第二十六話
そこは美しい庭園が広がっている日本料理店だった。日本人らしいわびさびの知識が乏しい私でも、手入れがきちんとされ季節折々の花が咲き乱れている光景はうっとりとしてしまう。というか、普通に格式高めのお店である。
しかし、見とれていたり関心したりしている私と連を他所に、空は至ってマイペースだ。
「受付って誰の名前でしたっけ? さくっと行こ」
「も~~~風情とかあるでしょ? 普段行く店と全然違うし!」
「コイツには元々無理なんじゃないか? 諦めろ」
結局ワイワイと騒ぎながら雰囲気を味わう所ではなく、入店することになってしまった。しかし、同時に緊張がほぐれたのだからそれはそれで有りだったのかもしれない。
着物姿の中居さんに和室の個室に通され一息。
「わ~窓から庭園が凄く素敵に見える!」
「贅沢だな。会食場所になるのも納得だ」
「その分の場所代も含まれてのことだろ? 僕ちゃんメニュー取るよ」
開かれたメニューには普段飲食している分より二、三倍くらいの価格のランチの御膳が掲載されていた。特に高いものだともっと値段がする。しかし、これだけで済むのは良心的なのだろう。比較的手の届きやすい価格になっているのはランチだからだ。これがディナーであれば到底学生には手が出ない。
皆はわいわい迷惑にならない程度に騒ぎながらメニューを眺めて決めた。ランチ御膳3600円。内容は鯛めしおにぎりのだし茶漬け・天ぷら・小鉢・汁物・香の物・水菓子・コーヒーだ。
楽しみに料理が出来上がるのを待とうとしたのだが、中居さんが微笑ましく思ったのだろう。一人お手洗いに向かおうと廊下に出た私にこっそり話しかけてきたのだ。
「ねぇ、ねぇ。お嬢ちゃんはどっちが本命?」
「えっ。そ、そんなんじゃないんです」
「まさかのどちらもキープ? それとも考え中?」
「違いますっ。どちらも友達です」
「なーーーんだぁ。つまらないのぉ」
「あはは」
そんな会話をしていた時だった。ピシャっと強い張りのある声が周囲に響いた。
「こら! お客様相手に何を不躾な真似をしているのですか?!」
「お、大女将。も、申し訳ございません」
「謝る相手が違います。お嬢様になんて無礼で不躾な質問をしたと思っているのですか?」
「お嬢様申し訳ございませんでした」
「あ……や……謝って頂けたからそれで別に……」
大女将と呼ばれている女性は年配だ。しかし、その姿は背筋がピンと伸びており年齢をまるで感じさせない。髪をピシッと整え趣を感じさせる着物を着こなしていた。
「お若くても格式あるお店へ行き、体験することは良い経験になるので私共も大歓迎です。マナーの練習にもなるなんて言ってしまうと堅苦しくなってしまいますが、お店のルールを守って楽しんで頂けたらと思っておりますのよ」
「私、こんな素敵な場所に来られて……雰囲気を味わってみて特別な気持ちになりました!」
「ありがとうございます。しかし、お料理もとても美味しいので、ご期待してくださいましね」
「はい!」
そこまで会話をした時だった。大女将が良いことを思いついたとばかりに手を打った。
「本日は珍しくご予約のお客様も少ないのです。せっかくですからお詫びに二階にある特別室にお食事をご用意させましょうか?」
「えええっ。そんないいんですか?」
「不愉快にさせてしまったお詫びです。普段ですと、二階の特別室はリピーター様でしか利用出来ないのですよ」
「もし本当に良いなら是非見てみたいです! そんな最高のランクのお部屋は見ることはまずないと思いますし」
「ふふふっ。でも、残念ながら最高ランクではないのですよ。最高ランクのお部屋はもっと別にありましてね。あら、いけませんね。お話に夢中になってしまいました……――では、先に手配なさって」
叱られてしまった中居さんに大女将が別な特別室に料理を運ぶ様に変更の指示を出すと、そのままお手洗いへ寄ってから二階へと案内をしてくれていた。部屋に残っている男子二人は中居さんが連れて来てくれるらしいから安心していた。
二階へたどり着くと最奥の部屋を手で示して大女将が説明する。
「あれが最高ランクのお部屋になりますのよ。中でも特に……――」
「馬鹿者!!! お前は大馬鹿者だ!!!! この程度もまともにできんのか?!!?!」
唐突に大女将をとてつもない怒声が遮った。それも場所は最高ランクと言われていた部屋からだ。こんな一番良い部屋を使っている人なら、普通は廊下まで響く大声なんて出さないだろう。何やらトラブルの予感がするのであった。




