11.募る思いと不穏な影
魔女様の屋敷に来て早二ヵ月。
魔女様の「やっぱり侍女ならこういう服装よね!」と、魔女様の趣味全開の制服を贈呈された。強制で着ることになるなんて……。前世の年齢を足すと精神年齢アラフォーになるのだけれど、白と黒の襟首もしっかり止めるかっちりとした服装で、スカートは膝下、黒タイツと黒いパンプスにワナワナと震えてしまう。
(は、恥ずかしい!)
「ふふっ、可愛い。うん、普段着用、夏と冬用、それと普段のドレスも部屋のクローゼットに入れておいたから」
「そうですか? ありがとうございます」
「うん、うん。やっぱり可愛いわ♪」
「──っ」
可愛いと褒めて貰えただけで照れるのに、ハグに頬にキスというのは、過剰スキンシップだと思う。抱きしめられると嫌でも男の人だと分かる。厚みのある肩に、引き締まった胸板に割れた腹筋、筋肉質な腕、桃の香りにドキドキしてしまう。
でも、たぶんだけれど異性というよりも愛玩動物、ペットに近い感覚なのだと思う。私も魔女様が黒豹の時のスキンシップを思い出すと同じようなものだ。
従魔契約は使い魔契約と違って、主人絶対服従であり力関係がハッキリしている。
こういやって私に触れるのも、「可愛い」と褒めるのも、服や身なりを整えるのも全て魔女様の所有物だからだ。それがちょっとだけ寂しい。最初は一緒のテーブルでご飯を食べて、お酒の話やカクテルを提供して、期間限定な関係であることすら贅沢だと喜んでいたのに、今はほとんどの時間一緒に過ごしている。魔女様がリビングで寛ぐことが増えたからだ。
『子猫ちゃん、毛繕いして』と黒豹の姿で言われたら、「はい喜んで」の一択だ。私がリキュールを作っていたり、料理している時は足元でウロウロするか、後ろからハグしてくる。実は魔女様はかなりの甘えん坊なのだろう。あるいは一人で住んでいることが多かったから、その反動で人恋しいのかもしれない。
『あら、アンズのリキュールを作るの?』
「はい。裏庭でたくさん採れたので。甘酸っぱい味わいにしようかなって」
魔女様は黒豹のまま私の背中に乗りかかりながらキッチンを眺める。羽根の力で浮いているからかあまり重く感じない。背中に感じるモフモフ具合が幸せだけれど。
「今回は35%ブランデーベースのリキュールと、37%のウイスキー香薫、アンズの果実に、香り付けとして檸檬とオレンジの果実を少し、レモングラス氷砂糖と初夏の祝福蜂蜜で作る予定です」
「いつ飲めるのかしら?」
「そうですね、早ければ三ヵ月ですが、熟成させるなら一年でしょうか」
「ふぅん。それなら一年後が楽しみね」
「(一年後……の未来に、私が居ても良いと思ってくれている? ううん、魔女様の気まぐれだわ)はい」
至福。たまに膝枕を要求してきて途中で人の姿に戻ることがよくあった。まるで恋人のような接し方に心臓がもたない。魔女様も私が慌てているのを楽しんでいる。
でも魔女様に求められるのは、嫌じゃない。いつか恋人関係に──なんて、こうも簡単に次から次へと欲が出てしまう。
欲張りになったわよね。身に余る好待遇で、毎日が充実している。こんな日がずっと続けばいいと思ってしまう。
「今日は他の魔女たちとお茶会があるから、留守をお願いね」
「はい」
「掃除……は平気そうだし、洗濯が終わったら、自由にしていて良いわ。もちろん、新しい混成酒や蒸留酒作りでも良いけれど、絶対に屋敷の外に出たらダメよ。庭までなら良いけれど、外は危ないもの。それと食材はあるから、しっかりとお昼はとるのよ。夕飯にはちゃんと……ううん、三時のおやつまでには帰ってくるから、私の分のスイーツをしっかり用意しておくのよ? なんなら新しいカクテルでもいいわ。シャーベット系でも」
「魔女様、その話、三回目です!」
ぐぐっと顔を近づけてオヤツを強請るので、思わず声を荒げてしまった。今日の魔女様の装いは体のラインが出やすい黒のドレス姿で、袖口がレース仕様になっており、かなりエレガントだ。お茶会というよりもパーティーに参加するようで、アクセサリーもいつもより豪華だわ。黒のマニュキュアがシンプルだけどオシャレで、眼福すぎ。
「ふふっ、じゃあ行ってくるわ」
「魔女様、いってらっしゃいませ」
「ええ」
チュッ、と頬にキスをして、魔女様は颯爽とお出かけしてしまった。
(あんな風にキスされたら勘違いするし、期待しちゃうわ! さすがは魔性の魔女様。私の心臓は持つかしら?)
