第1話の6 【モウちょっとでちびっちゃいそうですっ!】
「取り敢えずお水でも飲んで、少し落ち着きましょうか」
鼻息と呼吸が荒くなったミノアを落ち着かせるように、コカゲはどこから取り出したのか、水差しから大きなマグカップに水を注ぎ、ミノアに差し出しました。ひょっとしたら闇エルフさんの呪術を使ったのかも知れません。
「ありがとうございます」
受け取って、ガブガブと飲みました。
それから二杯、おかわりの水を飲んで、ミノアはようやく落ち着きました。牛さんは普段からたくさんお水を飲むのです。
マグカップを返し、大きく深呼吸をしてからミノアは口を開きました。
「普通、採用試験で出題される一般常識試験って、『スパイ』と間違えられそうな名前の、そういうやつですよね!?」
「あれは性格検査というもので、一般常識試験とはまた別のものかと思います。それに面接で見た限りミノアさんの性格に問題はなさそうですが?」
「そこ、真顔でつっこみますか!? 今はそれどころじゃないと思うんですけどっ!?」
危機的状況が目の前に迫っている中、ミノアは必死に抗議しました。
取り敢えずハニワ・ゴーレムさんはまだ待機中です。元々退屈そうだった顔が、益々退屈そうな顔になりました。誰にも見分けがつかなくても、これはとても大きな変化でした。
「まあ、当方としましても、どのくらいの能力があるものか、基本的なテストをさせていただいているだけなのです。それを図るには、やはり一度戦わせてみることが、最もわかりやすいかと」
「戦いはあまり関係ないのではっ!?」
「世間でのミノタウロスさんは力強いイメージが定着しています。私も生で見たことがないので、是非この機会にどれくらいの破壊力をお持ちなのか見てみたいと、個人的な願望も少なからずあるのです」
コカゲはしれっと、公私混同をぶっちゃけました。
「個人的な願望とはっ!?」
「そうですね・・・。例えばミノタウロスさんの象徴でもある頭の角を突き立てて、相手に向かって思いっきり突進する大技みたいなものとか出来ませんか? ミノタウロスさんなら、誰でも出来そうなイメージを持っているのですが・・・」
「そんな大技、出来ませんっ! 角は猛牛でも、心と身体は乳牛ですっ! モウちょっとでちびっちゃいそうですっ!」
ちびらないようにお股をキュッとしめながら、ミノアは抗議しました。
「ああ。あの技はやはり、ここじゃない異世界だけのお話ですか・・・」
これまでクールな感じだったコカゲが、初めて少し残念そうな顔を見せました。
「わかってるなら、ご所望しないでくださいっ!!」
重たい甲冑姿のまま、カチャカチャ鳴らしながらピョンピョンと跳ねました。それだけでも結構な足腰の強さです。
「承知しました。ここでちびられても困りますので。代わりにどう評価したものか・・・。何か他に変わるような特技や自己アピールとかありますか?」
コカゲは少し考えるような仕草を見せた後、そんなことを言いました。
「特技や自己アピールですかっ!?」
急に真面目な面接っぽいことを尋ねられたミノアは、牛さんの乳搾りのように、精いっぱい知恵を搾り出そうとしました。
「えっと、牛歩とか・・・?」
人差し指を立て、少し緊張した固い表情を見せながらミノアは言いました。
「懐かしい響きを感じます。その昔、欲望とお金にまみれた異世界の伏魔殿で行われたことがありましたね。ゆっくり歩く方がむしろ足の筋肉が張って、疲れると思いますけど・・・」
若い人たちには、馴染みのないお話でした。
「じゃあじゃあ、譲歩とかっ!」
「確かに今の時代、譲り合いはとても大切だと思います。そこは若干、自己アピールにポイント加算しましょう」
何のポイントかわからなかったが、ミノアはちょっとだけ気分が良くなりました。
「あと、趣味はお散歩ですっ!」
調子が良くなってきたのか、ミノアは鼻息を噴き出して言いました。
「毎日建物の中にこもってばかりいると、ついつい新鮮な外の空気が吸いたくなりますね。時々日光に当たる方が、身体のためにも良いとされています。まあ、うちの砦で働いているバンパイアさんには、さすがにそれは難しいですけれど」
どうやらこの砦にバンパイアさんが働いているようでした。
「因みに、座右の銘は『五十歩百歩』です。何となく響きがいいのでっ!」
甲冑の隙間からにょろりと出ている尻尾が、期限良さそうに揺れました。
「難しい言葉をご存じのようですが、ここはせめて『日進月歩』くらいの気持ちでいましょうか」
そう言ってコカゲは、履歴書の片隅に『適性:歩兵?』と書き加えました。
(つづく)
(作者さんのニッチなあとがき・改)
ここで初めてミノアのおしっこネタが登場することになるのですが、気づいたらその後の話でも良く出てくるようになっていました。
この修正版のあとがきを書いている2025年時点では、これもすっかりミノアの設定に組み込まれています。
別にえっちな意味はありません。
昭和のコミックやアニメって、ギャグとして時々お漏らししているシーンがありましたので、そのイメージです。
牛っぽいネタも色々と考えた中で、「牛歩」を思い出しました。
これが話題になったのって、若い人たちは殆ど知らないでしょうね。
ニュースでも取り上げられていて、何だかな~と思った覚えがありますが、まさかネタとして使うことになるとは思いませんでした。
コカゲの言葉にある『毎日建物の中にこもってばかりいる』というセリフは、まだ修正などをたくさん行っている2020年、コロナ禍でテレワーク状態にあった自分のことです。
外にも殆ど出られないし、自宅にいながら会社に監視されているようで、とてもストレスを感じました。
もうテレワークはやりたくありません。