第三十四話
紅夜と話し合いをした更に翌日。私は米屋のキッチンにいた。
「で? 結局その問題って何だった訳?」
「つまりは、ガツンとやってやるだけの気概が本人にあるのかどうか? ただやらさせているからだとか、やらなきゃいけないだとかそんな程度の話であれば別段本気を出さなくてもいいんじゃないかなーと」
一階のキッチンの出窓の外からノックを二回、三回、一回。それが約束の合図だ。窓を開けてやる。
今日もどこからか踏み台を調達して、金髪のチャラ男がやってきた。名前はやっと判明したところによると相良 壱というらしい。と言っても、本人曰く、名前が大嫌いなので苗字で呼んで欲しいとリクエストがあったのでそう呼んでいる。
今は実は学校がある日中だ。どうしても、おにぎりの調整の時間が不足してしまい、サボってしまった。しかし、この男子高校生も普通にいるのでコイツはきっと不良なのだろう。というか見かけだけでも金髪のロン毛頭で一発で不良とわかっちゃうレベルなのだ。タレ目と目元のホクロが印象を柔らかくはしてくれているが、今更か。
最初に餌付けしてしまったのがいけないのだろう。度々こうやって出窓からやってきては、試作品のおにぎりや失敗作のおにぎりをねだるのだ。しかも、不良にあるまじきキラキラとした期待の篭った澄んだ目をして、一個あげると本当に純粋に喜んでくれるので、ついこっちまで嬉しくなるという状況にほだされていた。
もちろん、あげるといっても売り物にならない物ばかりだ。
しかし、ちょいちょいとしたペースでやってきてはおにぎりを食べているため、やたらと変化に敏感かつ詳しいのだ。ちょっとお塩を変えてみたり、水の分量の変化ですら味でわかるというから強者すぎる。以前、あまりに味に詳しすぎて「お前はどこぞのおにぎりソムリエなの?」と問うたところ、「えっ、なりたい! 俺、璃々ちゃん専門のソムリエになるよ!」などと嬉しそうにされてしまうという一幕があった。
最近、コイツは大型の人懐っこいゴールデンレトリバーにしか見えなくなってきている。
ちなみに、そうやって通っている内に、伝説の料理人の正体を暴こうと変な連中がうろつく様になったため、秘密の合図? の取り決めが出来たりもしたのだ。閑話休題。
「それにしても気合が入ってるぅ。これってあれだろ~? 普段出しているあの型で作るのとラップで作るバージョンじゃないガチの塩おにぎりで勝負するんでしょ? ひゃー羨ましい。例え干からびた爺さん方が今までの人生で、どんな最高級料理を食ってたって敵わないって。俺、最近思うんだけど。璃々ちゃんが直接手で握ったおにぎりの効果は高すぎてガンに効くようになるんじゃないかって。あ、これ半分信じてっから。俺がガンになったときは頼むわ」
「ちょ、半分すら信じるなし。普通の塩おにぎりなんだから」
「そんな普通の塩おにぎりがあってたまるか」
そんなガチトーンで言わなくても。そう言うとめちゃめちゃ首を横に振られた。もげそう。
そんな軽い冗談を交わしながら、ここでひと呼吸置く。改めて気合を入れ直し、アツアツのご飯を手で握る。が、それがやっぱり中々厳しくて直ぐにまともな形にはなってくれないのだ。相良は不良の癖に良い奴で、紅夜のためにも絶対に成功させないといけないという気持ちや期待がのしかかるプレッシャー、上手く出来なくて練習している気持ちを酌んで、あえて冗談を言いながら軽い雰囲気に変えてくれるのだ。
だから要求されても憎めないというか、つい感謝の気持ちが大きくなってお礼におにぎりを渡してしまうのだ。それで、食べるから以下ループ。
「まだ日取りには余裕があるんでしょ? そんなに思いつめて練習しなくても良いんじゃね?」
「んー、請け負ったからには成功させたいし。あと、さ」
「?」
「高級料理ばっかり食ってる爺さん達をギャフンと言わせたい! 庶民なめんなよってね! あと実は私。恨んでいる奴らがいてね。ソイツらをおにぎりで参りましたゴメンナサイって言わせるのが目標なの。ちょうど良いから踏み台になってもらおうかなって」
「ぶっは、あは、あははははははははは! まじで? そうなん? こりゃウケるわ。璃々ちゃんってやっぱり最高~。いい女過ぎるわ。惚れる。ねね、惚れていい?」
「はいはい。お好きにどうぞ。惚れていいよ~責任とらないけど~」
「あははははっはははははは!」
どうせ冗談だ。適当に流せば何がツボに入ったのかは不明だが、相良が未だに爆笑していた。結局、失敗してしまった物体Xを相楽にやるとして、次こそは成功しようと意気込む。服の腕の裾が下がってきたので再度腕まくりをした。手を洗いながら思う。
(今の私なら出来る。大丈夫、必要なのは練習と自信。絶対に美味しいおにぎりを作ってみせる!)
――――こうして私は、密かに練習を重ねつつ、ついに決戦当日がやってきたのであった。




