救出
「目が覚めたか?」
部屋にはあの派手な男がいた。
「お前は俺と契約する気はあるか?」
私は無言で首を振って睨みつけた。
「ふん。その強気な表情、ますます気に入った。」
男が私の顔に触れようとしたとき部屋の外から激しい音と異様な冷たいものが漂ってきて、男の動きが少し止まる。
その音はどんどん近づいてきて部屋のドアを破壊した。
「リオっ!」
私の存在に気づき、息を切らしたジェラルドが急いで入ってきた。
私は彼の方に行こうとするも、見えない何かに抑えつけられ動けない。
上手く喋ることもできず、ただ目で訴える。
それを見た彼は黙ったままで背筋が凍るような異様な冷たいオーラを放っていた。
そして一段と低い声で一言口に出した。
「はなせ。」
押さえつけていた見えない力は効力を無くしたように私の体が解放され、その隙に私はジェラルドの方に走った。
彼は私を優しく受け止める。
「…すまない。」
私は首を振った。
ジェラルドは再び男を見て言った。
「お前のことは許さない。」
派手な男の前に手下たちが立ちはだかる。
すると、手下の男たちの体が締め上げられ宙に浮いた。
「おい、魔王様に対してその態度はなんだ。たかが人間の女1人だろう。さっさと魔王様に渡せ。」
手下の男たちは叫ぶ。
「…うるさい。」
ジェラルドは締め付けていた力をさらに強め、声を出すことすらできないようにした。
今度は魔王を直接攻撃を放つ。
魔王はそれを軽く交わして話しかける。
「お前はこの女の価値がわかっていない。私の方が上手く使える。」
魔王の攻撃をジェラルドは片手で私の肩を抱きしめながら交わす。
「リオは渡さない。」
ジェラルドは私を抱き上げた。
「それならただ奪うだけだ。」
魔王の激しい攻撃が私たちを包む。
しかし、ジェラルドは攻撃を受ける前にこの場から姿を消した。
気がつくと、ジェラルドの部屋だった。
私を抱き抱えていた彼は心配そうに私を見た。
「君をこのような目にあわせてしまって本当にすまなかった。怪我はないか?」
「ええ。早く助けにきてくれてありがとう。」
「本当に後悔した。君を1人にしておくべきではなかった。」
ジェラルドは私をソファーの横にゆっくりと下ろした。
そして続きを話し始めた。
「君に聖女の素質があるのは覚えているか?」
私は黙って頷いた。
「基本的に悪魔と聖女は真逆の存在だ。故に呼び出されることもないし、ましてや契約することなど皆無だ。ただごく稀に聖女の素質に気付かず契約した話があった。奇跡の聖女と呼ばれ、契約した悪魔はこの聖女の恩恵を受けたという。なにせ歴代でもほとんど例のないことだった為、どういう恩恵かはわかっていないがな。」
「へぇ…そんなこともあるのね。」
「ただ一つ厄介なことに今の魔王は力が弱ってきていて、この恩恵を受けるために奇跡の聖女を探していた。」
「魔王ってさっきの…?」
「ああ。あいつはもともと残忍で人間の悪意を利用して多くの残虐な出来事を起こし楽しんでいた。俺は昔から奴のそういうところが受け入れられなかった。」
「ジェラルドって本当に悪魔らしくない悪魔ね。」
私は彼の頬を撫でながら軽く笑って言った。
ジェラルドはその手を優しく握り、微笑み返すと話を続けた。
「リオが奇跡の聖女であることを知って、奴は君と契約しようとしている。」
「えぇ。そんなの嫌よ。」
私は即答した。
そして嫌悪感に満ちた表情をしていると、ジェラルドは軽く笑った。
「ただ俺たちの契約は少し変わっていて、俺の中にある魔法石とリオの持つ魔法石の結びつきが深くて簡単には解除できないんだ。」
「魔王はそれを知ってしまったら、迷わずすぐにリオを消すだろう。なにせ奇跡の聖女であり、自分とは契約を結べない者なのだから。」
私は背筋が凍っていくような気がした。
その不安な気持ちに気づいてか、ジェラルドは私を優しく抱き寄せた。
「大丈夫。リオのことは俺が必ず守る。」
それだけ言うと彼は更に深く私を包み込んだ。
そして、ベルを鳴らしてアンナを呼んだ。
アンナは部屋に入ると涙を流しながら頭を下げていた。
「リオ様、大変申し訳ありません。私が部屋から離れた間にこのようなことになってしまって。」
