために『かくてるぅ』を作って欲しい。まあ、たまにはミハイルやエドガーに同席させるのならいいけれど、できるのなら独り占めしたい。もっともそれは私の我が儘で、勝手な願いだ。

 問題は家守り(シルキー)家事妖精(ブラウニー)のほうね。


「……はあ、どうしたら良いのかしら?」

「悩み事ですか?」

「ええ」


 どう聞き出すべきか。《ミモザ》を一口煽って、フウと大きく溜息を吐き出す。

 すでに家守り(シルキー)家事妖精(ブラウニー)の気配はないし何か仕掛けるような雰囲気もない。私はカウンターテーブルに突っ伏した。甘酸っぱい気持ちが膨らんで、口が滑る。


「この家に住みついている妖精、家守り(シルキー)家事妖精(ブラウニー)について、今日みたいな嫌がらせあるいは、ちょっかいのことで少しね」

「あ、てっきり家守り(シルキー)だと思っていたのですが、家守り(シルキー)家事妖精(ブラウニー)の二人だったのですね」

「私よりも長くいる妖精なのは確かよ」


 ヘレナは少し考え込み、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「もしかして、フィル様のお師匠様とのご縁が?」

「ええ、そうよ」

「だとしたらその妖精さんたちは、お師匠様との思い出の屋敷の維持をしたくて新しい居住者を認めたくないのかもしれません。……大事な思い出を上書きされていると思っているとしたら、私たち従魔を屋敷の外に追いやるように動くとしても納得ができます」

「あ。今まで死んでいった従魔たち……」


 約束を破って屋敷の外に出た。そうね、魔導書の暴走に家守り(シルキー)家事妖精(ブラウニー)が協力していたら、屋敷を出るという選択しか残っていなかった。でも引っかかるのは、野良魔女に嗅ぎつけられないように屋敷周辺は特殊な霧と認識阻害の術式を書き加えて、屋敷の場所もいくつか移動している。

 それでも今までの従魔が死んだ経緯を考えると、家守り(シルキー)家事妖精(ブラウニー)に情報を流している者がいるわね。しかもその者は私よりも妖精たちの信頼が厚い。ここの屋敷に入れる者は限られているし、あの妖精たちが信頼している、あるいは話を聞くとしたら──()()()()()()


「……もしかしたら、ずっと前から」

「フィル様?」

「(だから執拗にヘレナを手に入れようと?)ううん、ヘレナは誰にも渡さないし、守るって決めただけよ」

「にゃ!?」

「ふふっ、可愛い」


 状況はあまり良くない。それでもヘレナの顔を見たら不思議と何でもできそうに思う。まさに勇気が出る魔法だわ。

 ぐっとグラスを傾ける。空になった『かくてるぅ』を名残惜しそうにしていると、今度はシャンパングラスで美しい赤いお酒が出てきた。微かにカシスの香りがする。

 いつの間に作ったのかしら。本当によく見ているわ。


「《キール》というカクテルは、白ワインとカシスリキュールで作りますが、今回は白ワインをシャンパンにした《キール・ロワイヤル》です。こちらは食前酒(アペリティフ)として愛されているんですよ」

「まあ、辛口のスパークリングワインとカシスって合うわね」


 甘すぎず、飲みやすいカシスの味わいが喉を潤す。カシスリキュールにも様々な物があるけれど、スパークリングワインとの相性もいいのね。

 ふふっ、この話の流れからどんな意味を持つ『かくてるぅ』を選んだのかしら?


「それで、この『かくてるぅ』言葉って、なにかしら?」

「キールそのものは、『最高の巡り逢い』です。ロワイヤルだと『品格』の意味もありますけれど、私にとってフィル様との出会いは最高の巡り合わせだって思っています」

「──っ」


 こうやって恥ずかしいことをサラッと言うのだから、本当に油断できないわ。可愛くて、愛おしくて、けれどけっして弱くない。芯の強い魂、思えば変わった魂だと思っていたけれど、その内面の美しさに魅入られていたのかも。

 この子の作る『かくてるぅ』は、いつだって私の心に空いたままだった穴を満たしてくれる。独りじゃないって、素敵ね。


「その言葉をそっくりそのまま返すわ」


 一方通行じゃない。その事実がこんなに嬉しいなんて知らなかったわ。

 だって私はお師匠に与えられてばかりだったから。何一つ返せずに終わらせてしまった。ああ、でも私は壊す以外にも、ちゃんとできていたのね。


「フィル様、大好きです。フィル様はいつも綺麗で、すごくて、余裕があってたくさんのものを背負っている魔女様ですけれど、これからは従魔として、婚約者としても支えますから……傍に、隣にいさせてくださいね」


 もう、なんなのこの子は! すごく可愛すぎるんだけれど。どれだけ私のことを過大評価しているのよ!

 私が名前を呼ぶたびに目をキラキラさせて、もっと早く名前を呼んであげればよかった、とか今はいいのよ。それよりも──。

 口を開いては、閉じ手を繰り返す。


「まあ、当たり前よ。私の隣の席は永久にヘレナ、貴女だけだわ」

「……! はい」


 ヘレナは自分のことになると、過小評価しすぎる。これは前世というよりも今世で夫に虐げられてきたから、自信がガリガリ削られているんだわ。転移魔法でヘレナの隣に移動するとそっと抱きしめた。もう『かくてるぅ』は作っていなし、良いわよね?

 抱きしめると温かくて、ホッとする。


「ヘレナは可愛くて、有能なのだから、もっと自信をもちなさい」

「はい」


 頬にキスをして、別に魔力補給も必要ないけれど唇にキスを落とす。ヘレナは驚いて固まっていたけれど、好きだって気持ちが溢れると止まらないし、抑えられない。


「それで、ヘレナは期間限定じゃなくても、私の傍にいてくれるのよね?」

「あ、はい。フィル様の傍にいたいです!」


 即答。うん、本当に可愛い。

 もし万が一、この場所が危険かつ本気でヘレナを奪取に向かうとしたら──こちらもそれなりに備えが必要ね。


「そう? じゃあもし新天地に行くとしても付いて来てくれる?」

「はい! どこまでもお供します!」


 内心心臓がバクバクしていたけれど、気持ちを伝えるのも悪くないわね。こんなことならもっと早くに伝えて言えば良かったかも。

 この時の私は少し浮かれていて家守り(シルキー)家事妖精(ブラウニー)の言動を甘くみていた。朝になって部屋が元に戻っていたから油断していたわ。

 もし、この時にこの屋敷から出てヘレナを安全な場所に移動させていたら、私はヘレナを──失う事なんてなかったのかもしれない。

 


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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