指輪
あれから数日、私は穏やかな日を過ごしていた。
最初の頃より警戒度合いも増して、ジェラルドかアンナが常にそばにいるようになった。
「今日は外に散歩にでも行くか?」
「いいの?初めてのお庭でお散歩ね!じゃあ、今日はアンナさんにとびっきりオシャレしてもらわなきゃ。」
私はそういうとベルを鳴らした。
「リオ様、お待たせいたしました。どうされましたか?」
「アンナさん、今日初めてお庭でお散歩するの。とびっきりオシャレにしてくれない?」
「ふふふ。リオ様、とても嬉しそうですね。かしこまりました。本日はしっかりとご準備させていただきます。」
アンナは不敵な笑みを浮かべた。
私は人形のようにアンナに振り回されることになったのだった。
「うそ…。私じゃないみたい。」
肩を出したデザインのドレスは体に沿うようなシルエットで黒地に星空のように金色の刺繍が輝いている。
そして肌は陶器のように白く澄んでいて、ふわりとした長いまつ毛とほんのり色づいた頬、髪の毛は緩く纏めてあり普段より色気が出ていた。
「リオ様、とてもお似合いです。では、ジェラルド様をお呼びいたしますね。」
アンナが部屋のドアを開けると、もうすでにジェラルドは待っていた。
そしてアンナと入れ替わり中に入ってくる。
私の姿を見ると驚いた様子で少し顔を赤くした。
足を止めることなく私のところまでやってきてそのまま抱きしめた。
「リオ…綺麗になりすぎだ。もう外に出したくない。」
そういうとジェラルドの少し長い黒髪が私の肩にかかる。
首筋に吐息が触れるか触れないかくらいのところで彼の体を少し離した。
「もう、お庭に散歩に行くって約束したでしょ。」
少し怒ったように頬を膨らませると、ジェラルドは愛おしそうに私の頭を撫でた。
「…仕方ない。」
そういうと私の無防備な手に指を絡めて手を繋ぐ。
私は恥ずかしくなり赤くなった顔を見られないように斜め下を向いた。
それに気づいたジェラルドは頬に軽くキスをした。
「もう、ちょっと!早く外に行きましょ。」
照れ隠しに少し大きな声を出す。
私は顔を真っ赤にさせながら繋いでいた彼の手を引っ張って部屋を出た。
「ああ、早く行こうか。」
横にいたジェラルドは少し意地悪に笑って言った。
庭は赤や紫の見たこともない花が咲いていた。
それは緑の壁の迷路のように続いている。
木々も不思議な形をしていて独特の雰囲気を漂わせていた。
「すごい、初めて見た。」
「ここはカインが手入れをしてるんだ。庭仕事が得意だからな。」
「とっても素敵なお庭ね。」
私は緑の花の迷路に吸い込まれるように入っていく。
先に進んでいくと少し開けた場所に出た。
真ん中にはテラスがあり、休めるようになっていた。
「ねぇ、ジェラルドあっちに行きましょう。」
私は慣れないドレスで走ろうとしてよろける。
それをジェラルドは優しく受け止めて腰を支えた。
「リオ、危ないから。」
そういうと私を軽々と抱き上げた。
「ちょっと、恥ずかしい…。」
「いまさら何を言ってる。さあ、早くテラスに行こうか。」
私の話を聞き入れることなくジェラルドは足早にテラスに向かった。
そして、ゆっくりと椅子の横に下ろした。
2人で並んで顔を見合わせた。
「気に入ってもらえたか?」
「とっても気に入ったわ。明日も一緒に散歩したいくらい。」
私は今日1番の満面の笑みを浮かべた。
「今日の君はいつも以上に素敵だな。ドレスもとても似合っている。」
「そうでしょ。私もこのドレスとても気に入ったの。だって、黒地に金色の刺繍で貴方の髪色と瞳の色と同じで、まるで包み込まれてるみたいでしょ。」
私はそういうとドレスに目を落とし、手で刺繍を確かめるように撫でた。
横でジェラルドは大きく息を吐きながら言った。
「それは天然でやってるのか?それともわざと俺を煽ってる?」
意地悪な笑みを浮かべながら私を金色の瞳が見つめる。
そしてふわりと抱きしめられた。
甘い爽やか彼の香りに包まれ、自分の鼓動が早くなるのを感じた。
「リオ、君に渡していなかったものがある。受け取って欲しい。」
ジェラルドの少し低い澄んだ声が耳元を刺激する。
そして、私を離すと彼はポケットから小さな箱を出した。
軽く私の前に跪いた。
「ずっと君のことを愛してる。」
箱を開けると小さな輝く石のついた指輪があった。
彼はその指輪を手に取ると私の左手の薬指にはめた。
私は指輪のはめられた手を眺めてこたえた。
「ジェラルド、こんな私を愛してくれてありがとう。私もずっと貴方のことを愛しているわ。」
私は彼の首に腕を回して、彼の頬にキスをした。
「リオ、ありがとう。でも俺はこれだけじゃ足りない。君の全てが欲しい。」
ジェラルドは私の体に手をまわすと唇にキスをした。
それから、首筋に彼の吐息がかかる。
鎖骨に彼の髪があたり少しくすぐったい。
そして金色の瞳の熱帯びた視線が私をとらえた。
私の鼓動は早くなり、彼の手が触れると更に熱くなった。
無防備になった口元に今度は余韻の残るようなキスをする。
まるで世界に2人だけしかいないようなゆったりとした時間が流れる。
「リオ、このまま散歩続ける?」
ジェラルドは意地悪な笑顔で言った。
私は自然と目が潤んできたところで首を振った。
「じゃあ部屋に戻ろうか。」
彼はそういうと力の抜けた私をふわりと抱き抱えた。
ベッドの上でふわりと布団かぶって、私はジェラルドにもらった指輪を眺めていた。
薬指にはめられた指輪は私にぴったりのサイズだった。
「ねぇ、どうして私のサイズぴったりなの?」
私は横にいたジェラルドの方をくるりと向いた。
少し乱れた私の髪を整えるように髪を撫でる。指にするりと絡めた。
「これは普通の指輪とは違う。悪魔の契約の一種だから相手のサイズに勝手に合うように変化するんだ。」
そう伝えると彼は私の手にするりと指を絡ませて、はめられていた指輪を触る。
「悪魔と人間は同じように時間を過ごすことはできない。悪魔に比べて人間は寿命が短すぎるんだ。ただこの指輪をはめていれば、こちらの世界で悪魔と同じように時間を過ごすことができる。俺の寿命と力を少し分け与えてるからな。」
「そんな…。」
「リオがあの世界から去ってからいろいろ調べて、ようやくずっと一緒にいられる方法を見つけたんだ。会ってすぐ渡そうと思ってたんだが、なかなかタイミングがなくてな。君との別れはもう御免だ。」
ジェラルドは優しく微笑み私の頬に手をやる。
「だから、気にしないで受け取ってくれ。もし嫌ならいまそこで捨てて欲しい。」
「嫌なわけないじゃない。嬉しい…ありがとう。」
私は指輪を見つめた。
そして彼の黒髪を愛おしく触れた。
甘ったるく2人はまた見つめ合った。




