第十五話
一口を食べてからその不審者迷惑男の変化は劇的だった。豹変したと言っても過言ではない。大きく目を見開いて、ガツガツとおにぎりを貪ったのだ。しかし、それは直ぐなくなってしまう。
「あ…………」
と、名残惜しげな声を出すと、自撮り棒を取り落とした。今度は大慌てで男は尻ポケットに入った財布からあるだけの紙幣を引っつかむとおにぎりが並べられている台に叩きつけ、今度は形が崩れている方のおにぎりに手を出したのだ。叩きつけるのに下を向いていてノールックでだったから、綺麗な状態の方ではないけど良いのだろうか?
私の疑問を他所にフードパックを開けるのももどかしいとばかりに剥ぎ取ると口にする。
再び一口を食べ、まるで電撃が走ったかのように体が硬直、その後プルプルと震えているけど、大丈夫なのだろうか?
ちなみに配信などと言って自撮り棒を持っていたけれど、とっくに取り落としていて、床に無造作に転がっている始末。だけど本人はそれどころではないみたい。硬直から一転、今度は一気に食べ尽くさんばかりに勢いが物凄い。あっという間にお米が口に吸い込まれていく。
その光景に志保さんも梅さんも怒りの勢いが削がれてぽかーんとしている。かくいう私もそうなのだけれど、あんなあんまりにも恍惚な表情をして、満足そうに食べられるとね。後で勿論謝罪はさせるのは絶対ではあるけど、そんなにおにぎり気に入ってくれたのかなって思うわけで。
あんに散々ボロクソに貶していたのに現金な奴だとは思うけどね。
そうやって二個目をペロリと平らげ、三個目も丸々がっついて食べきった時だった。お腹が漸く膨れたのだろう。動きがやっと止まったのだ。そしてハッと我に返ったらしい。
「違っ! これは違うんだよ! 何かの間違いだ!」
何が? なんの間違いよ? 突っ込みたかったけれど、その前に不審者迷惑男ことゆーたんがどんどん喚きだす。謎の説明? 釈明? をし出したのだ。
「こんな……たかが塩おにぎりがこんなに美味しくて味わい深い訳あるかよ! だって単なる米の塊だよ? 信じられる? それが僕ちゃんが今まで食べてきたどんなものより美味しかっただなんて詐欺だ。こんなの認めない! 認めてたまるかよ! 嘘だ。嘘だ嘘。絶対ただのおにぎりじゃないに決まってる! 何か特別な物質を使っているに違いない。他の奴は騙せても僕ちゃんには通用しないんだからな! 正直に白状しろ。これは普通のおにぎりじゃなくて特別なおにぎりなんだろう!!!」
「…………えと、一般的な極普通なおにぎりです」
「嘘だ! 訴えてやる!」
「えー? いや、だって、そんなこと言われても……ご自由にどうぞ? 罪状が何かは全く不明だけど」
何なんだろうこの会話。褒めたいのか貶したいのかどっちかにして欲しい。
「あ! というか、お金貰い過ぎ。余分な分は返すし、お釣りも用意するから」
「これが食えるならどうでもいいよ、別に。その代わり、置いてあるおにぎりは全部貰ってくから」
「は? 売りませんけど」
「え?」
予想外の事を言われた、みたいにびっくりした顔をしているけど、これは当然の権利だ。客が店を選べる様に、店だって客を選ぶ(拒否する)権利ってものがある。
「自分の胸に手を当てて、今までやってきたことを思い返してみなよ? もう食べちゃった分は仕方ないとしても、あんな事をしたんだよ? そんな人に売る訳ないよね?」
「ぐっ………………で、でも……」
「でももへったくれもありません! 悪いことをしたら何て言うのかは子供でもわかります!」
すると、ヨロヨロと梅さんの方へと歩いていく。傍に寄り添っていた志保さんが身を硬直させ、前に出ようとしたが梅さんが止めた。向き合って対峙する二人。しかし、ゆーたんは口をもごもごさせるだけで謝罪の言葉を口にしようとはしなかった。
しかし、極度の緊張状態にあるらしく、キョロキョロと目は泳ぎ、手は強く握り締めている様子だ。
大の男性が情けない。私はため息をついて、仕方ないので助け舟を出してやることにした。
「ほらっ、悪いことをしたらまずちゃんと謝ること! ごめんなさいって言うの! 分かった? ほら、言ってみて!」
「う……ぐ……」
「ごめんなさいは?」
「………………ご、ゴメンナサイ」
小さく掠れた声だったものの、一応は謝ったから良しとするべきか。しかし、梅さんは強かった。ただじゃ転ばない。
「フン。あ~~~、これまた痛いねぇ。転んだところを打ち付けてしまっただねえ。痛い痛い」
「は?」
「ほぅれ、責任取って侘びに店の手伝いでもしてもらわんとダメだわいな」
「ふざけんなよ! 調子に乗るな! なんで僕ちゃんが……」
「そうかい? そんならおにぎりは売れないね、諦めることだよ」
梅さんが志保さんにウィンク。志保さんも心得たもので、援護に回る。
「そうですね。被害者の梅さんにちゃんとお詫びして頂かないと売りたくありませんね」
「くそ~~~~。わかったよ、やればいいんだろ! やれば! けど、このおにぎりは全部僕ちゃんのなんだからな!!」
「ダメですよ。一つは梅さんの分をお忘れなく」
「う~~~~~」
このやり取りがなんか妙におかしくて、ぷっと吹き出すと志保さんもクスクスと笑っている。梅さんもニヤリといい笑顔だ。悔しそうなゆーたんだけを除いて、どこか愉快な空気が流れたのだった。
しかし、この場にいる皆が忘れていた――――放り投げられていたスマホは床に転がって尚、生配信を続けていたということに。




