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2.私の契約した魔女様はオネェ系でした

「……っ!?」


 次に目覚めると、消毒液と石鹸の香りのする一人部屋のベッドの上だった。しかも神官様と三角帽子を被った赤紫色の魔女様が、ベッド傍のソファに腰掛けているのが視界の端に映る。


(誰……?)

「やっと起きたわね! 喉の痛みは? 吐き気や記憶はあるかしら?」

「……っ」


 赤紫色のストレートの長い髪に、目鼻立ちが整った顔、胸元が開いている黒いドレス姿、女性っぽい色香(フェロモン)全開のマッチョ男性という強烈な人が声をかけてきた。見ただけでオネェ系の人なのだろうと察した。

 でも可笑しい。今世の私(ヘレナ)に、こんな美人さんと接点はなかったはず。顔面偏差値が高すぎるし、出会っていたら絶対に覚えているとはず。


(この人の声……ってどこかで)

「フィル殿。目が覚めて早々に、そのような質問は些か不躾ではないですか?」

「あら。言うじゃない」


 白銀の長い髪に聖職衣姿の儚い系美青年が窘める。少年らしい幼さが残りつつも、優しい眼差しに長い睫毛、整った顔立ちは天使みたいだわ。


「でも残念だけど、この子はもう私の従魔だもの。健康状態の確認は急務でしょう」

「じゅっ……っ」

「ああ、無理に喋らないで」

「(従魔! そうだわ、私は──)……っ、あっ」


 慌てて起き上がろうとして喉に痛み、いや違和感を覚えた。手で触れただけだと分からないけれど、温かさがあった。

 ふとオネェ系筋肉質の偉丈夫と目が合った。アメジストのような美しい瞳に、彫刻のような美しい顔立ち。気品があって大変エレガントなのだけれど、何度見ても男性だわ。胸板が厚いし、でも私よりも女子力高そう。唇も艶々だし、手に付けている宝石やアクセサリーもお洒落で素敵。何より黒のマニキュアがお洒落だ。


「(この方が私を救ってくれた魔女様? あ、魔女様と呼ばれているから女装を?)っが……っぁ」


 上手く声が出ない。声帯は毒の影響なのだろうか。そう考えていると、魔女様は急に私に近づき、自然の流れのように首元そっと長い指が触れた。何かが流れ込んでくる感覚と指先の感触に、思わず声を上げてしまう。


「ひゃっ!?」

「うん、これで喋れるようになったわ。それと、うん、ちゃんと従魔契約の印が首周りに出ている。ミモザと柊の紋章なんて珍しいけれど。やっぱり私って天才ね」

「(治癒魔法だったのね。ビックリした)も、紋章、契約……じゃあ、あれは夢じゃないのですね」


 前世の記憶を取り戻したことも、魔女様と契約したことも現実。魔女様はにい、と唇を緩めた。そんな姿も色っぽい。なんという色香かしら。


「そーよ。無事に従魔契約は成立して、解毒も済んでいるわ。その分の対価として一年間、私の従魔として働けば後は自由よ♪ 新しい伴侶を得るのも良いし、働くのもいいわ」

「一年間……」


 一年という期間限定の従魔契約。

 今更ながら、とんでもない契約をしてしまった。背筋に汗が噴き出す。


「(従魔ということは、獣の姿として飼われるってこと? ペット枠って……何だか怖いような。でも夫と離縁して帰る居場所もないのなら、次の仕事先を見つけるためにも魔女様に保護されるのは……願ったり叶ったりかも。でも魔女様に、どんなメリットがあるのかしら?)あの……私が……魔女様の、……お役に立つでしょうか?」

「もちろん、解呪の時に貴女の魂をちょっと覗いたのだけれど、前世で習得した『かくてるぅ』を提供してほしいのよ♪ それが対価よ」

「あ」


 前世の心残りであり、自分のやりたいことを思い出す。


「私が魔女様にカクテルを提供する。それこそが魔女様にとってのメリットなのですね」

「そういうこと。いくら今回の一件が野良魔女のせいだったとしても、見返りがないのに従魔契約なんて結ばないわ。魔女は対価が払える人間にしか手を貸さないの」

「それならよかった(でも私にちゃんと価値があって、恩返しができるのなら嬉しい)」


 無価値でない、そう思われるだけで少しだけ救われた気持ちになった。オルストン伯爵家では私ではなく、伯爵夫人の役割を全うし、社交界でも自慢できる地位と財産が欲しかっただけ。


