22.ゼロの魔女・フィルの視点3
「ヘレナ、いざとなったら──」
「あ、やっぱり。六国五味、この香り香道の対象とする香の六国じゃないです? 五味は味(辛、甘、酸、苦い、しょっぱい)を指して、六国は伽羅、羅国、真南蛮、真那伽、寸聞多羅……でも六番目の佐曽羅の香りはなかったような?」
『『──っ』』
今さらだけれど、ヘレナは異世界転生者だ。だからこそ私にも予想できないことを言い出す。そして大抵の場合、何かが動き出す鍵となる。
「香りに詳しいのね」
「はい。……元の世界で香道というものがありまして……。一定の作法のもと香木を焚いて、立ち上る香気の異同によって詩や故事、物語などの情景を鑑賞する高尚な嗜みです。その題材として竹取物語を友人に教えて貰って、とてもロマンティックでした。源氏物語を熱弁していたのが懐かしいですね」
うん、全く分からない。
本当に異世界の知識って、意味不明かつ複雑なものが多いわ。ただ嬉々として目を輝かせるヘレナが可愛いので、それはそれで良いのかも。この子、以外と物知りなのよね。知識欲旺盛というか。
ふふ、だからこそ魔導書も好いたのだろうけれど。
『『────っ』』
家守りと家事妖精は、気まぐれか、あるいは飽きたのか、結局姿を見せないまま気配が消えた。本当に何がしたかったのやら。お師匠がいたころから、よくわからない存在だったわ。
私よりも前にいたけれど、お師匠と師弟関係にあったとは思えない。気に入って住みつく妖精だと放置していた。家守りと家事妖精の意思表示はわからないまま。数十年に数回、他愛のない悪戯をしてきたけれど、ここまで大がかりじゃなかった。ヘレナが来てから?
今までの従魔とはどうだったかしら? 接触していた? うーん、覚えていないわ。
気まぐれで部屋の位置を変えることがあったけれど、あれは妖精としての性質が無意識に出るとお師匠も言っていたわ。お師匠に構って欲しくて、よく部屋を入れ替えて困らせていたとか。ヘレナの存在に家守りと家事妖精が無意識に? それとも明確な意思を持って?
でも私が会話を図ろうとしても逃げるのよね。もしくは無視。
ヘレナにも聞いたけれど、部屋が急に変わることは体験しているらしい。……他に何か隠しているというか気付いているけれど、話さないのは確証がないからっぽい感じがする。
あわあわしている姿も可愛いわ。しょうがないからヘレナからのキスで掘り下げなかったけれど、今度も続くようなら聞き出してみようかしら。
ヘレナの香道のなんたるかを楽しそうに語るので、ちょっと困らせたくて「喉が渇いたから途中からカクテルを作って」と無茶振りして部屋を上書きしてBARに変えた。
「はわわ」
「ふふっ、カクテル飲みながら聞きたくなっちゃったわ」
「フィル様は唐突ですね」
「いや?」
「いいえ。フィル様らしいです。お望み通り、フィル様が望むカクテルをお作りしますわ」
部屋から出られないけれど、部屋の中を弄るくらいの魔法は使える。あと少し休んだら完全に魔力無効化も消えるわ。ヘレナに「フィル様は本当にカクテルが好きなのですね」と言われたから思わず笑ってしまった。
違うわ。
私が好きなのは「ヘレナの作る『かくてるぅ』だわ」と言っているのに、彼女は謙遜ばかり。
「お水を──」
「それも飲むけれど、ヘレナのカクテルが急に飲みたくなっちゃったわ」
「分かりました。……まずは軽めにオレンジジュースとシャンパンで作った《ミモザ》をどうぞ」
カクテルを作っているヘレナは可愛いから凜々しいになる。キリリとして、一生懸命かつ真剣な眼差しがとっても愛おしい。
「まあ。柑橘系の甘みと香りに、シャンパンのキリリと引き締まった酸味がいいわね」
「ありがとうございます。オレンジジュースにシャンパンとシンプルな組み合わせなのですが、華やかさもあって人気なんですよ。『この世でもっとも美味しく、贅沢なオレンジジュース』と言わしめたほどのもので、元々はフランスの上流階級の人たちに愛されていて『シャンパン・ロランジュ』なんて呼ばれていたとか」
「ふーん。でも《ミモザ》って変わったのね」
「色合い的に春を彷彿とさせる《ミモ》』を連想できることから愛称として呼ばれている間に、《ミモザ》と定着したんです」
カクテルの説明をする時のヘレナはとても楽しそうで、聞いている私も幸せな気持ちになれる。
魔法のお酒。エドガーは《神々の酒》と言っていたけれど、私にとっては見知らぬ神なんかよりも私の心を癒す魔法のお酒のほうがしっくりくる。
やっぱりこの時間は、最高に好きだわ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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