決意
朝起きるとベッドに彼の香りが残っていた。
すっとその香りを吸い込み、起きて朝の支度をする。
そして彼のいない隙に素早く外に出た。
私はポケットから魔法石を取り出した。
するとその魔法石は小さく光を放ち、浮遊しながら進んでいく。
私はこの光を追いかけた。
すると、白い建物が見えてきた。
人の気配は全くない。そこはあの時と変わらないこの世界と隔離されたかのような異様な場所。
時が止まったような不思議な感覚になる。
中に入り、長い廊下の先を行くと何もない広間にでた。
少し歩いて行くとあの時と同じように一面が光り輝いた。
すると、光の中から金色のロングヘアの少女が姿を見せた。
「おかえりなさい、聖女様。」
そういうと、シエルは深々と頭を下げた。
「シエルさん、私が誰だかわかるのですか?」
「ええ。魂は変わりませんから。」
「え?でも、なんで運命が変わったはずなのに私のことを…?」
「私は人間ではありませんからね。」
シエルはにっこりと笑った。
「やはり、貴方に私の加護を授けたのは間違っていませんでした。まぁ悪魔まで連れてくるのは予想外でしたが。」
シエルは再びクスりと笑った。
私は驚いて後ろを見た。
先ほどまで小さく光を放って浮遊していた魔法石はふわりとジェラルドの胸ポケットの中に入った。
「なんでここに?」
「俺が気付いてないとでも思ったか?」
珍しく低い冷たい声。
きっと怒っているのだろうと思った。
そして神殿にシエルの声が響いた。
「まあ、とても強い方なのですね。普通だったら神殿にすら入ることができないのに。」
彼が少し苦しそうな表情をして、膝をついているのに気づいた。
「…戻ってこい。」
私は黙って首を振った。
決意が揺らぐ前に、私は彼女に連れられ中央へ向かう。
「本当によろしいのですか?」
シエルは私にしか聞こえないような小さな声で聞いた。
「あれを読んだんですよね?」
私は黙って頷く。
「私にとってあの子は最初はただの道具でした。ただ純粋に私と向かい合ってくれるうちに、私の中で何かが変わっていきました。」
シエルは遠くを見るように寂しげな表情をした。
「しかしその気持ちに気づいた頃には遅く、私は救うことができませんでした。だから、優しいあの子の最後の願いを叶えてあげたのです。」
懐かしそうに、そして悲しそうに話すシエルをみて、私は彼女の手を握った。
「シエルさん、大丈夫です。私はこの世界を変えるために戻ってきたんですから。」
そういうと、光に包まれた中央に立った。
「この世界のみんなが幸せに暮らせますように。」
そっと呟き両手を握りしめて祈った。
私の中の何かが物凄い勢いで吸い取られている感覚だった。
立っているのがやっとだったが、私は祈り続けた。
そして限界まで迎えると、私は力無くよろめき、倒れそうになった。
気づくとジェラルドが私を受け止めていた。
彼もきっと無理をしたのか、先ほどよりもキツそうな表情だった。
「どうして君はそんなに無理をするんだ。」
「…ごめんなさい。」
私は素直に謝った。
ジェラルドは優しく私の頭を撫でる。
「今の私は昔と違ってちょっとか弱かったみたい。」
心配させまいと微笑みながら冗談を言う私を、彼は抱きしめた。
「約束…守れなくてごめんね…。」
ジェラルドは黙って首を振る。
「ありがとう…ジェラルド。」
だんだんと顔は青白くなり息をするのもやっとだった。
ジェラルドの目からは堪えきれず涙がこぼれる。
「今度は私が君に会いに行く。必ず。何十年経とうと何百年経とうと人種が変わろうと世界が変わろうと、時を超えて必ず君に会いに行く。だから待っていてくれ。」
端正な顔を歪ませ涙を流す彼の顔がだんだんとぼやけてくる。
そうしてこの世界での私は死んだ。