 何の見返りもなく助けてくれる人など、この世界には居ないし、そちらのほうが何を考えているのか分からないので怖いと思ってしまう。それぐらいこの世界は利己的で、夫はその中でも最たるものだった。


(野良魔女様まで関わって……旦那様、いいえフィリップ様にとって私はどこまでも邪魔な存在だったのね)

「フィル殿、言い方というものがあるでしょうに」

「なによ。間違ったことは言ってないじゃない」

「そうですが……。この方は最愛の夫から裏切られた直後なのですよ。もっと気遣って差し上げようとか思わないのですか」

「気遣って喋れるようにしたじゃない」

「はあ……それはそうなのですが……はあ」


 がくし、と肩を落とした神官様と今度は目が合った。見れば見るほど聡明さと落ち着いた雰囲気の人だわ。確かに彼が聖職者なら天職そう。薄らと微笑む姿に後光が差す。眩しい。


「あの……」

「お初にお目にかかります、マダム。ローレンス領、第十二支部リエン教会の責任者のミハエルと申します」


 自己紹介は嬉しいのだが、「?」が頭の上に浮かんだ。まだ状況が追いついておらず、困惑してしまう。社交界でも有名な神官ミハエル様らしい。しかし聞いていた内容とは全く違う。もっとも噂ほど当てにはならないものだ。


「ベッドの上から失礼します。私はヘレナ・オルストンと申します」

「ヘレナ様。今回は状況が状況でしたので強制的に保護させていただきました。リエン教会は家庭内の暴力、事故に見せかけた殺人未遂案件をより専門的に取り扱っています。今回の案件は上記に該当すると教会側が判断したため、オルストン伯爵及び義実家の皆様がたと隔離させて頂いた次第です」

「りえん教会……? 王都周辺で離縁トラブル専門の教会名だとは伺っていましたが……」


 ふと気を失う前の出来事を思い出し、夫に殺されかけたことを思い出す。ぶるりと体が震えた。


「そうだわ! 私、夫に毒を盛られて……!?」


 私の言葉にミハエル様と魔女様の表情が強張った。


「それはフィリップ・オルストン伯爵が自ら告白をしたのですか?」

「はい。毒を盛られて倒れた際、耳元で野良魔女様の指示で洗いざらい語っていました」

「これで確定ね。野良魔女は金払いが良ければ何でも依頼を受けるけれど、本来の魔女とは異なるから呪いをかけるのにも誓約が必要なのよ」


 呪いという言葉に肩が跳ね上がる。毒殺だけではなかったことに恐怖が増した。


「現在オルストン子爵は事情聴取を行っており、貴方様の身柄を保護するためリエン教会の病室にお連れした次第です」

「保護……」

「ええ、今回の一件は野良魔女が関わっています。王都周辺でも最近この手の事件が横行していまして、助けられたのは貴女だけでしたが……。間に合ってよかった」


 野良魔女。

 魔女教会に所属していない許可証のない魔女のことだ。基本的に魔女は強い魔力を持ち、幼い頃に魔女協会で保護したのち、魔女の内弟子となって魔女見習いとなる。もっとも魔女に至れるのはほんの一握りだとか。魔女は星を読み、万物の恩恵を具現化させる魔法を極めた者の総称でもある。また権限は王族と同等相当だとか。俗世にはあまり関わりを持とうとせず、王族や教会の要請によって手を貸すというのは聞いたことがあった。


(この手の事件? もしかして私と同じく身内から命を狙われていた人たちがいたということ?)


 王侯貴族間では継承問題などで、骨肉の争いが起こることを聞いたことはあった。私の場合は十中八九、私の両親の遺産目当てなのだろうけれど。


 ふと夫の歪んだ笑みを思い出し他瞬間、ゾッと背筋が凍った。


(もし教会に保護されずに、屋敷で静養していたら? あの場では応急処置とか言って助けるフリをして……殺されていたかもしれない)


 教会に保護されている間に、フィリップ様有責で離縁しなければ次は確実に殺しに来るだろう。


「──っ」


 心臓がバクバクと煩い。グッと手を握って動揺を隠そうとしたが甘かった。魔女様は私の手を両手で包み込む。


「そんな風に怖がる必要はないわ」

「……魔女……様」

「幸いにも、ここには離縁の専門家が揃っているし、クズ夫と別れるつもりなら、そこのミハエルがなんとかするわ」

「……はぁ、そこはフェル殿が何とかすると言わないのですね」

「魔女が教会みたいなことするわけないじゃない」

「それはそうですが……」


 お二人は顔見知りなのか、砕けた話し方をしている。今後のことなので自分も会話に入ろうとしたが、なんと言っていいのか話からず困っているとまたしてもミハエル様と目が合う。


「ご安心くださいヘレナ様。私たち教会は、協力を惜しみません」

「そうよ。面倒ごとは教会に押しつけちゃいなさい」

「──っ」


 魔女様、ミハエル様も心から私を心配してくれている。その気持ちに目頭が熱くなった。


(誰かに気にかけて貰うのがこんなにも温かくて、素晴らしいものだったなんて……)


 体調が崩れても、熱を出しても、あの屋敷の者たちは仕事が滞ると、不機嫌になって、労いや気に掛ける言葉などついぞ聞けなかった。

 ヘレナの人生は一生懸命頑張りすぎて、誰かを気遣ってばかりだった。優しい言葉をかけてくれる人もいたけれど、貴族社会で弱みを見せることは足を引っ張られる隙になることも多い。オルストン伯爵家にとついでからは、気が抜けない生き方が窮屈だった。それでも頑張ろうと思っていたのは……夫が好きだったから。そう、好きだった。


(やっぱり私には貴族の生活習慣も、あり方も、結婚も向いてなかったんだわ)

 

 まだ気持ちの整理が付いていない部分もあるけれど、殺害を望んだ夫とやり直すきなんて選択肢はない。離縁一択だ。


「あの……私は──」

「ふう。私、喉が渇いちゃったわ。この子には、早く『かくてるぅ』を作って欲しいのだけれど。ミハエル、この子連れて帰っちゃって良い?」


 面倒な話は終わったと言った感じで、途端に話が切り替わる。実際は離縁手続きやら諸々対応をしなければならないし、私は一応教会預かりとなるのだが、その辺りの詳細などスケジュールも詰めていない。


「あ……の」

「フィル殿、ヘレナ様は先ほど目覚めたばかりなのですよ。状況確認、今後の方針と対応などやるべきことも書類も山のようにありますが、まずは静養が必要です」

(ミハエル様! 心の代弁をありがとうございます!)


 ミハエル様の正論に私は心の中で何度も頷く。しかし魔女様は既に自分のことしか考えていないようだった。自由気まますぎる。


「もう、これだから頭が固い連中は融通が利かないわね。違うことをしたほうが、気も紛れるでしょうに」

(それはそうかもしれないのですが、まだ離縁の手続きもしていないのですが!?)

「そうかもしれませんが──」


 魔女様は真っ直ぐに私を見つめ返す。赤紫色の瞳が私を捕らえて放さない。


「貴女はどうしたい?」

「私は……」

「ほら、自分の欲を、希望を言いなさいよ」


 色香たっぷりの声音に、とびきりの笑顔は凄まじい。

 私自身の欲。そう言われて、今まで自分がどれだけ雁字搦めで窮屈な生き方をしていたのか実感する。前世で自由奔放だったから余計にそう感じるのかもしれないが。


「体調は万全ではないので……その、もろもろの手続きなどを終えて、ただのヘレンになった時に、異世界と前世の知識と技術を駆使したカクテルを作りたいです」


 それが魔女様にとっての対価だ。けれどそれだけじゃなく、この方に喜んで貰えるカクテルを提供したい。それはバーテンダーとしての私の矜持だ。


「ほら、聞いたミハエル!? 手続きとか後日にして、この子を連れ帰ってもいいでしょう」

「え」


 まさかの曲解、いや大事な部分をすっ飛ばして、カクテルを作ることだけしか聞いてなさそうだった。どれだけカクテルが飲みたいのか。


「ダメに決まっているでしょう! しかももろもろ終わってって、本人もいっているのを聞いてましたか!?」

「えー」

「解毒は終わっていますが、彼女は死にかけていたのですよ、暫くは安静が必要です。なにより外泊なんて認められません」

「じゃあ、この部屋で作って貰うのならアリよね?」

「え」

「は」


 子供が悪戯を思いついたような無邪気な笑顔に、ドキリとする。

 魔女様の色香に加えて無邪気な笑顔にメロメロになっている間に、魔女様が手を翳しかけた直後──ノックも無しに部屋のドアが乱暴に開いた。


「ヘレナ!!」

「!?」


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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