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5話 きっと叶うよ


 その夜、私は恍惚としながら夜道を歩いていた。

 特級寮から下級寮、女の子らしい歩き方をしていると、けっこう遠いのだ。


 私が利用しているのは下級寮。名前に『下』とついているとはいえ、平民出や貴族の嫡子以外の生徒が利用するごく一般的な寮だ。もう一つお金持ち貴族が利用する上級寮というものもある。


 特級寮と下級寮はぜんぜん別の区画。私はセレニカさんの計らいであの後も専門家に全身マッサージまで施してもらった。そして学食レベルを超えたキラキラレストランで豪華なディナーまでご馳走してもらい、今に至るのである。まぁ、覚醒しちゃった私は緊張して、まともに話せなかったのだけど。


 だけどアシュレイ殿下の名前を出すたびに、顔を赤くするセレニカさんは本当に可愛かった! いいないいな、二人が無事に結ばれたらいいな。早くセレニカさんを指名しちゃえばいいのに。


 しかし、セレニカさんは言っていた。


『ここだけの話……殿下には少し困った〈癖〉があるの。だから、わたくしがその〈癖〉を治してあげられたらいいなって、小さい頃からずっと思っていて……』


 殿下の〈癖〉ってなんだろう?

 初対面なのに『菓子をくれ』なんて言ってくる強欲なところ?

 それはとても苦労しそうだなぁ、と思ったけど、それを話した時のセレニカさんがひときわ恋する女の子の顔をしていた。恋とか愛とか私には無関係だけど、セレニカさんが嬉しそうならそれでいい。


 ちなみにミャアちゃんは特級寮に入るまえに逃げてしまった。本当は私が綺麗にしてあげたかったんだけど……特級寮のお風呂を猫を洗うために借りるのはさすがに忍びなかったこともある。また明日、たくさんのお菓子をお土産に持っていって、ついでに洗わせてくれたら嬉しいな。


 空を見上げたら、星がいつもより綺麗に見えた。


「しあわせな一日だったなぁ……」

「どんないいことがあったの?」


 また上から覗き込まれる。

 いや……近づいてくる気配は感じていたけれど……まさかまた私に話しかけてくるとは思わないじゃないですか⁉


「あ、あゆれいでんかっ⁉」


 アシュレイ=フォン=バーナード王太子殿下。

 夜の外灯に照らされ、その銀髪はあたたかみを帯びた色へと変えている。余計に色気を増した美顔に、私は失礼千万、唾を飛ばしてしまった。


 だって、さっきまでセレニカさんとアシュレイ殿下のお話をたくさんしていたのだ。それがいきなり現れるだなんて……どうせならセレニカさんに会いに行ってもらいたい。


 だけど殿下はまるで気にする素振りもなく、楽しげだった。


「ははっ、やっぱり俺のことは知っているんだね。それなのに朝はクッキーをくれないし、逃亡するし、ひどくない?」

「ももももも、もうしわけ、ございません……!」


 楽しげに……私の罪を責めてくるものだから。

 私は即座に跳び上がりそのまま土下座を決めた。父様から聞いたこの世で一番へりくだった謝罪方法である。地面に額をつけ、私はただでさえ小さい背中をより丸める。


 頭上から聞こえてきた声は、明らかに困惑していた。


「いや、誰もそこまでしろとは……」

「どんな罰でもお受けします。拷問、打ち首、何でもどうぞ。ただ、父様に言うのだけは何卒、何卒ご勘弁いただきたいと――っ!」


 後生ですから、私の人生最後のお願いだけは恩情願いたい。

 もし殿下への無礼がバレて断罪されると知ったならば……父様に怒られること必須。すなわち、地獄よりも苦しい折檻を受けなければならないのだ。死んだ方がマシとはまさにこのこと。拷問の練習台にだけはもう二度となりたくないものである。


 それなのに、殿下はひどく困り果てていた。


「打ち首より、お父さんに告げ口される方が嫌なの?」

「勿論でございますっ!」


 決して顔をあげないまま、私は学園に来てから一番大きな声で答える。

 すると殿下は遅い時間帯だというのにまわりを気にすることなく、大声で笑った。


「あはは……大丈夫だよ。なんにも罰しないから……本当に面白いお嬢さんだな」

「不問でございますか?」

「勿論。こっちこそ、からかっちゃってごめんね?」

「いえ……」


 許しを得て、私はゆっくりと顔をあげる。

 気配を探れば、殿下には三人の護衛がついているらしい。そのうち一人は父様の部下の人だな。つまりこのこともあとで父様に報告されること必須。ということは――


 すべては父様に怒られないため、表向きだけでも私は臣下ぽい配慮をしなければならないということだ。正直、とてもめんどくさい。


 だから座りっぱなしで、私は気にかけて当然であろう疑問を投げかけてみる。


「あの……殿下はどうして夜に一人で?」

「あぁ、きみを待っていたんだよ」

「ふへぇ⁉」


 その言葉は嘘だった。

 ひとめでわかる。この人は私を待っていたわけではない。目が「また私をからかっているだけ」と告げていた。


 だけど、殿下はごく自然に言葉を紡ぐ。


「だってきみ、下級寮を使っているんでしょ? 宰相の愛娘なんだから上級寮どころか特別寮だって入れるはずなのに」


 少し話が逸れた、が。

 人間、コミュニケーションの中に多少の嘘は混じるものである。家族の会話しかり、それこそセレニカさんとの会話しかり。真偽がわかってしまうからこそ、細かいことは気にしない緩さがないと常人との会話は途端厳しいものになる。


 だから無理に常人と付き合うことはないと父様は言うけれど……それでも私は諦めたくないから、殿下の会話にも自然と合わせてみせた。


「だって上級寮は規則や門限が厳しいじゃないですか」

「門限?」

「友達と、パジャマパーティーするには、下級寮じゃないと……」


 パジャマパーティーなんて、入学して三か月経っても友達ひとりいない私には、夢の夢なんてこと、わかっているけれど……。


 殿下は緩やかに微笑む。


「きっと叶うよ」


 そして、殿下は本当に下級寮の入り口まで送って行ってくださった。

 本来なら、私が殿下を特別寮まで送り届けなければならないのに。


 あーあ、あとで父様に怒られるだろうな。

 実際のところ、護衛が三人いるなら校内くらい問題ないと思うけれど。


 私は寝支度をしながら、ふと思い出す。

 殿下のあの言葉は、何度思い返しても本音としか思えなかったから。


「……若くても王族の方だから、見破られないように鍛えてあるだけかも」


 実際、私もきちんと話せば真偽の見分けがつかないように、視線や鼓動の速さを調節する技術は身に付けられている。まぁ兄弟はともかく、父様と母様にだけはどうしてもバレてしまうけれど。


「それでも、本当だったらいいな」


 私の夢を、笑わないでいてくれた人は、初めてだったから。


「きっと、叶うよ」


 今宵、私はその言葉を唱えて目を瞑る。

 夢の中で、楽しいパジャマパーティーができますように。


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