私は慌ててアンナのそばに駆け寄った。
「そんな!アンナさん、頭を上げてください。私が勝手に窓を開けてしまったからです。ほんとに心配かけてすみません。」
涙を流しているアンナの手を握った。
彼女は驚いたように見上げた。
「アンナさん、本当に気にしないでください。これからもまたよろしくお願いします。」
私はアンナに微笑んだ。
その間にジェラルドが割って入ってきた。
「じゃあ、早速だがアンナにリオのことを頼む。こんなことがあったばかりで疲れているだろうからゆっくりお風呂に入れてやってくれ。」
「はい。ジェラルド様、かしこまりました。では、リオ様いきましょう。」
そういうと部屋についている広めのバスルームに連れて行かれた。
お風呂から上がり、部屋着の軽いワンピースに着替えてアンナと話しながらゆっくりしていたところにジェラルドが部屋に戻ってきた。
「ゆっくりできたか?」
「アンナさんのおかげで少し気持ちも落ち着いてきたところよ。」
少し見上げるようにジェラルドを見ると微笑んだ。
「それならよかった。でも無理はするなよ。何かあれば俺に言え。」
「ありがとう。」
私は笑顔で彼の顔を見た。
そしてジェラルドはアンナに指示を出した。
「今日は俺がついているから下がってもらって大丈夫だ。」
「かしこまりました。では、軽食などはいかがされますか?」
「じゃあ、少しもらおう。すぐ運んでくれ。」
「はい。すぐにお持ちいたします。」
するとアンナは足早に部屋を出た。
2人きりで少し気まずいような雰囲気になったところでジェラルドが口を開いた。
「リオ、本当にすまなかった。辛くないか?」
私は少しだけ悲しそうな表情をしてこちらを見つめるジェラルドの頬を優しく摘んだ。
「悲しまないで。私は貴方が助けに来てもらえてとても幸せよ。」
私は自ら彼の体を抱きしめた。
ジェラルドはそれに応えるかのように少し強く包み込んだ。
それからアンナが持ってきてくれた軽食を2人で食べた。
「ねぇ、ジェラルドこの果物懐かしいわね。」
私はたわいもない会話で少し雰囲気を和らげようとした。
「ああ。とても懐かしい。」
彼はその果物を手に取ると少し表情が柔らかくなった。
「君が初めてこの果物をくれた時、受け取らなくてすまなかった。」
「今更その話…ぷっ。」
私は思わず吹き出して笑った。
「俺は初めてだったんだ。人間なのに俺のこと怖がらないし、ましてや気遣ってもらったことなどない。」
「それから事あるごとに、貴方がこの果物を持ってきてくれたの可愛かったわ。」
私はジェラルドの金色の瞳を見つめて微笑んだ。
それに応えるように彼は私の髪を優しく撫でる。
「だって、仕方ないだろう。何が好きかもわからないし、それを無心で齧っている姿が何故か印象に残ったのだから。」
「ありがとう。ジェラルドって優しいのね。本当に悪魔なの?」
私は悪戯っぽく彼の頬を指でつついた。
「それから一緒に過ごしていくうちに君に惹かれていったんだ。それなのに俺の前から姿を消した時、本当に後悔した。」
頬をつついていた私の指が彼の手に包まれる。
少し冷たい手が私の悪戯をやめさせた。
彼はそのまま手を握り変えて話を続けた。
「また再び会えるまでの時間はとても長かった。ただ必ず会える気がしていたんだ。そして、ようやく君に会えた。もう今度こそ絶対離さないと俺は心に誓った。なのに…。」
真剣な眼差しで私を見つめた。
「また君を離してしまった。でも今度は必ず俺が見つけにいくと決めていた。」
ジェラルドの手が私の頬を撫でる。
「君に…リオに再び会えた時、俺は決めていた。もう離れることなど考えられない。だから、俺と結婚してほしい。」
私は突然のプロポーズに完全にフリーズしてしまった。
彼の優しい瞳に見つめられ、顔が熱くなる。
言葉の出てこない口元に手を当てていると代わりに目から涙が溢れた。
それをジェラルドの指先が拭う。
「ありがとう。私とずっと一緒にいてください。」
それだけ伝えると横に座っていたジェラルドに体を預けた。
彼は優しく私を受け止めて、片手で頭を撫でた。




