20.私にとっての日常
数日後。
フィル様が魔法研究をしている間、私はリビングで魔導書の修復を行っていた。ほぼ魔女様の部屋で過ごしているのだけれど、集中したい場所として個室を用意してくださったのだ。
使用人が使うような六畳ほどの──ワンルームのようなもので、仮眠用のベッドに勉強机、クローゼットと殺風景だった部屋も、今は様々な工具やノート、本やらと生活感が出てきたと思う。
魔法剣は魔導書の一件から私のベルトに引っ付いていたので、ベルトにフォルダを作って帯剣できるようにした。侍女が短剣って良いのだろうか。そう思っていたら、フィル様がウエストポーチを作ってくれたので、魔法剣やメモ帳などを格納している。しかも魔法で重くないというのだからすごい。
魔導書との一戦で私の眷族となったのだけれど、生憎と私には魔力がほぼない。そのため物理的に修繕が必要となる。主に火かき棒で焼き焦げた部分や、特別な羊皮紙劣化など背表紙、表紙共に悼んでいたりしていたので、宝石や、皮、ケント紙を使って魔法薬で貼り付けもしくは魔法糸で縫い付ける。
「それじゃあ作業を始めるけれど、大人しくしていてね」
「きゃん!」
「ぎゃうう!」
「きゅるぐるるる」
三冊とも元気よく返事をする。ちなみにこの三冊と魔法剣は仲がもの凄く悪い。同じ道具なのだが、主人に忠誠を誓う騎士と魔道士という特性なのか啀み合う。
(いやまあ、縄張り争いをしている猫を見ている感覚に近いのだけれど……)
私を襲いかかった狂犬染みた空気は何処へやら。いや暴れられたら困るのだけれど。
魔導書たちは修繕されるのが嬉しいのか、私の周りをうろうろして自分の順番を待つ。その姿が順番待ちしているワンコのようで可愛い。あの虫のような足は消えて、今は分厚い辞書のまま、動くときは浮遊している。
「フィル様からの貰った宝石を入れつつ、私も庭で見つけた石を磨いたのがあるからそれを使って、……魔導書のページは魔法石で清浄をかけるわね」
「きゃん」
「ぎゃう」
「きゅるぐる」
私をガシガシしたのも今は昔。擦り寄ってくる。なんだか可愛い。
殺されかけたのだけれどフィル様曰く、他の魔女たちの嫌がらせでもあり魔導書が興奮状態のまま封印されていたとか。前の使用者がぞんざいだったのか、確かにページは傷んでいたし、背表紙や表紙も元々ボロボロだった。
何だか傷ついた姿が、毒殺されかけて弱っていた自分と重なったこともあり、魔導書の修復を素人なりに頑張ってみた。エドガー様も素材として、魔物のなめした革なども提供してくださって、三冊とも差別化できてよかった気がする。
お礼にカクテルを作ったら喜んで貰えたのは嬉しいけれど、《神々の酒》っていうのは大袈裟すぎる。過大評価だわ。
フィル様は柑橘系の甘いのと、炭酸系、ブランデー系と果実のリキュール系が好き。エドガー様はワインをベースにしたものがお好きで、神官様はノンアルコールでライム系……。
(ふふ、ちょっとずつ私のお客様が増えた気がして嬉しい)
時計を見て午後一時過ぎを指していた。
窓の外に視線を向けると、紅葉などが色づくのが見える。季節もあっという間に巡るのだと思いつつ、机に視線を戻す。
「さてと、そろそろ名前も決めないとね」
「きゃんんん!」
「ぎゃう!!」
「きゅるぐるぅ!」
飛び跳ねるほど喜ぼう甘噛みをする。うんうん、嬉しいらしい。
しかし腰の魔法剣がキイイイインと叫ぶ。こっちはこっちで「甘噛みが不敬だ」という感じだ。魔法剣の鞘を撫でると黙った。本当に仲が悪いようだ。
「まずはこの子から」
「きゃん!」
「表紙は魔物業火牛の漆黒色の皮と、緋色の魔法石を嵌め込んだ銀の刺繍の紋様はひいらぎ。この子はブラック」
「きゃん」
皮の色が珈琲色のブラックだから、とは言わなかった。うん、喜んでいるようで何より。
「君は世界樹とナナカマドの添木から作った木の板で、紺色の魔法石、彫刻で掘った蔦の部分に焼印を付けてみたわ。君の名前はチャイよ」
「ぎゃうう」
木の表紙というのは前世で持っていた御朱印帳を参考にしたものだ。レーザー加工なんてないから簡単な紋様しか掘れなかったけれど、個人的には気に入っている。名前は木から微かシナモンに近い懐かしい香りがしたからだとかは、内緒だ。
「最後に時の狭間で採取した特殊な紙を、贅沢にも重ねて厚紙にして高級感ある感じに! 魔法石は翡翠色で、金の刺繍で薔薇にしてみました! 君はロイヤルよ」
「きゅぐるる!」
色合いがロイヤルミルクティーに近いからとか、安易な理由じゃない。決して!
