第二話
目を覚ますとそこは何故か可愛めの色でコーディネートされた部屋の一室だった。ぼへらーっとしてはみたものの意味がわからない。記憶が正しければ屋外にいたはず。どうかんがえてもおかしかった。そこで取り敢えずとばかりに部屋をウロウロして見つけた鏡を見て絶叫しかけたのだ。
目に写っている自分の姿が現実だとは到底思えないのだけれど、実際問題信じるしかない。そこには高校の制服姿のロングヘアな女の子の姿があった。髪色は真っ黒でサラサラ。体型は標準ではあるものの、目はぱっちりとしていた。顔はどうみても自分の顔ではない。咄嗟に、胸ポケットの中に入っていた生徒手帳のページを開いてみてみると女の子の名前が判明した───『上本璃々』
(うーん。微妙に名前がかすっているような……?)
とにかく現状を確認するしかないと思った私は、制服をラフな服装に着替えると下のリビングへと向かった。そこにいた母親らしき人も私の本当のお母さんではない。しかし、不思議なことに昨日の延長線上の様に会話は続く。私が戸惑っていても、どうしたの? 今日は調子悪いの? であっさりとした感想しか抱かれない。ともかく、促されるままにパンの朝食を食べながら、つけっぱなしのテレビの内容を食い入るように見てみれば、現実世界であり今日が土曜日ということがわかった。
今はまず、自分がどうなったのかを確認したい。そう考えた私は自宅らしき場所を飛び出していた。現在地を確認し、お小遣いから電車賃を出して本来の自宅だった場所。つまり、元彼と同棲していたマンションへと向かったのだ。そうして、到着した場所の表札は『相良』
契約上の名義でも表札でも紛れもなく私の『植本』の文字はどこにもなかった。どうしていいのかわからなくて、しかし元彼が存在していたことに困惑していると、不意に扉が開いた。
一瞬、焦ったものの、今は女子高生。見知らぬ他人のフリは出来る。しかし、咄嗟に扉の前に居た良い言い訳が口から出るわけではなく口ごもるしかない。
「あれぇ~? どうしたの?」
「あっ、ええっと……」
言葉を探しながらも純の顔を見て、真っ先に抱いたのはやはり浮気されたことによる怒りだった。この良い人ぶった爽やか優しいお兄さんオーラを意識的に出しているであろうこの男。初対面の女の子にはこれ以上ない程猫を被る癖がまるでかわっていなかった。こうやって女性を騙して遊んでいたに違いない。
(ちっ。あの時、ガツンと言い返してやって、蹴りを入れ、せめてぶん殴っていたら少しはスッキリしたし、爽快だったのに)
そのことに今更ながら後悔をしていると、それを私が照れてモジモジしていると勘違いしたらしい。
「恥ずかしがらなくてもいいよ。何か僕に用事かな?」
「あの! 今、付き合っている彼女はいないんですか?」
「え? あ、あぁ。もしかして君、僕に興味があるの? へへへ、女子高校生にモテるなんてまいっちゃうなぁ~」
「(アホかこいつ)それで、いるんですか?! 年上の……総合職32歳の彼女が!」
「32歳の総合職? いないけど」
「え?」
「うん。今は27歳のシェフをやっている女の子と付き合っているよ。だけど、こ~んなに可愛い子に言い寄られるのは悪い気しないよね。せっかくだし、良かったら遊ぶ?」
もしかして、こいつの中には、もう捨てた女の存在なんて忘れての発言なのだろうか? 存在すらなかったことにしたいとでもいうのだろうか?
「ねえっ! 今まで付き合った人の中にはいないの? 『植本璃々子』は?」
流石にとぼけても、忘れた振りをしたとしても、名前を出せば顔色は変わる筈。そう信じていたのに、純のきょとんとした顔が答えだった。それは、本当に何を言っているのかわからないと思っている。そう思った時、愕然としてしまった。
――――私の存在。なくなっちゃった…………。
そう思うと、悲しさがこみ上げてくる。大人であれば我慢出来た感情制限もまだ子供の領域の存在には難しいらしい。こみあげてくるままに涙が溢れた。
「えっ、えっ、えっ。僕、今まで遊んだ中に、そんな子いなかったと思うよ。ほんと、本当だよ。だから、泣かないで。そんな知りもしない子より、君の方が気になるな。僕は彼女が居ても僕を好きだって言う女の子を受け入れる包容力はあるよ。だから安心して! ほら、中に入ってジュースでも飲まない?」
そして、目に入った扉の中。本来なら私が選んだインテリアとコーディネイトされた筈の玄関周りは、完璧に別な物へと変わっていたのだ。
(これは……現実を受け入れるしかない、な)
そして、現状は把握出来たのでコイツはもう用済みだ。涙を今度は腕で拭うと、踵を返そうとした。
ところが。
「あ、良かったらさぁ。料理とか作れる? 作れるよね? 女の子なんだしぃ。女子高生の手料理食べたいな~。僕、ちょうどお腹が空いちゃって」
その言葉に動きが止まった。女子高生が自分に好意を抱いているという気持ち悪い妄想をしているのは別として、問題は当たり前の様に手料理を要求していることだ。
(料理が本当にメシマズなのは事実だけど。手料理なんて絶対にお願いされなかったし、全部惣菜か外食かデリバリーだった。それどころか、あ、あんなに……あんなに馬鹿にされて。黙ってられるか。見てろ。浮気されたことも踏まえて倍返しに……って、ん? 待てよ?)
わざと誘いに乗り、メシマズだと知らない純に料理を食べさせてやり、いい顔をしたいからと無理矢理美味しいと食べる姿でも眺めてやろうかと一瞬思ったが踏みとどまった。あの時何を祈ってこんな状況になったかを思い出しだからだ。
――――料理チート!!!
もしかして、今なら私は物凄い上手く料理が作れるのではないのだろうか? そう思っては居てもたってもいられなかった。今までの長年の悩みから開放されるのだ。今までのマイナスな気持ちから一転して急にワクワクしてきた。これは是非とも検証したい。
(コイツを手料理でギャフンと言わせてやろうかしら。あの、シェフだとか言う浮気相手より、この料理チートがあれば私の方が実力が上なんじゃ?)
そこまで考えて、にっこりと作り笑いをした。ちょっと高めの声を意識して作る。
「ええっとお~憧れのお兄さんには練習してからお料理食べて欲しいかなって。またくるね!」
「うん、わかったよ。僕、ちゃんと待ってるね」
(げろげろ。咄嗟にあの浮気女っぽいセリフになっちゃったし)
冷静に。一旦持ち帰って計画を練るのだ。
散々馬鹿にされたぶん、こちらが馬鹿に仕返したい。単に美味しい手料理で見返すなんて甘っちょろいのはごめんである。どうにかしてギャフンと言わせてみせる。悔しくて堪らないという状況を作りたい。
(うん。まずは料理チートを利用しよう。まともじゃない。動物の餌以下と馬鹿にされた、一番簡単だと言っていた『おにぎり』を『究極の伝説のおにぎり』クラスにするところから)
意を決した私は足取り軽く、能力を検証するべく自宅へと戻ったのであった。