15.声
「──っ、ヘレナ!!」
(切羽詰まった声。テノールの良い声だわ。私の名前を呼ぶのは、誰?)
元夫も私が毒殺された時に声を掛けてくれたけど、もっとずっと必死で、切羽詰まった声だ。
「あああああああ!!!! ボロボロじゃないか!? クソッ!」
薄らと瞼を開けようと試みるけれど、体の節々が痛くて、とても眠い。薄らと人の輪郭が見える。
口調はだいぶ荒いけど、魔女様の声だった。
(ああ、魔女様)
魔導書は従魔じゃ太刀打ちできないぐらい凶暴でしたけど、なんとか頑張ったのだ。
(あ、でも三時のオヤツも、夕飯の準備も……まだ……)
「もう黙っていろ!」
(私、口に出していた? 変なの。目が開かないのに。ふと柔らかい何かが唇に触れた。この感触は、前にもどこかで? そうだわ。私が死にかけた時に契約のキスをした。また再契約するってこと?)
従魔なのに、役に立たなくて弱くてごめんなさい。
このお詫びはカクテルでしますから、と心の中で呟く。
「ああ、完治したらたくさん《かくてるぅ》を頼むから覚悟しておけ」
ギュッと抱き上げられて、なんだかホッとしてしまった。
(魔女様の香りはやっぱり落ち着くわ。商品化したら……売れそう……)
***
泣き声が聞こえる。
小さい子供の……声だ。
『ふーん、お前たちは幽霊屋敷なのね。でも、そんなんじゃ、誰も寄りつかないわよ』
魔女様の口調に似ているけど、声が全然違う。女の人のものだ。
聞いているだけで温かくて、心地よい。
『でも……私たちの存在理由は、人を怖がらせること』
『誰かに認められたいから、何かをするんじゃあダメよ。自分たちを中心に添えるの』
『私たち、生きても良いの?』
『もちろん。私が許すわ。今の役割が嫌なら私が上書きしてあげましょう。お前たちはどんな妖精に変わりたい? 家関係なら家守りか家事妖精かしら。貴方たちが自分で決めなさい』
『『私たちは──』』
***
「ん」
「目が覚めたのね」
「!?」
視界いっぱいに魔女様の顔が飛び込んできた。息がかかるほど近い。
魔女様って、やっぱり睫毛が長いし、綺麗だ。
「まじょ……」
「まだ声が掠れているわね。……どこか痛みはある?」
「あ……だいっ、じょうぶ……です……ハッ!?」
ふと今何時なのかが気になった。周りを──時計を探す。
カーテンがかかっている段階で午後三時を過ぎているのは明白だったけれど、今何時なのかどうしても気になってしまう。四時……と見て夕食ならまだ挽回の余地はあるはず。でもどう見ても、午後四時でここまで暗いのはおかしい。
「……魔女様、今って」
「夜中の四時よ。だいたい十時間以上眠っていたわ。今回も魔力補給するのが遅かったら危なかったんだから」
「じゅ!?」
その言葉に絶望感が増した。サーッと血の気が引き、恐る恐る魔女様のご尊顔を見る。ゴゴゴゴゴッ、と効果音が聞こえてきそうなほどの圧。
「(これは怒っている? それはそうよね。しかも魔力補給に添い寝まで……なんて贅沢なのかしら)魔女様、申し訳ありません。オヤツも夕食も……」
「目覚めて真っ先にそれって……。もっと私に言うことがあるでしょう!」
またしても人差し指で、おでこを突いてくる。地味に痛い。
「魔女様に?」
「そうよ! 怒らないからさっさと言いたいこと全部言いなさい」
すでに怒っているような気もするのだけれど、言いたいことを言っていいらしいので、ここは不遜にも言わせて頂こう。ちょっぴり勇気を振り絞って口を開いた。
「お帰りなさい」
「──っ」
「ええっと、本来ならちゃんとお出迎えをすべきなのですけれど、魔導書は全部たたきのめしてから、ちょっとだけ休もうとしていただけで、ちゃんと一人で対処できたんです。だから……従魔失格じゃないですよね!?」
「…………っ」
魔女様の反応がないと思い、恐る恐る視線を向けると両手で顔を覆っていらっしゃった。
(何故に? あとどういう心境なのかしら)
怒っている、それとも呆れているのだろうか。
「はああ」と盛大な溜息を吐き出した。
(あ、これは怒りを通り越して呆れのパターン? もしかして面倒を起こしたから解雇!?)
「普通は私に対して文句を言うんじゃないの? 恨み言いわれる覚悟をしていたって言うのに……」
「え? (解雇回避?)……なんで、そうなるのですか?」
「あのね、従魔は私の庇護下にあるのよ。それが勝手に死なれたら主人として、失格なわけ」
「でも、自衛ができない従魔が悪いって……」
「うっ……」
魔女様はバツが悪そうな顔で、視線を逸らした。そんなお姿も綺麗だわ。
「あれはミハエルにはそう思わせておきたかっただけよ。教会側に魔女同士のいざこざを知られるのもアレだったから。……でもヘレナにはちゃんと話すべきだったわ。そこは反省している」
「……っ!」
サラッと話をしているけれど、今間違いなくヘレナって私の名前を呼んでくださった。
たったそれだけで電流が走ったかのような衝撃を受ける。従魔契約をしているからか、すごく嬉しい。胸がポカポカする気持ちも、従魔だからだと思うと納得できた。「幸福ならそれでいいのかも」とこの時の私はかなり楽観的だったと思う。
そして私の奮闘により、魔導書三冊がその後懐くのだが、それはまた別のお話。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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