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14.ゼロの魔女・フィルの視点2

 ぽん、と私の肩に手を置いたのは、琥珀色の瞳を持つ灰褐色の髪の美丈夫、九番目の魔女ノインだった。彼はいつもの通り貴族服に身を包み、爽やかな笑顔を向けている。

 人間社会での名はエドガー・ツァールロス侯爵、ファルベル国の魔法塔の局長という私とは違った意味で異色な魔女だ。ただ彼は女装することもなければ、他の魔女に妨害されたこともない。その当たりは貴族社会で培った社交性を発揮しているからだろう。

 なんとも羨ましいことだわ。


「まったく。物騒だな、ゼロは」

「そういうお前は魔女の矜持を何処に落としてきた?」

「フッ、僕はいつだってこの胸に師匠の矜持を保っているさ」

「ナイン……様っ」

「ゼロの魔女が、私たちを殺そうと」

「うん、全部見ていたよ。──で、どっちが悪かったって、……本気のことを言ってほしいな」


 微笑みながらも、その声音はそれなりに怒っていることが伝わってきた。魔女たちはカタカタと身震いしつつ、「私たちが……ゼロの魔女を煽りました」と告白。

 そういった瞬間、エドガーはにっこりと微笑んだ。


「うんうん。自分を省みることは良いことだよ。それとゼロは本当に容赦ないから、ちょっかいを出すのは、今後やめたほうがいいかな。教会のミハエル神官も、その従魔の子を気にかけていて、仕事を斡旋したいって言っていたぐらいの逸材だからね~」

「え」

「ミハエル様の加護付き」


 この魔女どもはミハエル信者でもある。私に一々突っかかってくるのも、ミハエルとやりとりが多いから……って、今までの面倒事も全部、あの男のせいなんじゃない。なんか腹が立ってきたわ。次に会ったらどうしてくれよう。

 とにもかくにも、場を収めてくれたエドガーに感謝を述べることにした。ふう、思わず昔の口調が出ちゃったわ。危ない、危ない。


「エドガー、とりあえず助かったわ」

「いいって。その代わり──」

「『かくてるぅ』が飲みたいんでしょう?」

「あ、バレたか」


 エドガーは無類の酒好きだ。大方、情報を仕入れている途中で、ミハエルから従魔のことを聞いたのね。耳が早いこと。


「《神々の酒(バッカス)》を彷彿とさせる味だったと聞くぞ。それなら僕だって飲みたい。しかも種類は豊富だとも聞いた。このお茶会が終わったら屋敷に行ってもいいだろう? いや行くべきだね!」

「エドガー……」


 リンゴン、とお茶会の合図とも呼べる鐘が鳴り響いた。

 溜息をはきながら、それぞれの席に着く。怯えていたディスとヘイスを一瞥したが、青ざめた顔をしたままだった。妙にしおらしくなったと思ったが別段、気にせず席に着く。

 まあ、本当に退屈でクソつまらない時間だわ。

 時計の針を見たけれど、オヤツまで数時間もある。はー、退屈だわ。こんなことなら水筒に『かくてるぅ』を入れて貰えば良かった。いや、それをやったら『かくてるぅ』の存在を他の魔女たちに気付かれるわね。ノンアルコールでも鼻がいい奴にはバレるわ。危ない、危ない。


 あの子の技術……ううん、あの子自身をできる限り私が独占したいもの。だいたいあの子が作った『かくてるぅ』を他人に飲ませたくない。笑顔で誰かに『かくてるぅ』を出しているのを想像したら、ムカムカしてきた。

 はあ……。私って、こんなに感情豊かだったかしら?

 お師匠がいた時だって、こんなに気持ちは揺れ動くことは──。


「というわけで、教会から今年の聖女候補リストが届きました。特に神官のミハエルから『神々の酒』を作るヘレナ嬢のことを強く推薦しています」


 は?

 聖女?

 私の、私だけの子猫の名を、なに気安く呼んでいるんだ?

 俺だってまだ呼んでいないのに!


「ゼロの魔女、貴方の従魔だったと思いますが、彼女と仕事形態及び諸々の調整を──」

「は? なんだ、その話は?」

「ひっ……き、教会と話が付いていると……」

「んな訳ねぇだろう、殺すぞ。そもそもあの子は、野良魔女の毒を受けて死にかけて静養中だ。俺の加護のある場所でないと、長く立っていることできないのを知っていての提案か? おい?」

「そ……っ、あ……」


 進行役の金髪の眼鏡をかけた魔女トリアを睨んだが、顔を青ざめるだけだ。腹が立ったので、これでもかと殺意を魔女全員に向けた。テーブルに突っ伏する者や卒倒しそうな者がいたが知ったことではない。俺は強いから何を言われても別に良い。

 だがあの子を害するというのなら、ここで魔女そのものを潰してやろうか。


「教会から仕事の打診は聞いていたけれど、そんな話は僕の耳にも入っていないな。言い出しっぺは誰かな?」


 エドガーの肩に何羽もの鴉が止まって、魔女たちを見渡す。心当たりのある魔女はみなエドガーからの視線を外した。魔女全員ではないにしても、大半は私をよくは思っていない。それだけ先代のゼロの魔女が偉大で、慕われていたからだろうけれど。


「師匠殺しの癖に」

「私はゼロの魔女を奪ったお前を許さない。だから私は何度でも、お前の大切な者を奪う」


 覚悟した目でヘイスが叫び、毛先の蛇が「シャー」と威嚇してきた。ふとそこで「お前の大切な者」という言葉に引っかかりを覚えた。

 俺の大切な人。

 何を言い出すかと思えば、私にとって大切な人はお師匠だけだ。俺を地獄から救ったのも、手を差し伸べてくれたのも、お師匠だけ。

 大切だったお師匠以外はどうでもいい。従魔が死んだ時は悲しかったけれど大切な存在になる前で──。


『魔女様、いってらっしゃいませ』


 息を呑んだ。

 大切……大切だわ。とっても大事。でもお師匠とは違う。もっと距離が近くて……いるのが当たり前だったから──ッ!

 そこで先ほど引っかかった言葉の意味に気付く。


「まさか──。あの子の元に」

「届けたわよ。とびきり凶悪な魔導書。今頃、約束を破って屋敷の外にでも出たんじゃない?」


 その後のことはよく覚えていない。

 お茶会を飛び出して、転移魔法で屋敷に戻った。

 心臓の音がうるさい。

 大丈夫。

 大丈夫だと、屋敷玄関を空けた瞬間、鉄の匂いと、飛び散った血の跡が壁や床に見えた。息が上手くできない。

 視界が歪んで、でも動かなければならなって分かっているのに、震えてしまう。


「──っ」


 あの子の名前を呼ぼうとした。

 でも。

 契約をしたのに。

 私の、俺の従魔なのに。

 二ヵ月も一緒に居て、俺は一度もあの子の名を呼べなかった。もし呼んだら他の従魔たちと同じ運命を辿るんじゃないかって、怖かったのだ。いつも名前を呼んだ翌日に、従魔たちは魔導書に殺されるか、屋敷の外に出て魔女あるいは野良魔女に狩られる。

 だから名前を呼ばなければ、トリガーが動かないと、甘く見ていた。


()()()っ」


 まだ従魔契約は切れていない。だとしたら、望みはある。

 周囲を見渡し、血痕の後を辿って転移魔法を作り出すより先に体が動いていた。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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