第四十話
「聞きたくないですって拒否したいのですが……」
自己申告するしかないと小さく手を上げて主張してみたのだが、今までの人生経験値が段違いなお爺さんには全く通じなかった。
「それもそうだ。もちろん、拒否する権利もあるだろうとも。だが、せめて話を聞いてから判断しても良いのではないかね?」
「聞いた瞬間、拒否権がなくなりそうなんですが……」
「大丈夫だとも。そんな真似はしないと誓ってもいい」
「う~~~~ん。それなら、まあ」
肯定よりの返答をすると、権三郎は顔を輝かせた。まるで、既に了承したかの様なリアクションに私は慌てる。そんな私の状態をまあまあと手の仕草でなだめながら言葉を続けた。
「かなり前になるが原発の事故があっただろう?」
「ありましたね」
「もう健康被害がなくなったと証明しようと皆が努力してはいるが状況が芳しくない」
「皆とか言ってる癖、それって閣僚共じ……――」
「おい馬鹿黙ってろ」
「ごほん。そこで大々的なイベントを開いて食の安全性を証明したいのだよ。そこで、今回は東京のイベントで原発事故があった県で作られた米でのおにぎりを作り、提供して貰えたらと思ったのだ。無論、米以外の食材でも料理が販売されることになる」
「しかし、それだけだと至極大きい案件とは言えないのでは?」
「清水こそ口突っ込んでるじゃんかよ」
「そのイベントにアメリカの大統領と我が国の首相が出席するとしてもか?」
「「……………………………………………………は?」」
ぶっ飛んだ言葉が聞こえた様な気がする。きっと聞き間違いだろう。そう思ったのだけれど権三郎さんの目は強い光をたたえていて嘘だとは到底思えなかった。どうやら現実逃避をしていたのに、事実らしい。
「いや、それなら尚更私がおにぎりをつくるのは……――」
「権三郎さん、貴方は俺達に恩があると言いました。その恩義で彼女が幻の料理人であることの秘密を守って貰えることはできないのでしょうか?」
断りを入れようとすると、それを連に遮られた。確かに身バレして恩の借りがあるというのなら、守って貰うという形で返して貰うのが最善だろう。しかし権三郎さんは首を振る。
「残念ながら既にもう手遅れよ。君らはやりすぎた。ワシも守ろうとしたが、それを越えるだけの噂の広がりと話題性。日本人は特に食にこだわるだろう?」
「だからといって……!」
「既に君たちの周囲を嗅ぎまわっている連中も多い。ワシが排除しているがいつまで持つことか……それであるならば、自分から暴露してしまった方が得策というものだ。盛大な舞台で」
「………………………………」
自分が表舞台に立つしかない。そう思っていても、中々返事が出来なかった。今まではお願いばかりをされて流されてきた。けれど、この件は別だ自分で決めなくてはならない。責任を持って。
そう思っているとポロリと権三郎さんが零した。
「そう言えばだが、そのイベントに参加する料理人達の中でお主達と同じ地域の人間もおったな。確か……駅前のレストランのシェフをしているという上杉 麻帆とかいう人物が」
「参加します!」
「!……いいのかね?」
「はいっ! 絶対に勝ってみせます!!!」
「?? 勝ち負けではないのだが、良い返事に感謝する」
結局、条件反射で了承の返事をしてしまった。こうして自分から行動するのは初めてかもしれない。しかし、あの時の屈辱とムカツキは全然忘れていない。というより、バリバリ根に持っているのだ。
こうして政府主催のイベントで、あのムカつく浮気相手の女にギャフンと言わせるべく使用する米の研究と特訓をすることにしる。
そして私の決死の決意から一週間が経過した。相変わらず、ちょいちょい顔を出してくる大型犬にしか見えない不良君と戯れながら、米屋に入り浸る日々。その日は休日で店のおにぎりの量産とイベントの特訓で夜遅くになっていた。
米屋の台所をピカピカに清掃し、もう帰ろうとした瞬間のことだ。スマホからけたたましい呼び出し音がした。
驚きながら画面を見てみれば『古屋敷紅夜』の文字。きっとなにかあったのだろうかと思って、通話状態に切り替えた。すると案の定、切羽詰った言葉が耳に入る。
「今からタクシーに飛び乗り首相官邸まで来てください~~お願いします~~大変なんですって! ああああああああああああ」
「久々に聞いた。紅夜さんのテンパった状態。なんだか懐かしいよ」
「そんなこと言っている場合じゃないんですよおおおおおおおおおおお!!」
「はいはい。分かった分かった」
私はそう告げて通話を切る。とにかく急いでいかないとダメらしいので服装は制服のままだ。しかし、制服は大抵どこへでも着ていけるから万能で助かる。米屋を合鍵で施錠した私は商店街を通り抜け、大きな通りでタクシーを拾った。向かうは首相官邸だ。料金は当たり前だが向こうが出すとのこと。
(…………ってか、今更ながら首相官邸ってまじ??)
今になってパワーワードが頭を駆け巡るが、返事をしてしまったからには仕方がないのだ。行くしかない。しかし、そんな私の姿を再び同じクラスの美々川 麗華に目撃されていたのである。




