第二部〜新たな場所〜
ジェラルドの香りが私を包み込んでいた。
力が緩められると私は彼の胸から離れた。
彼は持っていた金色の透き通った魔法石を私に返して言った。
「迎えに来て早々だが、こちらの世界にきて欲しい。」
ジェラルドは私の手を握った。
キラキラと澄んだ水辺は再び暗い霧に覆われた。
「無理にとは言わない。ただもう俺は君と離れたくない。」
彼のまっすぐな眼差しに、私は迷いなく答えた。
「言ったでしょ?もともと、この世界に戻ってくるつもりもないって。」
私は彼の頬に触れ、微笑みながら言った。
「もちろん貴方について行く。」
そういうと彼は私を優しく抱き寄せた。
「ジェラルド…ごめんね。あなたの前から2度もいなくなったりして。」
ジェラルドは抱きしめる力を強めた。
そして彼の髪が私の肩にふわりとかかる。
「今度はいくら君が無茶しようとしても俺が離さない。」
彼は優しく私の髪を撫で、耳元で囁くように言った。
「リオ…ずっと愛してる。」
私はそっと顔離し、彼を見上げた。
「ありがとう。私もジェラルドのこと愛してる。」
お互いに微笑み合いながら甘い言葉の余韻に浸る。
彼は優しく私を抱き抱えると、唇に軽くキスをした。
「じゃあ行こう。」
2人の姿は暗くて深い霧の中に消えていった。
気がつくとベッドの中にいた。
「リオ、大丈夫か?」
ジェラルドが心配そうに見つめている。
私は来る時に意識を失って眠っていたらしい。
「ここに来るのはリオには少し負担が大きかったようだ。」優しく私の頭を撫でる手を握ると彼の方を向いて言った。
「大丈夫よ。それよりここはどこ?」
「俺の部屋だ。」
私は周りを見渡した。
小ぶりのシャンデリアに、少し派手なアンティーク家具、大きく広いベッド、見るからに高級なものだった。
「えっと…悪魔ってみんなこんな豪華な部屋に住んでいるの?」
戸惑いながら聞くとジェラルドは軽く笑った。
「俺は悪魔の中でも上の方だからな。」
「ふーん。そうなんだ。」
いまいち状況が掴めない私は再び部屋を見渡した。
そして、ふと彼のベッドで寝ていることを思い出して慌てて起きようとした。
「あ、ごめんなさい!貴方のベッド使わせてもらって…。」
「大丈夫。ゆっくりしてていい。」
そういうと彼は優しく私の頭を撫でた。
「じゃあ、俺は部屋を少し出る。部屋の中のものは好きに使って大丈夫だから。」
そう言ってジェラルドは部屋を出ていった。
しばらくして、私はゆっくりとベッドから体を起こした。
下に置いてあった靴を履くとソファーに腰掛けた。
テーブルの上には食べ物や飲み物が置いてあった。
いつも食べていたあの果物も置いてあり、ジェラルドがわざわざ用意してくれたような気がして少し気持ちが温かくなった。
果物を手に取るといつものように齧り付いた。
食べ終えると部屋を少し歩きまわる。
お風呂もトイレも付いていて、食事を除き生活にはほとんど困らない作りになっていた。
カーテンを開けて窓の外を見ると、手入れの行き届いた広い緑の迷路のような綺麗な庭が広がっていて、見たこともない花や草木で彩られている。
ぼんやりと窓を見ていると扉をノックする音がした。
「リオ、入ってもいいか?」
「はい、どうぞ。」
「なにか気になるものでもあったか?」
窓の外を見ていた私の横にジェラルドが来た。
「すごく綺麗なお庭ね。」
「じゃあいつか一緒に散歩でもしよう。」
そういうと私の頭を撫でた。
「こちらの世界に来て、後悔していないか?」
少し心配そうに私を見た。
「してるように見える?」
そう言って彼の手をそっと握り、金色の瞳を見つめて微笑んだ。
ジェラルドは安心したようにそっと私を抱き寄せた。
再び扉をノックする音がした。
「ジェラルド様、入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
ジェラルドがそう答えると少し年上のキリッとした顔の女の人と一緒に入ってきた。
「こちらがリオ様ですね。はじめまして今後リオ様の身の回りのお世話をさせていただくアンナと申します。」
彼女はにこやかに頭を下げた。
「アンナさん、よろしくお願いします。でもリオ様はちょっと大袈裟です。」
「そんなことありません。」
「いや…でも…。」
「ゆっくりと慣れていけばいい。」
そういうとジェラルドは優しく微笑みかけた。
その様子を見たアンナは少し驚きながら話を続けた。
「では、リオ様のお部屋を案内させていただきます。」
私がアンナについて行こうとするとジェラルドに手を掴まれた。
「彼女はこのままでいい。」
「えっと…ジェラルド様の部屋で過ごされるということでしょうか?」
「そうだ。リオはダメか?」
そういうと私の肩を軽く抱き寄せて私を見つめる。
「…ダメじゃないけど、結婚前に一緒の部屋なんて。いや悪魔に結婚なんて文化そもそもあるの…?」
私が頬を赤くし戸惑いながら、独り言のようにブツブツと呟いた。
「あんまりする奴はいないが悪魔にも結婚の契約はあるぞ。なんなら、今すぐ結婚するか?」
少し意地悪な表情でジェラルドが笑っていた。
私が返答に困っているとアンナが話を続けた。
「では、リオ様はジェラルド様と一緒のお部屋で過ごし下さいませ。もし何かありましたらこちらのベルでお知らせ下さい。多少離れていても聞こえる特殊なものです。」
そういうと、アンナは優しく微笑み、ベルを渡した。
アンナが部屋を出ると2人きりになった。
「さっきは、すぐに返事をもらえなかったがリオは俺と結婚する気はないのか?」
少し不満げな表情でジリジリと壁際に追いやられた。
やられっぱなしだった私はそこで反撃に出た。
「ジェラルドこそ、私の気持ち何も分かってないじゃないの。」
そういうと私は自ら彼に抱きついた。
細身でいい香りのする彼の体に顔を寄せる。
私にしてはかなり思い切った行動で、少し恥ずかしくなり小声になりながら言葉を出した。
「…ずっと一緒にいたいに決まってるでしょ。」
ジェラルドは珍しく僅かに頬を赤くする。
そして私は壁と背中合わせになり逃げ場を無くすと、彼は壁に片手をつき私の額にキスをした。
「リオはわざと俺を煽ってるのか?」
彼の金色の瞳が熱帯びて私を見つめている。
私が失敗したと思った頃にはもう遅く、意地悪に微笑む彼に唇を塞がれた。
少し手で抵抗しようにも私の手首を優しく握られ阻止され、次第に舌の絡むような濃厚なものになっていく。
甘ったるい空気が2人を包み込み、彼の手が際どいところに触れようとしたとき扉をノックする音がした。
無視しようとした彼をそっと離し首を振った。
私は髪の毛を少し整え、緩んだ顔の筋肉に力を入れる。
彼はとうとう諦めた様子で声を出した。
「どうした?要件を言え。」
扉の外から聞こえたのは男性の声だった。
「ジェラルド様、ルシード様がお見えになってます。」
「あいつか。今から行くから、少し待つように伝えろ。」
ジェラルドの少し緩んだ顔に力が入る。
「ルシード様って?」
「ああ、俺の友人だ。」
そして私の手を優しく手を握り、一緒に部屋を出た。