***
「洗濯終了! 掃除は……うん、何もしなくても綺麗だわ」
広い屋敷の管理や清潔感を保つためにも頑張らないと、と意気込んだものの屋敷自体、気付いた時にはすでに綺麗になっていて、日によって壁の模様なども変わっているのだ。
魔女様に聞いてもはぐらかされてしまったけれど、たぶん住み着いているのは妖精さんっぽいのよね。
思ったよりも自分の時間が確保できたので、一階にもある書庫で調べて結果、この屋敷には家守り妖精の可能性が高いことを知った。もしかしたら私が居るから姿を見せないのかもしれない。突然現れた新しい従魔に警戒しているとか?
そもそも住人として、認められていないのかも。ぐすん。時々部屋の間取りや位置が変わっていることがある。キッチン、お風呂場、魔女様の部屋、そして暖炉の間だけは変わらない。
暖炉の間。
一階の魔女様の自室とは、対極にある客間の一つで調度品やらソファとテーブル、そして大きめの暖炉があるのだ。その暖炉の炎は時間帯や日によって色が変わるが、絶えることなく燃え続けている。
魔女様の屋敷は不思議な現象も多いので、最初の頃はビックリしたが魔女様はいつも「ふふっ、なに、その反応可愛い」と言うだけで全く説明してくれない。
意地悪で話さないのかとも思ったが、たぶん違う。私は一年後にはこの屋敷を離れるだろうから、下手なことを話さないようにしているんだわ。家守り妖精のこともそう。
「それは、そうよね。私は間借りしているだけだもの……」
未だ二階に上がる許可も出ていない。深入りするな、と安易に言われているのがやっぱり地味に凹む。どう足掻いても従魔はしょせん従魔なのだ。仮の契約で、期間限定。
入浴が一緒になることも、部屋で眠る日々も魔力補給をするため、あとはモフモフの魅力になるものだ。私個人を気に入っている訳ではない。
その証拠に、栄えある魔女様たちのお茶会に同行も許されない。そもそも魔女様と並んで歩くには、ふさわしくないのもわかっている。
魔女様が好きだという気持ちも、憧れや尊いなどの感情を好意と、誤変換しているだけだと自分に言い聞かせる。従魔が主人を親しく思うのは契約の副作用のようなもの。
だから毎回、カクテルを強請られる時は、より一層の幸福を感じるのだ。混成酒や蒸留酒、オヤツ作りも魔女様が喜んで欲しくて手を出した。この屋敷に来てから褒められてばかり。それこそ今までの人生、生前よりもたくさん褒められている気がする。
ここを去るその時まで、精一杯恩を返すことだけ考えていればいい。そう自分に言い聞かせる。
私は魔女様との共同生活のことで頭がいっぱいだった。だから離婚後や、元夫のことなど名前を聞くまで、すっかり記憶から抹消していた。簡潔に言って、警戒すらしていなかったのだ。某掲示板サイトにも、離婚後に元夫が都合のいい脳内変換して粘着するという話をよく見てきていたというのに。
***
「魔女様と、ヘレナ様宛にお届け物です」
「届け物? 魔女様だけじゃなく、私宛て?」
「はい」
不審に思いながらも門扉のあるところまでやってくると、両手一杯の花束と小包を二つほど手にした配達員さんが佇んでいた。オルストン領でも見られたカーキ色の配達員の制服だったのでよく覚えている。
「ええっと、魔女様の小包の中身は本で、花束と小箱はヘレナ・オルストン宛てです!」
「そう。魔女様の荷物は受け取るけれど、ヘレナ・オルストンという名の女性はいないので受け取り拒否でお願いしますわ」
「ええ!? この甘ったるい花束を持ち帰れと?」
「はい。宛名にそのような名前の女性はおりませんので、受け取ることはできかねます」
少し申し訳ない気持ちになったが、それでも毅然と断って本だけ受け取った。少し重いがまあ問題ないだろう。
ちなみに今回の花束と小箱の差出人は、元夫だった。一体何を考えているのか。
そういえば前世の某ネット掲示板では、ロミオ化と呼ばれる自己陶酔型というか、過去に付き合っていた男性が復縁を求めて突然、花束、ケーキ、指輪を贈る言動をいう。この世界でもその行動原理は健在なのかと、身震いした。
しかし、私が魔女様の屋敷で暮らしている間に、どのような心境の変化があったのか。外界と遮断された生活をしているので、まったく情報が入ってこない。いらないけれど。
「うーん。魔女様にご迷惑がかけるわけにもいかないし、とりあえず元夫が接触を取ろうとしたことを教会側……ミハエル様にご連絡しておきましょう」
そう思い直し、大きな包みを持ちながら屋敷へと戻った。この時、包みをよく見ていたら、札が剥がれかかっていることに気付いて慌てて魔女様に連絡していたと思う。
でも私は、元夫の言動が不気味でそちらに気を取られてしまっていたのだ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡




