19.ブランデーのカクテルといえば?
「今日はブランデーを使った物にしようと思います。ブランデーは香りが濃厚でフルーティーなものが多いですし」
「良いわね。水割り、ソーダ割りでも美味しいけれど……でもカカオと生クリームも使うの?」
「そうですよ。では作るのでカウンターで待っていてください」
「しょうがないわね」
「んっ」
フィル様は名残惜しそうに離れたが、チュッと唇に触れた。不意打ちのキスにぶわあ、と頬に熱が集まるのが分かる。
「ひゃう……」
婚約者になってからフィル様のスキンシップやキスは、増したしサラッとするので未だに慣れない。
(いつか慣れる日がくるのかしら?)
そんな恥ずかしさと嬉しさを噛みしめながら、カクテル作りに集中する。
今回は元の世界ではフランスの街コニャック周辺で作れた高級ブランデーの一つと同じ味わいの七星のブランデーと、生クリーム、カカオ・ブラウンリキュールの材料を氷と一緒にシェイクする。使うグラスは逆円錐形で足と台が着いているお洒落なグラスだ。これも様々な形があるので選ぶのも楽しい。
「七星のブランデーって、白ワインを二度に渡って蒸留して生産されたお酒よね」
「はい。たしか成熟するまで成熟樽で、最低でも二年以上経ってから市場に出るらしいですよ。ちょっと贅沢なカクテルなので今から作る《アレキサンダー》を飲んだ後で希望でしたら、水割りやソーダ割りで飲んでも美味しいと思いますよ」
「ふふっ、ヘレナの作るカクテルならどれも美味しいもの。ただの水割りだって全然違うし」
「ありがとうございます」
カウンターに座り直したフィル様は黒の肩出しのドレスに身を包んでいて、今日も美しい。赤紫色の長い髪を今日は軽く一つに結っている。眼前にいる偉丈夫が自分の好きな人で恋人であり婚約者だと思うと、なんだかフワフワしてしまう。
シェイクを終えた後、シノワと呼ばれるスープやソースを滑らかに仕上げるための裏ごし作業用調理器具を使って、冷やしておいたグラスに注ぐ。お好みでナツメグを振りかけるのだが、今回はなしで。
「お待たせしました。《アレキサンダー》です」
「まあ、ミルクティーのような色合いをしているのね」
「はい。初めては1863年に行われたイギリス王太子──のちにエドワード七世と、デンマークのアレクサンドラ王女との結婚式に献上されたカクテルと言われています。初めは王女のなにちなんで《アレクサンドラ》と呼ばれている間にいつの間にか《アレキサンダー》と呼ばれるようになったとか。私のいた国では別名とも呼ばれていました。今回のカクテルはベースになるブランデーの種類によって味が変わるのですが、今回はオーソドックスにしてみました」
「……んん! 生クリームとカカオリキュールのまろやかな甘みとブランデーの香りが調和し合って、飲みやすいわ。何杯でもいけそう」
「『カルアミルク』というカクテルもそうですが、牛乳や生クリーム系のカクテルは飲みやすくて、女性に人気ですがお酒に弱いとすぐに酔ってしまうので注意が必要なのです」
二口ほど飲んだ後、フィル様は「なるほど」と納得した顔で頷いた。
「気になる子をお持ち帰りする時に飲ませそうな『かくてるぅ』ね。ヘレナを酔わせてみたいと思った時に飲んで貰おうかしら」
「フィル様!」
「ふふっ、冗談よ。でも酔って甘えるヘレナは見てみたいわ」
「(目が笑ってない!)……そ、そんなにフィル様に甘えていません?」
「そんなことないわよ。いつだってヘレナは最高に可愛いし、ちょっと仕草もグッとくるけれど、なんというかアレよ、素面じゃない酔った婚約者の一面を見たい! ロマン的なアレよ!」
「ロマン……なのですね? でも私の元の世界では酔い方も様々な方がいましたよ? 笑い上戸や泣き上戸、怒り上戸、理屈をこねる呑口上戸、お酒を飲んでも表情や顔色が変わらない空上戸……ちなみに私は仕事上、あまり飲んでも変わりません」
なんとも面白味もない。もう少し可愛げがあったほうがやっぱり良いのだろうか。
「なんてことなの……。頬を赤くして呂律が回らないヘレナが見たかったのに!」
「そ、それは申し訳ありません」
「子猫の姿ならマタタビを与えれば……」
「その場合、フィル様の本来の姿が哺乳類肉食猫科なら、同じように酔っ払って収拾が付かなくなるのでは?」
「あ。……その時はその時で、雰囲気を楽しむのもアリかも?」
「な、なしです!」
そう言って私は二杯目のブランデーの水割り『トワイスアップ』をロンググラスに注いだ。ちなみにトワイスアップは、マドラーを使わずグラスを静かに揺らして香りを立てるのがポイントだったりする。
「んん、こっちは香りが濃厚なのね」
「はい。《トワイスアップ》と呼ばれていて、氷を入れずにブランデーと水を一対一の割合で作ったものをいうんです」
「ストレートやロックとはまた違った味わいだわ。……本当にヘレナの『かくてるぅ』は不思議ね。いっぱいのグラスのために様々な技術の粋を集めて生み出される味わいは、人の心に感動や衝撃を与える。あのミハエル様が貴女を聖女候補にしてまでほしがるなんて……想定外だったわ」
ほろ酔い気分だからか、フォル様は少しだけ饒舌に本音を吐露する。いつもよりも少しだけ低い声が好きだ。
「ふふっ、ミハエル様は私と言うよりも私のもつ技術に興味関心があるだけですわ。それにリエン教会としても、活動資金は潤沢であったほうがいいと考えているのでしょう」
「ヘレナ、自分の価値を安売りするのは許さないわよ」
「もちろんですわ、フィル様」
たった一言。何気ない気遣いだったのかもしれないけれど、いつだってフィル様の言葉は私が望んでいた言葉を投げかけてくれる。そのたびに胸が温かくなって、何度でも惚れ直す。
緩やかな時間が愛おしい。ずっとこのまま続いて欲しいと願わずにはいられなかった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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