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9.ただの日常

 魔女様と暮らして、二週間が過ぎた。

 生活してみて分かったことだけれど、魔女様の朝は、とってものんびりだ。私は朝六時に起きて七時過ぎには朝食を取れるように準備していたものの、魔女様がリビングに顔を出したのは十時過ぎ頃。だいぶ遅い。


 そして朝は小食で、固形物を食べるよりもスープをさっぱりしたデザートを口にする程度。それではあまりにも健全ではないと思い、サーモンとホタテのチーズテリーヌや、白身魚のムースなど酒のつまみにもなりそうなヘルシーかつ、食べやすいものに工夫してみるのだけれど、魔女様はいつも気づく。


「あら♪ 美味しい」

「最近熱くなってきたので、冷製ポタージュ(ビシソワーズ)と、そば粉で目玉焼き風ガレットを作りました」


 どんな時でも魔女様は、気品溢れて美しい。そんな素敵な方に褒められたら、次も喜んで貰いたいと自然と頑張れる。なんて健全な生活なのかしら。


「んー。これもお洒落だし、美味しい。ふふっ、私が朝食をあまり食べないから色々工夫してくれて嬉しいわ」

「恐れ入ります。誰かに美味しいって言って貰えて凄く嬉しいです」

「…………んん。どれも美味しいわ」

(一瞬だけ、悩ましげな顔をしていたけれど気のせい……よね?)


 ヘレナの人生では、誰かを一緒に食事をするなんて殆ど無かった。実家にいた時も両親は世界を巡り歩いていたし、誕生日も生誕祭も全部一人ぼっちだった。

 前世では友達や家族、恋人と食事することが当たり前だったから、前世の記憶がなかったころは酷く寂しくて辛かった。


 今は魔女様と一緒のテーブルで食事をとるのが、毎日の楽しみになりつつある。どんな料理も魔女様は喜んで、そして「美味しい」と言ってくださるのだ。

 私の家庭料理でも満足してくれる心の広い方。昼間からカクテルを言い出す時もあるけれど、それでも横暴でもなければ、馬車馬のごとく働かせようともしないし、混成酒を作ろうと話した時は目を輝かせた。

 食事後、キッチンで準備していると魔女様がひょっこりと顔を出す。


「それで、どんなお酒を作る気?」

「そうですね。まずは定番の梅酒とアンズ酒を作ろうと思います。幸いにも、この屋敷の裏にある果樹園は梅やアンズがたくさん実っていますし」

「え」

「え?」


 私と魔女様は、お互いに変な声が出た。小首を傾げたら「ヤダ、かわいい」とハグされて頬に熱が集まる。ひゃあああ、と悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。偉いわ、私。


「私の子猫ちゃんはチャレンジャーね。あの《迷いの森》に入っちゃったの?」

「(スキンシップは魔力補給。スキンシップは魔力補給。スキンシップは魔力補給。心頭滅却……すすはー、すすはー)……えっと、最初は椿の垣根のせいで入り組んでいましたけど、垣根に刺さっていた剣を抜いたらすんなり通してくれて、それ以来不思議と四季折々の果物のなる場所に出るようになったんですよ」

「その剣を見せてくれる?」

「はい! ちょっと待ってください」


 使われていない空き部屋から、しまっていた剣を両手に抱えて戻った。抜いた時から白銀に輝いていて刃も美しかったので、定期的に磨いて管理はしていたけれど心なしか光が弱まっている?

 魔女様に調べて貰うこともできたけど、お手を煩わせる訳にもいかないと思っていたのよね。ちょうどよかったわ!


「こちらです」

「ま、魔法剣じゃないの!」

「すごい剣なのですか?」

「主人を選ぶ剣よ。……ふむ、子猫ちゃんが一度も使ってくれなくて凹んでいるわ」

「え?」


 魔女様が鞘に触れようとすると、魔法剣が擦り抜けてしまう。見えているけれど蜃気楼のように掴めない。


「魔女様は魔剣とも話せるのですね」

「そうよ。気持ちわる──」

「凄いです! さすが魔女様ですね」


 魔女様は珍しいものでも見たような、目をまんまるにしていた。やっぱりこの魔法剣は特別なのね。それなのに、使われずに仕舞われていたら悲しいわ。そう自分の対応に反省するのだけれど、問題は私しかこの剣を所持できないところだった。


