12.生き残る方法は?
荷物を受け取った私は屋敷の玄関入り口まで戻り、魔女様の部屋まで持っていこうとした刹那──ヒュン、と風を切った音が耳朶に届く。
ガシャン、と硝子が砕けた音がした。
(ん?)
違和感を覚えた直後だったか、左の上腕が切られたらしく鮮血が飛び散った。
「え?」
「ギギギギギ! ギャウ!」
その奇妙な声はすぐ傍から聞こえていて、私が手に持っていた小包の一部から大鎌のようなものが飛び出しているのが見えた。
気付いた瞬間、悲鳴を上げながらそれを床に落とす。
小包ごと落としたことで、カタカタと揺れた後、小包が内側から破れたのを見た。まるで不可視の刃が内側から破裂して小包を切り裂いたかのようだ。
(本の形をしているのに全身から刃!? もしかして──)
「ギギギギ! ギャウ、ギャウ!」
「──っ」
凶悪な声に、ページが捲れる音がした。間違いなく魔導書だ。
意志を持つ魔導書。それは擬態魔物種に分類されて、擬態宝箱と同種だったりする。擬態宝箱より厄介なのは、浮遊しながら獲物を追いかける獰猛さと、鋭い凶器の数々だったりする。確か浮遊魔法と風切魔法が使えたはず。
(魔女様、またとんでもないものを注文して!!)
眼前の魔導書は恐らくかなり凶暴で、魔導書のページそのものが獣のような口になっており、鋭利な牙が見えた。もしかしてさっきの攻撃は、噛もうとしたのを運良く避けたから、あの程度で済んでいた?
「ギャウウウウ!」
(獣の咆吼を上げた。率直に言って超絶怖い!)
そして左腕が痛い。派手に血が出たけれど、幸いにも傷口は浅かった。手で押さえつつ、傍にあったモップを手に取る。
魔導書に何人も喰われたとミハエル様が言っていたのを思い出す。
(エクス──って、魔女様の部屋に置いてきたんだった!)
「ギャウ! ギャウウウ!」
「はっ!」
飛びかかってくる魔導書に対して反射的に近くにあったモップで応戦する──が、カサカサと俊敏な動きはまるで蜘蛛のよう。
(な、なに、怖っ!)
ヒュン、と風を切る音がした刹那、モップがバラバラに切り刻まれる。
これは風切魔法!? 思わず怯んだ瞬間を狙って魔導書が床を蹴って飛びかかってきた。
「──っ」
「ギャウ!」
「痛っ、あああああああ!」
思い切り左肩に噛みつかれ、悲鳴を上げる。激痛に耐えながら力一杯、魔導書を引き剥がして扉に叩きつけた。
「ギ!」
「はぁ、はあ……(逃げないと。魔女様が戻ってくるまで、倒せなくても避難してやり過ごせば……)」
そう思って近くの部屋に飛び込んで、鍵をかけた。扉をドンドンと体当たりして、無理矢理入り込もうとしている。今にも扉が壊れそうだとなった瞬間、施錠していた扉が勝手に空いたのだ。
「え」
「ギギ、ギャウウウ!」
怒りに吠える魔導書は凄まじい速さで、距離を詰めてくる。左腕と肩の手当もできないまま、駆け出して逃げる。一階玄関傍の部屋に飛び込んだというのに、気付けば部屋が移動したのか二階の書庫と思われる場所に飛び込む。
(家守りが移動させた!? しかも私の味方じゃなくて、魔導書が有利なようにしている!)
つまり家守りにとって、私は邪魔な存在だったってわけね。今までの従魔も、こうやって食べられたとしたら──。
そう思ったら悲しくなった。
(これは魔女様の意思? それとも家守りの独断?)
少なくとも二ヵ月、この屋敷で暮らしてきたが、家守りは私を屋敷の一員としては認めていなかった。
(魔女様もグル?ううん、それなら死にかけた私を従魔契約して引き取るはず──引き取った上での生贄?)