流石に三冊終えた達成感と集中力が切れたため、机の上に突っ伏してちょっとだけ仮眠をとることにした。自分でも思うけど、五分だけは絶対に五分で起きない。
『まったくワタクシの主人様は、どうしてこんなにも無防備なのでしょう。とは言えご主人様のお役に立てるのなら至上の喜び。願わくば自分の出番があれば嬉しいのですが……』
聞いたことのない声。
微かにラベンダーの香りがしたけれど、フィル様?
誰かが私を抱き上げてベッドに降ろしてくれた。毛布まで掛けてくれて完璧だわ。そのまま睡魔の誘惑に負けて意識を手放す。
(あと十分。そしたらオヤツの準備を……)
***
ふと唇に何かが触れた。柔らかくて、甘いような何か。
「ヘレナ。このまま寝ていたら深いキスで起こすわよ♪」
「──っ、オハヨウゴザイマス」
「あら残念」
耳元で囁く誘惑に一瞬で意識は覚醒した。
窓の外は夕闇に染まりつつあり、部屋は薄暗い。ギシッ、とベッドが軋む音が耳に届く。
恐る恐る視界を向けると、満面の笑みでフィル様がベッドに横になっていて私の様子を楽しそうに眺めていた。
添い寝をして少しは慣れてきたと思っていたけれど、そんなことなかったわ。というかフィル様のベッドはキングサイズでかなり大きめだけれど、私のベッドはシングルで魔女様には窮屈そうに見える。
「ふうん。私だと足が出ちゃうから、こっちのベッドじゃあ一緒に寝られないわね」
「え!?」
「あら、その顔も可愛いわね」
フィル様の大きな手が私の頬に触れる。細長くて綺麗な指先だけれど、触れると男の人だと分かる。手の厚さとか骨張った手の甲に触れられるとドキドキしてしまう。
「すみません。三時のおやつが……」
「良いわよ。可愛いヘレナの寝顔を堪能したから」
「にゃ!?」
フィル様はさも当たり前のように私の頬にキスを落とした後、軽々と抱き上げてしまう。これでは従魔失格なのでは? そう思うのだけれど愛されて、甘やかされる今が蕩けるほど幸福で狡賢くも、婚約者の特権だと思ってフィル様に引っ付く。
フィル様の隣は特別で、貴族でもない平民になった私がお側にいること自体、普通はないのだ。その上、婚約者として望んでくれたことが嬉しい。
そう思えたのはエドガー様や魔導書のブラック、チャイ、ロイヤル、魔法剣のエクスとキャリバーと関わりが増えたから。未だにこの家の家守りには認められていないけれど。そうこの家に迎えられていない。
(それがあんなことのなるなんて……)
『〇〇しないと部屋から出られない』というか何番煎じか不明な展開が、この屋敷で起こってしまったのだ。「どうか健全なものでありますように」と願ったのは、言うまでもない。
20我が抜けていたので追加しましたm(__)m
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