「んん、魔法剣は貴女に持っていてほしいそうよ」

「でも私では重すぎて持ち歩けませんし、使い所がないです……。いやあっても困りますけど……」


 魔法剣はガガーンと効果音が聞こえそうなほど柄がへにゃりと歪んで落ち込んだ。生きているみたいに、動くことにも驚いた。


「可哀想だから短剣に縮んでもらって、常備してあげたら?」

「短剣って、打ち直すんですか?」

「違うわよ。魔法剣は伸縮自在に形を変えられるの。ほら」


 魔法剣はしゅるるん、と形を変えて果物ナイフほどの大きさになった。これなら持ち運びしやすいわ。


「とはいえ……これで料理するのは衛生面や存在的に良いのでしょうか?」

「いいんじゃない? この魔法剣、自分に清浄魔法を掛けられるから、常に新品みたいなものだし、貴女の身を守るためにも牙は隠し持って置くことは必要よ。なんなら武器用と調理用で二本になれば?」

「そんな自由な……って、白と黒の短剣に分かれた!」


 元の世界で言うならさまざまな物理法則を捻じ曲げるような行為だが、この世界ではポンと気の抜ける効果音で双剣となった。しかも細部に至るまでディティールが凝っている。


「名前を付けることで契約は完了するわ」

「名前……(装飾が伝説の剣みたいに見える)私の前の世界で、とっても有名で素晴らしい剣名をもじって白いほうがエクス、黒いのがキャリバーの名前でどうかしら?」


 すると双剣は嬉しそうに光に包まれた。


(うん、なんともわかりやすい。そして心なしか子犬みたいに懐いている……っぽい?)


 とりあえず料理用に黒のキャリバーを使って、戦闘系は元の形をしているエクスを使おう。

 それにしても魔法らしい光景が見られて、大満足だわ。ヘレナの記憶では魔法と関わるようなこともなかったし、魔道具なんて王侯貴族でも一部しか持っていないのに、魔女様の屋敷にはそういうのがごろごろある。


「屋敷内でも必ず持っておきなさい。護身用として魔法剣は役に立つもの」

「えっと屋敷の外なら、護身用ってわかるのですが、屋敷内も……ですか?」


 何気なく言ったつもりだったけれど、魔女様が訝しんだ。


「ふぅん? 私の子猫は屋敷を出ることを想定しているのね? もしかして逃げるつもり?」

「逃げ? ええっと食材や日用品などを買いに行くのに、屋敷を空ける必要があるのでは?」


 魔女様の顔から剣呑な雰囲気は消え去って、にこやかになる。


「あー、そうだったね。食材なら魔女宅便か使い魔の発送が普通だったから失念していたわ」

「使い魔……私も従魔なので、買い出しは普通だと思ったのですが……」

「でも子猫ちゃんは魔力ゼロの人間でしょ?」

「ソウデシタ。普通の使い魔以下……」


 ちゅ、と魔女様は私の頭にキスをする。突然かつ脈着がなさ過ぎて困惑してしまう。


「欲しい食材や日用品なら台所の冷蔵保管庫の扉にでもメモ紙を貼っておけば、自動で届くわ」

「通販並みの便利さ……。これが魔女様界隈の生活水準なら前世を上回っているかも」

「ああ、私は例外なだけよ」

「じゃあ、特別なのですね」


 この世界に魔女を名乗れるのは十三人だけだったはず。魔女の下は魔女見習いで、ほとんどは魔女様の弟子だったりすると言うのは聞いたことがあるわ。

 眼前にいる魔女様はその中でも特別なのだろうと結論付けたのだけれど、魔女様の表情が微かに曇った。


「あんまり外を出歩くと五月蠅い奴がいるからであって、特別でも何でもないわ。それに魔女に対していい印象を持っていない者もいるでしょう。そんなのと出会したら、私思わず消炭にしちゃうだろうし」

「思っていたよりも、ずっと物騒な理由でした!」

「そう、だから子猫ちゃんも気を付けなさいね」

「それは魔女様の苦手な食べ物を入れたら、とかですか?」


 あり得るのは、食事関係で失態することだ。

 カクテルに関しては、それなりに味の好みを把握しているので不安なのは料理だったりする。そもそも何が好きとか嫌いとか聞いてなかったので、地雷があるかもしれないと身構えたのだが──。


「ぶっ、あははははっ! 本当に子猫ちゃんは可愛いわね。あー、苦しい」


 なんか違うスイッチを押したっぽい!? さっきの空気から一変して、魔女様はずっと笑っている。さっきの緊迫感のある雰囲気、言いにくそうな表情……魔女と言うだけで嫌な目にあったのかしら?


 あり得る。それでなくとも魔女様の女装(装い)は受け入れられない人もいるかもだし……。前世での個々人の趣味趣向を知っているからこそ、私はあまり抵抗がない。


(んー、でもヘレナの時でも外見で決めつけなかったから、柔軟な思考があるかどうかって感じな気がするわ)


 魔女様の事情を楽観視し過ぎていた。その結果、あんなことのなるなんて、この時の私は知らなかった。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡




一部改変しています2025/07/21

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