ミハエル様は魔女様が何人もの従魔を死なせているって、今回もその可能性を危惧したから私に教会に残るように行ってくれていた。
やっぱり、魔女様は私を魔導具の餌として──。
『ふぅん。それなら一年後が楽しみね』
息を呑んだ。魔女様の言葉が脳内で再生される。単なる気まぐれだったとしても、私は魔女様との日々は楽しかった。
誰が私を貶めたのか、今はそれを忘れよう。
第三者、野良魔女の作為的な企みの可能性、事故か、あるいは魔女様かなんてよりも生き残ることを第一に考える。
私はただの人間で、魔力も無い。でもだからと言って、はいそうですかと、生きるのを諦めると思ったら大間違いだ。
「誰かに認められたいから何かをするんじゃないもの。私は魔女様に生きて良いと言われたんだもの、だからその恩を、対価を返すまでは、魔女様が死を望まれたって、この屋敷から出て行かないわ!」
どこかで聞いているかもしれない家守りに叫んだ。
あの魔女様の無茶振りは、ここ二ヵ月で嫌と言うほど分かっている。この程度の雑魚を屈服させられないで、何が従魔なのって笑われてしまう。
ヒュン、と風の音が耳に届く。
「ぐっ……」
充分距離と取って逃げたはずだけれど、背中を斬られ痛みが走る。さらに周囲に眠っていたはずの魔導書まで血のにおいで目覚めたのか、その数が増える一方だった。
(こんなのどうやって対処すれば……。魔導書の弱点。……紙、水? 大浴場に行けば──)
ふとこの屋敷の見取り図を思い出す。何処に逃げても、家守りが場所を組み替えてしまう。その段階で私に勝ち目はない。
扉で別の場所に繋がってしまう。
「それなら──」
この屋敷の特性を思い出した。
一か八かで私は書庫の階段を転げ落ちるように逃げる。まだ足に怪我を負っていなくて良かった。
勢い任せに突っ込んだ魔導書は壁に突貫して数を少し減らせたが、少なくとも五、六冊ほど後に張り付いてきている。あんなのに体をガジガジッされたら、さすがに死ぬわ。
走っていて分かったこととしては、魔導書は血の匂いと、音に反応していたことだ。視力がないのかもしれない。
試しに近くにあった花瓶に生けてある花に血を染みこませて、明後日の方向に投げる。すると二冊は引っかかって、反対方向にカサカサと移動していた。
これで中央の──あの部屋まで一気に駆け込む。
その部屋だけは移動しない。
そしてその部屋は唯一暖炉の炎が消えない場所。魔導書はどんなに凶悪だろうと本来は紙だ。つまり、よく燃える。
バン、と勢いよく扉を開けた。その扉は別の部屋に移動しなかった。賭けに勝ったと喜びつつも素早く暖炉に飛び込むと火かき棒を掴み、そのまま振り向きざまに叩きつける。
「これでもくらいなさい!」
「ギャウ!」
「ギャン!!」
残る二冊が私の喉元目掛けて飛びかかってくるのが見えた。咄嗟に右手を差し出して、喉を守る。
「──っ」
「ギャ──!?」
暖炉の炎に飛び込む勢いで倒れ込んだが瞬時に自身が燃えると判断したのか、すぐさま私から飛び退いた。なんという反射神経。
(本当に本なの!? 魔導書怖いわ)
他の魔導書は床の上でピクピクと痙攣しているのを見る限り、暫くは大丈夫だろう。
「ふう、残り二冊」
火かき棒に取っ手がついていて本当によかったわ。じゃなきゃ手が火傷していたもの。まあ、生きていれば火傷ぐらいどうにでもなる。
カサカサと近づく音が耳に入った。
火かき棒を一度暖炉に戻して熱を溜め込み、次の攻撃に備える。家守りが炎を消してしまえば、ゲームオーバーだ。
その前に何とか鎮圧化する。
時計を見ればまだお昼前。三時までには魔女様が戻ってくるのだから、それまでにオヤツも作らなければならないし、手当もしないといけない。
(やることが多くて、大変だわ)
自然と中段の構えを取る。
前世の八月朔日楓が戦う術を覚えていてよかった。護身術や剣術は収めている。一度、毒殺されかけて奇跡的に生き返ったのだ。その幸運を手放して死ぬつもりはない。
そもそもこの世界で新しいカクテルを作れると楽しみがあるのに、こんなの所で死んであげるほど私は優しくない。
「炎でその美しい装飾と背表紙を燃やされる覚悟があるなら、かかってきなさい」
「ギャウ!」
「ガウガウ!」
一斉に飛びかかる魔導書に怯まず、火かき棒を掲げた。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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