16.魔女様の親友エドガー様
またしても魔女様に安静にするように言われてしまい、ベッドで静養中。それは心苦しくは思いつつも、そこそこ重症だったので、それはまあしょうがないとする。
(問題は静養する場所である。普通個室で大人しく寝るべきでは? 魔女様の部屋の、寝室のベッドを使わせてもらっている。しかも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているのだ。主人なのに、なんて献身的なの!?)
そういえば、私が体調を崩すのなんて毒殺されかけた時以来というか毒殺されかけてから人生が一変して、毎日は目まぐるしく充実しているのだけど。
「ほら、滋養強壮に良い果物を取り寄せたから食べなさい♪ はい、あーん」
「あぅ」
「ほら♪」
「はぃ」
恐れ多い。でも食べないと圧が凄まじい。ウサギさんの形に切られた林檎を口にする。甘いし、しシャリシャリ感と瑞々しいのが最高。
「んん! とっても美味しいです」
「ふふっ。これでブランデーを作ったら、とびきりの『かくてるぅ』を作ってちょうだい」
「お任せください。とびきりのものをお作りします!」
そう言葉にしてから、少しだけ複雑な気持ちになった。ブランデーが今から作って出来上がるまでに最低六ヵ月から一年がかかる。良いものを作るのなら一年とみたほうがいい。一年後、従魔でなくなった私はどんな暮らしをしているのかしら?
ここに住めなくても、教会で仕事を斡旋して貰えるそうだから、魔女様に全く会えないなんてことは……ないわよね?
期間限定の距離感。
それはとても甘くて、ちょっぴりほろ苦い。だからこそ、カクテル作りに思考を切り替える。そうするほうが余計な夢を見ずに済むもの。
「あの、魔女様。従魔契約のことですが──」
「ねぇ、ヘレナ。従魔契約のことだけど──」
「ゼロ! 遊びにきたよ!!」
「はぅ!?」
「帰れ」
転移門が煌めき、魔女様の部屋に突然現れたのは美しい男性だった。貴族服に身を包み、朗らかに微笑む美青年は、魔女様とはまた違ったイケメンさんだった。
魔女様から「帰れ」と言われたのに、美丈夫は全くもって意に介さない。超絶マイペースで屋敷の中を見回した後で、私と目があった。
よく見ると宝石のように美しい青い瞳がこれでもかと見開き、数秒ほど固まっていた。
「ま、魔女様。この方は?」
「気にしなくていいわ。すぐに追い出すから。それよりもさっきの続きだけれど──」
ご友人だろうか。でも紹介しないってことは、私とは関わり合いを持つ必要がないってことよね?
それがなんだか寂しいと思うのは、贅沢な悩みなんだと思う。
「運命の相手がこんな所にいるなんて!!」
「だあ、煩いわよ!」
唐突に息を吹き返したと思ったら偉丈夫と目が合った。ほんのりと頬が赤く見えるのは気のせいだろうか。というかなぜに赤面なのだろう。
(ハッ、魔女様の美しさに見惚れた!?)
私の女の勘が告げていた。美丈夫は唐突に幾何学模様の魔法陣を展開して、真っ赤な薔薇の花束を取り出したのだから。思わず拍手をしてしまいそうになる。
「これを貴女に」
「え?」
「あーはい、はい。お見舞いにも一々芸が細かいわね。でも、ヘレナは私のだからダメよ。ヘレナ、花束なんて受け取らなくていいからね? ね?」
なぜ魔女様に差し出す花束を、私に向けているのだろう。そして魔女様は素早く私を横抱きにしてしまっているのだけれど、これは一体どういう状況なのか。
(もしかしてパラレルワールド的なハーレム展開の世界に!?)
「現実よ、落ち着きなさい」
「ゼロ、君の大親友である僕を紹介しないとはダメだろう」
「腐れ縁な魔女の一人よ。いい、ヘレナ。あれは変態で、陰湿で、嘘つきだから、絶対に信用したらダメ。上手いこと言っても付いていったらダメだからね」
「は、はあ」
魔女様は念を押して何度も駄目だからね、と言ってくる。追い返すと言いながらも、本気で追い出すつもりはなさそうだ。
薔薇の花束を消した後、貴族服の偉丈夫は改めて名乗った。
「僕は九番目魔女の称号を得たノイン、貴族としての名はエドガー・ツァールロス侯爵です。ああ、美しい人、どうか僕の妻になって頂けないでしょうか」
「え、魔女様ではなく?」
「は?」
「まさか。僕が惚れたのは君です、聖女ヘレナ。一目惚れです」
「聖女? 人違いでは?」
「いいえ、貴女です。どうか、僕の手を取ってくれませんか?」
ぐいぐいくるけれど、不思議と威圧感はなくて純粋に好意を寄せているのだと伝わってくる。今まで令嬢らしい扱いをして貰ったことがなかったので、恥ずかしさと困惑で「え、あ」と音を発することしかできない。
「ああ、なんて美しい魂、絵本で読んだラプンツェルのような髪に宝石のような瞳、思わず守りたくなるような庇護欲をそそる外見、内側から溢れ出るお人好しの感じが──全てが僕の理想通り! しかも君は『かくてるぅ』を作れる聖女なのだろう!? いや、それを抜きにしても、僕と結婚して欲しい」
エドガー様の手が私の手に触れた瞬間、気怠さがスッと引いていくのがわかった。心なしか体も少し温かくなった気がしなくもない。
「今の……」
「僕は治癒魔法が得意でね。ヘレナ嬢、君はかなり血を流していただろう? ゼロが輸血したみたいだけど、自然治癒を高めるだけだと肉体の負荷もかかるから、それを僕の魔法で補いつつ完全回復したんだ」
「ふん、余計なことを」
途中でとサラッと魔女様が輸血してくれたワードが飛び込んできたのも驚いたが、一瞬で治癒してしまうエドガー様の魔法に驚いてしまった。
「あ、ありがとうございます」
「うんうん。元気になってよかった。ああ、それと僕のプロポーズは、本気だから真剣に考えてほしい。今は環境の変化があって色々大変だろうから、まずはお友達からでもいい……。君の貴重な時間を少しだけ分けてくれるかい?」
「え、あ」
ギュッと手を握られつつ、いつの間にか再び姿を見せた薔薇の花束を受け取ってしまった。しかも百本以上ある美しい赤い薔薇だ。少し前に宅配された花束も結構すごかった気がするけれど、エドガー様の花束の本気度が伝わってくる。薔薇の芳しい香りに包装やリボンも豪華かつ私が好きそうなデザインで、美丈夫からの熱烈なアプローチまで付いてきているのだ。
貴族令嬢だったヘレナなら即陥落していたわ。いや今の私もドキドキしているので、あんまり変わらない気がするけれど。
友人枠。私の返答に配慮もしてくれて、なおかつ複雑な事情もある程度わかっているのか返答のハードルが一気に下がった気がするわ。
魔女様は特に口出しもしてこないし、友人関係を自分で選んでいいってことよね。いきなり恋人や伴侶じゃなくて、友人だし、それなら──。
「そのお友達なら──」
「ダメよ。ヘレナは私のなんだから。薔薇の花も没収するわ」
魔女様の逞しい胸板に筋肉質な腕、何よりご尊顔が近い。吐息が掛かる。これはもうキュン死間違いなしだわ。薔薇の花束でなにか思い出したような気がしたけれど、一瞬で吹き飛んだ。
「ま、魔女様」
「フィルよ。これからはフィルと呼びなさい」
「フィル様?」
「そうよ。いい子ね」
ちゅ、とリップ音がしたと思ったら、魔女様──フィル様からの頬キス。
これは破壊力が段違いすぎる。「ふにゃ」と力が抜けて、フィル様の胸元に体を預けた。
(こんなんされたら茹蛸みたいになっちゃうわ。やっぱり、これは都合の良い夢?)
「わあー、予想以上に独占欲丸出しじゃないか」
「悪い? 分かったら諦めなさい」
「俄然燃えてきた」
「なんでよ」
お二人の会話が頭上のほうから聞こえてきるけれど、正直いっぱい、いっぱいでほとんど聞き流していた。未だに現実とは思えない幸福な出来事のオンパレードだわ。
名前を呼ぶことを許された嬉しさと、それが期間限定だという寂しさが入り混じる。
「ヘレナ?」
「フィル様。私、従魔の期間終了まで、精一杯頑張りますね! カクテルもいろいろ考えているんです!」
「ふぅん」
「へー♪」
自分は勘違いしていない、欲張りにならないように。そう自重するためにも、口にしたのだけれど、なぜかフィル様はムッとして、エドガー様は口笛を吹いて笑った。
(わ、私なにか間違えた? それとも自意識過剰だと思われたのかも!?)
その後すぐにエドガー様を追い出したフィル様は「疲れたから寝るわよ」と促されて添い寝することに……。
「魔女さ──」
「フィル」
「フィル様」
「そう。……従魔契約のことだけど、ううん。この話はまた後日にしましょう」
「……はい」
突然、魔女様──フィル様が名前を教えてくださったこと、私の名前を呼び始めたのには理由やキッカケがあったのだろうか。
「まったく、とんだ伏兵だわ」
「?」
「ヘレナ」
ボフン、と私の姿は子猫に変わり、フィル様も黒豹の姿になった。どうしたのだろうと思っていたら、私に寄り添うように寝転がってキスをしてくる。疑問が次々浮かんでくるけれど、答えをフィル様に聞いてもキスが返ってくるだけなので、黙るしかなかった。
(これは……はぐらかされている?)
それでも好きな人と一緒の時間は、甘すぎるほど幸せだった。子猫で寄り添って寝るって至福過ぎ……ぐぅ。
『ああ、こんなことなら求婚の作法をお師匠に聞いておくんだった』
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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